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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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12話

「とまあ、そう云うことがあってな。謙信や信玄と直に話す機会があったわけよ」

「…………でも、信長様的にはその昌幸さんとの出会いが一番なんでしょう?」


 むーっとあざとい嫉妬を露にする藤乃。

 しばしむくれるも、信長と軽くイチャイチャ(NOT本番)した結果機嫌は直ぐに戻った。


「でも、それはそれとして上杉謙信――そこまでですか?」

「ああ、そこまでだ。ちなみに家出の原因を探らせてみたんだが国衆やらが云うこと聞かんせいで不貞腐れたらしい」

「あるじゃないですか人間味」

「そう思うだろ? でも、そんな事実があっても……どーも気持ち悪いんだなぁ」


 ただ、出会った当初ほどのインパクトはもう無い。

 昌幸と云う実例があったから、固い固い殻で我欲を覆い隠している可能性が生まれたからだ。

 が、それはそれとして戦争するのが嫌だと云うのは変わらないが。


「それ差っ引いても戦争やったら痛い目見るの分かっちゃうしぃ……ありえねえよ病気で死んでくれ」


 一番ありがたいのがそれだ。

 日頃の不摂生が祟ってとかそう云うので死ね。

 純真無垢に謙信の死を祈る信長だが、そう上手くいくほど世の中は甘くない。

 分かってはいるのだが祈らずには居られない信長だった。


「多難ですねえ、覇道の先へ至ると云うのは」

「ああ、だからこそ目指し甲斐があるとも云えるがな」


 切っ掛けは信勝、それでも自分の道と定めたからには愉しまねば損と云うもの。

 でなくばやり遂げられるわけがない。


「あ、ところでさ藤乃。ちょっと相談があるんだが」

「はい?」

「…………妹がさ、俺の褌をクンカクンカして自分を慰めてたんだがどうすりゃ良いかな?」


 美濃攻略も終わった以上、目を逸らしていたものにも向き合わねばならない。

 しかしぶっちゃけどうしたものか。何をどうすれば良いのか信長にも分からなかった。


「う、うわぁ……」


 セ●クスビーストですらドン引きの相談であった。

 単純な性欲の発散と云うのならばまだ分かり易い。

 良い具合のオカズがなかったから手近なもので済ませたと。

 が、どう考えてもお市の場合は恋慕を抱いている。


「……恋愛感情ありなんです?」

「ありあり」

「うわぁ……」


 人間と云うものは不思議と近親者に対して性欲を抱かない。

 抱く者も居て、近親●姦やらかす奴も居るには居るがマイノリティーだ。

 多分機能するべき何かが機能していないのだろう。

 信長も藤乃も性欲旺盛で冒険心に満ち満ちているものの、近親者に対しては欲情することはない。


 藤乃は小一郎が自分のことが大好きだからと下着でオナってるのを想像してみたら吐きそうになった。

 多分、小一郎自身もそんな想像されていると知ればゲロを吐くだろう。

 そんな常識的な感情しか沸いて来ないがゆえに対処方法が分からない。

 思春期の子供と接する親よりも難しい問題だ。


「ところで妹とはどちらで?」

「市の方だ。犬は普通の子みたいなんだが市はちょっとヤバイ」


 思えばお市が帰蝶を避けていたのも嫉妬していたからだろう。

 肉親である自分は決して妻にはなれない。

 一番欲しい居場所に座っている帰蝶が妬ましくてしょうがないのだ。

 それでも、そんな感情を抱く自分を恥じているからこそ避けてしまう。

 肯定しているのならば悪態吐いたり嫌がらせの一つ二つはしていただろうし。


「親父に相談してみようとも思ったんだが……」

「やめてあげましょうよ。流石に先代様が可哀想ですって」


 息子から妹が俺を一人の男として愛してるみたいなんだけど、どうすりゃ良いかな?

 なんて相談されたら信秀は卒倒するだろう。

 折角楽隠居していると云うのにあまりにも可哀想過ぎる。


「うん。だから俺も親父には内緒で内々に問題を解決しようと思ってるんだわ。で、何か良い方法ある?」

「いやぁ……流石の私もそう云うのは……あ、年の功ってことで御婆ちゃんは?」

「マーリンにも聞いてみたけどお前と似たような反応だったよ」


 千年を生きた魔女と云ってもマーリンは元々恋愛性愛方面に疎いのだ。

 そんなルーキーに信長の悩みはちと荷が重過ぎるだろう。


「ですよねえ。とりあえず、サシで御腹を割って話してみるしかないんじゃないですか? ありきたりな助言ですけど」

「……やっぱそれしかねえか。藤乃、ちょっと頼んで良い?」

「御任せを。銘酒を調達して来いと云うんですね? 今城下に来てる商人で一人心当たりがあるのでちょっと待っていてください」


 アルコールは理性を飛ばし本音を吐き出させると云う意味でも役に立つ。

 美味い酒、美味いツマミを用意しなければ重くて苦い話など出来ようはずもない。

 一時間ほどで藤乃は頼まれたものを調達して帰って来た。

 そして夜まで待ち、信長はお市の屋敷を訪れる。

 今回は事前に報せを届けておいたので夜半の来訪にも使用人が驚くことはなかった。


 深く深く深呼吸し玄関を潜り、屋敷の中へ。

 灯かりを片手に先導する使用人とはお市の部屋の前で分かれいよいよ修羅場へと踏み込む。

 月光と炎の薄明かりに照らされた室内では三つ指をついてお市が深々と頭を下げていた。


「御久しゅう御座いますお兄様……お兄様、どうかされましたか?」


 険しい顔をする信長、部屋に踏み込んだ瞬間に鼻腔を擽った匂いのせいだ。


「いや、これは……白檀の匂いか……」


 嫌が応にも思い出す、あの日の憎悪と悲哀を。

 家臣達の間では白檀はタブーとなっているのだが、お市や屋敷の使用人が知らぬのも無理はない。

 好んで吹聴するような話でもないし、変に気を遣い過ぎも気まずいから。

 チラリと室内に視線を走らせてみれば白檀の香木が置かれていた。


「はい、先日良い香りだと購入したのですが……あの、御不快ならば直ぐに……」

「気にするな。ちと驚いただけだ」

「そうですか……あ、遅ればせながら美濃攻略、まことに……」

「堅苦しい挨拶は要らん。公の場ならともかく、今は二人きりで、何処にでも居るただの兄と妹なのだから」


 襖を閉めて退路を断つ。

 不退転の決意を以って妹お市と向き合うことに決めたのだ。


「お、お兄様……」


 ほんのりと桜色に染まる頬。

 少し垂れた優しげな瞳、すっと通った花、蕾のような唇。

 臀部辺りまで伸びた烏の濡れ髪、前髪はパッツンで如何にも姫然としたスタンダードな大和撫子と云えよう。


「(帰蝶もそうっちゃそうだが……ファンタジーな髪してるからなぁ。

俺の妹がこんなにも男の妄想を詰め込んだ女であるわけがないってか)」


 帰蝶もパッツンだしロングヘアーではある。

 夜空色の髪も黒と云えば黒だし、ただそこに散りばめられたキラキラが何ともファンタジー。

 まあ、だーれも気にしてないし触っても何か感触があるわけでもないので信長も放置しているが。

 ともかくお市はファンタジー撫子の帰蝶とは違って純正の大和撫子なのである。


「(現代に居たら超モテるだろうな。いや、今もモテてるんだろうけど俺の妹だしな……ハードル高いか)」


 密かに恋慕っている男達は居るのかもしれない。

 が、大概の男は身分違いでくっつこうと努力することすらしないだろう。

 どうやって信長の妹をものにしろと云うのか。

 それこそお市を手に入れようと思えば信長が嫁がせるのを期待するしかない。

 だが、嫁がせるにしても政略結婚とかそう云うもので相応の立場が必要なのでやっぱり無理ゲー。

 家中で可能性があるとすれば勝家ぐらいだろう。

 まあ、勝家本人はお市のようなタイプは苦手だろうが。


「(つか、よくよく考えたら俺って弟妹の結婚の世話もしなきゃいけねえのか?)」


 自由恋愛が当然の価値観ゆえ忘れそうになるが此処は戦国時代。

 史実における秀吉とねねは恋愛結婚だったが、結構珍しい例なのだ。

 大体は親が決めたりした相手と婚姻を結ぶのが定石。

 信長とて一応は政略結婚なのだから。


 それでも男は側室制度などで自由がある。

 しかし女の場合はそうもいかない。

 決められた相手と寄り添い続けるしかない、よっぽど秀でた能力が無い限りは相手を選べないのだ。

 それこそ藤乃や昌幸ぐらいだろう、どうとでもなるのは。


 まあ昌幸の場合は上の命令で縁談が持ち込まれる可能性もある。

 だとしても信玄の可愛がりようからして拒否すればそこで破談にも出来よう。

 政略結婚の道具にせずとも他の部分で十二分に貢献してくれるのだから。

 しかしお市のような者はそうもいかない。


「(あー……どっちにしろ避けられた問題じゃねえんだよなこれ)」


 嫁がせるからには幸せになって欲しい。

 未だ誰にとか具体的なことは何一つ考えていないが、幸せになって欲しいと思うのは兄として当然。

 そして、幸せになるからには兄への想いを何とかせねばならない。

 信長は深く深く決意を新たにする。


「お兄様?」


 黙り込んだ信長を見てお市は不安そうな顔をしていた。

 何か粗相をしてしまったのだろうか――と。

 ある意味でとんでもない粗相を見せているのだがそれはさておき。


「いや、ちと感慨深くてな。思えばこうして語り合うこともなかったなと。

ああいや、別にお前が嫌いとかそう云うことではないぞ? ただまあ……忙しくてな、俺も」

「はい、市も分かっております」

「うむ……まあ、とりあえず飲むか。酒はイケルか?」

「嗜む程度には」

「よし、ならば飲もう。ほれ、酌をしてやる」

「そ、そんなお兄様! そのような……」

「良いから良いから」


 盃を持たせ、とくとくと酒を注ぐ。


「ありがたく。お兄様も」

「うむ」


 互いの盃が満たされたところで軽く酒を呷る。

 喉を焼くアルコールが実に心地良い。

 クオリティと云う意味では現代のそれには及ばぬものの、これはこれで味わい深い。


「ふぅ……お市、俺はまあ……先にも云ったが忙しくてな。他の弟妹達ともあまり話せていなくてな」

「はい」

「お前は他の兄弟達と仲良くやっているか?」

「御安心を。他の兄上達や姉妹とはなかようしております。中でも長益とは歳も近いのでよく話しますね」

「ほう……そうか、どんな話をするんだ?」

「あちらが一方的に話しているだけですが、茶器の話などを。功を立てたらお兄様に買って欲しい茶器があるとかよく聞きます」

「茶器か。まあ、頭の隅に置いておこう」

「はい。長益は御調子者ではありますが、悪い人ではありません。きっと無邪気に喜んでくれるでしょう」


 などと先ずは当たり障りの無い話を。

 そして場が温まったところでいよいよ本題を切り出そうとするも、


「兄上」

「ん?」

「市は、何時嫁げばよろしいのでしょうか?」


 予想していなかった話題がお市の口から飛び出した。


「何時って云うか……お前……あー……その、良いのか?」

「市も武家の子女として生まれた以上、覚悟は出来ております。

村娘のように好いた殿方と結ばれぬことも、御家のために身を捧げるサダメであることも」


 お市の顔に浮かぶ色、それは諦観。

 好いた殿方と結ばれない、それは何も武家に生まれたからではないのだろう。

 しかしお市は真の理由をひた隠しにしているように見える。


「(ああ……そりゃそうだ、お市も馬鹿じゃないんだ……分かってるよな……)」


 言葉に出せばどうなるか。

 実の兄を好いているような妹を他所にやっても不安要素にしかならない。

 だからこそ黙っているのだろう。

 気兼ねなく道具として使ってもらえるように、結ばれずとも信長の役に立てるように。


「義姉上や木下様、魔女様のように能力に富んでいれば別の形で御役にも立てるのでしょうが……。

ごめんなさい、市はお兄様やお父様のように天下に名を轟かせるような器量はありません」


 心底悲しそうな表情を見て信長も悟った。

 ああそうか、帰蝶達を避けているのは信長の女だからと云うだけではない。

 女性でありながら織田家を支える柱として十全な活躍をして信長を助けているから。

 自分には到底出来ないことを簡単にやってのけているから。

 そんなお市の目には帰蝶が全権を握って指揮を執った美濃攻略はどう映っているのか。


「だとしても、市の功ではありませんが市は織田の御家に生まれることが出来ました。

女として、生まれることが出来たのです。御家同士の縁を結ぶために御役に立てると自負しています。

織田の御家のために尽くさせてくださいませ、どうか市を上手に使ってくださいませ」


 忍ぶ恋――と云うのだろうか。

 信長のためと云いたいのかもしれないが、織田の御家のためと取り繕っている。

 いじましいお市の姿を見て、


「(…………云えるわけ、ねえわな)」


 信長は今日話そうとしていたことを胸の裡に仕舞っておく決意をした。

 辛いけど我慢しているのだ、そして既に覚悟を決めているのだ。

 だと云うのにお前俺が好きなのか? などと疵をこじ開ける必要もあるまい。

 隠そうとしていることを無理に暴く必要もあるまい。

 兄に知られていると知れば自分は役に立てないのではと悲観するかもしれない、ならば黙っておくべきだ。


「そうか。市の献身、ありがたく受け取ろう。

今は何処に、とか特に考えちゃいねえがその時が来たら力を貸してくれ」


 お市の傍に寄って少しだけ強く頭を撫でてやると、


「……はい!」


 お市はとてもとても嬉しそうな顔で笑った。


「さあ、今日はトコトン飲もうぜ。酌をしてくれや」

「御任せを」


 兄と妹の酒宴は長く長く続いた。

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