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きっとまた逢えるから  作者: シングルベル
5/12

5話

 ノワールとの会ってから数日。劇場正門前の警備がない時、そういった時間は大抵言葉を習う事に費やしていたフォルクが一日、剣を持って鍛錬に励んでいる。そんな珍しい光景に劇場の関係者が珍しいものを見たと内部に話しが広まっている。

 過去、一日最低限の鍛錬は欠かさずにフォルクも行っているが、劇団員の練習する鏡の間を使い、構えを確認する事と体の柔軟性を保つ事を中心としたものだけに留まっていた。言葉を覚えるのに時間が足りないという事もあったのだが、そんなフォルクが質が良いとは言えないなまくらな剣を三本、造形を捨てた実用性は高いが安い鋼鉄製の兜を購入してきて型の確認や鍛錬をする姿など始めて見る者もいる位で自然と観察する人間が増えている。

「あれだけの力量があれば斬鉄位はできるのは間違いないだろうが、気になるのは魔法だな。我らの国と系統が大分違う魔法というのは気になる」

 ベータとしては今更フォルクの剣に疑いはなく、どこまでできるのか、という事だけが気になる所であり、殊更今話題にする必要はなかった。それよりもいまだ未知な異国の魔法、こちらの方が戦力的にどこまでなるのか、そちらの方が重要で言葉にでた形である。

「大分型が違うと思ってはいたが、素振り一つみてもかなり違うな」

「盾を使う戦いを意識してないんだとおもうが、防御を捨てた形と見るべきか?」

「動きを見れば重い甲冑で体を守るという戦い方ではないし、とにかく早い。受け流して反撃をすると見るべきなのかも知れんぞ」

 今まで実戦でも訓練でも見せた事のないフォルクの鍛錬を見ていた傭兵達の評を聞きながらリタを始め若い女性陣はそういった分析とは別に黄色い歓声をあげる。武術の心得がなくてもフォルクの見せる動きが違うというのは自然とわかる。見たこともない技、見たことのない動き、そして結果として形で示してきたからこそ、夢中になるのかも知れない。

 そんな二種類の見学者を他所にフォルクはというと、兜を置いてなまくら刀を構え集中力を高めている。兜を切ろうとしている。それはわかるのだが、果たしてそんな事ができるのか、多くの見学者達が固唾を呑んで見守る光景はフォルランにとって困惑を覚える所でもある。

「仕事でも練習でもしてくれるとありがたいんだがな」

「仕方ないさ。あのフォルクがやろうとしてる事は家の傭兵連中の中でも5人位しかできん事をやろうとしてるからな」

 フォルランの愚痴にベータが苦笑する。

「まして、見た目は悪いが質は保証されるガドリン作の兜だ。それをなまくらでぶった切るなんて無茶もいい所だ」

「兜を切れる人間が5人もいるのならそこまで騒ぐ事もないだろうに」

「とんでもない。斬鉄や兜を斬れる人間は心技体揃ってないと不可能だ。それが5人いるというのは中々ない事だと自負している」

 フォルランの言葉に即答する。

「という事はベータの傭兵達はそんな凄腕連中という事だったのか」

「そうだぞ。それを格安で契約できているんだから感謝して欲しい位だ」

「では、この前の捕り物で捕らえた下手人も兜を切れるのか?」

「それとこれとは別だ。できるのは技量の目安みたいなもので、できなくても強い奴は幾らでもいるからな。できる可能性があるという事で見ておく所だろう」

 首を傾げるフォルランだがこのあたりの理解は流石に素人では無理なのは仕方のないか、とベータが笑う。

「実戦は敵が鎖帷子を着込んでいたり鎧で身を守る事もあるし、相手が動き、精神が乱される。その敵を動かぬ的を斬る。と同じに考えるのは難しいのだよ。

 動かぬ的を射る弓の名手が狩りで散々な結果になる。という話も聞いた事あるだろう? 実戦はそこまで変わってくる」

「なるほど……。で、フォルクはできるのかい?」

「普通の剣や、使い慣れた剣なら問題はなく斬れると思うが、今回は使う剣で難しいだろうな。もしこれでフォルクが斬れるのならば、あの年齢から考えられない程の達人の域……そろそろかな」

 窓の外に剣を構えるフォルクの気配が一変しベータが視線を外にへと移す。外では見学にいた劇団員すら言葉を失う程見る者を圧倒する強烈な闘気を見せるフォルクにフォルランも固唾を呑んで起ころうとしている事を無言で見守る事にした。

「せいあああああっ!!」

 何も見えなかった。フォルランが気が付いたのはフォルクが気声上げ、甲高い金属同士がぶつかり合う音であり、よくよく見てみれば構えていた剣をフォルクが振り下ろしていた姿である。視認できない程の速さ。という事や距離的な問題があったにしても、ベータ達の実戦を見た事のあるフォルランには衝撃的な光景だった。

「……お見事」

 確認したベータの唖然とした声から成功させたのを悟ったフォルランが兜を注視すると、確かに剣が兜を貫通して下の切り株の下に食い込んでいるのが確認できた。ベータとしてはあくまでも兜に刃が食い込むを成功の判定としていただけに現実離れした光景に手にしていた煙草を取り落としそうになった程である。

「型通りで制限した時も間違いなく、フォルクが一番強いなこれは」

 呼吸を整えるフォルクと、フォルクに近寄る人の山を見つめながら頭を掻く。まさか、あんな剣で斬れるとはベータは考えていない事態だ。実戦の腕も確認していたが、あの年齢でこれだけの技量があって無名というのはとてもではないが、信じられない事である。正直に化け物とも言ってもおかしくない。それだけの尋常ならざる事態であった。

「見なれぬ剣術、優れた技量、若さ。どれをとっても情報屋の格好の的になりそうなんだが、奇妙な事に話題が例の一件から存在が認知されたのがフォルクだ。

 実力は確かだが、そんな人間を良く傭兵として雇う事ができたな?」

 ベータもノワールと同じ疑問に行き着いているが、そんなフォルクをフォルランが招き入れたという事実は意外な事だった。元々、人を見る目というものをフォルランが持っているとはいえ、得体の知れぬ人間を招くというのは危機管理上ベータとしては避けたい所で、フォルランが雇うと言い出した時には反対論を展開もしていた。もっともフォルランが雇うのを決めた以上どうする事もできないし、これだけの力量があれば初めから正面から来た方が早く決着がつく事実もあるのだが。

「少なくても家の若い娘達への対応に嘘はなかった。それに嘘は付けぬ性格だから表情を見ていれば交渉なら簡単に読み取れる」

「剣とは違う所からの人物鑑定か」

 戦う環境からの把握とはまた違うフォルランの判断に興味を持つが、こればかりはフォルランが武技の事を理解できない様に、ベータも理解できないだろう。聞くのを早々に諦めると近くの椅子に腰を降ろす。

「元々は傭兵契約の名を借りた宿提供なものだからな。こちらとしては命を救われたんだ。もっと暫く居てくれてかまわないのだが。

 実際言葉を覚え始めたら客人扱いに飽きたと言われたら仕方ないだろう」

 義理堅いのか、甘いのか、ただそういう所も含めてフォルランの人望に繋がるのだが、ただおかげでフォルクと良好な関係を築けるのなら幸運とするべきか、とベータが足を組みながら考える。

「あれで魔法まで仕えるのだから、掘り出し物の人間だよ」

 フォルランがそういって笑うが、今のところ言葉は確かに間違いはなかった。


「兜を斬るだけでここまで騒ぎになるとは」

 斬った剣の刃を確認しながら集まる人の輪にファルクが少し戸惑いを覚える。基本的に、ファルクの周りでは最低限、斬鉄や兜を斬る事ができるのは最低条件である。しかも、断ち切る上に、刃の状態が継続して物を切れる状態で無ければならない。それだけの力がないと選出されない程厳しい集団に所属していた。ただ試し斬りとして技術を追求すれば動かぬ対象のため、自分と同じ条件にしなければ然程難しいものではない。そう考えていたし、ベータらの傭兵達もやろうと思えばできる者は多いと判断していたのもある。それだけに傭兵達が驚くというのは違和感が大きかった。

「兜を割るのも斬るのも簡単にできてたまるか!」

 と、フォルクのこの考えを聞けば傭兵達は答えただろう。硬い鈍器でなら割る事なら兜次第で不可能ではないが、剣でそれを達成するのは並大抵の技量と力では達成は不可能だし、専用に獲物を用意しなければならない。二束三文で手に入れた剣でできるものではなく、用意しても精精切り込みを入れる位なのだ。

「綺麗に切れてる」

 リタが両断された兜を手に持つとずっしりとした重量を感じる。こんなしっかりした兜。しかも鉄製品を斬るなんて想像もしていなかった。切断面も粗さがない綺麗なもので、まるで肉を切ったのではないか、と思わせる程の滑らかさだ。

 傭兵達を見ればフォルクの持つ剣の刃が潰れていない事を評価している。どうやら自分の知らない所ででもフォルクは凄いのだろうというのがわかる。

「ま、腕は鈍っていはいないというのはわかったな」

 小さく呟くフォルクの声。どうやら自分の状態の確認だったのだろう。でもだからといって、こんな超人技を見せ付けられるとどうしても信じられないものがある。魔法を使ったのではないか? と考えるのはリタだけではない様子で、近くの傭兵に説明を聞いている若い女優が魔法を使用していない旨を聞いて唖然としていた。

「フォルクって、兜切れるまでどの位時間、んと何年かかったの?」

「10年」

 リタの質問にあっさり答えるフォルクだが、フォルクが18と年齢を名乗っている事を考えると8才の時点で既に剣を振っていた事になる。そりゃあ強いわけだとリタが納得して頷く。

 だが傭兵達の方はリタと違う認識で驚愕していた。10年も剣を握れば技量は高くなるが、だからといって成長期という段階もあり体とのバランスが崩れる時期がある。まして純粋な筋力の問題もある。にもかかわらず剣で両断するだけの体を得るなど考えられない。

「化け物だな」

 そう思わず傭兵の一人が呟く。実戦経験も相当積んでいるのは以前の活躍から見てとれたが、その上でこれとなるとフォルクがどれほどの時間を修練にかけてきたのか、という事になる。筋力の問題を除いても、とても一般的な修練にかける時間で10年などと平凡な生活を送っていたとは考え難い。実際そうだとしたらその時間だけで技量に達するなど天才としか思えず、それを口にするのは傭兵達の自負もあり憚られ化け物という表現になったのだが、リタはその表現が気に入らない様子で傭兵を睨む様に視線を向けている。

 どうやら恋するお姫様のご機嫌を損ねたぞと、リタの表情からその事に気がついた様子の傭兵達が責任を押し付け合いながら上手いいい訳を探していると、救いの手ともいえるこの状況を変える来客を告げる声が響く。傭兵達の指揮官ベータの一声だった。

「フォルク、お前さんに来客だ」

 ベータの言葉からどうやら待機の日々は終わりを告げた事を、事情を正確に把握していたリタが悟り心配そうにフォルクを見あげていた。

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