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魂は減数分裂するのか  作者: 春採太郎
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研究室篇(敏彦の告白)

皐の背中の翼を見せられた敏彦は、急に笑いだした。そして、なにかの結論を至ったようなことを言う。

「そういうことか、それ以外にないよな」

 父親の妙な言動に驚き、心配した皐は、声を掛ける。

「お父さん、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。皐、一人だけ生き延びたうえに、中々くたばらない父親を連れて行くために来たのか?連れて行かれても文句を言えないことを、恵とお前にしたからな……」

 敏彦は皐に、そう言う。

 敏彦は、皐が現れた理由が、自分に死と言う罰を与えるためだと思っている。皐は、そんなことのために、現れたわけではないのに……

「違う、違う。そんなんじゃない……」

 皐は、敏彦の言うことを否定する。その声は、だんだんと、か細い声になり、最後は消えそうなくらい弱々しかった。それを聞いた敏彦は、皐に問う。

「違う?そんなわけがあるか。天使でもない、悪魔でもない、人でもない存在になったのも、アレのせいで、恵は即死させ、お前をこの世に誕生させてやれなかった所為だろ?」

 敏彦は、自分の所為で皐が、人でも、天使でも、悪魔でもない中途半端存在にしてしまったと思っている。

「私が悪魔と天使の二つの翼をもってるのは、お父さんの所為じゃないよ。転生というのか、途中で止まった発生を変わった状況で再開し継続したら、たまたま、悪魔と天使の二つの翼を持っただけだよ。だから……」

 皐は敏彦のせいではないと言う。

「皐、お前は、あの日、何があったのか知っているのか?」

 皐にあの日何があったのか知っているのかと、言った瞬間、敏彦に変調が起きた。敏彦は、急いでデスクの引き出しに保管している薬を取り出して、飲んだ。薬を飲み終えると、ネクタイを外し、ワイシャツのボタンを数個外して、胸元を楽にした。

「あの話を思い出すと、これだ……」

 敏彦は独白する。あの日ことを思い出すと、必ず発作が起きる。

「お父さん、もしかして、あの日のことを今でも引きずっているの?」

 皐は父親の言動から推測したことが、正しいのか問う。

「それは……」

「引きずってるんだ……」

 皐は敏彦が言葉に詰まっているのを見て、引きずっていると確信した。

 皐は、敏彦がある出来事を引きずっている事を知ると、首からかけている古めかしい鍵を、首から外し、敏彦に見せる。

「お父さん、これ見て」

 皐は、そう言って、施錠か解錠のどちらかの行為をする。

「何をしたんだ?」

 皐の行為を見て、敏彦は怪訝な顔をして言う。

「正確には、一寸違うけど、わかりやすく説明すると、臭いものに蓋をしたの」

 皐は、そう敏彦に言う。臭いものに蓋をしたと言われた、敏彦は、あれを思い出さなく成ることなのかと考えたが、皐は正確には一寸違うと言ったので、一寸違うという事が引っかかった。

「臭いものに蓋とは、一寸違うとは、どういうことなんだ?」

 敏彦は皐の言う一寸違うの意味を聞く。

「私がしたことは、あることを思い出すと起きうる精神的苦痛、肉体的影響を、思い出すことと切り離すこと。臭いものに蓋は、文字通りの意味だから、思い出したくないことを封印するか遠ざけることだから、思い出すことを止めること。だから、一寸違う」

 皐は自分のしたことを敏彦に説明する。

 皐がしたことを理解した敏彦は、意を決して、あの事をどこまで知っているのか、皐に問うことにした。中々くたばらない父親を連れて行こうとしようとして来たのでなければ、皐が目の前に現れた理由は、あの事を直接聞きに来る以外には考えられない。

「皐、お前はどこまで、あの事を知ってる」

「自分の記憶というか、前世の記憶として、知ってるのは、お父さんの運転する車が、右折しようと、丁字路に進入し、右折を始めたところに、信号無視のダンプが突っ込んだところまで……」

「そこまでは、知ってるのか……」

 敏彦は、そう言うと、どこからどこまで話せば良いのかと、考える。

 恵との馴れ初めなんて、今話すようなことではないし、あの日のことだけを知りたくて来たとは思えない。あの日あったこと、あの日の出来事をきっかけに、あるものを蒐集し、あることを画策していたことを話そう。あるものを蒐集し、あれを実行しようとしていたなんて言ったら、何と思われるだろう……

「あれは、医学部三年の夏季休業だった。恵が海に行きたいって言い出して、もう少しでお盆だぞと言ったら、まだ、お盆じゃないでしょうって言って……」

 あの日、海に行った経緯を説明する。

「お盆云々は、地獄の釜の蓋が開くっていう?」

 皐は聞いてくる。

「ああ、それだ。漁師が海に出てる間は、まあ良いかと、親戚にジープタイプの四輪駆動車を借りて、海にでかけた。漁師が海に出てるから良いかっていうのは、間違いだったんだ……」

 敏彦の言葉は、軽い気持ちで行ったのは間違いだったと後悔に満ちていた。

「お母さんは、海に行けて喜んでたんでしょ?」

 敏彦の話を聞いた皐は、敏彦と恵が、あの日海に行ったことを精一杯肯定しようとするが、敏彦はそれ打ち消すように言う。

「喜んでたさ。そして、幸福の絶頂から不幸のどん底だ。赤信号無視のダンプに突っ込まれて、助手席に乗ってたお前の母さんは即死。ひしゃげた車中で、冷たくなっていく、お前の母さんに、何も出来ずにただ見てた。そして、運転手の俺は、半死半生で母校の高度救命救急センターに担ぎ込まれて、辛くも一命を取り留めた。あの状態で、来院時心肺停止にならなかったのが奇跡だと、主治医だった救命医に言われた。だが、俺から言わせれば、奇跡なんかじゃない……」

 決して、敏彦は、あの日海に行ったことを肯定しようとはしなし、一人生き残ったことを、呪っている様なあり様だった。

「でも、事故はお父さんの所為じゃないでしょ?ダンプが赤信号を無視したのが原因でしょ?」

 皐は、事故は敏彦の所為ではないと、言うのだが、敏彦は、あることを語る。

「俺は、一度もお前の母さんの墓参りに行ってないどころか、退院してから一度も、家にも行けてない……」

「さっき何か、薬を飲んでたけど、それと関係があるの?」

 皐は敏彦が薬を飲んでいたこととの関係を聞く。

「ああ、関係大有りだ。退院して直ぐ、父親の運転する車に乗って、恵の家にお参りに行った時、着いたぞと、父親が運転席の後ろに乗ってた俺に声をかけたら、顔面蒼白で失禁でもしたんじゃないかというくらい、座席が冷や汗で濡れてた……」

 敏彦が退院後、恵の実家にお参りに行こうとした時の惨状を話す。皐は、それを黙って聞く。

「恵と深い関係がある場所、物、話を聞いたり、見たり、思い出したり、喋ったりすると、あのざまだ。退院して、恵の家に行った時に起きたそれを、今でも引きずってる。医学部を中退したのは、恵の面影を思い出して、耐えきれなかった。八月のあの日の前後一週間は、今でも安定剤を飲まないと乗り切れない。さっきみたいに、あの日の前後でなくても、思い出すと……」

 今でも、精神安定剤が無いと乗り切れない時があると、敏彦に聞かされた皐は、敏彦が精神安定剤を飲んだ直後に、鍵を使ったのは正解だったと思った。敏彦が一人生き残った罪悪感と、精神的ショックで、精神安定剤の服用が必要な状態であることが判った。

「一人生き残ったこと、お母さんのお墓参りに行けていないことに、後ろめたさや罪悪感を覚えてるの?」

「ああ……」

「でも、生き残ったのは、病院の先生が奇跡だって……」

「奇跡?それは違う。少し遠回りに成るが、左折でも帰れたんだよ。左折の方は、直線で見通しが良いから、信号無視の車が突っ込んで来そうになっても、見えたんだよ。そして、信号無視の車に突っ込まれていたら、死んだのは俺だ。俺が、お前の母さんを殺したんだよ。医学部を中退したのは、恵を思い出すのもあるが、人殺しが医者になる資格なんてないからだ」

 敏彦の告白を聞いて皐は言葉を失った。

「お父さん、右折したのには、理由があるんだよね?」

 皐は、右折を選んだのには、それなりの理由があるはずだと、敏彦に聞く。

「右折の方が、近道だからだよ。海に長居しすぎてたから……」

 敏彦は、海に長居し過ぎたから、近道を選択しただけだと言う。

「悪意による選択じゃなくて、偶然の積み重ねで、そういう結果に至っただけじゃない、お父さん……」

 皐は敏彦に、悪意ではなく、偶然の積み重ねでしかないと言う。

「結果に至る過程が、悪意だろうが、偶然だろうが、結果は変わらない。俺の選択で、恵は死んだ」

 しかし、敏彦は、皐の助け舟と言うべき言葉を拒絶する。これ以上、押し問答を続けても意味がないと、皐は、敏彦が医学部を中退し、民俗学科のある大学に入り直した理由を聞くことにした。

「医学部を中退した理由はわかったけど、民俗学科のある大学に入り直したのって、どうして?」

 皐に、そう聞かれた敏彦は、あの日のことを告白し、これ以上怖がることはないと、変な度胸がついているので、躊躇なく理由を言う。

「それは、悪魔を召喚する方法を探す取っ掛かりを得るためだ。今の研究だって、欧州出張の名分をつくるためだ。人狼、魔女、夢魔、吸血鬼を調べに行くのなら、伝承誕生地に行かざるを得ないからな」

「どうして、悪魔を召喚しようと思ったの?」

 皐が、どうして悪魔を召喚しようとしたのと、敏彦に問うと、敏彦は皐の表情を確かめて言う。

「驚かないのか?」

「驚かないわけないよ。でも、理由があるんでしょ?」

 皐は敏彦の行為を頭から否定せず、理由を問う。

「恵が俺のことを恨んでいないか知りたくて、悪魔を召喚しようと思ったからだ。降霊術の類は、胡散臭さ満点だから……」

 敏彦は、皐に理由を問われ、理由をぽつりぽつりと話し始める。

「お父さんは、理不尽に奪われた、お母さんを取り戻そうとは思わなかったの?」

 皐は、敏彦に、悪魔の力を持ってして、お母さんを取り戻そうとは思わなかったのかと問う。敏彦は、皐に軽蔑されるか呆れられると思っていただけに、皐の言葉に驚いた。何故そうしなかったのか理由を言う。

「黄泉の世界に旅立った人間を取り戻そうとして、黄泉の世界に行った男が昔日本にも居たが、結果はろくなものじゃなかった。俺は伊邪那岐命にはなりたくなかったから……」

 そう。死者を取り戻そうとした男は、黄泉の世界から逃げ出すことに成功したが、代償は、その男だけで支払えるようなものではなかった。

「お父さんは、本当に、お母さんが恨んでいないか知りたかっただけなんだね?」

 皐は、敏彦に母親を取り戻すことが目的ではなく、恨んでいるか、恨んでいないかを知りたかっただけなのかと、問う。

「伊邪那岐命の行為は、人間が寿命に縛られる原因を造ったが、俺が、もしそんな行為をしていたら、自分の魂を代償にするだけで済むのかと考えたら恐ろしくて、しなかっただけだ。御大層な哲学や倫理観のもとに、止めたわけじゃない」

 皐に問われた敏彦は、死者を取り戻そうなんて行為をしなかった理由を説明する。倫理観で止めたのではない。死者への負い目だけでも耐えられないのに、それに生者の呪詛と罵詈雑言まで加わったら、パンクするのが目に見えている。自分勝手な理由で、止めたに過ぎない。敏彦は、さらに続けて言う。

「俺は、自分の魂を代償に悪魔と契約し、恵が恨んでいるのか恨んでいないのか知り、平穏の内に死ぬか、呪詛の言葉に苛まれながら死ぬしか出来ない。平穏に死ねても、無限ループの世界に放り込まれるのは、目に見えている……」

 皐は、敏彦の話を聞き終えると、抱きしめた。

「おい、何考えてるんだ?」

 敏彦は振り解こうとするが振り解けない。皐がきつく抱きしめているせいだ。

「お父さんのことを、お母さんも私も恨んでなんか居ないから……」

「まさか、お前とお前の母さんにあれだけのことをしたんだぞ?」

 敏彦は、皐の話を信じられないと言う風で、皐は自分も恵も恨んではいないと納得させようとする。

「もし、恨んでいるのなら、こんなに長々と話なんかしないで、お父さんを連れてっているよ。一人生き延びて、生を謳歌しやがって!って、罵倒しながら……」

「じゃあ、皐、お前は何をしに来たんだ?親父の顔を見に来ただけなんてことはないだろうし……」

 恨んでいないと言うのなら、何をしに来たのだと、敏彦がを言うと、皐は、敏彦が予期もしない言葉を言う。

「お父さんに赦しを与えに来たんだよ」

「悪魔が、人間に赦しを与えに来た?それは傑作だ。魂の父親とはいえ、人間に赦しを与えて、悪魔に何の得があるんだ?」

「何の得と言われたら、私のことを直視してしてもらえることかな?」

 皐は、自分を直視してもらえることだと言うが、報復者ではなく娘として受け入れると言うことを言っているのだろうか……

「俺がそれを否定したら、どうするんだ?」

 敏彦は皐に、受け入れなかったらどうすると問う。

「お父さんは、きっと否定しないよ。だって、お父さん、お母さんの尻に敷かれてたでしょ?」

 皐は、否定しない、受け入れることに成ると言う。

「俺が恵の尻に敷かれていたのとこの事が関係有るのか?」

「おおありだよ」

「もうすでに、術中に嵌っているような……」

 敏彦がボヤいているを見て、皐は敏彦に言う。

「お父さん、今から証拠を見せるから、良いよって言うまで、目を瞑ってて」

「ああ、わかった」

「絶対だからね!」

「ああ、わかった!」

 敏彦は、語気を強めて言う。証拠を見せると言うが、これから何をすると言うのだろう。まさか、降霊術なんて言わないだろうな。それとも別の何かか……

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