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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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78話

 昼前から始まったこの戦も、気付けば黄昏刻へと突入していた。

 信長がかました初手の一撃、優秀な将らによる采配、信繁の単騎駆けにより流れは最早完全に西軍のものになっていた。

 東軍の諸将らも――と云うより主に光秀も死力を尽くして流れを取り戻そうとしたのだが、孤軍奮闘は報われず。

 後が無く、尚且つプレッシャーに押し潰されるような可愛い肝を持った者が誰一人として居ない織田家オールスターズを光秀単独で相手取るには無理が過ぎた。

 無論、東軍にもそれなりに使える将はそこそこ存在している。


 いるのだが、大概は魔道の業に驕っていたがゆえに気を引き締め直しても時既に遅し。

 加えて巨大な総体ゆえに上手く操れないのだ、ありとあらゆる要素が足を引っ張り東軍は追い詰められていた。

 兵数も当初の半分ほどに割り込んでおり、二、三割の西軍と比べれば被害は雲泥の差だ。

 が、東軍の黒幕たる雪斎はまるで焦っていなかった。

 それは何故か、信長が予想したように此処までの戦は茶番だからである。


「さぁて、後がなくなりましたよ光秀?」


 クルクルと踊るように陣中を巡る雪斎の顔にはこの上ない喜色が浮かんでいた。

 苦虫をまとめて噛み潰したような顔の光秀とは対称的だ。


「……」

「あなたの弟が乗り込んで来た時、試し切りとか云ってたじゃないですか。

つまりそれは、あなたも使うつもりだったんでしょう? 何のかんの云いながら、最悪を想定していた」


 光秀の耳元で玩弄の囁きをする雪斎の表情は醜さを凝縮した酷いものになっている。


「だけどいざ! いざこの段になると、やっぱり怖いので? 恐ろしいので?」


 これは悪魔の囁きだ、分かっている、光秀にも分かっている。

 何もかもが結局、この女の手の平の上。

 それでも、


「――――あなたの父君へ捧ぐ愛はその程度なのですね」


 ああ、こんなことを云われてしまっては反応せざるを得ない。

 所詮、信長を救いたいなどと云っていたがお前はその程度なのだ。

 誰かと信長を秤にかけてしまえば、選べないのだ。

 此処までに多大な犠牲を出しておきながらこの偽善者め。

 数々の悪意を孕んだその一言が、どうしようもなく光秀の心を抉る。


「……フン」


 が、激することもなく光秀は心を落ち着けた。

 腹立だしいことこの上ないが、雪斎の言葉はどうしようもない正論でもあるから。

 此処まで来た以上、通常の戦で制し切れなかった以上、信長を終わらせる手段は一つしかない。

 大きく息を吸い込み、愛と叛逆の呪いに彩られた魔剣クラレントを召喚する。

 光秀がクラレントを抜く決意をしたのと同じ頃、東軍本陣。


「どうしたの信長様?」

「……過去最大級だ、ひでえ、鼻が潰れそうだ」


 七割方勝敗は決していると云っても過言ではない現状。

 だが、戦況が優位に進むにつれ、時を重ねるにつれ、信長の中では無形の不安がどんどん大きくなっていった。

 そして今、その不安は最大となり、その直感を大きく刺激している。


「桔梗、白檀……二つの香りが充満してやがる、正直今にも吐きそうだよ」


 それ以外には何も臭わない、嗅覚を押し潰さんばかりのその臭い。

 香りと云う形で不吉を感じ取る信長独特の直感は、過去最大級の警報を鳴らしている。

 黄昏刻、逢魔々刻、何もかもがあやふやになる昼と夜の境界。

 総てが模糊として曖昧。優位な状況? いいや、そんなものは簡単に覆される。

 何もかもが不確定なのだから次の瞬間に何が起きたって不思議ではない。

 それを証明するように異変は起きた。


「!」

「お、おい……何が起きてるんだ!?」

「飛んでる? 何処へ行く?」


 戦場のあちこちで西軍側の兵から戸惑いの声が上がる。

 突然、目の前で戦っていた敵が凄まじい速度で何かに吸い込まれるように空へと昇って行くのだ。

 そうして、ものの一分と経たずに東軍と西軍が戦っている総ての戦域から東軍の人間が消え去った。

 傀儡兵も、指揮官も、分け隔てることなく戦場より居なくなった。

 残された西軍側の人間は突然の事態に何一つ理解が及んでいない。


「あの方向っ――――!?」


 東軍の人間が吸い込まれていった方角、そこには確か光秀が居る本陣があった。

 そのことを相談しようとした瞬間、濃密な死の気配が総身を駆け巡る。

 異変は更に加速する、今度は東軍の人間が次々と倒れ始めたのだ。

 吸われている命が吸われている、信長は咄嗟に聖剣を抜き放って切っ先を天空へと掲げる。

 考えてやったわけではない、しかし今この場においてそれは最善の行動であった。

 光秀が――彼女が担う魔剣クラレントの吸命フィールドが完全に展開し切る前に防げたのだから。


「マーリン、どうなってる!?」

「何らかの魔道具ね。命を吸い取る不可視の力場が展開されているわ。多分、この日ノ本全土に。

事前に仕込まれていたであろう東軍の人間は全滅だわ、肉体ごと魔道具に吸収されたと見るべきね。

それ以外の人間については聖剣の光で死ぬことはないけれど……動くことが出来ないわ」

「……成るほどね」


 そうか、これか。これが一騎討ちへと持ち込むための方策か――信長は憤怒の形相でそう漏らした。

 ああ、こんなことが出来るのであればやはりハナから戦など無意味なもの。

 ありとあらゆる努力を破却する最悪の方法で、自分達を嘲笑っている。

 信長は戦が始まる前に、総ての人間にこう命じていた。


"己の命が最優先だ。が、余裕があるのならば敵兵は手足を奪うなどして出来るだけ殺さず無力化してくれ。

魔道の業で操られているだけで、彼らも民なのだから。しかし、重ねて云うがあくまで己の命が最優先だ。

殺さずに済ませようとする余りに、お前達の命が危うくなるのならばそれは本末転倒と云うものだからな"


 そして、総てが総てとは云わないがそれでもかなりの数、殺さずに無力化することが出来た。

 戦を終えた後、マーリンに解呪させて失った手足を繋げることで元の生活に戻れる人間は居たのだ。

 しかし、そんな信長の意図は当然の如くに雪斎に看破されていた。

 だからこそ、淡い希望を見せた後で踏み躙る準備もしっかりしていたと云うわけだ。


「……皆の保護を頼む、これ以上何かして来るとは考えられんが、一応な」


 云うだけ云って、答えを聞くこともなく本陣を飛び出した。

 黄昏の中、放たれた矢弓の如くに疾走する信長。

 何処に行けば良いのか。そんなのは考えなくたって分かる、身体が、魂が導いてくれる。

 そうして走り続けて数分、夕陽に照らされた丘の上で二人は対峙する。


「来ましたか」


 禍々しい光を放つクラレントを片手に信長を待っていた光秀、その顔は何処までも凪いでいた。

 内心忸怩たるものがあるのだろうがそんなものは微塵も面に出していない。


「ああ――――テメェをぶち殺すためになァ!!」


 望み通りに、思惑通りにやってやるさ。

 どの道、息子であろうと娘であろうとこんな手段にまで及ぶような者に対して容赦が出来るものか。

 放置しておけばこの国から――いやさ、下手をすれば世界中の人間が死に絶えてしまう。

 葛藤などやっている暇もない、一刻も早くに光秀を斬らねばならぬ。

 信長の闘志に呼応するように光輝を放つ聖剣を両手で握り締め真正面から力いっぱい斬り掛かった。


「……この程度か?」


 光秀は己が脳天をかち割らんと振るわれた聖剣を、片手で握ったクラレントの刀身で防ぐ。

 激突の瞬間、その余波が嵐となって戦場に吹き荒れる。

 信長が飛び出した時点でマーリンが関ヶ原に結界を張っていなければ日ノ本全土を超え大陸にまで届くほどの衝撃だ。

 その事実を鑑みればこの一合にどれほどの力が秘められていたのかが分かるだろう。


「その剣か、その剣に吸い込んだのか? そして、その剣に奴も居やがるな?」


 押し切れぬ、そう判断した信長は刃を引いて打ち合いに移行。

 両手で型も何もない、一見すれば滅茶苦茶な太刀筋で光秀を切り刻まんと攻め立てる。

 しかし光秀はやはり片手で聖剣の猛攻を凌ぎ切っている。

 エクスカリバーとクラレントが接触する度に巻き起こる衝撃と響き渡る轟音。

 鼓膜がぶち破れてしまいそうな剣戟の中でも、不思議と互いの声はよく聞こえていた。


「御名答。曰く、裡から魔剣を制御しなければ私では十全に力を振るえないそうで」


 クラレントは命を燃料にして力を発揮する魔剣だ。

 その裡に溜め込んだ命が多ければ多いほどに強くなる。

 しかし、それを扱うには光秀と云う器は不適格だ。雪斎にとっての唯一の誤算はそこだった。

 出来があまりにも良過ぎたがゆえに、雪斎自身が魔剣の制御装置を担わねば戦う以前の問題になってしまう。


「クラレントを破壊すれば、あなたの怨敵も連座で死ぬでしょう――――ま、出来ればですが」

「ッ!」


 此処に来て光秀は攻めへと転じた。

 力任せにクラレントを振るえば信長は防御には成功したものの後ろへと押し戻されてしまった。

 関ヶ原に参陣していた人間、上杉や真田、徳川攻めを行っていた人間。

 東軍へ組していた人間は一人残らずこのクラレントの燃料と化した。

 それに加えて完全に奪い取ることは出来ずとも、日ノ本全土の人間からもそれなりに生命力を吸い取ることが出来た。

 莫大な数の命の熱が宿ったクラレント、その力は聖剣をも凌駕するほどに研ぎ澄まされている。


「あなたほど聡い人間が分からぬはずもない。瞭然とした力の差、決してあなたの刃が私に届くことはない」

「勝てる勝負だけを選べるほどに贅沢な生き方はしたことがなくてね」


 片手で横薙ぎに振るわれたクラレント、上体を逸らしながら潜り抜けて距離を詰める。

 完全に光秀の身体が開き切ったところで大地を削り這わせていたエクスカリバーを振り抜く。

 このタイミングならば確実に殺れる、そう確信する信長だったが……。


「だから云ったでしょう? 届くことはない、と」


 聖剣の刃は光秀の身体に食い込むことなく弾かれてしまった。

 硬いのだ、単純な硬度の桁が違う。

 聖剣エクスカリバーですら絶てぬほどに今の光秀はクラレントの力で強化されている。


「……ハ、届かぬのならば届かせるまでのこと」


 片手を突いて数度バク転し、距離を開く。

 余裕の表れか、光秀は同じ場所から微動だにしていない。


「(何て出鱈目……だが、あれが雪斎の作品だと云うのであれば……)」


 勝ちの目は残っている。

 そも、この一騎討ちからして己に我が子を斬らせるためのもの。

 この状況を作った雪斎の望みを考えれば絶対的な力ではないはず。

 正直、信長の精神状態は決してよろしいものではない。

 勝家に叱咤されるまでの、一番危険な状態に入っていればまた別だがそこまで堕ちていない。

 堕ちきれていないがゆえに、今はただただ不利なだけ。

 それでも冷静であろうと努めているからこそ、勝機を見出すための思考が働いている。


「無理なものは無理ですよ。だからどうか、諦めてください」

「優位に立っている人間の云うことじゃあねえな」

「か細い希望に縋り、多くを背負ったまま傷付くあなたを見ていたくないだけですよ」


 信長の考えていることは光秀にも分かっている。

 分かった上で、改めて自身とクラレントについて思考を巡らせてみるが穴は見えない。

 雪斎の思惑を知っているだけに不審だと思うが、どれだけ見返しても無いものは無いのだ。

 だがそれは当然だ、光秀に弱点を意図的に作ることが雪斎の思惑ではない。

 雪斎が期待しているのは――――


「諦めない限り決して道は閉ざされない。どれだけか細い希望であろうともそこを基点にこじ開ければ良い」


 その言葉に呼応し、聖剣より更なる力が流れ出す。

 天井知らずに注がれる力は織田信長と云う大器をどんどん満たしていく。

 さりとて、器が完全に満たされることはない。限界が近くなれば器が勝手に拡張してゆくのだ。

 そんな規格外の魂を持った男、それが織田信長と云う人間である。

 雪斎はそこに期待していたのだ。

 仮に信長がクラレントを担っていたのであれば雪斎の補助が無くても十全以上に力を発揮出来ただろう。

 自身の補助なくばたかだか数十万の命すらも運用出来ない光秀とは違う信長の力にこそ雪斎は希望を見出している。


「お前は一体、織田で俺の何を見て来た?」


 此処で己が終わってしまえば、総てが水泡に帰す。

 自分のだけの問題ではないだろう。

 何もかもが無駄だったと、そんなの嫌だ、悔しいじゃないか。

 その証明を成さねばいけないのだ、だからなあ、もっと力を寄越せ。

 貪欲なまでに力を欲する信長に応え、聖剣エクスカリバーは加速度的に力を注いでいく。


「――――第六天魔を舐めるなや」

「ッ!!」


 今度は光秀が吹き飛ばされる番だった。

 無造作に振るわれた一撃、その剣圧だけで藁のように吹き飛ぶ肉体。

 まずい、これはまずい。信長はますます己を追い詰めている。

 自身が背負うものを目が潰れんばかりに強く再確認し、だからこそ強くあらねばと自らを追い詰めている。


「お前は確かに馬鹿をやらかした」


 フェイントを織り交ぜた下段の払いは刀身を踏み付けられることで叩き落される。


「それでも、俺の子に変わりはねえ」


 距離を取ろうと土を蹴り上げ目潰しを行うが、吐息一つで吹き飛ばされる。


「我が子を殺しておいて俺は子殺しではありませんなんて恥知らずな真似はしない」


 ありとあらゆる攻撃が届かない――先ほどまでと完全に逆転している。


「俺は俺が負うべき責任から逃げはしねえ、だから……!」

「だから――――」


 信長の言葉を遮るように光秀が口を開く。

 劣勢? 知ったことかよ。云わねばならぬことがあるだろう。


「そんなあなただからこそ、私は見ていられないのだ!!!!!」


 何故それが分からない、哀切を滲ませた子の叫びが黄昏に轟いた。

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