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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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79話

「こんな私ですらも! あなたは捨てようとしない! 背負い込もうとする!

誰も彼もをその背に負ったまま、己を追い詰めてしまうから私はこんなことをしているのではないか!!」

「……曲げられねえものはしょうがねえよ、これが俺なんだ。俺が俺を否定したら立ち行かない」


 互いの意見が対立して和解の道が存在しないのであれば答えは一つしかない。

 どちらかの意思を潰す以外に方法などありはしないだろう。

 だが、潰えてしまったものがそこで完全に無意味なものに堕してしまうのはあまりにも悲しいじゃないか。

 そう考えるのが信長で、潰えたものなど省みる必要ははないと云うのが光秀。

 生きている以上、誰かとの対立は避けられない。こんな時代ならば尚更だ。

 潰し合うことでしか解決法が見出せないことだってごまんとある。


 だが、そんなものを一々拾い集めていれば自壊してしまう。

 潰えず勝ち残ったのだから自分のことだけを、そして自分が背負い切れるものだけを背負って幸せになるべきだ。

 でなくば苦しいだけじゃないか。そんな道に意味も意義も見出せない。

 対極に位置する親と子、親を想う子の心は善であっても生じる行動は悪にしかなれない。

 そう云う意味で、


「あなたはこんな道に私を追い込んだなどと考えているのだろう!?

止めろ、そんなこと私は望んじゃいない! 何処まで傲慢なんだ、これは私の選択だ!!」

「傲慢で何が悪い? 俺は俺が納得出来るような生き方以外をしたくねえんだよ」

「ぐぅ……!?」


 どてっぱらに叩き込まれた蹴りが芯まで響く。

 光秀は苦悶の声を漏らしながらも、その衝撃に身を任せて距離を取る。


「大体、傲慢云々をお前に云われたかねえ。余計な御世話でとんでもねえことやらかしやがって」


 そりゃ自分にも責任はあろうさ。

 それでも、今光秀自身が云ったように選んだのあくまで彼女だ。

 そのことを認めつつも、信長にも捨てられないものがある。

 親も子も揃って面倒な性格をしていると云わざるを得ない。

 が、良きものを生み出している分だけ、生産性がある分だけ、信長の方がマシとも云える。

 光秀の場合は信長を終わらせることしか考えていなくて、だからこそいざとなればクラレントを使ってしまえる。


「つか、俺はそう変なこと云ってるか? 自分のガキの不始末は幾らかは親も負うべきだろうに」


 云ってる、こんな自分を子と認めることそれ自体がおかしいのだ。

 そう云いかけて、しかし光秀は言葉を飲み込む。

 言葉では無駄だ、無駄だからこそこんな行動を選んだのだから。

 無意味なことをしてもしょうがないと頭を冷やす。


「……最早、問答は無用だと分かっていたのに、我ながら度し難いものです」


 正眼に構えられたクラレントの刀身から闇が噴き出す。

 噴き出した闇は触手のように蠢き――――信長へと殺到する。


「む!」


 これはやばい、直感でそう悟った信長は回避行動に専念するが触手の数はどんどん増えていく。

 十は百に、百は千に、千は万に。

 目にも留まらぬ速度で回避し続けているがこの調子ではいずれ捕らえられるのは明白。

 かと云って、聖剣で切り払うのも何だか良くない感じがする。

 八方塞の状況、触手に殺傷能力は無さそうだが、しかし、だからこそ怖い。


「流石の勘働きと賞賛させて戴きましょう。しかし、これから逃げると云うことはやはりあなたは死ぬべきなのだ」


 意味が分からない、何を云っている?


「恐れている、厭うている、己が性を。だからこそ逃げたいのでしょう?」

「……」


 まだまだ回避は可能だし、いざとなれば戦域から離脱しても構わない。

 だが、光秀の言葉を聞いた瞬間、どうしてか逃げてはいけないような気がした。

 本能は逃走を、理性は迎撃を、背反する二つが信長を縛り付ける。


「(ハッタリって感じじゃ、なさそうだな。だったら……)」


 理性を優先しよう、勝利をもぎ取るために。

 回避行動を止めた信長は己が理性を以って触手の動きを受け入れた。

 次々と自分を射貫いてゆく闇の触手、やはり殺傷能力は皆無のようで微塵もダメージはない。

 数十万の触手が総て信長を貫きその体内に消えるまで三分とかからなかった。


「? お前、一体何がしたいんだ」


 見ればクラレントから噴き出していた闇は消え失せ、普通の刀身を晒している。

 攻撃でも何でもなしの触手は一体何だったのか。

 怪訝な顔をする信長に光秀は、


「直ぐに分かりますよ――――そら、それがあなたの呪いだ」

「何……をっぐ……!?」


 瞬間、凄まじい重量が信長に圧し掛かった。

 一トンとか二トンとか、現存する重さの単位では括り切れないほどの重圧。

 聖剣のブーストがかかっている信長がエクスカリバーを大地に突き立て杖代わりにしても立っているのがやっとだ。


「な、な……んだ……これ、は――!!」


 地面が砕けていないところを見るに、どうやら物理的な重さではないらしい。

 しかし、一瞬でも気を抜けば圧殺されて肉片の一つも残らぬことを予感させるこの重さ。

 実際の物理法則に影響を与えていればこのまま地核まで到達してしまうのではないか?

 そう思わせるほどのこの重さは一体何処から来るのか、いやそれ以前にこのままでは戦えない。

 まずい、早くどうにかせねば、と焦る信長とは裏腹に光秀は動かない。

 それは何故か。


「今使用した業はクラレントに内包されている命を糧にしたものではない」


 伝えねばならぬことがあるからだ。

 自身の正しさを、信長の過ちを、その上で心安らかに逝かせることこそが光秀の至上命題。


「この業の糧、それは――――あなたの死者に対する想いですよ」

「ぐ、ぅ……!?」


 必死で歯を食い縛り耐えていたが、その負荷に耐え切れずに両の奥歯が砕け散る。

 その様子を冷ややかな目で見つめながら光秀は更なる糾弾を行う。


「死者の想念などではない、その重さを生み出しているのは信長様です。

これまで私に指摘されたことは総て、御自身でも薄々気付いておられたことでしょう?

ただ、それを認めてしまえば自分が死者を疎んでいることになってしまうから認められなかった。

愛しているから、愛しているからこそ認められない。死者が重荷になっているなどと」


 光秀はただ、愛であり自らを縛る呪いでもある信長の情を体感出来る重さに変換しただけのこと。

 今、信長が感じている重さは総て自身が生み出したもの。

 そして、自身ではどうにもならぬもの。

 逃げ出すことが出来るようならば超重獄を発生させたりするものか。

 では他人ならば? それが出来るのならばとうにやっている。

 信長がこの重圧から逃れられるのは死するその刹那だけだ。


「だからそうやって、立ち続けようとする」


 重荷になんて想っちゃいない、ほら、その証拠に立っているだろう?

 そう云わんばかりの哀れなその姿に涙が出てしまいそうだ。

 どうしてこんな生き方しか出来ぬのか、光秀は心底から信長を憐れんでいる。


「自縄自縛で、逃れえぬ業。普通に暮らしていれば、このようなことにはならなかった」


 何処でボタンを掛け違えたのか。

 織田信長と云う人間の能力は乱世においては凄まじいまでの成果を上げられる。

 だが同時に乱世に生きる人間としては致命的な欠陥を抱えているとも云える。

 世の動きに関わらず、自分の幸せだけを見つめていれば、大名なんかにならずにいればこうはならなかった。

 大切な誰かだけではなく、名も無き死者すらも背負おうとすれば苦しくて当たり前だ。


「ッッ……!」


 云い返すことすら出来ない、口を開いてしまえばその瞬間に潰されてしまいそうだから。

 頭を垂れて赦しを乞う罪人が如き姿勢のまま、必死で耐え続ける信長。

 終わりのない重圧の責め苦、それでも決して膝を折ろうとはしない。


「けれど、こうなってしまった。堕ちてしまえば最後、最早後戻りは出来ない。

そのことに気付いた時、どうしようもなく悲しくなりました。この先も、生き続ければ更に重みは増していくでしょう」


 だから、


「終わらせましょう、御自身では終われぬその道に、私が幕を引きます」


 振り上げたクラレントはしかし、


「な!?」


 聖剣エクスカリバーによって受け止められてしまう。

 杖代わりにしていた聖剣を引き抜き、自身の首を刎ねようとする一撃を防いだのだ。

 それだけでも驚嘆に値すべき事実だが、まだ終わらない。

 信長は杖をなくしたと云うのに、倒れない、膝すらついていない。

 プルプルと気の毒なまでに身体を震わせ、必死の形相で歯を食い縛りながら今を以ってしても立ち続けている。

 聖剣を握り、クラレントを受け止めた左手は尋常なく震えているのにまるで押し切れない。


「(はぁ……はぁ……お、俺は……俺は、何してんだ……? 何で、動いてんだよ……無理だろ、普通……)」


 驚愕しているのは何も光秀だけではない、信長自身も驚きを隠せないのだ。

 重い目蓋をこじ開けてみれば、自身に絡みつく死者の姿が目に映る。


"兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上兄上"

"義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上義兄上"

"お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様"


 亡者が如き醜い表情と腐れた身体で自身の名を呼ぶもう二度と会えはしない大切な者達。

 両サイドからはお市と長政、背後には信勝。

 そして彼らに連なるように信秀、義元や信玄、謙信、勝頼が居て更にその後ろには顔の見えない死者が山のように積みあがっている。

 何十万もの骸が圧し掛かっていて、地獄のような有様だと云うのに――――何故自分は終わりを選ばないのだろう?

 信長は何処か他人ごとのように自問を繰り返す。


「あり得ない……あなたは、何処まで……!!」


 亡者の幻影こそ光秀が見せたものだが、このシチュエーションならばこれでトドメになるだろう。

 信じられないと更にクラレントを振るう。一撃、二撃、三撃と何度も何度も。

 一撃が一撃が日本列島に甚大な被害を与えることの出来る力を秘めている。

 だと云うのに、片手で、憐れなほどにその重圧に耐え身体を震わせながらも――――信長は防いでみせた。


「は、ははは……俺、どうなってんだ?」


 どうかしてる。

 自分から折れることが出来なくても光秀に委ねれば直ぐに終わることが出来るのに。

 どうかしてる。

 この身は未だ、戦うことを止めようとしない。


"俺は俺の死者に対する向き合い方を改めて問い直して、その上で何某かの答えを定めるつもりだよ"


 ふと、以前自分が吐いた言葉を思い出す。

 ああそうだ、戦うことを止めようとしないのはそれだ、未だ問い直していない。

 答えを定めていないのだ。

 だから、戦うことを戦うことを止めようとしない。

 光秀の言葉は一面の正しさを孕んでいて、それを証明するのがこの重圧だ。

 けれど、


「(あくまで一側面だと俺は思っている、それが総てじゃないって)」


 だから、それを確かめるまで死ぬわけにはいかない。


「なあ、教えてくれ光秀。俺は本当に死者を重くて、苦しいだけの存在だって思っているのか?」

「その証明が今、あなたに圧し掛かる重圧でしょう!!」

「いや、だったら何で俺は素直に受け止められねえ? 自分の手で終わらせるってのはそりゃ、出来ねえけどさ」


 他人の手で、それぐらいの融通は利く。

 自分の業を物理的な重さに変換させられて辟易としているのに。

 認めてしまえば死者を軽んじていることになるから認められない、だから立ち上がろうとする。

 その言も正しいのだろう。膝を折らない理屈はまあ、それで通るとしよう。

 だけど、戦ってまで抗おうとするほど今の精神状況が良いとは思えない。

 何度も何度も攻撃を防ぐなんて真似が出来るだろうか? 我がことながら、信じられない。

 そこまでの筋金入りだから、自分を追い詰める道に進みながらそれでも耐えられていたのかもしれないがそれもしっくり来ない。


「この歳でよ、俺、自分がわかんねえ……何だ、俺はどうしたいんだ? どうありたいんだ? 何を考えてるんだ?」


 勝家のお陰で持ち直したとは云え、信長は本能寺の一件から揺れに揺れ続けている。

 色んな事実に打ちのめされて揺らぎながら関ヶ原の戦いへと臨んだのだ。

 そして此処関ヶ原でも"重さ"と云う形で認めたくない事実を叩き付けられた。

 正直もうボロボロだ。幾ら何でも許容量を超えている。

 ある意味信長は今、かつてないほどに裸の心を晒していると云っても過言ではないだろう。


「この期に及んで未だ諦めようとしないのですか!?」


 何か未だ、何か未だあるんだ。

 だったら簡単に投げ出せはしないと足掻くその様は諦めが悪いと云うべきなのか。

 何処までも貪欲だと表現するべきなのか、人によって違うことだろう。


「もう良い、もう良いんです! だから死んでください! 大人しく殺されてください!!」


 と叫んだその時、


「――――とても優位に立つ者の顔ではないわね、明智光秀」


 冷たい、底冷えするような声が響き渡った。


「……帰蝶様? それに……」


 マーリン、藤乃、竹千代、昌幸、信長ハーレム勢ぞろいだ。

 彼女らは気付けば少しだけ遠巻きに信長と光秀を囲んでいた。


「ですわねえ。普通、勝っている側がそんな追い詰められた表情をしないものですわ。

ましてや、死んでくださいなどと懇願せずとも優位に立っているのなら頼むまでもなく己が手で成せば良い」


 マーリン以外はクラレントによる吸精の弊害か、顔色が悪い。

 それでも誰一人として怖じてはいないし、実に堂々としている。


「明智殿、あなたは気付いておられるのではありませぬか?

このまま信長様が答えを出してしまえば、己のやったことは総て無意味な叛逆に堕するかもしれぬ、と」


 信長のためと信長の幸せを願ってと行動を起こしたのだ。

 その実、自分のただの勘違いで迷惑だけをかけたなどと信じたくないのでは?

 竹千代の指摘に光秀の顔が歪む。


「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」


 クラレントの刀身から衝撃波が放たれ女達を消し飛ばさんとするが、


「恥じることはないんじゃない? だって、事実として行動の発端は信長様を想ってのことだったのだから。

結果的に違ってしまっても、その誠心自体を認めぬほど織田信長と云う男は狭量ではないわよ」


 マーリンが張った守護結界によって阻まれてしまう。


「信長様、私達は多くは云いません。ただ一言だけを告げてこの戦いを見守らせてもらうつもりです」


 藤乃の言葉に全員が頷き、


『――――カッコ良いところを見せてくださいな』

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