そこそこ人気な漫画に転生しました。
「なんですの、あの子は!私たちの会長にべたべたと!」
「まあまあ、エリカ。カッカしすぎるとまた倒れちゃうよ?もしかしたら気づかなかったのかもしれないし……」
「甘い!!あの新入生、私に気がつきていたにもかかわらず、これ見よがしに抱き付いたんですのよ!?」
「ああ……」
つい数時前にあった出来事を思い出し、私は口元をひくつかせた。
エリカが通うアリシア魔法学校に今年も新入生が入ってきた。例年通りで面白味なんてない―――はずだったのにね。
まさか『原作開始』なんて。ド忘れしてた私も悪いけど、でも言い訳させてもらうとエリカと『契約』したのはその三日前。
つまり、契約ほやほやな私は状況を把握するために、使ってなかった頭をフル回転させていたの。
それに『原作』じゃあエリカと契約するのは風の聖霊ジルのはず。
音を司る精霊の私と契約するはずじゃなかったのに。何かの力でも作用しているのかしら。
改めまして。私は高梨エリカの契約精霊をしています、セーナと言います。音を司る精霊という名の通り、音楽が好きな精霊です。
ほかにも、主が遠くにいる誰かに何かを言いたいときに、音にのせて――その時に風に精霊に補助を頼みます――主の言伝を伝えたりもします。攻撃?そんなのできないよ。
私に出来るのは音にのせて何を運んだり、伝えたりするだけ。……はい、使えないとか言わないで。
あ、恩恵は音楽に魅力を与えること。声楽の人には声に魅力を、楽器を扱う人にはその音色に魅了を。歌唱力や演奏の腕も多少上がります。
上がるのはその人の才能次第だから、大きく上がる人もいれば微々たる人もいるらしけど、私は精霊歴半年で契約歴一か月未満だから、詳しくは知らないの。
なんでそんな可笑しなことを言うかと言うと―――。
「セーナ、私歌いたい気分ですの!ここ周辺をシールドして頂戴!」
「わかったけど、こんなに広いところじゃイヤ。できれば部屋にして」
「部屋!?家までこの鬱憤を持ち込めというの!?」
「そうじゃなくて……。まあ、いいや。でもこのあと無理難題言わないでよ。こんな広い公園にシールドなんて、今の私じゃ高等技術なんだからね」
「つべこべ言わない!」
「はーい、Master!」
学校とエリカの家の間にある広い公園の隅に移動する。私は周囲を見渡し、よく確認し「よし!」と力を発動させた。
魔法学校きっての名門高梨家の令嬢が、こんなふつーの公園で鬱憤晴らしで歌うとか醜聞だしね。
でも、なんで今日に限って車で帰らなかったのかな。その方が早く帰れたし、防音設備ばっちりの音楽室で思う存分歌えたのに。
とりあえず、これでしばらくはエリカが大声で歌っても拡散しないし、私はその間周りの観察でもしよう。
あたりをぐるっと見回しても何もない。夕暮れの茜色が眩しいだけ。子供くらいいてもいいのに。
私の知ってる公園って子供や母親がいる賑やかな広場だから、なんだか落ち着かないなぁ。
私は一度死んで、この魔法が存在する世界に転生したみたい。しかも前世ではそこそこ人気だった少女漫画「Fairy Garden」に。
前世の私は日本に住むごく普通の女だったんだけど、病気で死んじゃったんだよね。まだ二十代だったのに。恋愛のれの字も経験がなかっただけに、悲しかったわ。
趣味は歌うこと。この漫画を知ったのは、入院で気分が塞ぐからって、友達が差し入れと一緒に持ってきてくれたのがきっかけでした。
死んで、気が付いたら漫画の世界の「精霊」なんてものになるし、なんでかライバルキャラの契約精霊になっちゃうしで現在になります。以上。
でも結構今を楽しんでたりするんだよね。魔法とか精霊とか存在するファンタジー世界だけど、基本は日本だし。
容姿は精霊の中じゃ中の中だけど、人間と並ぶとめっちゃカワイイし、髪は黄色からだんだん色が薄くなるグラデーションで、目は琥珀。全体的にキラキラしてるんだもん。
光の聖霊と間違う人もいるけど、音の聖霊なんて珍しいらしいから仕方ないよね。
「ん?あれは……げっ、例の生徒会長とヒロイン!?エリカは……よかった。奥まったところにいるから、全然分からない。
それにしても、あのヒロイン、えっと名前は梨々花。真田梨々花だっけ。梨々花嬢のヒーローは一年上の不良上級生じゃなかったっけ?」
どうして、作中でもあんまり絡まない生徒会長にべたりなのかな。精霊情報網じゃあ、会長以外にも男に尻振ってるそうだしね。
だからエリカも爆発するんだよ。会長公認、ファンクラブ会長だし。会長に憧れてるし。
「だからぁ、ファンクラブなんて新条センパイのお荷物にしかならないと思うんですぅ。あの人たちぃ、いちいちセンパイの行動の障害になってるじゃないですかぁ」
「……そう言っても、彼女たちのおかげで学園生活を過ごせているのもあるからな。多少のことには目をつむるさ」
「おかげってぇ、ただウロチョロしてるだけじゃないですかぁ」
「そうでもない。彼女たちが周囲の統制をとってくれているから、学園内での風紀が荒れていない。
今年は注目株が多く入学してきたからな、多少の混乱を覚悟していた」
黒髪黒目の黒縁メガネの生徒会長がむーと口をへの字に曲げ、眉間にしわをつくる。
色彩はパッとしないけど、顔立ちは精悍でファンクラブが存在するのが分かるくらいカッコイイ。そういえば、彼が所属する生徒会も、総じて顔がいい。
生徒会って顔の良しあしで決まるのかなぁ。でもザッと周りを見ても、目鼻立ちがはっきりした人しかいないんだよね、この世界。
……うん、さすが基本漫画の世界。ブサイクさんは見当たらないよ。いたとしても、私から見れば普通の顔立ち。
モブっていわれる人もこれなら、私基準のブサイクさんはいないってことになる。
これが漫画か!補正か!
「そうですかぁ」
新条会長の言葉に真田梨々花が面白くなさそうに頬を膨らます。
茶色の髪と目で頬を膨らませている姿は、リスのようで愛らしい。自信の腕を会長の腕に絡めてなければさらに。
語尾が妙に伸びてるし、猫なで声だし、人目をはばからず抱き付いてるし、というかあれてわざと胸を当ててる?
エ、エリカが気が付く前に通りすぎてくれないかな……。
「はーっ、スッキリしましたわ!セーナどこにいますの」
「う、はーい!ここにます!!」
エリカの声に慌てて近寄る。早く通り過ぎてと視界の端でベタベタの二人を窺えば、よりにもよってこの公園の入り口で立ち止まっていた。
なんでよー!!
「何か面白いものでも見つけましたの?」
「なななな、なにもないよ!うん、何もない!そ、それより今日はもう車を呼んでそれで帰ろう!」
「急にどうしたんですの?私、今日は徒歩で帰ると決めているのです。破りたくはありませんわ」
「歩くなら家の庭でもいいじゃん!ほら、エリカの家広いし!」
古くは朝廷――この世界にもあるらしい――に仕えていた家柄だけに、家はお屋敷。建物は純和風の日本家屋。
庭も何坪?って言いたくなるくらい広い。だからこんな人目のあるところで歩かなくても、歩きたいなら庭で思う存分歩けばいいのに。
「……セーナ」
「は、はいっ」
「なにを隠しているんですの?」
「う……っ」
大きいけど釣り目の瞳が睨み付けてくる。黒髪に蒼い瞳のキツめの顔立ちが、一際怖くなっていた。
ライバルキャラだから、顔立ちは綺麗でも怖い使用なんだもん。ガクブルしてる私に、エリカがフッと息を吐き出した。
それだけで、雰囲気が柔らかくなる。彼女は怖い顔より、笑った顔の方が綺麗で花があるのに、もったいない。
「あなたって本当にウソが苦手ですわね。あら?でも精霊とはウソをつかないものではなかったかしら」
「ウソは……人間の専売特許だってミンナが言ってた。私はミンナと違うから、ウソつけるんだと思う」
「そう、でもヘタでは意味ありませんわ。つくのなら、騙しとおせるくらいになってから、つきなさい」
「うう……」
驚かなかったことは嬉しいけど、なんだろう。呆れられてる気がする。
エリカの隣に降り立ち、しょんぼりと肩を落とす私に、彼女は頭を撫でてくれた。
見た目が小学生だから、彼女の胸くらいしかない。し、身長が欲しいよ。
「まあ、いいですわ。さあ帰りますわよ」
「かかか帰るなら、向こうの入り口から帰ろう!あのね、あの、さっき入ってきた入り口に大きな犬がいたから危ないし!」
「あら、犬ですの?」
「そう犬!とんでもなく大きかったから、エリカ潰されちゃうしっ」
「うふふ、どれだけ大きな犬ですか」
きゃー!!滅多に見れない女神スマイル!!綺麗だよ、さすが私のMaster!
思わず抱き付くと、きゅっと抱き返してくれる。転生前プラス転生後で年齢は私の方が上だけど、気にしない。
「それでは、犬のところから帰りましょう」
「だだだだダメ―!!」
「あは、冗談ですわ――」
「そこにいるのは高梨、か?」
「あの陰険高梨エリカが笑ってる……」
「みゃぁーーーー!!」
なんで!?さっきまで入り口にいたじゃん!
エリカに抱き付きながら叫ぶ私など気に留めず、新条会長と真田梨々花の二人はエリカを茫然と見ていた。
目でも取れるんじゃないかと思うほど開いてる新条会長。
それに対し始めは茫然と見ていた真田梨々花は、だんだん険しい表情に変わり、ついには鬼みたいな顔になっていた。
恐る恐るエリカを見上げれば、こっちも茫然としてる。心なしか頬が紅潮してるけど。
視線の先には新条会長。お互い見つめ合っちゃって、居心地が悪いなぁ。
「お前が笑っている所、はじめて見たな……」
「そ、それは失礼しました」
「いや、その、お前は笑っている方が似合うし」
「……ありがとうございます、新条生徒会長」
い、居心地が悪い。二人で見つめ合って、ぎこちない会話なんて、どこの初々しい恋人ですか。あ、二人恋人じゃないけど。でもそれにしか見えない!
強く抱きしめ私もいるよ、と体で伝える。
エリカはハッと顔を改め、いつものすました表情に戻った。
私がいることを思い出して欲しかっただけで、べつにすましたお嬢様に戻ってということじゃなかったんだけど。
「ねぇ!センパイ、早くカフェに行きましょうよぉ。限定のケーキ、今日までなんですからぁ」
「あ、ああ。そうだな」
「新条生徒会長と真田さんは、これからデートですの?」
これ見よがしに仲の良さをアピールする真田梨々花に、新条会長はあいまいな頷きで返した。
それにエリカの目が鋭さを増す。それもそうだよね、もうすぐ、魔法テストだし。
新入生は入学時の実力を測るために、在校生は己の能力が一年でどれくらい伸びたのかを知るテストだから、こうのんびりしてられないのにね。
あれ?もしかして、エリカが歩くことに拘っていたのって、緊張をほぐすためか、気分転換もかねているのかも。見かけによらず、あがり症だから。
「そうなんですぅ、だからジャマしないでくださいね。高梨エリカセンパイ」
「……別にジャマなどいたしませんわ。
ただもうじき魔法テストですから、あまり会長を引きずり回さないようおねがいしますわ。真田梨々花さん」
にっこりと笑った真田梨々花に、エリカが無表情で言い返す。
激しい女の戦いを目の前で繰り広げてるよ。唯一の男!お前が治めろ。
新条会長に目で訴えるけど、そもそもこっちを見てないからスルーされちゃった。か悲しい……。
「なによイジワル!いこ、新条センパイ」
「あ、ああ。ではな、高梨」
「……お気をつけて」
新条会長の腕を引っ張り、鼻息荒く歩き出した真田梨々花を鋭い目で見送るエリカ。
新条会長と言えば、不思議とエリカを名残惜しそうに見ていた。
もしかして、両片思い?原作じゃ、ただの一ファンと会長って関係だったはずだけどなぁ。
そんな三人を見ていた私を真田梨々花がチラッと見て、呟きが耳に入ってきた。
「なんで風のジルじゃないのよ。音の聖霊って聞いたことないんだけど」
「え……」
まさかと思ってたけど、そのまさかでヒロインたる真田梨々花も転生者なの?
目を瞬き二人を見送るしかできなかった自分が恨めしい!ここはツッコムところだったはずなのに!
「……」
「エリカ?」
「…っ、ごめんなさい。それでは、私たちも帰りましょう」
「うん」
ずっと二人が去って行った方角を見ていたエリカが、一瞬息をのみ慌てた様子で気を取り直す。
私は何も言えなくて、頷いただけだった。 だってなんだか切ない目だったから。
「……カフェ、私も行きたかった……。でも体重」
「……」
あれ?恋する乙女でも、気分転換でもない!
これってダイエットのための徒歩下校だったの!?