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きっとまた逢えるから  作者: シングルベル
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1話

「フォルク、お疲れ様!」

 劇場の戸締りを行う中で元気の良い声が響いてきて振り返ると三階の窓から少女の姿が確認出来た。この劇場若手一番の実力と美貌と評判も高いリタ。その彼女が窓から手を振っているのだ。

 いつも厳しい練習後や公演の後にも関わらず、窓からフォルクと呼ばれる青年を見つけては笑顔で声を掛けてくる。これは半ば恒例行事としてこの劇場のフォルクが警備に着いてから毎日欠かさず行われていて、フォルクも笑顔で答える。

 だが、当初から今現在も人気のリタから、親しく新参のフォルクが声を掛けられる関係に、僻みや妬みも周囲から集まっていた。役得とも言えるのかもしれないが、針の筵の様に視線が刺さるというのも中々ストレスが溜まる状況でもあった。

「フォルクも大分言葉が通じる様になったな」

 そんなフォルクの内心の苦労を知ってか知らずか、隣で共に正面の扉を施錠作業を担当していた警備兵が声を掛ける。長年ここの警備についているベテランの一人であり、新人のフォルクと組んでいる相棒でもある。

「みんな、おしえてくれる。ありがたい」

 リタを始めとした女性陣の協力が大きく寄与し、聞き取りは何とか出来る様になり、完璧とは言えないがある程度は理解出来る様になってきた。だが、意思疎通するにはまだまだ言葉として表現、発音するのが難しい。

 三ヶ月で何とか片言、現在では何とか聞き取りまでは生活する上で不都合ない状態までに上達したとはいえ、一人で安全に生活するには不安が残る状態であり、いまだ劇場の一角で宿直を兼ねて寝泊りしているのがフォルクの現状をありありと示していた。

「さて、今日も戸締りを終えたし、時間まで休もう」

 施錠を確認し、相棒の警備兵に声を掛けられてフォルクも頷く。今日もいつもと変わらぬ夜になるはずであった。


 周囲の気配が変化した事に一番最初に気がついたのはフォルクであった。今日も言葉を覚えるのに必死に読み書きの練習をしていたのが大きいのかも知れない。

「流石に深夜とはいえ、この地区の押し込み強盗はないだろうし……。何だろうかな?」

 母国語での独り言であったが、遂に好奇心が上回った事で部屋を出ると、金庫や劇場関係者の宿舎の警備の兵と軽く手で合図してから壁に登る。異変を感じ取ったのか、すぐさま二人、自分の下まで駆け寄ってくると同じ様に壁をよじ登り、外へと視線を向ける。

「真っ暗で何も見えんぞ……。何かあったか?」

 年長の警備兵が目を凝らすが周囲は漆黒の闇である。夜目が利くものを中心に夜の警備を担当するとはいえ、闇夜に包まれた部分まで目視で確認するのは容易なことではない。

「敵か? フォルク?」

「逃げている、おいかけている、二つ」

 表現に苦労したが、それで意味を理解した事で隣の二人が頷く。強盗に追われているのか、どこからか奴隷が逃げたか、どちらかと考えたが、悲鳴や助けを求める声もない事が気になる。

 つまり、逃走する側はおろか、追跡する側も積極的に声を上げられない。という可能性がある。どの国でも策謀といった裏の事件は多々あるし、そういった可能性も思い浮かぶ。そして商売人として、自分達に降りかかる災厄以外は知らない方が安全だという事もより正しく理解している。何よりも劇場警備を放棄するわけにもいかない。という本来の仕事もある。

「特にこちらに何かあるわけでないのなら、放置で構わぬだろう。ただ警備は強化しておこうか」

 年長の警備兵の言葉には説得力があり、臨時で休憩中の警備を起こして敷地内の巡回を増やす様に指示していく。この辺りまでの判断は常識的と言えたはずだった。だが、非常識がその境界をあっさりと踏み越えて来るとは考えてもいなかった。

 それは三人が壁を降りてから半刻程。静かな劇場の敷地と外界を仕切る外壁の向こうで激しい戦いが起きた事で穏やかであった劇場の雰囲気が一変する事になる。

「介入は許さん! 敷地内に入り込む者は役人でないのならどちらであろうと叩き出せ!」

 既に現場に到着していたここの警備担当の長の冷静な指示が飛び、常の訓練と配置の賜物か、多くの警備がそれぞれの獲物を持って、持ち場にて侵入者しようとする者への対応に備える。

 もっとも、外壁を登ろうとする者はおらず、結果として外壁の外で行われる一対多数の戦いを観戦する形となったのだが、驚くべきは追い込まれたと思った一人の剣士である。多勢に対して互角以上に渡り合い、多数の重軽傷者を出して相手の戦力を削っていっている状況である。

「少数で多数の相手をする事に慣れているな。的確に腕や足を取って戦う力を奪っていくか。それに、フォルクとは違うが見たこともない流派だが、異国人かな?」

 暫く観察を続けた後、駆けつけたフォルクに対して警備担当の長が声を掛けるが、珍しく外の戦いに見入っている様子で反応がない事に気がつく。余程の驚きから顔見知りかとも思えたが、それにしては驚き方が違う。

「それにしても一人の方は強いですね。隊でならまだしも、一対一じゃ勝てる気がしない」

 副長も駆けつけたのか、並んで外の戦いを見ているが既に趨勢は定まった感がある。何れ包囲を切り抜けるだろうと判断しての発言である。

「うぉぉぉい! フォルランの警備兵の衆!」

 そこへ、包囲を敷く側の指揮者と思われる男の声が響く。

「我らはギベリニ伯の盗賊追撃隊である。証拠のここに!」

 大きな声とかざされる旗は確かにギベリニ家の旗であり。ギベリニ伯の魔法印もある。嘘偽りはなさそうで意外、という表情で長と副長が互いを見合う。

「賊を劇場の壁まで追い詰めているものの、取り押さえるのが至難の業。そこで貴殿らにご助勢を願いたい!」

 予想通り、といえば予想通り。彼らとしても恥を忍んでの援軍要請だろうし、同時に、敗勢は覆せぬと決断からだろう。言いたい事はわからないでもないが、と副長が唸る。

 とにかく相手が悪い。この強敵を捕らえるのに相当な人員を負傷、相当数を失う程の重症も考えられる。優れた治癒魔法を使える者を集めて、手や足を繋げても以前の様に剣を握ったりが出来なくなる事も多い。素直に静観かな? と考えていると挑発は更に続く。

「褒美はギベリニ伯より思いのままぞ! それとも、先の劇団員襲撃以降新参にも負けて牙を抜かれたか!?」

 男の半ば罵声に警備兵達が殺気立つのを感じ、上手いと思わざるを得ない。傭兵家業は名も重要であり、少しでも傷が付こうものなら、契約金も下がるし、依頼も減る。相手に舐められたら、無駄な挑戦を受けたり、組し易しと攻撃も受ける事になる。新たな人員、それも優れた人材を集めが難航する事にも繋がる。幾ら深夜でもこれだけ大きな声で挑発されれば自然と噂は街中に広がるだろうし、脚色されて広げられるのは確実だ。信義もなく、臆病風に吹かれた連中。そんな話が広まるのは簡単に予想される。

「野郎……」

 激発寸前の警備兵達を見ると外の男の挑発が今のこちらの警備を取り持っている傭兵達に効果的なのかが解る。新たに加わったフォルクがリタ達劇団員を守ったとのだが、護衛の仲間の3/4を失う上に劇団員を守れなかった大失態がある。

 その上で賊を退けたとはいえ、新参のフォルクが信じられない程の強さをもって護衛の仲間入りを果たしているのだ。信用とプライド、両方を傷つけられた傭兵にとっては我慢出来ない内容である。

「こちらの内情を把握しての挑発とは、侮れんな」

 的確に痛い所を突いてくる挑発に怒り心頭になるが、だからといってこちらもほいほいと兵を出せない。前回分の損害と、利益を天秤に掛けても前回失った人員分を立て直すには時間もかかる。

「伝令! 団長より無駄に動く無かれ。進入があれば交戦を許可するとの改めての通達です。

 外からの要請に回答の必要もなし、無言であれと」

 少し、それこそ凄腕を選出して乱入しようかとも考えていた副長としては、警備を取り仕切る傭兵団の団長から釘を刺され、大人しく引き下がるが、フォルクだけは外で繰り広げられる光景をいまだ視線を逸らさずに観察している事に気がつく。

「そんなに珍しいか?」

 隊長の声にやっと気がついたのかフォルクが視線を戻す。

「あの剣、知っている」

 流暢な言葉でない為に、剣の技か、剣そのものか、判断に迷ったが、剣そのものは量産品でだろうと思われた。前者の技に関してだろう。そう考えると、フォルクがマジマジと観察していたのもわからなくもない。

「知っている流派か……。知っているとしてはあまり友好的な相手では無かった様子だな」

 フォルクの表情からは懐かしさよりも渋い表情のが色濃く滲み出ている。嫌な思いをしたのだろうと思ったのだが、その予想は外れてはいなかった。

「昔戦った。二対三で」

「ちなみにどちらが二で勝敗は?」

「俺二、引き分け」

 べらぼうに強いフォルクを相手に引き分けるという話に流石に表情が引きつるが、嘘を付く男ではない。

「つまり、あれよりも強い剣士がいる。そういう事か」

 そんな相手と一対一で当たりたくないな、と思うがフォルクはあまりしっくりとは着ていない様子で母国語で何か呟いているのが見える。

「もしかしてだが、フォルク。お前さん、あれに問いただしたいと思っているのか?」

「思う」

 即答で返された事にフォルクの本気度が伺える。もっとも、語学力の関係で意味としては『思っている』という事なのだろう。それは理解しているが、だからといってフォルクを出すわけにも行かない。ただでさえ新人にと挑発されている中でフォルクを出せば内部の不満が高まる。フォルクを出すのに因縁の相手の情報を持っている存在で押し切れるかと隊長が暫く考え、決断する。

「おし、責任は俺が取る。いって来いフォルク」

「感謝」

 隊長の許可を得ると羽の様に軽やかに窓の外へ身を躍らせる。そのまま外壁に一度着地して外へと降りる姿はまるで軽業師の様にも見えるが、ギベリニ伯の兵士達から見れば援軍が若い小僧一人という事に苛立ちを隠せずにいる。

 もっともそんなものを気にするそぶりも見せずにフォルクが目の前にいる男をマジマジと観察する。男の方も同様でフォルクを観察していたが、隙がない事からフォルクと間合いを取っている所を見ると中々の使い手と見えた。

「やはり、ハンスとは違うな」

 思わず口に出た母国語であるが、それに反応を示したのが目の前の男である。

「貴様、どうして我が一族の言葉を理解している?」

 流石にフォルクもこんな切り替えしをされると理解に戸惑う。互いに思いもしない言葉が出てきた事で驚くが状況が変化する事はない。

「こっちが知りたいが詳しくは、お前を捕まえて尋問させてもらうからいいさ」

 抜剣すると無造作に構えてみせる。見せしめの誘いだが、流石に男も乗る事はない。フォルクとしても油断は出来ない。もし、ハンスとまったく同じ剣を使うのであれば、まだまだ隠し玉をこの男が持っている事は考えられる。短い戦いであったが食えない相手という認識がフォルクの中に刻み込まれている。

「捕まえられるというのであれば捕まえてみろ。大儀の為に俺は捕まらんぞ!」

 

 男の言葉が強がりでもはったりの類ではなく、実力に裏打ちされた剣の腕前からの自信だというのは一撃、一撃を受けるフォルクが一番わかる。男の繰り出す一太刀、一太刀動きに無駄のない洗練されたものである。それは、何十、何百、何千、何万と繰り返し基礎訓練を続けてきた者だけが出せる動きであり、厳しい修練を課した証拠なのだ。何よりも体躯から計り知れぬ程、剣が重い。これでは寄せ集めの傭兵では対処できないと感じる。それだけ洗練された打ち込みが立て続けにフォルクへと先程からなされていた。一件完全にフォルクが押されている様にも見える光景であった。

「悪くない。だがそれだけだ」

 そんな中、男の攻撃を受けながら呟いたフォルクの感想に男が僅かに反応する。

「何?」

「馬鹿正直過ぎる。さっきの俺の言葉にも反応したのもそうだ。狡さがない」

 フォルクの指摘に、男が舌打ちをするがまさにそれもフォルクの指摘する部分である。面と向かっての駆け引きが行われている状態で相手に情報を与えるのが如何に問題か、呼吸と同等の情報だと理解していないし、冷静さを失い易いというのも示す。

 実際男は何度もフォルクに打ち込んでいるが完全に見切られているのを理解していた。思わぬ強敵との遭遇に冷静さを失いつつあり、それをフォルクも看破していた。

「偉そうにべらべらと、だったら俺を倒してみろ!」

 怒りを含んだ声。先程とは違いほんの僅かであるが、明らかに注意力が散漫になった。狙い通り、とフォルクが音も無く間合いを詰め、剣先を合わせると剣同士を絡める様にして男の剣を地面へとはじき飛ばす。

「と、まぁこんな感じだ」

 そう明るく告げるフォルクと、声も出せぬ男。巻き技に持ち込んだ時にフォルクが剣を弾いた反動を使って剣を男の喉元寸前まで進めていたのだ。全てが一瞬の出来事だったが、明らかにフォルクの剣の技量が男を上回っているのは賊の男からみても、周囲の兵から見ても間違い様のない事実だった。

「参った……。投降する」

 男が剣を投げ捨ててその場に座り込むと大歓声が上がり、伯爵の兵が直ぐに取り囲み男に縄を掛けていく。

「助勢頂いた事、感謝する」

 大きな声で姿を現した男の声に聞き覚えがあった。協力を大声で要請していた男であり、この隊の指揮官だろう。

「きにするな。言葉あまりしゃべれない」

 フォルクの言葉に外国人かと驚きながら首領と思われる男が頷く。

「明日、この男、はなし、したい」

「尋問したい、という事か?」

 首領の男に頷くフォルクと、捕らえた男を交互に見ながらそういえばこの二人、妙な言語で会話をしていた事を思い出す。仲間なのか、とも考えたが、であれば態々介入してくる事もないだろう。だがそれでも首領の立場としては断るしかない立場であった。

「協力頂いたのに申し訳ないが、それは出来ぬ。報酬は必ずギベリニ様よりお送りさせて頂くので、この旗と、明日までに証文を用意するので、それでお待ち頂きたい」

 流石に異国の言葉で会話をしていたのだし、賊の男の一族の言葉という発言もある。疑われたかな? と思うし、脱走を考えるとフォルクの願いは無理があった事から、粘るのを諦めすんなりと引く事にする。

「まて」

 旗を受け取り、劇場へと戻ろうとするフォルクを捕らえられた男が呼び止める。

「名前を聞きたい。貴様は何者だ?」

 賊の言葉であるが、伯爵の兵達も気になったのだろう。フォルクへと視線を向ける。

「フォルクハルト・リンドヴルム。傭兵」

 半年で二回も名を挙げる事になった異国の傭兵の話である。


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