偽りない表情
【第57回フリーワンライ】
お題:
ニセモノの笑顔を浮かべて
遠花火
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
二つの花火が上がる。
一つは夜空で。
一つは足下で――それは水面に映った花火の鏡像だった。
「綺麗……」
彼女がぽつりと呟いた。
「ちょっと会場からは遠いけど。その分、二倍の花火が楽しめる」
ここ穴場なんだ、と彼は自慢げだった。
実際そのようで、川の傍は花火が打ち上がる度に鬱蒼とした茂みが照らされるばかりだった。
彼ら二人以外に周囲には誰の姿もない。
「私、日本に来て良かった。本当にそう思う」
夜空で滝のようなすだれが閃き、川面では逆に吹き上がる。黄色い明かりに一時浮かんだ横顔は、黄金色に輝く金髪だった。
彼の目には、暗転した後も宝石のような青い瞳と、作り物のように白い肌が焼き付きとして残った。
暗闇の中に朧気に残る白い顔が、こちらを向いた。
「……本当は黙ったまま帰国しようと思ってたんだけど、やっぱり言うことにする」
彼はどきりとして、身体を震わせた。とうとう来るべき時が来たのか。今までの苦労は徒労ではなかった。
そしてふと考えた。ここは男が言うべきだろう。
「待って、僕から言わせてくれないか。……君のことが好きだ」
「…………ありがとう。私も」
花火が上がる。
赤々と浮かび上がる彼女の顔は、見事に咲いていた。満面の笑み。彼はそれを一生覚えていようと、心に刻みつけた。
赤い照明がふっと消える。
「だから」
夜陰の向こうで彼女の気配がもぞもぞと動いた。
彼女のシルエットだけが見える。両手をこめかみの辺りに当てているようだ。
「本当の私を知って欲しいの」
火の玉が夜空を駆け上っていく。遠くで打ち上げの音がした。
それに混じって、ぱちり、と音がした。
それは何かを外すような。あるいは何かを開けるような。
パッ。夜帳に大輪の光の花が咲く。
彼女の顔にも先程と同じ笑顔が咲いていた。
しかしそれは先程脳裏に焼き付けた笑顔の位置よりもずれていた。
彼女の顔は、
彼女の両手に挟まれて、
彼女の胸の前にあった。
その落差にまず彼は混乱した。次に、徐々に視線を上げていった。
鎖骨。肩。首。顎。
そして、顔。 本当の顔。
夜風になぶられて彼女の前髪が揺れた。
煌々と光る花火に晒された、その顔は――
彼はしゃっくりするように悲鳴を引きつらせて、川縁を逃げ出した。
二度と後ろを振り返ることはなかった。
暗闇の中を走ることも関係なかった。なぜならショックで何も見えなくなっていたからだ。
彼女は、いや、あれは、一体。
肺が裏返るほど酷使して、住宅街の街灯の下で倒れるまで彼は走り続けた。
再び河原に暗闇が戻る。
彼女は肩を落とし、悲しげに震えた後、手に持ったものを川に投げ捨てた。
ぽちゃん。
遠くで大気を振るわせる音が鳴り響いた。
青色の花火が夜空に広がる。
白々とした光が辺りを照らし出した。
川面には花火の鏡像を掻き乱して、負けじと輝くような笑顔だけが浮かんでいた。それはゆっくりと流れにもまれて沈んでいった。
やがて青い光が消えた時、周囲には何者もいなくなっていた。
そしてまた一つ、別の位置から花火が打ち上がった。
それは花開くことなく夜空にかき消えた。
『偽りない表情』了
なんだか言い足りないような、言い過ぎなような、微妙な気持ち。
当初構想したことが上手くまとまらなかった。