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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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77話

「んー……戦が始まってそれなりに経ちますが……」


 ワインレッドの瞳を細めて二つの碁盤を見つめる昌幸。

 碁盤では白石黒石が触れてもいないのにリアルタイムで動いている。

 これはマーリン謹製の簡易戦況把握のための魔道具で、一つは全体、一つは昌幸が担当している区域を示している。


「順調、確かに順調ですけど、もう後一手か二手足りませんわね」


 開戦より二時間、戦況は織田方がやや有利。

 とは云え薄氷の上を歩くようなもので、些細な切っ掛け一つで劣勢へと転じるだろう。

 だからこそ、此処でもう一押しが必要なのだ。


「初手は旦那様が受け持ち、磐石の成果を上げられたからこそ、わたくし達も応えねばならない」


 信長の役割は初手の一押しで、此処からは各将の役目だ。

 皆ならば潮目を変えてくれると云う信に応えるべく誰もが奮戦しているから有利な状況を保てている。

 とは云え、先にも述べたがそれは実に不安定だ。

 良い流れのまま固定するのならば此処らで一つ、もう一つ何かが必要だ。

 昌幸は指示を飛ばしながらも、脳味噌をフル回転させてその答えを探している。


「藤乃さんは何か思いつきまして?」


 水晶玉に向けて問いを投げる。

 単純な軍略で云えば半兵衛辺りも適任だが、今求められているのは発想だ。

 ちょっと相手を引っ掛ける程度のインパクトでは流れを固定する一押しにはなり得ない。

 柔軟な発想を持つ人間のアイデアこそが望ましい。

 織田家の中で特に独創性に長けているのは信長と、そして藤乃だ。


『や、残念ながら。今昌幸さんや他の皆さんが求めているような強烈なのはどうにも』


 さしもの藤乃とて、そうそう簡単に思いつくようなものではない。

 しばらく話し合っていたが、良案は浮かばず一旦通信を打ち切った。

 と、そこで昌幸が指揮を執る陣中に信繁がやって来る。

 信長に贈られた背なに六文銭が刻印された真紅の羽織にはあちこちに血の赤が混じっていた。

 彼は前線で同じく信長に贈られた十文字槍を片手に大暴れしているのだ。


「ちょっと良いかな母上」

「構いませんけど、わざわざ直接足を運ばなくても良いでしょうに」

「落ち着いて話がしたかったもんでね。ちょっと気になったことがあって、試してみたいんだ。父上にも繋いでくれるか?」

「? 構いませんけど」


 云われるがままに信長に通信を繋げる昌幸。

 まだまだ未熟ではあるが、信繁には光るものが見える。

 そんな我が子がちょっとした自信と気負いを宿しながらやって来たのだ。

 耳を傾ける価値はあると判断したのだ。


『何だ昌幸?』

「ええ、ちょっと源二郎が何か思いついたようなので拝聴して戴ければと」

「つーわけで時間良いかな父上」

『? ああ、構わんが』

「俺ちょっと気になったんだが、連中って頭が無い状態なんだよな? 頭の役割を担ってるのは指揮官」


 と、云ったところで信繁何を考えているかに気付く。


『おい待て、お前まさか……いや、俺も抜けてたが、もし俺が考えてる通りならその役は俺がやった方が効果的だろう?』


 少々固定観念に囚われ過ぎていたと自省する信長。

 それでも、もうちょいと時間があれば彼は一人でも気付けていただろう。

 真田源二郎信繁が考えているようなやり方は父である織田信長が思いつきそな類のことでもあるから。


「総大将が出張るにゃー、まだまだ早いでしょうよ。それに、俺みたいな若造がやるからこそドギツイ一撃になる」

『……まあ、確かに俺が出りゃ衝撃も強烈だろうが、調子づかせる可能性もあるからな』

「そう云うこと。だから俺に任せちゃくれないか?」

「ちょっと話が見えないんですけど」

『何、簡単なことさ。見落としてたんだよ、あまりにも当然過ぎる戦争と云う形のせいでな』

「!」


 これまでの発言と、今信長が発した言葉によって昌幸も云わんとしていることに思い至った。

 元々頭の回転が速い人間同士、多くの言葉を連ねる必要ははないのだ。


「源二郎、何処まで行くつもりかは分かりませんが危ないですわよ?」

『最終判断は昌幸に任せるが試すんなら、手近な指揮官の首一つぐらいで留めとけよ?』


 と云う両親の心配に対して信繁は不敵な笑顔を以って返事としてみせた。

 真っ赤な瞳が爛々と燃え、総身には滾るような生気が満ちている。

 こんな顔を作っている時の信繁は父親にそっくりだ。


「俺も別に猪武者じゃねえ、行けそうなところまで行って無理そうだと思ったなら帰って来るさ」

「……まあ、そう云うことならば補助は御任せなさいな。旦那様、よろしいでしょうか?」

『ああ。だが源二郎、決して無茶をするなよ』

「分かってますって」


 ひらひらと手を振りながら陣中を後にする信繁。

 肩に担いだ十文字槍は担い手の闘志に呼応しているかのようにゆらゆらと陽炎めいた熱気を放っていた。

 この戦に参戦するにあたって、この十文字槍にも後付けで魔道の業が付与された。

 効果は魔道の護りを貫くことと、多少の身体能力強化。

 どうせならリアル無双が出来るほどの強化をしてやればと思うかもしれないが、どっこいそう上手い話はない。


 先ず第一に、人外の力に至るほどの強化の法を付与するには槍自体の格が足りない。

 勿論、信長がプレゼントした十文字槍は業物だ。それでも魔性を得るほどではない。

 身体に直接施すにしても、此方には魂の格が足りない。

 信長の場合は聖剣の後押しがあったとは云え、謙信との戦いで顕現させた天魔の像からも分かるように魂の強度が常人とは違う。

 あんな魂を持つ人間、同時代に三人居れば良いぐらいで、信繁はそこに数えられるほどではない。


 かと云って信繁用に何か新しい槍を製造するにしても、それ相応の手間がかかる。

 壷中天の中で鍛えるとは云え、それだけの時間があるならもっと他に作るべき魔道具があった。

 信長の息子とは云え他を疎かにしてまで特別扱いするわけにはいかないだろう。

 信長自身が赦さないし、信繁本人も真っ平御免だ。それゆえ、十文字槍に施せる程度の法しか付与されていない。

 まあそれでも、こんな戦でなければ凄まじい活躍を見せられるほどのものだが。


「……さぁて、上手いこと頼むぜ、母上」


 騎馬に跨り、昌幸の指揮する兵が動くのを待つ。

 一旦陣中に来るまでは信繁も幾らか兵を率いていたのだが、今は彼らを母に預けて一人きり。

 これからやることは一人でなくば成すことが出来ないのだ――推測が当たっていれば、だが。


「! 来た」


 前方に見える敵の群れに、昌幸の指揮する兵が右方から突っ込んで行く。

 すると、敵軍はそれに対応するように右方へと動き道が開かれた。

 信繁は何の躊躇いもなく、その開かれた道を進み――――何の妨害もなく悠々と突破してのける。


「やっぱりなァ!」


 普通ならばあり得ない事態だ、だが普通ではない戦ゆえにあり得る事態で、しかしだからこそ盲点だった。

 思考能力を奪われている傀儡兵は指揮官の指示なくば単純な行動しか出来ないのだろう。

 勿論、指揮官を獲られれば動けなくなるようでは役に立たないから単純な命令も組み込まれてはいるはずだ。

 だが、考えてもみて欲しい。二十万以上の兵に複雑な命令をインプット出来るだろうか?

 可能と云えば可能だろう、だが消費する力やら手間を鑑みればこう云う状況ではああ云う対応をなどと細かくは組み込めない。

 酷くシンプルで、しかし普通ならばそれで十分程度のものが関の山。


 だからこそ、信繁の目論見は成功した。

 目の前の敵に対する命令は組み込まれている、だからこそ右方から昌幸が嗾けた部隊には対応に回るだろう。

 しかし、左方を通り過ぎる信繁にはそれに適した命令を組み込まれていないから完全スルー。

 仮に信繁が攻撃を仕掛けていたのであればその兵と、幾つか連鎖して複数の兵を相手取ることになったかもしれない。

 だが信繁は何もせず、ただ通り抜けただけ。これが意思ある、思考能力を持つ兵ならば当然、見逃しはしない。

 が、傀儡兵達に思考能力はなく、目に映る敵を攻撃すると云う命令が組み込まれていても単純なもの。


 その単純なものにしたって部隊単位では色々組み込まれているだろうが――――個人単位はノータッチ。

 例えばこんな命令を組み込んだとしよう。

 一人の敵が襲って来たのならば一人で、一番敵に近い一人が戦列から外れれば他は動かない。

 だが、襲撃対象となった個人が同じ個人では対応出来なければ? ならばこんな形を取ってみるか。


 一人の敵が襲って来たのならば十人で、敵に近い十人が戦列から外れれば他は動かない。

 だが、襲撃対象となった個人が十人相手にも立ち回れれば?

 思考があれば独自で判断出来る事柄かもしれないが、傀儡の状態では融通が利かない。

 だからこそ個人に対する命令は組み込まない、メモリの無駄遣いだから。

 個人単位に関しては指揮官に任せているつもりなのだろう、雪斎としては。


 だが、その個人にしたってよくよく考えて欲しい。

 東軍は二倍以上の兵力を誇っていて、その荒海に一人で突っ込めるか? 先ず胆力を試されるしそもそも単騎駆けなど馬鹿の所業だ。

 戦場では当然、個人の武勇を誇ることも大切だが単騎駆けはスタンドアローンが過ぎるし普通は弁える。

 大体、何十万と入り乱れる戦場に個人が介在する余地などないだろう。

 そんな当たり前、語るまでもない大前提が頭の中にあるがゆえに単騎駆けは盲点足り得る。


「ハッハハハハハハハァ!!」


 昌幸が突いたのは指揮官の指示ではなく自主性に任せていることが読み取れる敵の群れ。

 それゆえ信繁が開いた道を半ばほどまで駆け抜けるまで対応は存在せず。

 現状を把握した指揮官が十人ほど信繁抹殺に動かすも彼は十文字槍を振るって最低限の人数を殺して穴を開ける。

 そうして勢いを殺さぬまま駆け続けた先は――空白地帯。これもまた、意図して生み出されたもの。

 昌幸は他の隊も連動させて、開けた道の辿り着く先で空白が出来るように兵を動かしたのだ。


「まだまだ引っ掻き回してやるよ」


 空白地帯に辿り着いた信繁はそこから、更に別の群れへ向けて吶喊する。

 今、戦場は信繁を中心にして動いている。

 息子の目論見が成功したと同時に、昌幸は各将へと伝達し個人が抜け易い道を作るよう連携して動くように要請。

 勇猛を好むが無謀は嫌う頭の御堅い勝家辺りは難色を示すかもと思っていた昌幸は説得を用意していたが無駄に終わる。

 勝家も快諾したのだ、それはひとえに昌幸が何を考えているかを看破していたから。

 そうして信長を含めて織田軍の将帥はあちこちに信繁の通り道を作れるようそれぞれの形で仕掛け始めた。


 一つの区域での動きでは、変化は与えられない。

 しかし、別の区域で更に繋げてそのまた別の区域でも。

 そうやって西軍全体が一つの意思の下に小さな要素を積み重ねたことで、遠く離れた信繁が居る場所に幾つもの道を作り出した。

 信繁はそこを駆け抜けながら、目についた自我のある人間だけを刈り取りつつ足を止めずに駆け続ける。

 昌幸を含む諸将の期待はそこにあった、信繁は幾らかの指揮官を潰せば敵方の人間はどう思うか――そりゃビビるだろう。

 前線で戦っている兵には恐れも何もない、しかし敵の攻撃が届かぬ安全圏で指揮を執っている者らは別だ。


 実際に幾人もの指揮官の命を奪うことで、リアルな命の危機があり得ると云う可能性を染み込ませる。

 怯えは指揮にも影響する、早く敵を倒そうと短絡になるか慎重になるか選択は幾つかあるが怯えと焦りに端を発する采配は御し易い。

 信繁の行動を以って西軍の有利を固定するための楔とする、それが昌幸達の狙いだった。

 ゆえに、仕事はもう十分。


『戻って来なさいな、源二郎』

「――――いやまだ行ける、此処まで来れば後はもう援護は要らんぜ」

『ちょっと源二郎!?』


 目論見通りにことを成した、此処まで傷一つ負わずに来られたと云う自負。

 命懸けの戦場を駆け抜けたことによる興奮。

 幾つかの要素が信繁を若さゆえの無謀に駆り立てた。

 母の声を振り切り、強く手綱を引いて更なる前進。

 駆けて駆けて駆けて駆けて駆けて駆け続けて辿り着いたのは――――


「その首置いてけ――――光秀ぇええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


 光秀が座する東軍の本陣だった。

 完全に頭が沸騰している信繁は総大将を殺して戦を終わらせることしか頭にない。

 周囲に立てられた旗を薙ぎ倒しながら陣中にて座する光秀目掛けて馬を走らせる信繁だが……。


「軽挙妄動甚だしいな……よくもまあ、それで信長様の子を名乗れるものだ」


 酷く平坦な声色で、表情も何処か気怠るげ。


「まあ良い、試し切りをさせてもらおうか」


 だと云うのに、


「ッッッッ!!!!」


 信繁の頭は一瞬にして冷却、その瞳が捉えたのは紅と銀が混じった聖剣に似た何か。

 光秀が虚空より呼び出し、その手に握り締めた瞬間、総身に怖気が走ったのだ。

 やばい、死ぬ、殺される、と頭の中で数瞬後の己を想起する信繁だったが……。


「え……あ、あれ?」


 突然風景が変化する。

 濃密過ぎて物理的な重ささえも感じていた死の気配は何処にもない。

 跨っていたはずの馬もなく、今己は大地に立っている。

 どう云うことだと混乱する信繁の耳に、


「こんの……悪ガキが!!」


 父の怒声が響き渡った。


「あいたぁ!?」


 脳天に感じる痛み、拳骨を落とされたのだ。


「ち、父上? な、何で……」

「あ? マーリンに転移してもらったんだよ、余計な消耗させやがってからに」


 信長は昌幸から信繁が制止を振り切って飛び出したのを聞かされた時からそうするつもりで居た。

 しかし、今も云ったように余計な消耗だ、これは。

 たかだか一回の転移ぐらいと思うかもしれないが、その一回が命取りになる可能性は十二分にある。

 それゆえ、信長も出来るだけプラスを得ようと考えてタイミングを計っていた。


「で、光秀はどうだった?」


 本陣に突入し、光秀の姿をその目で捉えるまでの時間を予想。

 その後に転移させることで、あわよくば何らかの情報拾ってこねーかなーと考えたのだ。

 とは云えそこまで期待していない、なるたけプラスを得ようと考えてのことだが一目見て何かをと云うのは難しいから。


「……剣」

「あん?」


 が、信長の予想に反して信繁は確かに何かを見つけて来た。


「剣を見た、父上の聖剣に見た目は似てるけど、すんげえヤな感じがする紅と銀の剣……」


 思わず身体を掻き抱く信繁、何十万もの兵がひしめく戦場を駆け抜けても怯えなかった。

 そんな彼が怯えるほどの何か。


「転移させる時、信繁殿の視界を繋げたけれど私には見えなかったわ」

「つまるところ、直接視界に入れる以外でバレないように隠してるわけだ」

「隠すと云うことは」


 語るまでもなく、


「――――それが切り札ってことだよな?」

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