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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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70話

 越後は上杉家、駿河は今川家、此方にも誘いは行ったが景勝も氏真も断固として跳ね除けた。

 義理の父を討ったとは云え、それは謙信の身勝手でこれ以上の流血を避けるためだ。

 景勝と云う青年は少なくとも謙信よりは本当の意味で義に近い人間である。

 現実を見ながらも、しかしだからとて譲れぬ一線を持っていて、雪斎に組することはそのラインを超えることに他ならない。

 太原雪斎に、ひいては明智光秀に日ノ本を好きにさせるわけにはいかない。


『先代――謙信公にそっくりだよ、お前も明智光秀も』


 景勝は私欲がために乱を起こす太原雪斎と明智光秀に今は亡き謙信を見た。

 上杉仕置きのために信長と謁見した後、景勝は信長から上杉謙信と云う男は何だったのかを聞いた。

 そこで、その身勝手さを思い知り、だからこそ己の行いは正しかったのだと確信を得る。

 私欲、私欲、私欲、周りと云うものを省みず、報いず、ただただ我を通す。

 ようやく収まりかけていた乱世を焚き付けるような真似をする時点で謙信と同類だ。


 仮に謙信が織田に味方していたのならば、今頃、もう乱世は終わっていただろう。

 そうせず、己が我欲を押し通した末に謙信は無念、失意、赫怒、そんな感情の中でその生涯を終えた。

 今回のことも、力だけはある癖に迷惑しか振り撒かない私欲の権化が起こしたこと。

 太原雪斎は云わずもがな、義元を殺した信長への復讐がため。

 しかし、景勝や他の人間に云わせれば最初にちょっかいを出したのは雪斎だ。


 逆恨みで、そのことに対する負い目を欠片も抱かない身勝手さには眩暈がする。

 光秀の場合は、事情を知らされていないので何故謀反を起こしたのかは分からない。

 ひょっとしたら雪斎に操られているとかそう云う可能性もあるかもしれぬ。

 が、もしそうでないならばそれは私欲だ。

 完全に良い方向に流れて行ってるものに悪しき軌道修正を加えようとしているのだから。


 応仁より続くこの乱世。

 日ノ本も、そこに住まう人々も疲弊し切っている。

 だが、信長のお陰でようやく太平の世が訪れようとしていたのだ。

 そこに要らぬちょっかいを出して来た太原雪斎と明智光秀は何が何でも除かねばならない。

 こんな醜悪な連中が勝ってみろ、今より、かつてより酷い乱世が幕を開ける。

 そうなればこの越後とてその被害は免れない。


 領土拡大? そりゃ出来るものならばしたいと思っているが太平の世と釣り合うものではない。

 ゆえに上杉景勝は誘いを跳ね除け、宣戦布告をしてのけた。

 平和と云うものが遠ざかる雪斎らには組せぬ、聖剣の王と共に貴様らを討つ――と。

 そして今川氏真に関してだが、


『どのツラ下げて現れた!?』


 この一言に総て集約されていると云っても過言ではない。

 雪斎は今川にだけは特別な誘いをかけた。

 義元が遺したものだから、特別の配慮を見せるのが当然だと考えたのだ。


『再び強い今川、義元様が居たあの頃の今川を……何なら天下を差し上げても構いませんよ』


 竹千代にあんなこと云っておきながらよくもまあ、と思うかもしれないがそう不思議なことでもない。

 氏真に誘いをかけた時点で竹千代にはすげなく断られていたのだから。

 しかし、そんな誘いに対して氏真は断固とした拒絶を見せた。


『黙れ老害』


 信秀と云う実に尊敬すべき老い方をしてこの世を去った男を知っているだけに、とても見ていられない。

 あれからどれだけの月日が流れただろう。

 時間は太原雪斎をとことんまで腐らせた――氏真にはそれが耐えられなかった。

 かつて信勝への魔道行使でやらかしはしたがそれまでは実に素晴らしい功績を立てて来たのだ。

 今川の凋落を招いた女であるが、同時に今川の隆盛を支えた女でもあるのだ、太原雪斎と云う女は。


 氏真は父義元の云いつけを破った挙句に卑怯な手段に出た雪斎を嫌っている。

 嫌ってはいるが、それとは別にその功績を認めていたしその手腕に敬意を抱いていた。

 だが、今日此処に現れたことでそれは総て雲散霧消。

 思い出の中に生きていた太原雪斎は完全なる汚物へと変じてしまった。

 失敗と功績、悪行と善行、秤は完全に前者へと傾き最早云い訳無用。


『父上が今の貴様を見れば……どれほど嘆いたことか』


 今川義元と太原雪斎は良いパートナーだった。

 義元の治世の功労者は間違いなく雪斎で、彼女以上に今川へ尽くした女は居ない。

 だからこそ、氏真は哀しいのだ。

 今の雪斎を見れば父は、義元はどれだけ嘆き悲しむことか。


『貴様の野望は我らが必ず阻止する、信長様と共にな』


 もしも父が同じ立場でも、同じ答えを返したはずだ。

 私欲がために天下を乱す敵を捨て置けぬ、と。

 だが、


『私欲がために天下を乱したと云うのならばあの男も同じでしょう。あの男が邪魔をせねば義元様が……』

『それを貴様が云えた口か!!』


 そもそも今川の人間にそれを咎める筋合いはないのだ。

 直接犯行に関わってはいないとは云え、それでも当時の太原雪斎は今川に属していたのだから。


『大方、他の者にも云われているだろうが……貴様と信長様は違うよ。

貴様は壊すだけで何も産まぬ、何も返さぬ、ただただ壊して奪うことしか出来ぬ貴様と一緒にするな。

第一、状況も違う。父上が上洛を果たしていれば、確かに大きな戦は止まっていただろう』


 それでも武田信玄、上杉謙信、毛利元就、北条氏康、長宗我部元親、寺社勢力。

 油断ならぬ傑物は存在していたし、完全なる太平は訪れなかったはずだ。

 そして、当時の年齢から考えて義元が存命の内に何とか出来たとも思えない。

 しかし信長はどうだ? 確固たる筋道をつけたではないか、完全なる太平への。


『本当に……本当に、残念だ。雪斎、これ以上老醜を晒してくれるな』


 清洲で処断される際の仕打ち、髑髏の盃を以って騙したことだってもうチャラだろう。

 何せ生きていたのだから義元が手厚く弔われたことも知っているはずだから。

 雪斎自身がああされたのは当然の応報である。

 元凶になったのは彼女なのだからそこはしかと受け入れるべきだ。

 そして、義元を殺した復讐と云うのもお門違い。責を求めるのならばそれこそ雪斎が自身に求めるべきだろう。


 その点で云えば、信長と雪斎は正反対だ。

 信長は雪斎を憎んでいたが、それは二番目。一番目は自分だった。一番の責は己にあるのだと自覚していた。

 しかし雪斎は信長が悪いのだと喚くだけで自身の責についてまるで言及しない。

 こんな無責任なことがあるか? 氏真は泣きたくてしょうがなかった。

 どうして此処まで腐り切ってしまったのか――最早どうしようもない。


『早々に自らの手で太原雪斎と云う存在に幕を引かねば、貴様は必ず後悔するぞ』


 それでも、非情にはなり切れない氏真だからこうやって忠告してしまう。


『覚えているだろう? かつて信長公がお前を追い詰めた手腕を』


 今は未だ完全に火が点いていない。

 だが、完全に火を灯ってしまえば信長の報復はかつての比ではないだろう。

 死ぬなんて安易な方法ではなく、もっと残酷な方法を雪斎に課すことは目に見えている。

 氏真は不思議で不思議でしょうがなかった。どうして雪斎はそのことが理解出来ぬのか。


『……愚かな男ですね。義元様の息子とは思えぬほどに』


 が、パーフェクト老害G3雪斎にそのような忠告が届くわけもなく、そんな捨て台詞と共に消え去ってしまった。

 こうして東国への誘いは総て失敗。

 それでも自分に損は無いと云い聞かせる雪斎だが、その心中は決して穏やかなものではなかった。

 目的を果たすための難易度調整の手間を考えるならば断られて良かったのだが、彼らが投げた言葉の一つ一つが癪に障ってしょうがない。

 断言しよう、今の太原雪斎が一番弱い存在であると。


 道を踏み外すまでの太原雪斎はそりゃ魔道の力なんて使うこともなかった。

 なかったが、仮に敵対するのであればきっと昔日の雪斎の方が強敵である。

 今の雪斎は枷を外し超常の力を行使しているわけだが、その分人として大切なものを喪ってしまった。

 そして彼女だけがそれに気付いていない。気付いていないからこそ、きっと彼女は負けるのだろう。

 まあ、仮に気付いていたとしても負けることは負けるだろうがそれは雪斎が己を終わらせるからだ。

 賢明な人間であった頃の太原雪斎を取り戻せばこのような愚かな状況を継続させようとは思うわけがない。


 さて、視点を変えよう。

 信長がマーリンに指示を出し、彼女がその指示を実行してからしばし。

 越前は北ノ庄城では報せを受け取った勝家が身支度を整えていた。

 事前に光秀が怪しいと教えられていた藤乃以外の方面軍司令官は光秀の謀反とその裏に居る黒幕。

 今日に至るまでに編まれた因縁を知らされてそれなりに混乱しているが勝家だけは別だった。

 そりゃ教えておいてくれよと云う不満はある。

 が、そう云うことには向いていないことぐらいは知っているし、何より今は怒りの方が大きかった。


「おのれが雪斎ぃ……!」


 答えはそれに尽きる。

 当時を知るだけに、当時同じく辛酸を舐めさせられたがゆえに勝家の赫怒も相当なものだ。

 太原雪斎、過去の亡霊。

 信長が清洲での報復を以って総てを終わらせたはずだったのに墓穴から蘇って来るなど笑えない。


「厚顔にも信長様を逆恨みした挙句によくもッッ!!」


 お市を唆し、浅井長政を陥れた。

 勝家は信長を理解している。今、我が主君がどんな想いをしているか手に取るように理解出来てしまう。

 身内殺し、信長にとっての禁忌を犯させたのだあの売女は。

 そりゃ第三者から見れば身内殺しとは云えないかもしれない。

 信勝はともかくとして、お市は勝手に死んだだけだし長政にしたってそう。

 結局のところ、唆されはしたが心を魔道で操られていたわけではないのだ。

 つまるところ別の選択肢も取れた、しかし取らなかっただけで愚かなのは長政と断じることも出来る。


 しかし、そう云う問題ではないのだ。

 信長ならば間違いなく自身の責として深く悔やんでいるに違いない。

 ああ、嫌になるほど効果的だ。復讐自体は見当違いではあるが、手段としてはこの上なく覿面だろう。

 心の闇に付け込んで誘導し――信勝を死に追いやるまでの再現だ。

 だからこそ、勝家にとっても赦し難い行為で、怒りを隠し切れない。

 何せ柴田勝家にとっても、かつての無力で愚かな己を揶揄されることに他ならないから。


「……」


 握り締めた拳、爪が皮膚に食い込んで血が滴り始める。

 信長にとっても勝家にとっても、太原雪斎と彼女が引き起こした事件は最早過去だった。

 忘れたわけでも、目を逸らしたわけでもない。

 前に進むために区切りをつけて胸の中に仕舞いこんでいたのだ。

 でなくば前に進めないから。しかし、決して信勝を軽んじていたわけではない。

 信勝の遺志でもあるのだ、自分達が前に進むことは。だからこそ、大切に大切に仕舞っていた。

 それは自らの意思以外で再び取り出してはいけないもの。他人が無遠慮に踏み荒らして良いものではない。

 再び取り出すことがあるとすれば、それは総てが終わった時。


「し、柴田様!!」

「……利家か、騒々しいぞ」

「そ、騒々しいも何も……いきなりあんなものを放り出されて……」


 マーリンからの報せを一番に受け取ったのは勝家だ。

 彼はそれを読み終えると家臣や寄力として派遣されていた人間を叩き起こして議場へ招集。

 その際、与力の代表格であった前田利家に書状をぽんと放り投げて自室に戻って支度を始めてしまった。


「何を惑う必要がある? 某らがすべきことは明白であろうに」


 勝家が越前に留まることは出来ない。

 何度も述べたが将帥の質で上回ることで勝率を上げねばならないのだ。

 であれば織田家最強たる勝家を外すことは出来ないだろう。

 が、だからと云って勝家の領土を空にするわけにもいかない。

 越前越中加賀から丸々兵を引き連れて行くなどあり得ない。


「利家、御主が某の代行よ。越後の上杉景勝と連携し、抑えに回れ」

「い、いやそりゃ構いませんし……そうなるだろうなとは考えてましたが、もうちょっとこう……」


 利家もまだ混乱しているとは云え、書状を読んだ時点でこれからについては色々考えていた。

 その中で、勝家の代行になるだろうとは思っていたがもう少し話を煮詰めるべきだ。

 後は任せると云わんばかりの勝家の態度は如何なものか。


「兵だって直ぐには用意出来ませんし、どれぐらい連れてくかも……」

「兵を送るのは後でも構わぬ。今は急いで安土へ向かわねばならんのだ、他の司令官達も同じだろう」


 類を見ない大戦になるのは明白で、だからこそ下準備はしっかりしておかねばならない。

 藤乃、半兵衛、タッキー、長秀、佐久間らと安土で合流してこれからの話し合いをするべきだ。

 各方面軍の任地についてなどの局所的なものから大局を見据えたものまで話すべきことは山ほどある。

 その意思決定に筆頭家老として、そして軍事方面の重鎮として勝家は必ず関わらねばならない。


「だとしても、あまりにも……」

「認識が甘い。此度の一件は織田家――どころか、日ノ本の浮沈に関わるものである」


 明智陣営が勝っても、地獄しか待っていない。

 書状に書いてあった光秀の目的、父を想うがゆえの暴挙。

 しかし、後が無い。父を、信長を終わらせた後をしっかり考えているのならばこんな暴挙あり得ないだろう。


「今は刹那の時すら惜しいのだ」

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