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魂は減数分裂するのか  作者: 春採太郎
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講義篇(魂は減数分裂するのか)

 赤池は黒板に、『魂は減数分裂するのか?』と、書いた。三十分位の時間が余ると、毎年行っている恒例の質問である。赤池が周りを見渡すと、意表を突かれた様な表情の学生がちらほら居た。いきなりこんなことを黒板に書かれたら驚くだろう。

 皐は、黒板に書かれた文字を見て、怪訝に思った。先ほど前の講義は、政治的、社会的、宗教的、自然科学的な観点から研究考察している学問として成立しているものだったが、『魂は減数分裂するのか?』は、何を主眼に置いて考察しようとしているのか、見えてこない。

「ここからは、講義の成績に影響しないし、答えらしい答えなんか存在しないから、自由に意見を言っていいぞ。ただし、整合性がとれないその場凌ぎ的な思いつきはだめだぞ」

 赤池は、注意点をまず説明する。

 講義では点で駄目だった田川が意を決して質問してくる。

「赤池先生の講義の内容というか趣旨から外れてるような……」

 『スケープ・ゴートとしてのオカルト』などと言う講義を開講しているのに、『魂は減数分裂するのか?』なんて聞かれて、不思議がらない方がどうかしている。赤池は、何でこんな質問をするのか説明を始める。

「助教授時代、学部の研究室の仲間と同窓会をやった時に、酔っ払った勢いで魂は減数分裂するのかなかと、ポツリと呟いたやつが居たんだ。皆して考えるんだが、酔っ払ってるし、揃いも揃って専門に凝り固まりすぎてて、ろくな意見が出なかった。そこで、凝り固まっていない学生の意見を聞こうと……」

 赤池は、事の発端は酔っ払ったおっさんの呟きだったことを白状する。

「赤池先生、魂が存在するのかしないのかわからないのなら、意味がない議論じゃないんですか?」

 説明を聞いて、山野と言う学生が聞いてくる。山野の言い分にも一理あるが、言い出しっぺは、魂の有無の証明には興味はなく、魂が減数分裂しないのなら前世の記憶との整合性をどう考えるのか等、個々の仮説(前世の記憶なんてものは、仮説と言って良いものか怪しいものだが)から一本の縄を編めるのかを考えていた。

「これを同窓会の宴席で言い出したやつは、魂の有無の証明に興味はない。一番興味があるのは、魂と前世の記憶の整合性を証明しうるのか?と言う仮説だ。魂が減数分裂しないのなら、何らかの方法で魂が生成され、その新しく生成された魂が前世の記憶を持つのなら、その前世の記憶は偽物の記憶か本人の思い込みになる。魂が減数分裂するのなら、新しい魂は両親の魂の減数分裂で生成されたことになる。問題は前世の記憶なるものは、一体何なんだと……」

 赤池は、言い出しっぺの言い分を説明する。人類の祖を、かの有名なアダムとイブに求めないのなら、『ドグラ・マグラ』に出てくる胎児の夢に、前世の記憶を求めても良いだろうが、アメーバから現生人類に至るまでの歴史や記憶を口走る人間が誰か一人でも居なければ、仮説としても採用し難い……

 赤間と言う学生が、魂の減数分裂や前世の記憶から横道にズレた魂の有無の話になっているところに、更に横道にズレた質問をしてきた。

「赤池先生、本題からは横道にズレるのですけども、魂は何処に宿るんですか?」

「魂が宿る場所か。それは、大雑把に言えば頭部だ。細かいことを言えば、延髄に宿ると考えるのが妥当だろうと、知り合いの脳外科医が言ってる。科学の牙城中の牙城の医者が魂だなんだと言うのは、変かもしれんがな。あいつ曰く、魂が存在するかどうかはともかく、宿る場所として最も妥当な場所は延髄以外に人体に存在し得ないとさ……」

「延髄ですか……」

「そう、延髄だ。延髄から下が無事でも、延髄が機能し得ない状態なら死ぬし、延髄が無事だとしても、魂の入れ物を維持することが出来なければ死ぬ。これほど、魂の入れ物として妥当な部位はないと、あいつは言っている」

 義弟で脳外科医の北上末廣の仮説を、学生に説明する。赤間は、キョトンとしている。無理もなかろう、科学の世界に生きる脳外科医が魂の入れ物として妥当なのは、延髄だと言ったと聞いて驚かない人間は、そうそう居まい。その仮説を、聞いた当人はどう思っているのか、聴講生の皐が聞いてくる。

「赤池先生は、その知り合いの脳外科医の先生の仮説は妥当だと思いますか?」

「最初、この話を聞いたときは、赤間みたいにキョトンとしてたが、一服つけて良く良く考えると、この仮説は魂の宿る場所として、これほど迄に妥当で無理のない場所はないなと、膝を打った」

 赤池は、納得せざるを得ないと思ったことを、素直に認める。延髄と言うか、頭部と魂の関係は、学部生時代から、示唆されていた。

 学部生時代に受講していた講義を開講していた教授が、今回の様に余った時間で枕の語源を説明していた。その教授の専門分野は、宗教と民俗だったのだが、研究していたのは『生と死の間の儀式』で、早い話が、今際の際に死にゆく者の魂を呼び止めようとする儀式についてだ。そんなことを研究している教授が、枕の語源を説明した時は、皆不思議に思ったのだが、枕と魂が不可分の存在であると知り、なるほどと思った。

 枕の語源は、魂蔵、魂の蔵が語源だと。しかし、枕が魂の蔵と言うのが、判然としていなかった。義弟の末廣から、魂の入れ物としては、延髄が妥当だと聞いて、やっと理解できた。魂の入れ物たる頭部を預ける枕が、魂の蔵に成り得るのは必然だろう。

 魂は減数分裂するのかと言う話だったのに、どんどん脱線する。軌道修正しないと、違う趣旨の話になってしまう。それを知ってか知らずか、最初に発言した田川と言う学生が、発言する。

「赤池先生、もし、魂が減数分裂しないのなら、魂の総量は決まっていて、そのうちに頭打ちになりますよね?頭打ちになるまで、もしくは、頭打ちになった時に、地球が人類を養えるかは兎も角……」

 そんな単純に総量があると決めつけていい物だろうか……

「魂が減数分裂しないからと言って、魂の数が有限とは限らないぞ。しかし、魂を生成している存在が、生成するのを嫌になって止めたら話は別だがな」

 魂の数が有限ではないかと言う意見は、それはそれで良いが、減数分裂しないなら、有限というのは早計である。新しい魂を生成している存在が居るかも知れないからだ。

「赤池先生は、魂と前世の記憶との整合性云々と言ってましたが、つもりこういうことですよね?魂が減数分裂によらずに新たに生成されるのなら、前世の記憶は一体何なんのか。減数分裂で新たに生成されるのなら、前世の記憶は両親の前世の記憶の混合物ではないかという……」

 こういう理解で良いのかと、赤間が聞いてきた。

「赤間、それで良い」

 赤間の質問と言うか、疑問に答える。魂が減数分裂するにしろ、減数分裂しないにしろ、整合性を壁にぶち当たることを説明する。

「魂が減数分裂せず、新たに生成されるのなら、前世の記憶の正体なんなのかと言う問題が生じる。神が人類を創造し、新たな魂の生成もしているのなら、『ドグラ・マグラ』の胎児の夢で、それを片付けるというのは、頂けない。ただ、あれをアメーバから現生人類までの歴史ではなく、天地創造から人類創造までの歴史と考えるという手もあるだろうが、人類創造後の記憶を説明をどうするかと言う問題が残る。魂が減数分裂するという前提で話を進めると、前世の記憶が両親の前世の記憶の混合物になるだろうが、輪廻転生と兼ね合いをどうするかだ。輪廻転生を、人類の悪行を防ぐ抑止力としての宗教上の方便と考えると言う手もあるが……」

「赤池先生は、魂は減数分裂すると思いますか?それとも減数分裂しないと思いますか?私は、減数分裂すると思いますけど」

 皐が直球の質問をしてきた。そして、自分は、魂は減数分裂すると思うと意見を言う。

「減数分裂してもおかしくはないかと思うが、言い出しっぺの研究室の同窓と同じで、整合性をどう取るかで壁にぶち当たる。前世の記憶なるもののが、アメーバから現生人類のへの進化の歴史、現生人類になってからの家系図レベルで追えない一族の歴史的なものをベースにしているのなら、魂が減数分裂で生じても、前世の記憶なるものを持っていてもおかしくはないだろうが、越えるなきゃならん壁が多すぎる」

 赤池は、皐の質問に答える。アメーバから現生人類までの進化の歴史をと言う『ドグラ・マグラ』の胎児の夢は、『ドグラ・マグラ』が書かれた当時であれば、ヘッケルの反復説から肯定できたかも知れないが、現在だと厳しい物がある。それに、それから先を肯定する仮説が浮かばない。記憶は何乗って受け継がれるのかが全く浮かばい。記憶が受け継がれる際に、遺伝子情報の核酸塩基に乗るのか、仮に魂と言う正体不明のそれが存在するのなら、それに乗るのかと、どんどんと深入りし、単純に考えられない。

 何時もなら、目をキラキラさせて言うのか、指名して下さいオーラ全開の飛島が意見を言わないことを、不思議に思っていると、

「赤池先生は、『ドグラ・マグラ』の胎児の夢を引き合いに出していますけど、現生人類は神の創造物ではなく、徹頭徹尾、アメーバから進化した進化論に立脚して、一度仮説を組み立ててから、対立する仮説と対比させるべきではないかと思います。そうしないと、何時まで経っても、仮説が収束せずに、散ってしまうと思います」

 飛島は痛いところを指してくる。飛島が言うように、仮説を組み立てきる前に、対立する仮説と対比させて、仮説が収束せずに結論らしい結論を得られずに堂々巡りを続けている。分かっては居るが、どうしても、そうしてしまう。

 ふと、時計を見ると、講義終了時間の五分前だった。今年も、魂は減数分裂するのかという議論は、収穫を得られずに終わる。毎年、この議論を、講義のどこかでやるのだが、収穫らしい収穫を得た試しがない。専門に固まりすぎたオッさん連中が駄目なら、凝り固まっていない学生の自由な発想ならば、答えに近づけるのでは思っていたのだが……

「あと、五分で講義終了だが、意見を言いたいのは居ないか?」

 学生に聞くが、挙手はないので、来週の講義の予告をすることにした。

「来週の講義は、予定通り『魔女狩りの実態』を行うから、資料の読み込みをしておくように!あと、聴講生の赤池は、研究室に聴講生貸出用の参考書籍を取りに来るように」

 来週の講義の予告の後に、研究室に参考書籍を取りに来るように言われ、皐は願ったり叶ったりと思った。

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