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きっとまた逢えるから  作者: シングルベル
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2話

 リタが初めてフォルクと出会ったのは森の中である。あの時の事はリタの記憶の中で鮮明に残り、感謝の念と、はっきりと自覚した恋愛感情も自覚している。

 自分に圧し掛かり辱めようとした賊の長を容易く切り殺し、仲間に襲い掛かる者も同様に排除して回った。言葉は通じなかったが、異国なんて文化の低い野蛮人と思っていたリタにとって衝撃的な数々だった。

 剣の腕、けが人の治療や、見知らぬとは言え、重軽傷者を治す魔法の数々、女性への扱い方。全てが完璧に見えていた。

「襲われかけた所を助けられたから錯覚してるのよ。それにフォルクには相手がいるみたいじゃない。いい加減リタも夢から覚めなさい」

 と先輩の女優から諭されているが、それでもリタにとってあの日、あの時の出来事は忘れる事はできなかった。そしてそれが今のリタの積極性へと繋がっている。



「へぇ。じゃあ、あのギベリニ伯爵の財宝を盗んだ賊ってフォルクと同じ国の言葉をしゃべってたんだ」

 久しぶりの休みからか、リタが嬉しそうにフォルクの腕を取ると事件のあらましを聞いて少し興奮した様子を見せる。

 昨日深夜の大捕り物の騒動で午前中休みとなった劇場では女優や歌手、舞手が街を散策する事が多い。人気もある事から劇場の関係者に護衛が付くのだが、大抵リタが散策する時はフォルクを指名する。積極的なリタの行動に劇場関係者達も困った状態になるのだが、相手のフォルクはといえば意中の相手がいるらしい。リタに対して手を出す事はないだろうとある意味安心している。

 というのも、初めてフォルクと出会った当時、現金を奪われて逃げられた状態では街までの護衛に言葉が通じないフォルクを説得するのも難しく、代わりに若手女優達を宛がい、護衛を頼もうとした事があったのだ。苦渋の選択だったが、意外にも反対は少なく最初にやると言い出したのはリタである。どうも一目ぼれしているというのは解かっていたし彼女に任せてみるとフォルクに宛がわれた馬車の中に早速夜這いを仕掛けてもいた。

 だがリタに対し慌てた様にフォルクは指輪を見せたり首飾りにある女性の絵を見せられ、恋人か結婚相手がいると必死に説明をしている。色で落とす事はその後も何人かの娘達のアプローチに対して拒否を示し不可能と思われていた。

「男と、すこし、話したい」

「大丈夫。きっと機会はあると思うわ」

 言葉が完璧ではないが、フォルクの伝えたい事はわかっているのか、残念そうなフォルクにリタが元気付ける様に笑顔で答えると、気分を変えようとフォルクをぐいぐい引っ張りながら街中を進んでいく。そんなフォルクとリタの姿は恋人の様にというよりも仲の良い兄妹にも見えた。

「リタ、凄い人気」

「それだけお客様が多いって事ね。ありがたい事だわ」

 フォルクとは違う認識なのだろう。フォルクとしてはファンの多い周囲の反応が怖くて振り返る事ことそしないが、そんな劇団若手一番のリタと外国人が街中を歩けば当然衆目を集める。何度かリタに対してちょっかいを掛けようとした者も過去に存在したが、皆フォルクに容易くあしらわれるという事もあいまってか手を出す者も減ってきていた。それが完全になくなるわけではない。商人達の次男や三男といったグループからはいまだにリタや他劇場関係者に声がかかる。

 この日もせっかくの午前中休みだったリタに声を掛けてきた青年達にリタが内心舌を出しながら、話を聞き、個人邸宅への依頼の話を振られては、支配人を通してくれと笑顔で答える。

 暴力沙汰になれば後ろに控えるフォルクがどうにでもしてくれるが、それ以外はリタが自分で対応しなければならない。女優や歌手、舞姫限らず中には商人達や貴族と一夜を共にする。何て人間がいる。だがフォルランでは基本それを禁止した芸だけの世界であり、それをわかっていてもフォルラン所属の女性に対し下心丸贈り物攻勢や、酒で酔わせようとしたり、と油断のできない相手が多く、リタが女優や歌手を目指して一番失敗したと思うのはこの点だった。

「お疲れ様」

 やっとの思いで撃退したリタにフォルクが声を掛ける。相手が相手でフォルクでは間に立てないが故のジレンマもある。

「本当。ただ歌とかお芝居だけで生きて行きたいのに」

 こういった事が前回の森での事件に繋がっていると考えると恐ろしい事だが、だからといって夢は諦めたくない。夢で生きていくのがどんなに難しい事なのか、なる事もだが、なった後の辛さもある。そんな事を考えていたせいか難しいなぁとリタの呟きにフォルクが首を傾げる。

「なんでもない。行こ」

 折角の時間がもったいないとばかりにフォルクを伴って繁華街を歩く。歩くには理由もある。フォルクの背中にはフォルラン劇場宣伝ののぼりがあるのだ。ただ遊ばせて貰えない立場にフォルクはあった。


「あの小娘の護衛が、噂の傭兵ねぇ。」

 店の中でリタに連れられ、ねり歩くフォルクを見ながら男が呟く。ああしてみるとただの遠い異国の外国人にしか見えない。気配も普通で危険人物には到底見えなかった。

「甘く見るなマシュー。ケルンがあっさり負けたんだから」

「わかってるってハウィット。で、実際あの男そんなに強かったのか?」

「少なくても一人だけでは戦いたくないな。三人一緒でも厳しい」

 思わず同僚の言葉に本当かよ、と確認したくなるが、ハウィットの表情が全てを物語る。ここまで警戒をしているのを考えると関わりあうのは避けた方が絶対に良い相手である、と。

「実際の戦いを見たからわかる。ケルンとの戦いで本気ではなかったからな。あの男の底が見えない」

 ハウィットの話を聞いたマシューがほほ杖を付いて嘆息する。

「確か、劇団員の隊列を襲撃した連中をほぼ一人で片付けたとか聞いたが、噂話が脚色されたって訳じゃ無さそうだな。

 この男がいる街で救出するのは避けたい所だが、ギドとかいう男そんな甘くなさそうなんだよなぁ」

 昨夜捕らえられたケルンの処刑情報こそでていないが、自分達を誘き出す為に間違いなく動きを見せるのは予測できる。ギドの誘いと待ち伏せの中でどれだけスマートに救出できるか、そこが勝負の分かれ目になると判断してマシューがため息を漏らす。

「援軍が間に合えば何とかなるだろうが、それでも正面から当たるのだけは避けよう」

「間に合わなければ?」

「見捨てるさ。ケルンも覚悟の上だろう?」

 冷静だねぇ。マシューが視線を動かさずに呟くがそれをハウィットが気にした風もなく続ける。

「当然の判断だ。大体、俺にそれを言わせたくせに」

「ケルンに恨まれたくないからな」

 大真面目なマシューの言葉にハウィットがまじまじとマシューに視線を向ける。見捨てるという発言をいわせた今回もだが時折、本気なのか冗談で言っているのか、長年一緒にいてもわからない事をマシューがいうからハウィットも戸惑う事がある。

「いつでも動ける様にはしておこう」

「了解だ」

 決断すると二人の行動は早かった。


「ん……」

 観察されていた様に感じられたが敵意は感じ無かった。リタもいる手前、下手に刺激して相手をその気にさせるのもまずいと警護に専念している風を装い、フォルクが周囲に視線を走らせる。

「妙、だな」

 だが直ぐに気配を感じられなくなる。陰行になれたものならばこの人ごみで気配を消されれば探すのは難しい。

「ほらフォルク! 笑顔笑顔」

 そんなフォルクを知らずリタが笑顔を振りまいている。人気女優・歌手の一人であり、ファンとの交流も大切にするリタの人気は高い。それに外国人の相貌が珍しいとフォルク目当てで人も集まる。最近は相貌だけではなく、劇団員を助けた事に加え、凄腕の賊を捕らえるという活躍まで追加された。フォルクが考える以上に二人の宣伝はそれなりの効果があった。

 だが当然、有名になれば不利益もでてきたのがフォルクの引き抜き話である。他にも手合わせを願い出る旅の剣士や傭兵が増えるという事が特に顕著に現れてきた。今でこそ、言葉が通じないで済ませて来れたがそれも限界だろう。実際昨日の今日なのに劇場までに自分宛に一勝負交えたいとの手紙が舞い込んでいる程だ。

 外見からしても、髪の色や瞳の色で人目を集める為に接近を望む異性も多い。国に居た頃なんてフォルクに夢中な異性は一人しかいなかったのに、この差は一体なんだろうと思うが程である。

「そういえば、武道とか私には解らないんだけど、昨日の賊もそういった繋がりはあったの?」

「ある。敵だった。凄腕。男、同じ剣」

 フォルクの過去を知りたいがだけの質問だったのだが、フォルクが直ぐに肯定を示した事と、明らかな嫌悪感を示した事に意外さをリタが禁じえなかった。

「危険な男。その男、いるなら危険」

 フォルクとしては、自分と同じタイミングで思わず口に出たハンスがやってきたと判断して計算しているのだが、そうなるとわずか半年であそこまでの使い手を育てる事になる。幾ら元々の素養があったとしても、流石にそれはないだろう。と思いたいフォルクである。それに「自分達一族の言葉」を始めとする理解し難い内容もあった。

 詳細がわからないが、強敵である以上遭遇するのならできるだけ身軽な時に願いたい所である。

 そんな考えをしているフォルクの事はわからないが、いつもの散策より警戒が厳しいのはリタもフォルクの雰囲気の差でわかっていた。深刻な相手なのだ。と、いう事も同時に解った様で、自分が無理なお願いをしたのではないかと不安も覚えた様子が見て取れた。

「その男。いたら来てる。問題ない」

 リタの不安を見てとったのか気にするなと身振りを交えて伝える。こういった所の気配りが言葉として出ないが伝わる様でリタが笑顔を取り戻す切欠になった。実際、特に問題のある輩は見受けられなかった。噂話が広まりそっちで注目する傭兵や剣士が増えた事もあり、見つけられなかったというべきか。そして、そういった環境生まれた使者が一人、二人の前に現れる。

「やぁ君か。昨日のあの腕を見せられると巷の噂が事実だったというのがよくわかるよ」

 二人の前にタイミングを計った様に笑顔の男が顔を見せる。

「どなた?」

「昨日の捕り物の兵の長です。いやぁこの街の劇場に上がる女性の中で若手一と言われるリタ嬢ともお会いできるとは光栄ですな。

 私、ギベリニ伯爵より賊の討伐を申し付かっておりますギド・モルバスと申します。以後お見知り置き下さい」

 リタにそう答えてひざを付く男を見て、露骨な嫌悪感をリタが見せる。大声で自分達の劇場を守る仲間とも考えている警備の傭兵達を罵った男。その印象が一番に思い浮かんだのだ。

「昨夜の事でどうやら嫌われてしまいましたな」

 事もなげにいう姿にフォルクが苦笑いをする。随分と面の皮の厚いと思うが、リタの方は怒りを隠そうともせずにいた。

「だったら少しは言葉を選ばれたら如何ですか?」

 リタとしては本気で起こっているのだが、怒った姿も可愛らしいとギドが笑う。まだまだ子供であるリタをからかって遊んでいるのを見てフォルクが咳払いを入れる。

 偶然遭遇したわけではないのもフォルクには解っている。態々ギドが接触を図ってきたのだ。話位は聞いてやる。そう示したのだ。

「リンドヴルム殿がお話を聞きたいとの事ですし、ほれそこの二階を貸しきっているのでそこで話をしましょうか」

 ギドの指した店。それはこの町で有名な料理店のひとつであった。


 ギドの案内を受け店の中に入ると人気店だけあって2階を貸し切られた事で1階が戦場の様な忙しさになっている。こういった無茶ができる程に、ギドは少なくても随時人員を補充できる財力と交渉力はあるのだろう事もわかる。この辺りはリタとよりも、フォルクへのメッセージなのかもしれない。

「この人のおごりって、何だか高く付きそうね。フォルク気をつけてね」

 階段を登りながらリタがフォルクに注意するとギドとフォルクが同時に苦笑を見せる。

「本当に嫌われたものですなぁ」

「あれだけ当劇場の警備員を愚弄しておいてどの口が言いますか」

 リタが舌を出しながら階段を登りきると、二階の席が一席だけしか用意されていない事に気がつく。本当に二階を貸し切った上に、他の席を一端どかしたのか、とリタが呆れたとばかりにギドに振り返る。

「これも紳士の嗜み。相手は選びますが、ね」

 果たしてギドの示した行動が、フォルクへの敬意なのか、リタへ向けてのものなのか、疑問に思うフォルクであるが、自分の語学力ではとても確認はできない。大人しく言葉を待つ事にする。

「さて、いきなり商談というのは好みませぬが、リンドヴルム殿は言葉が不慣れ。本題で時間を消費した方が宜しいと思うが如何?」

「同意同意」

 とフォルクが頷くが、恐らくうんうん。という感覚で使ったんだろうというのを理解してリタがくすりと笑顔を見せた。


「実は、ギベリニ伯の財宝を奪った賊は二人残っていてね」

 運ばれてきた料理を口に運びながらギドが告げるとリタが顔を上げた。

「下手人は三人だった。という事?」

「さようでございますな。そして、残る二人も相当の手錬。捕らえた男を取り返しにくるやも知れません」

 要は手を貸してほしい、という事か。とリタとフォルクが同じ結論に至るのはこの状況では必然といえた。

「協力をして頂ければ、先日のリンドヴルム殿のお話の件。お受け致しますが?」

 まずは交渉条件としてのギドの報酬が提示されるが、流石に捕らえる労力と比べて随分と手間のかかる。そうフォルクとしては結論を出すしかない。

「五分、違う」

 フェアじゃない。明確な意思表示にギドも頷く。元々この条件で契約が成立するとは思っていない。

「例の賊は邪魔をする者には明確な対抗措置をとって来ておりましてな。リンドヴルム殿、お主の職場が荒らされる事、親しい人が狙われる。こういう事も考えられるのです」

 単純明快な脅迫であるが、揺さぶりとしては常套手段である。そんな事を気にしていては際限がない事でもある。ただ、もし劇場や劇団員が狙われるという危険があるのなら動かざるをえない状態もまた事実である。

 リタもフォルクの事だがあまりにも無体な内容があれば持ち帰ると口を挟んだり、妨害をするつもりであったが、劇団や劇場の事を出されると口出しができず、黙り込むしかなかった。

 昨夜の一件といい、このギドという男。もしフォルクが介入したら初めから全てに巻き込む腹積もりであったのだろうとフォルクが理解した。

「狡い」

 フォルクの表現ではこれが限界であるが、それを知ってギドも笑みを浮かべる。

「外堀を埋めるのは上等手段。無論見合うだけの報酬も追加で出しますよ」

 人の悪い笑顔を見せるギドに腹立たしさを覚えるが、報復の危険を持ち出されてはフォルクに拒否はできない。ただの劇場警備で資金を集めながら言葉を覚えるはずが、どうも自分が付けた覚えのない火と戦わされる事態は回避できそうもなかった。ため息ひとつついて天井を見上げると視線をギドに戻す。

「応じる」

 苦虫を噛み潰した様な表情でフォルクが答えた。


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