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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
紅の撃ち手
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二日目


 エリーを寝室に運んでからしばらくの時間が経ち。俺は馬車に運ばれて、また学園対抗戦のエリア前に来ていた。降りると御者さんに二日連続でお礼を言って、エリア内へと足を踏み入れる。


 目指すのは、一日目と同じようにエリア中央にある受け付けの建物だ。けれど、その途中で妙な事態に遭遇する。こんな早い時間帯にも関わらず、女子生徒が二十代くらいの男達に絡まれていた。


 まだ観客が入って良い時間じゃあない。あの大人達は時間まで待てず、忍び込んだってところか。それでちょうどよく見付かった女子生徒に絡んでいる、と。あの制服の色からみるに他校の生徒だけれど、見捨てるわけにもいかないか。


「ちょっと失礼しますけれど。貴方達、ここで何をしているんですか?」

「ああん? うるせぇな、引っ込んでろよ」

「俺達はいま忙しいんだ。ガキはさっさと帰れ」


 数は三人か。


「知ってます? まだ観客が入っていい時間じゃあないですよ」

「あー、もう面倒くせぇ。ぶっ殺すぞ、クソガキ」


 そう息巻いた男の一人が、俺に向かって手を翳す。魔法学園の生徒に絡むだけあって、魔法は一応使えるみたいだ。ということは、何処かの貴族か。そう予想を組み立てて、次にどう動こうかと決めていく。


 けれど、それが決定する前に、俺に向けて翳された手を、がっちりと掴んだ者がいた。今まで黙っていた三人目の男だ。彼は一人目を制止するように、首を横に振っている。


「なんだよ? なんで邪魔するんだ」

「止めとけ。こいつ、昨日のバトルロイヤルで生き残った奴だ。俺等が束になっても勝てねぇよ」

「なっ、マジかよ。……くそッ、しゃーねー。行くぞ」


 昨日の戦歴に助けられる形で、男達は足早にこの場を去って行った。状況が状況なら実力行使も止む無しと思っていたけれど。腰に差したロングソードを引き抜くようなことにならなくて良かった。


「えーっと。大丈夫ですか?」

「えぇ、そうね。傷はないし、汚らわしい下級貴族に触れられてもいないから」


 随分とまぁ、口の悪い。この言い回しをみるに、それなりに高貴な身分ってことになるのか? 彼女。上級貴族の生まれなのかも知れない。長い銀色の髪に凛とした雰囲気を纏っているあたり、その予想は大きく外れないはずだ。


 まぁ、それはともかくとして、絡んでいた大人達はいなくなったし。彼女の安全もこれで確保できただろう。この辺ですっぱりとお別れするとしよう。


「なら、良かった。それじゃあ俺はもう行きますから、気を付けて」


 そう言って背を向けようとしたとき。


「お待ちなさい」


 と、呼び止められる。


「なんです?」

「貴方の名前、聞かせて貰えないかしら?」

「名前ですか? キリュウですよ。シュウヤ・キリュウ」


 自己紹介をすると、彼女は俺の姿を数秒眺めて、こう言う。


「そう。その顔と名前、憶えておくわ」


 言い残した言葉はそれだけで、彼女は俺に背を向けて何処かへと消えて行った。


 そう言えば、彼女の名前を聞いていなかったな。いや、まぁいいか。偶然が重ならなければ、もう会うこともないだろうし。たまたま出会ったとしても、そのとき彼女を憶えているかどうか怪しいものだ。


 必要に迫られないと名前を憶えられない性質だし。


 そんなこんなあって、漸く受け付けの建物へと辿り着く。受け付けのお姉さんと会話して、奥のホールへと足を進めた。今回はベッキーからの奇襲もなく。ニッキー先生に従って、平和に座席へと座ることが出来た。


「人、減ったかな?」


 一日目とほぼ同じ時間に此処に来たが、あの時より人が少ないように思える。まだ来ていない生徒が多いだけかとも思ったが。ベッキーが来て、アレックスが来て、殆どの生徒が来ても、やはりその数は少ないように思えた。


 まぁ、考えて見ればそうだ。二日目の種目は一日目に終わらなかった物だけだ。すでに終了した種目に出ていた生徒は自由参加である。そりゃあ人も減るというものだ。もしくは普通に観客として来るかも知れない。


 そんな事を考えていると、二度目の開会式が始まり。また毒にも薬にもならない、水のような話を延々と聞かされ、ようやく二日目の学園対抗戦が開催される。


 今日も昨日と同様に、観客が入る一時間は控え室に缶詰だ。しかし、違っているのは、その待遇である。昨日の控え室は複数人で使うことが前提の簡素な作りだったが、こたびの控え室は完全に一人用の豪華なものである。


 部屋に保存の利く軽食が置いてあるし、御菓子もある。腰掛けた椅子もふわふわで座り心地が良い。おまけに部屋の大きな窓からリングが見渡せる。昨日の控え室のように、魔法によって壁に映し出された映像をみなくても直接見えるようになっているのだ。


 まさに至れり尽くせり。話によればこの部屋は偉い人か、バトルロイヤルで勝ち残った人しか使えないらしい。一介の学生身分としては、身に余る待遇だ。


「お、もう人が入り始めてる」


 すこし興奮しつつも窓の外を眺めていると、会場の観客席に幾人か人が見えた。


 観客入りが始まったのはついさっきなのに、もう観客席の最前列に陣取っている。バトルロイヤルのスペシャルマッチは、女子の部、男子の部と二回しか行わない。しかも開始時刻は午後だと言うのにだ。


 現代日本でも欲しい物を手に入れるために、日を跨ぐような行列ができるけれど。どこに住んでいても、考えることはみんな同じだな。


「ん?」


 扉のほうから三回ほどノックの音が聞こえた。たしかノック三回は親しい人に向けた回数だって前に教えてもらったな。ということは、誰だろう。両手の指の数だけで事足りるほどの人数としか交流を持たないから、候補は限られている。エリーはまだエクイスト家にいるだろうし、ベッキーか?


 色々と扉の向こう側を想像しながら、ドアノブに手を掛ける。


「はい、どちら様?」


 捻り、扉を開くと一番に初めに見えたのは、二つの金色の束だった。つまりは、ツインテールである。


「エリー? なんでこんなに早く」

「だって、この一時間はシュウ暇でしょ? だから、話し相手になってあげようと思って」

「一人で退屈してたから、それはありがたい限りだけれど。よく此処にいるって分かったな」

「同然よ。だって昨日、私は此処で試合を見ていたんだから」


 普段から一緒に居すぎて忘れていたけれど。そう言えばエリーってエクイスト家の令嬢で、分類すると偉い人になるんだよな。一応、学生としての扱いは他と同じだけれど。休学中なら、その扱いも適用外だ。それなりの待遇をして貰えるのだろう。


 俺に割り当てられた部屋がこの位置になったのも、なんだか作為的なものを感じるな。


「ほら、はやく中に入らせて」

「はいはい。というか、ベッキーの所には行かなくてもいいのか?」

「なに言ってるのよ。行ったに決まってるでしょ? 後からこっちに来るって」

「さも当然の如く俺の部屋が集合場所になっているのは、なんでなんだよ。まぁ、いいけれどさ」


 会話の相手は多いに超したことはない。一時間の退屈をまとめて潰してくれるというのなら大歓迎だ。しかし、護衛をしているはずのインクルストやクインは一体。いや、然程気にすることでもないか。どうせ、屋台廻りでもしているだろう。


 そうしてエリーを部屋の中に招き入れ、少し立ったころ。


「あっ、来たみたいね。ベッキー」


 再び、扉からノックの音が三回ほど聞こえてくる。その音に反応したエリーは、俺よりも早く扉に向かい、ドアノブを捻る。けれど、扉の向こうにいたのはベッキーではなくて。


「どうして貴方が此処に居るのかしら? エクイストさん?」

「それはこっちの台詞よ。アリムフェリア」


 ここに来る前に大人達から助けた、あの銀髪の女子生徒だった。


「……私は彼に助けて貰ったから、そのお礼を言いに来たのよ」

「お礼? シュウ!」

「うん、まぁ、そうだよ。助けたは事実だ」


 しかし、もう会わないと思っていたのに、再会がこうも早いとは。


「それで? エクイストさんは、どうして此処にいるのかしら?」

「……シュウは私が雇った護衛よ。それ以上の説明が必要?」

「護衛……そう」


 言葉少なく、彼女はそう呟く。


「それにしても、どうして此処にシュウが居るって分かったのよ」

「彼に助けて貰ったときに聞いたのよ。バトルロイヤルに勝ち残ったことと、彼の名前を。となれば、特定は然程難しくはないわ。エクイストさんの護衛だとは、流石に分からなかったけれど」


 スペシャルマッチに出場する生徒の中に、桐生修哉という名前の人物がいるか。と、この会場にいる関係者に尋ねれば、おそらく特定は可能だろう。もっとも、それは彼女がそれなりの身分であることが絶対条件なのだけれど。


 というか、エリーと対等に話している所や、一歩も引かない姿勢をみるに、彼女が七大貴族の令嬢であることは確定している。アリムフェリアという名前にも聞き覚えがある。間違いはないはずだ。


「ところでエクイストさん。彼にお礼が言いたいのだけれど、室内に入らせて貰えないかしら?」

「むぅ……仕様がないわね」


 お礼を言いに来た人を拒むことは出来ないと、エリーは渋々ながら扉の前から移動し、彼女の入室を許した。まるでエリーが部屋の主であるかのような振る舞いをしているが、もともとこの部屋は俺に与えられた物なんだけれどな。


 それを言えば事態がややこしくなるから、言わずに控えておくけれど。


「エリザベス・アリムフェリアよ。私のことはリズと呼んで貰えると嬉しいわ」

「分かったよ、リズ。俺のことも好きに呼んでくれて構わないから」

「そう、ならシュウヤさんと呼ばせてもらうわね。それで話の本題なのだけれど。あの時はごめんなさい。お礼も言わずに」

「気にしてないから良いよ。俺も言われるまで気が付かなかったし」


 それにわざわざ此処まで言いに来てくれたのだ。気持ちは十分に伝わっている。


「改めてお礼を言わせてもらうわ。ありがとう御座いました」

「どう致しまして」


 お礼の言葉に返事をして、事はすっきりと終わりを迎える。


 けれど、その後になって彼女、リズはとんでもないことを言い始める。


「ところで、シュウヤさん」

「うん?」

「私の許で働く気はないかしら?」

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