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きっとまた逢えるから  作者: シングルベル
7/12

7話

「この世に必殺の技などというものは存在せぬよ。

 そんな事を考えずにただひたすらに基本に忠実に、また状況に応じて最大の力が出せる様に色々な環境を体験し、剣を振るえる様にしろ」

 厳しい修行の後、井戸で汗を流しているフォルクに対して師がそう説く。

「では、必殺技がないのにどうして名前が付くのでしょう?」

 疑問に思い師に思わず質問してしまう。

「名前があればわかりやすいだろう? 相手に斬りかかる時、どの様に行い、何と組み合わせたか、一連の動作をまとめ、わかりやすくするために名前を付けたただけにすぎん」

 何とも夢も浪漫もない師の回答にフォルクが目を瞬かせる。

「そんな顔をするな。大体突き詰めれば、剣術でやっている事は斬る、突くや足捌きや体捌きといった基本動作、他に体術などと組み合わせた集大成でしかないのだぞ?

 魔法と組み合わせる事もあるが、それも突き詰めていけば同じだ。相手や戦い場所や時間、装備に合わせて組み合わせ、戦いながら駆け引きしているだけで派手に見える、見せているだけの事だ」

 虚に惑わされず、実だけみろ。笑って頭を撫でる師の言葉の意味をフォルクが本当に理解したのはその数年後である。



「これ以上は時間がない。直ぐに済ませよう」

 残された時間、そして足止めに来たというのが本当なら下手人が逃げている可能性もある。遊んでいる暇もないし、これ以上ハンスと同じ剣技や戦法を修めているのなら、力の出し惜しみをしている余裕もない。相手の技の危険性と自分の力を知られる危険性を天秤にかけてフォルクが攻撃に転じる決断をする。

 下段に構えたフォルクから強烈な気迫を感じノワールが数歩下がる。フォルクの間合いが急激に広まった様に感じたのだが、この様な事はノワールにとって生まれて初めての事で一瞬動揺する。

「へぇ……これがリンドヴルム殿の本気ですか」

 まるで闘志が波の様にフォルクから巻き起こっている。そんな幻視が見えた様にノワールが思えた。それほどまでに強烈な圧迫感がフォルクから発せられているのをみれば、今までのフォルクが本気を出していなかった事に呆れ半分と、戦慄半分が心を支配する。フォルクが魔法も使用できるというのは、劇団員を治療したという事で調べはついていたが、そういった魔法と剣を組み合わせた戦法を得意とすると予想していただけに、剣術単体でここまでの力があるとは思いもしなかった。

「何で本気を出さなかったのですか?」

 ノワールの問いに答えはなく、呼吸を整えフォルクがタイミングを測っている。フォルクの放つ圧迫感はいまもまだ高まり、この覚える緊張感は並の使い手では味わえない。マシューら三人同時でも感じない背筋を走る感覚。

 これだ。これだから、強者との戦いはやめられない。勝負は一瞬、4合5合と打ち合う事はない。手の内を晒すのを嫌うフォルクは確実に一撃狙い、もし一撃でしとめ切れなくても今回の一連の連続攻撃の中で決めるのを志向すると簡単に予測できる。

(初手を凌ぎ、返す太刀で競り合いから押し込み、胴体を狙い小細工を仕掛ける)

 半ば暗殺の技として嫌われるこの攻撃だが、如何に剣豪でも決まれば確実にダメージが大きく、動きを制限できる。問題はそれができるかどうか、少なくても相手が強くなれば自然と攻撃が予測できるが同時にそれは相手も同様である。それだけに細心の注意をもって仕掛けなければならない。以前戦っていたというのが本当なら手の内がばれている可能性もあるのだ。それでも自分の積み重ねてきたものを信じ、通用するか実戦で試すのは充実感がある。例え死んでも悔いはない。勝負の時は来た。フォルクが動いたのだ。


(なんと)

 ノワールが絶句する。フォルクの初動は見て取れた。だからこそ、彼の攻撃に対応できた。フォルクの打ち込みに対して剣で受けれたのだ。だがその際に起きたのは剣の刀身同士がぶつかった時にこちらの刀身が綺麗に両断されるという事態である。

(武器破壊狙いだったか)

 動く金属の刀身を断つなどそうそうできるものではない。それを実際フォルクがするなど予想もしなかった。恐るべき技量。だが刀身の半分はまだ残っている。現実を受けとめ分析するのと同時に、脳に蓄積された経験からノワールがフォルクの懐に飛び込む。折れた剣での斬り合いは不利ならば避け体術を含めた勝負にでる。

 狙い通りフォルクの懐に飛び込むと鍔迫り合いに持ち込む。右手親指、人差し指に魔力を込める。狙うは腹部、胸。上手くいけば肋骨の間へ指を突き刺し呼吸の妨害、腹部に穴を開けて激しい運動をすれば内蔵をぶちまけさせる。穴に気がつけば動きが鈍りこちらが有利。もし上半身が無理なら足の破壊。普通の剣術や相当な実戦慣れをしていなければ対応は不可能。ノワールにとって本領を発揮する必殺の間合い。激しく体の位置を入れ替え防御の空いた腹部へとノワールの指が走る。

(獲った)

 ノワールの絶対の自信。相手は逃げられない。右手をそのままフォルクへと接触させようとした刹那、フォルクの左手が腰の何かを掴んでいるのが見える。それはもったまま勢い良くノワールの顔面を狙って突き上げようとしている。

「鞘だぁ!?」

 想定外な攻撃。なるほど、フォルクが同じ流派の人間と一度戦ったというのは嘘ではないのかもしれない。突き上げられる鞘を右手で受け止める。予想外の攻撃に対応した上で、予想外の攻撃で反撃など信じられなかった。同時に気がつく。反射的に右手で防御した事でフォルクの左手が剣の柄に戻る。

 逃げろ。見た瞬間の警鐘。同時に体も自然と後退する。間合いを脱しないと斬られるのを確信するが、同時に逃げられないという冷静な経験則からの判断。そして無意識に導きだした答えはノワールは左手に魔力を集中させて硬化させ折れた剣と贄にして体を守るという選択だった。

 結果はノワールの想定通り、フォルクの斬撃により左手を斬り落とされる。同時に距離を保ちながら利き手の右手から腰にさした小剣を取り出す。

「体と利き手を守って左手を捨てるか。判断が早い」

 体勢が悪かったフォルクが追撃に移行できず、舌打ちする。絶対の自信と相手の行動をハンスとの戦闘から予測した一撃だった。まさに必殺を確信した攻撃。が、まさか腕を犠牲に逃げ切るとは予想もできなかった。だが出血量が多い。片手を失った力では対抗もできない。手の内の一つは剥かれたが致し方なし。次で決めれば手の内は外に漏れず闇に葬れる。

「死ね」

 フォルクがにこやかに笑みを浮かべる。まるで戦うのを嫌がっていた時と同一人物に見えない姿。止めをさすために安全圏まで後退するノワールを追うために無造作にフォルクが踏み込む。

 瞬間的な判断。フォルクがしゃがむとその体のあった場所を矢が通過する。

「やはり狙撃手か」

 一人だけではない。過去の戦場経験や戦いの経験からの予想で警戒していたが、実際に狙撃を受けると、そんな経験をありがたいと喜ぶべきか、騎士道を守る戦場にいなかったのか不運を嘆くべきなのか。くだらない事を考えながら射線から隠れるべく建物の物陰に入るために単純なバックステップだけではなく上半身を揺らし、歩幅を変えて自分の行動を予測をさせぬ動きを混ぜる。

 立て続けに風を切る音と共に予想した通り、第二射、三射と豪速の矢がフォルクの傍を通過していく。フォルクの行動を予測した狙撃である。速度的に一人で連射か、二人の射手か。更に気配を感じ振り返ると一人の男がフォルクへと三つの玉を投げつけるのが見える。

「劇薬か煙幕か」

 投げつけられたものが何なのかわからぬ以上、フォルクとしては逃げるしかない。懐から投擲用のナイフを3本取り出し、すれ違い様に胴体と頭部に2本、足へ1本投げつける。牽制。あわよくば足にでも当たれば捕まえられるだろう。その程度の認識だったが、男が外套を振ると3本全てからめとり外套の中に納まる。同時に投げつけられた玉が炸裂する。巻き起こる煙は白い。煙幕だと思うが何が混ざっているか知れたものではない。そのまま煙から離れると狙撃手も男もノワールの気配も消える。

「逃げたか。手の内晒しただけとはな」

 警戒こそ解いていないが、煙の向こうには人がいないのは気配でわかる。ただ監視は受けているかも知れずこれ以上手の内を晒すのは避けたいフォルクとしては追撃は諦めるしかなかった。

「獲ったと思ったんだけどなぁ」

 ノワールをしとめ切れなかった。明らかに訓練時間が減った弊害だろうか、手の内を晒すのを恐れすぎた結果だろうか。何れにしても、ノワールの首を落とす一撃を左手一本で防がれ、逃がした上に手の内の一つを見られた。これはフォルクにとって負けたと言ってもよかった。 そんな事を考えていると煙幕も晴れ、先程の戦っていた場所には矢の突き刺さった壁と折れた剣だけが残されているだけであった。斬り落とした左手は回収したのだろう。腕の良い治療魔法が使える人間なら問題無く接合は可能だろう。

「これは隠れ家への襲撃は完全に失敗かね」

 足止めを受けた上にこれだけの手錬のフォローが用意されていた。賊が雇っていたのなら逃げられた可能性は高い。ただ、たかが賊がこれだけの人員を金で用意できるのか、という問題がある。金ではなく、仲間の救援だった場合、これだけの人員と手錬がいるのなら、ただの財宝狙いの賊とは思えなかった。

「ま、門番には知らなくてもいい事さ」

 誰に呟くともなく、剣に付着した血を懐にある布でふき取ると鞘に収める。とりあえず、指定された場所に移動し、ギドの配下の傭兵と合流をしようとフォルクが歩き出した。


「いやぁ。完全に動きを読まれてたか」

 完璧なお膳立てだと思っていたギドである。作戦の成功を確信していた。だが実際襲撃を行った時、逆に隠れ家の罠で足止めを食らうという大失態を犯すとは思ってもいなかった。外の味方は壊滅している。

「これはリンドヴルムの方もやられたかな」

 若い異国人も同じ様に足止めを受けた可能性を考えると、恐らく捕らえた賊の救出に動いている事が予想される。とても今から動いても間に合わぬだろう。

「ギベリニ伯もカンカンになるか。どうしたものか」

 まるで他人事の様にギドが呟くが、ただの盗賊ではなく、組織化された集団なのは間違いない。例の奪った物がどの様なものか、理解して盗んだと判断もできる。これは一度ギベリニに仲間と対応を練ってもらおう。ギドが頭を掻いて罠を解除して隠れ家をでると合図の花火を打ち上げる。同時に遠方から同じ花火が打ちあがるのが見える。

「やっぱあちらもやられたか。詰め所に戻るかね」

 残った配下の傭兵の中で軽症な人間を数人選び、急ぎ詰め所へと走り出す。遅いとわかっていても部下のいる手前見せる必要があるのは仕方のない所である。距離は遠いが異変があったのは遠目でみてもわかる。詰め所の方角が明るく煙が上がっている。放火か失火だろう。

「おや、リンドヴルム殿」

 走っているとわき道からかけてくるフォルクと合流してギドが声をかける。手傷は負っていないが不本意そうな顔をしているので、自分と同じでやられたのは間違いないようだ。

「時間、稼がれた。ノワール」

「ノワール・マディランが邪魔をしたと?」

 ギドが驚いた様子で、それにたいしてフォルクが頷いて肯定を示す。

「ノワールは自分を鍛えるために傭兵になった奴ですからな。強者と戦えるのなら正義など二の次。敵対すると踏んで相手に雇われたのかもしれませんな」

「その割には手錬の弓の狙撃と、煙幕と穏行を使いこなせる人間まで配置していたそうですよ」

 ギドに答えたのはフォルクの後ろに続く傭兵である。彼の言葉にギドが思わずうなる。やはり先程も少し考えたが、手錬の傭兵を複数雇える金と人脈があるという事であるなら、相当な援助者がいる可能性がある。だが、ふと傭兵の言葉を思い出す。配置していたそうだという話。つまりフォルクが傭兵と合流する前に襲撃されたという事だ。

「一人で三人を相手にしたと?」

 肯定で頷くフォルクにやはりとんでもない男だとギドが笑う。これほどの逸材が何故無名だったのか、街の劇場の門番をしているのか。人材の浪費である。なんとしても引き抜きたい所だが、どうもこの男現状に満足している節がある。何かしら追い込んで動かすか。ギドの頭の中で手法を考えるがそれが悪い顔に見えたのか、フォルクも配下の傭兵も胡散臭いといった表情でギドを見ている。

「間に合いますかね?」

「無理だろう。放火したのがどのタイミングかにもよるが逃げるのに放ったのなら既に間に合わない。

 攻撃時の放火、乱戦での失火の場合あれだけ火の手が回っているのなら決着はついているだろう」

 ギドの分析にフォルクが同意を示す。本当、意味がわかっても言葉として伝えるのは中々難しい。フォルクとしてはここが悩ましいところである。

 そんなフォルク達が詰め所にたどり着いた頃には詰め所と周辺にある宿舎の棟が炎上し終えて鎮火していた。幸い周囲への延焼がなかったのが救いとみるべきか、と思いながら周囲をみれば負傷している傭兵達が見える。息を整えながら負傷者の並べられている中に入り治療手伝いに入るフォルクを見送りながらギドが報告を受けてから次々に指示をだす。やはり捕らえた男は奪回された様で、逃げた連中の探索に人員をだすが見つけられないだろうし、見つけられても殺される可能性が高い。

「どうやら、初戦は勝ったが最終的に負け越しか」

 とギドが呟く。敵の本体の大きさが見えただけまだましか、と自分を慰めるが、問題はギベリニがどう思うか、任務失敗に対してどうでるか、という所だ。ただ賊がただの賊ではなく組織的に行動して手錬を抱えている。これだけわかればまだ自分は安泰であろう。ギベリニもそれ位は計算できる男である。

「それにしても剣も使え、3人に襲われ狙撃されながら生き残る。その上異国のとはいえ回復魔法まで使えるか」

 これだけできるのに、稼げる仕事もせずにたかが警備に満足しているのなら住処を奪うか、敵に恨みを持たせて復讐のために戦う場を求めさせるか、フォルクを引き抜くには一計は必要だろうとギドは考える。狙うのならフォルクにぞっこんなリタを利用するか。と思考をめぐらしながら今日の寝床の確保のために傭兵を一人捕まえて指示を飛ばしながらできれば友好的に仲間に引き入れたいものだとギドが薄く笑った。

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