71話
本能寺の乱、その翌日のこと。
安土城の大会議場には各方面軍司令官、並びに徳川家康、真田昌幸、上杉景勝、今川氏真、筒井順慶らが全員集まっていた。
近場の人間はともかく遠方の景勝や昌幸まで? と思うかもしれないがこれには理由がある。
マーリンからの報せを受け取った藤乃が、
『私を含めた各方面軍司令官、並びに肯定の意を示した同盟相手や従属してる大名。
全員安土へ飛ばしてください、出来るでしょう? 敵が魔道を使っているのだから構わないはず。
それと、私達の任地や各大名が本拠と直ぐに連絡を取れるような手段も整えてください、出来るなら私達でも活用出来る道具のような形が好ましいですね』
と提案したためだ。
ゆえに、深夜の内に安土へと来ることが出来た。
転移は当然として、タイムラグの無い伝達手段まで用意させたのは実に気が利いていて流石は羽柴秀吉と云ったところか。
これまで使う機会がなかった魔道の利用方法を心得ていると云って良い。
流石? と疑問符がつくかもしれないが、考えてみて欲しい。
魔道と云うのは通常の人間にはまるで馴染みのない分野だ。
情事の後の風呂などで恩恵を受けていたものの、藤乃にしても畑違いである。
その道のプロをまったく違う畑の人間が使って十全に扱えるだろうか? 出来る人間は少ないはずだ。
思考の差異、一つの技術に対して何処から見ているかによって発想の形も変わって来る。
使えないと切り捨てていたものが、意外な方法で役に立ったりとかそう云うアレだ。
魔道と云うのは凄まじい力で、強力なもの。
しかしそれを自分達の営みに当て嵌めて十全に活用するとなれば並大抵のことではない。
マーリン自身も魔道の徒としてのスキルと、それに因らぬスキルを切り離して日常生活を送っている。
自分が持つ技術であっても、戦争と云う型に嵌めた時、パッと思い浮かぶものではない。
それを色々なことがあって混乱しているであろう時にさらりと提案してのけたのだ。
これにはマーリンも驚いた。
負い目から立ち直ったとは云えこれからのことについて色々考えていたので余裕はなかった。
明智光秀のこと、太原雪斎のこと、戦のこと、どんな手を打って来るのかどう対処するべきなのか。
あれこれと考えていて余裕がなく、方面軍司令官の転移はともかくとしてタイムラグの無い伝達手段など考えてもいなかった。
確かにそれぞれのホームにもリアルタイムで話し合いのことが伝われば動きもスムーズになる。
それゆえ藤乃にこうこう出来ますか? と問われた時は酷く感心したものだ。
『了解、先に転移を済ませるわ。伝達手段に関してはちょっと待ってね。
私を介在してじゃなくあなた達個人でも扱えるものとなると……ええ、夜明けまでには作っておくわ』
とまあ、そんな運びで彼らは即座に安土へ集まることが出来た。
予想外の速度だったため用意をしていた勝家は大そう驚いていたものだ。
安土に到着した面々は、数時間ほどの仮眠を取ってから集まることだけを決めてそれぞれの屋敷、或いは用意された宿泊場所へと向かった。
そして日が昇り始めた頃、全員で城内にある会議場へと集合したと云うわけだ。
「信長様はまだ眠っておられるので、この場は私が仕切らせて戴くわ」
何時も信長が座っている上座――からではなく定位置であるその隣に座っている帰蝶が先ずそう前置きする。
こんな時でもしかと夫を立てるのは忘れない実によく出来た妻だ。
「ええ、構いませんよ。むしろ、ある程度私達だけで話をまとめておいた方が良いでしょう」
そう云ったのは藤乃だ。
マーリンからの報を受け取った時点で信長がかなり参っていることには察しがついていた。
今、成すべきことはかけつけて優しい言葉と行動で慰めることではない。そんなことをしても無意味だ。信長には届かない。
それよりも何よりも、自分の意思で信長が此処に来た時、これからもあなたに就いていく、あなたを支える。
あなたが大好きだから一緒に戦いたい――そう伝えるためにも勝利のために出来ることをしておくべきだ。
慰めの言葉よりも勇気と心強さを与えてあげる方がきっとあの人の心は救われる――藤乃はそう考えていた。
「そうね、じゃあ話し合いを始めましょう」
帰蝶の宣言と共に会議が始まる。
「羽柴殿、竹中殿、そちらの抑えはどう考えておる?」
東の抑え、徳川、今川、真田、上杉も重要だが西も放っては置けない。
中国方面軍司令官たる藤乃、四国方面軍司令官半兵衛はどう考えているのか。
挟撃なんて憂き目に遭わぬためにもそこを先ずハッキリさせておかねばならないと云う勝家の考えは当然だ。
「ああ、それで提案なんですがね。半兵衛殿の代理に家の官兵衛なんてどうでしょう?」
「官兵衛……官兵衛……ああ、確か羽柴殿不在の間に中国方面を任されていた」
「ええ、その黒田官兵衛ですよ滝川殿」
黒田官兵衛の名はそれなり知られている。
藤乃が上杉方面のサポートとして勝家と共にバチバチやっている間、中国方面を任されていて凌ぐどころか領土を拡大してみせたことで評価も高い。
それだけではなく藤乃が産休に入った際も小一郎の補佐として上手くやっていた。
その実力は折り紙つきで、半兵衛の代理としては申し分ないだろう。
史実においても両兵衛と並び称されるほどなのでまず間違いはない。
「野心家であると聞きますがそこら辺はどうなのですか?」
が、同時に不安要素もあるにはあった。
能力は申し分ないが、一度主家を裏切っているし野心家の面も知られている。
下手をすれば長宗我部に内応するのでは? と云う懸念も当然と云えば当然だ。
「そこは問題ありません。官兵衛は確かに野心家ですけど馬鹿ではありません」
明智陣営のトップ光秀は将としてはともかく、帥としては信長に大きく劣っている。
のみならず、明智陣営のブレーンも信用ならない。
何せ後のことをまるで見据えていないのだ、共に私情オンリー。
「仮に明智方に就いて織田に勝利し、戦後に大名として独立しても危ういことぐらいは分かっていますよ。
かと云って長宗我部の重臣になるにしても問題がある。そも、二度も裏切った相手を重用しますか?」
長宗我部についてもそれなりに良い目は見られるがそれだけ、上昇の芽はない。
であれば織田方について功績を上げる方が得だろう。
「今回の戦、織田方が勝利すれば大量の領土が手に入ります。何せ東国の殆どですからねえ」
魔道の餌に釣られて喰い付いた者らに関しては語るまでもなく御家取り潰し。
かと云って仕方なく就いたと云う証明も難しいので結局御家取り潰し。
となれば、統治者が大幅に減ると云うことだ。
空になった領土を任され大名に――旨味があるのは織田である。
「それを差っ引いても中国や四国――毛利と長宗我部も確実に御家取り潰しでしょう?
であれば、織田方で戦い目立つ功を挙げた方が得じゃないですか。広大な領土を総て信長様の直轄に出来るわけありませんし」
だからこそ、むしろ官兵衛には期待が持てると云っても良いだろう。
野心を持つがゆえに、今回のチャンスを逃すような真似はしない。
「私のところはそれで構いませんが……しかし羽柴殿、そちらはどうされる?」
官兵衛と云うブレーンが居なくなって大丈夫なのか。
弟の小一郎が代理の司令官に立つにしても、人材が薄くなってしまう。
相手は長宗我部よりも巨大な毛利なのだ、楽観は出来ない――半兵衛の懸念も当然だ。
「小六やそれなりに使える人間も居ますし、私的には隠し玉も幾つかありますから」
「ほほう……隠し玉ですか?」
「先ず一人目、私の遠縁の子でしてね。城持ちになった時に武士になりたいと訪ねて来たんですよ、名は加藤清正。
これが中々聡明で武勇も立つ、だもんで暇を見て私と小一郎が幾らか仕込んでやりましてね」
若いながらも一線級の将に育ったと藤乃は自信満々に云い切った。
あの羽柴秀吉がそこまで云うのだ、長い付き合いの諸将らはそれならばと納得する。
ちなみに、藤乃も面倒を見たが大部分の教育は小一郎である。
それでも清正的には取り立ててくれた藤乃に一番恩義を感じているのだが。
「他にもこれまた親戚の福島正則、他は縁戚ではありませんが石田三成、大谷吉継なんてのも居て俊英揃いですよ。
三成は軍事に明るいわけではありませんが、細々とした仕事をやらせておけば万事そつなくこなしてくれます」
今回の戦いでその名を挙げるであろうと太鼓判を押せる面子が幾らも居るのだ。
藤乃としては自分の留守中の心配はしていない。
「西の抑え、具体的な兵の数はともかく将帥については問題ないでしょう。問題は東です」
と、藤乃は竹千代、タッキー、氏真、昌幸、景勝らに視線を走らせる。
「徳川からは私と、それと忠勝が将として参戦するつもりです。他の主だった家臣は残しておくのでそう心配はありません」
「ああ、それならば徳川殿。徳川の将の皆様を何人かうちの倅の補佐として貸して戴けませんかね?」
何なら徳川の下に此方が就くのでも構わない。
タッキーの要請にそれならば、と徳川の戦上手を幾らか派遣することを承諾する。
三河と武田旧領を支配する徳川家で、そこまで人材に余裕があるわけではない。
しかし、東の抑えの一つである滝川に崩れられては困るのだ。
「他力本願のようで甚だ情けなくはありますが、今川は完全に御任せするつもりです」
今川は小勢力で、単独ではどう足掻いても防衛は難しいし竹千代やタッキーにしてもそこらは分かっている。
だもんで軍を今川に派遣するつもりで居た。
問題は指揮系統の混乱だが、今川を治める氏真がそう云うならば問題は無い。
「ならば、名目上のまとめ役を御願いしてもよろしいでしょうか?」
織田、徳川、その仲立ちだ。
氏真は立場的には下だが今川領内ゆえお飾りの大将としては打ってつけだ。
両軍の進言を確実に聞き入れるだろうし、足を引っ張られる心配はない。
そして、万が一内部で軋轢が生まれた際にも氏真ならば上手くやってくれるだろう。
お飾りではあるが、保険としても機能するので決して無駄な大将役ではない。
氏真も自分の器を弁えているので竹千代の提案を快諾する。
「上杉は、当主たる俺が残りますが……若輩ゆえ御心配かもしれませぬが、どうか御任せあれ」
「いやいや、景勝殿であれば問題はなかろう。某の代理として立てている利家と共にどうか持ち堪えてくだされ」
「かたじけない」
そうなると残るは真田家で他に比べれば随分頼りないことを昌幸自身も認めていた。
「我が真田からはわたくしと息子の源二郎が此方に参戦し、信濃の守護には源三郎を置くつもりです。
若く、甚だ心配ではありましょうがわたくしも幾らか事前に策を仕込みますし、いざとなれば……」
ちらりと横に置いてあった水晶玉を見やる。
それはこの場に居る帰蝶とマーリン意外の面々の横には必ず置かれていた。
この水晶は伝達用の魔道具である。昌幸は自身も関ヶ原で指揮を執りながらいざとなればあちらの指揮も執ると云っているのだ。
他の面子は十全に力を発揮出来るように関ヶ原以外のことを任せるつもりであったが昌幸だけは違った。
「ふむ……いや、そのお手並みは知っておりますが大丈夫ですかな?」
「ええ、やらねばならぬのならばやってのけるまで。どちらでも確実な成果を残してみせますわ」
と云っても、
「しかし、家の息子もそう捨てたものではありませんのよ? それに、頼りになる臣も居ますから」
旧武田から引き抜いた家臣はともかく、北条から降った人間も居る。
まあ、大丈夫だとは思うがそこらも昌幸はしっかりと考えていた。
「つきましては、ですが。家の家臣の親族を安土へ移送して戴きたいのですが構いませんか?」
保護と云う名目ではあるが、実質人質だ。
二心無き人間にとっては別に悪いことではない。
実際、信濃は苛烈な戦火に包まれるのだから家族を安土に避難させることが出来れば安心して戦えるだろう。
そう云う意図を孕んだ上で、試そうと云うのだ。
旧北条の君達はどうするのかな? と。素直に差し出すのならばそれも良し。
そうでないならば秘密裏に殺すことしか視野に入れている。何せ今回の大戦、蟻の巣穴ほどの隙も見せるわけにはいかないから。
「そう云うことならば構わないわ」
これまでの会話で他に決まったことについてはほぼ決定だが、一応信長の認可が居る。
が、人質や保護云々は帰蝶の裁量で決められることなのでスパっと即断。
「他の方々……上杉や徳川、今川の皆も家族を避難させたいと云うのならば遠慮なく云って頂戴」
「ふむ、ちと御待ちくだされ」
竹千代は水晶を持って三河に居る家臣達に確認を取ると結構な数の人間が保護を申請した。
西の抑えを担当する人間は毛利と長宗我部なのでそこまで切羽詰っていないが東国の人間にとっては見逃せぬ問題だ。
景勝や――最初に提案した昌幸も水晶を以って本家に確認を取る。
とは云っても昌幸の場合は先に彼女が述べたように忠誠心を試すためでもあるのでほぼ強制だったが。
東国勢があれこれと話し合ってる最中だが、話すべきことは他にも沢山ある。
時間を無駄にしないためにも別の話題も差し込むべきだろう。
「…………魔女殿」
「! え、ええ、何かしら? と云うか何年経ってもびっくりするわね」
これまでだんまりでうんうん頷いていた長秀の急な発言。
何年経っても慣れない、この急に挟んで来る感じ。
「…………連中が準備を整え出兵するまでどれほどの時間がかかりますか?」
「そう、ねえ。何十万の兵にあの術を施そうと思えば……」
既に施していると云う線は無い。
何せ謙信討伐後にマーリンは日本中を飛び回っているのだ。
その際に、例え何らかのスイッチか何かで切り替えられるような状態にしていても気付く。
一人二人ならまだしも、かなりの人数集まれば違和は中々消せはしない。
そして何より、雪斎は信長にも勝ちの目を残そうとしているのだ。
であれば準備期間を設けるはず、自分が魔道の力を民草に施している間にそちらも準備を整えろ――と。
「一月、か二月だけど短く見積もって一月半程度に見ておくのが良いかもしれないわ」
そんなことを話していると、急にマーリンが黙り込んでしまう。
「どうしたんです御婆ちゃん?」
「え? ああ、実は今――――」
と、今しがた入って来た情報を話そうとすると議場の戸が開かれる。
「……全員集合、か」
現れた信長は酷く覇気に乏しく、しかしだと云うのに薄ら寒さを感じる冷たい気配を纏っていた。




