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色う焔と異界の剣士  作者: 手羽先すずめ
金色の氷結姫
16/44

有効範囲、五メートル


 銃声が耳に届いた瞬間、六発目の存在を確信し。跳び上がりの頂点を越えて、落下を始めるなか。不安定な空中で、俺は刀を振り被る。


 地に足が着いていない以上、避けるという選択肢はない。この状況では流石に正確な軌道は描けないが、それでも狙いの分かった弾丸くらいなら捉えきれるはず。そう言う修行を、親父にやらされて来た。


 伸びる弾道は、一秒と経たずに俺の許へと飛来する。回転する弾丸は、変わらず真っ直ぐに突き進んでいる。だが、それ故にタイミングを計るのは容易だった。直後、かんッ、と甲高い音がなって、弾道は大きく逸れる。振るった刀身は、その側面で弾丸を受け、そのままの勢いで別方向へと弾き飛ばした。


 空中に存在する間の脅威は、これで取り除かれ。俺は無事に錬魔館の床に降り立つ。


 当然ながら、その頃にはすでにフードの男は、俺から距離を取っている。リロードも済んでいるのだろう。奴の足下に、それらしき器具が転がっている。なんと言ったかな。そう、あれは確かスピードローダーだ。


「今、弾倉に込めた六発の弾丸。それが命綱だと思え。それで俺を仕留められなきゃ、あんたの負けだ。二度目のリロードはない。そんな暇すら与えずに、戦闘不能にして見せる」

「御託はあの世で言えば良い。どうせ、その刃は届かない」


 装填数の上限が六発だと判明した。そうと分かれば、チャンスは作り出せる。一度切りだが、フードの男を刀の間合いに捉えることが出来るだろう。その好機を逃さなければ、きっとこの勝負に決着がつく。


 刀の剣先を下げ、地面に近づけると、大きく息を吸って吐き捨てる。気を整え、剣に、刀に血を通わせる。より鋭く、より速く、振るえるように、動けるように、その刃を研ぎ澄ます。


 果たして、恐らく最後になるであろう攻防が、轟く銃声によって開幕を告げる。


 初撃を必要最低限の動きで躱し、両足は地を駆ける。続けざまに引金は引かれ、銃声と共に弾丸が放たれた。その数は二回。二発の弾丸が前進する俺を捕捉し、牙を突き立てようとする。


 だが、それでも俺は動き続ける足を止めなかった。止める必要がなかったからだ。


 脳が身体にかけた制限を意図的に解除し。肉体の限界を超えた剣速は、弾丸の速さに追い付いてみせる。走りながら掬い上げるように振るった刀は、たしかに弾丸を捉え、その軌道を大きく逸らす。そして返す刀で斬り返し、二発目の弾丸をまた弾く。


 飛来する弾丸を避けるのではなく、強引に逸らして血路を切り開いた。


「無駄なことだ」


 弾丸を弾こうとも、前進を続けようとも、瞬間移動をされては捉えきれない。


 フードの男は俺が肉薄するよりも先に、自らの魔法で瞬間的に移動する。移動先は、遠く。また距離を離される。だが、それでも足は止めず、諦めず、開いた距離を埋めるように、食らい付いていく。


 そんな俺を嘲笑うかのように、フードの男は安全圏から引金を引いた。鉄の獣は二度ほど鳴き声を発し、銃口から撃ち出された二発の弾丸が飛来する。この一発目を体勢を低くして躱すと、二発目を起き上がり様の二の太刀で軌道を逸らした。


 これで残弾数は、残り一発。勝負を仕掛けるなら、此処しかない。


 雄叫びを上げる鉄の獣は、最後の牙を吐く。定められた照準に従い、それは俺の肉体を食い破らんと直進する。しかし、そう易々と喰われてやる訳にも行かない。真っ直ぐに伸びる弾道を読み、現状打開の一手を打つ。


 それは文字通り、打つ攻撃だ。刀の側面を叩き付け、弾丸を弾くのではなく。そっくりそのまま辿って来た弾道をなぞるように打ち返す。力の逆流により、進行方向が変わり。とんぼ返りした弾丸は、導かれるように奴の顔面へと向かう。


 そして、それは頬を浅く抉ると共に、フードの一部を貫き破く。


「ぐぅッ」


 予想外の反撃に、フードの男は動揺する。驚愕する。


 感情の乱れは行動の遅延に繋がり、そこには隙と言う名の勝機が生まれる。通常なら生かし切れない短い物だが、脳のリミッターを解除し、身体能力の全てを発揮した今なら間に合わせられる。


 骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる中、獣のように駆け抜ける。そして、ようやく辿り着く。刀が届く間合いの範囲、フードの男の懐まで。


「〝縮地シャドウ・フット〟!」


 間合いに踏み入り、袈裟斬りに刀を振るった直後だった。


 フードの男はここに来て、初めて自らの魔法名を叫び。俺の攻撃範囲内から、時間を挟むことなく、離脱する。あと一歩、届かない。刀は何もない虚空を斬り裂き、その軌跡を描き終える。


 けれど、まだ終わりじゃあない。むしろ、この時を待っていた。


「〝焔変色異カラー・オブ・フレイム〟!」


 大きく息を吸い、その名を叫ぶ。己の魔法、緋に染まった色ふ焔(いろうほのお)を。


 体内に大量の魔素を取り込み、身体の内側で膨れあがる魔力。それら全て魔法の燃料として消化し、焔はこの世界に具現化する。爆発的に広がるそれは、自らの足よりも速く走り。瞬間移動の有効範囲、五メートルを一瞬で覆い尽くす。


「なッ!?」


 瞬間移動した瞬間、視界が焔に包まれたのだ。


 焔の熱に身悶え、呼吸もままならないだろう。仮に息を吸い上げたとしても、空気中の酸素は燃焼し、大半が二酸化炭素と化している。魔素は取り込めるだろうが、息苦しさは抜けることはない。


 そんな状態で魔力を作ろうとする意志は生まれない。偶然、作れてしまえても、魔法の発動までは出来ないはずだ。それほどの経験値が、フードの男にあるわけがないのだから


「これで――」


 勝機は訪れた。ここを逃してなるものか。


 俺は決死の覚悟で衣服を焼かれながら、自ら具現化した焔の中を駆け抜ける。視界が緋色に染まろうとも、捉えた人影だけは見逃さない。燃え盛る熱の中を行き、身悶えるフードの男を刀の間合いに捕らえる。


「終いだッ」


 獣の如く斬り込んだ末、周囲を包み込む焔は、斬魔の力によって掻き消え。焔の緋色に染まっていた刃は、奴の身体を斬り裂くことで飛び散る鮮血と混じり合い。また赤く、朱く、刀身を染め上げる。


 眼下には、血を流したフードの男が倒れている。勝敗は、此処に決した。


「な……ぜ、殺さ……ないッ」


 まだ意識があるのか、フードの男は恨むように、そう告げる。


「そいつは俺の仕事じゃあない。せいぜい、その痛みに苦しみながら後悔しろ。あんたの今後の人生は冷たい檻の中だ」


 血液が滴り落ちる刀身を、空を斬るようにして払い、血を落とす。けれど、まだ刀を鞘に収めることは出来ない。フードの男は無力化したが、まだ終わりじゃあないからだ。エリーに加勢して、イリアンヌを捉えなければならない。


 そう改めて気を入れ直し。フードの男から視線を外し、辺りを見渡す。そして、想像だにしない、幻想的な風景を俺は目撃することとなる。


「なんだ……これ」


 それは、言うなれば写真のような光景だった。


 イリアンヌの魔法が、爆発のそれであることは体験して知っていた。だが、この光景はまるで写真の中に閉じ込められた静止画のようだ。つまり魔法が、爆発の途中で止まっているのである。


 蒼白く色付き、冷気を放つ氷によって凍結したという形で。


「くそッ、くそッ! どうしてだッ! どうして僕の魔法が通用しないッ!」


 その幻想的な光景の中に、対峙する二人の姿を見付ける。


 一人は地団駄を踏んで悔しがっており、もう一人は優雅にその姿を見据えている。どちらがエリーで、どちらがイリアンヌかは、言うまでもないことだろう。どうやら、俺が加勢するまでもなく。勝敗は決していたようだ。


「どうやら分かっていないようだから、教えて差し上げるけれど。貴方のように自分の血筋に甘えているだけの三流魔法使いに遅れを取るような、柔な鍛えられ方はされていないのよ。私は」

「さん……りゅう? 三流だと? イリアンヌの子息である、この僕が三流だと言ったか

!?」

「でなければ、こうはならないでしょう? いい加減、思い知っては如何かしら? 自分という人間が、何も出来ない愚か者だってことを」


 この現状を見た限りでは、エリーの言うことは正しいのだろう。折角の爆発も、凍結によって封じ込められては形無しだ。これで氷の魔法だけしか使っていないのだから、恐ろしいものだ。


 エリーの魔法は〝全能オール〟この他にも、あと五種類の魔法が使えるとは。


「エルサナ……エクイストォ!」


 この上ない恥辱に対し、イリアンヌは憤死しそうな勢いで怒った。身体から大量に放出する魔力は、感情と呼応するように激しく荒ぶっている。流石に、これは不味いと思ったが、しかし、やはりと言うべきか。心配には及ばなかった。


「ご機嫌よう。アリルド・イリアンヌ」


 凄まじいほどの爆発音が鳴り響き。頑丈な素材で作られているはずの床を破壊しながら、爆炎、爆風がエリーに迫る。だが、それでも動じないエリーは、その場で静かに指を鳴らし。氷の魔法を発動する。


 エリーを起点にして走る氷は、瞬時に爆炎、爆風の表面を凍てつかせ。その内部にまで凍結を浸食させていく。爆発の威力や熱量などお構いなしに、炎という存在その物が凍っている。


 この幻想的な風景が作られた過程、その一端に触れ。俺の魔法で、あの氷を止められるかと考えて見る。きっと、今のままでは不可能だろう。いつかエリーの魔法すらも凌駕できるように成らなければな。


 そうして呆気に取られていると、爆発は完全に凍てつき。アリルド・イリアンヌは氷の中へと封じ込められたのだった。


「よう、随分と余裕そうだったじゃあないか。エリー」


 勝利を勝ち取ったエリーのもとへ、そう声を掛けながら近付いていく。


 硬い材質の床から、同じく硬い氷の上を歩く。足下を滑らせないように歩くのが、ちょっとばかし難しい。


「シュウ。まぁね、誇りあるエクイスト家の人間だもの。半端のままじゃあ居られないわ。それにしても、その格好を見るにシュウのほうは大変だった見たいね。どのくらい怪我したの?」


 エリーは俺のほうに視線を向けると、焼け焦げた有様を心配してくれた。


「あぁいや、これは自分の魔法で服が焼けてるだけで、怪我はしてないよ。火傷もない」

「んんん? どう言うこと?」

「そう言えば、まだ話してなかったな。俺の魔法のこと」

「私に話さずに居たなんて、ちょっと抜けてるんじゃない?」

「エリーが言うか? その台詞」


 エクイスト家に住み込みで働くことも、アークインド学園に通うことも、話していなかったくせに。よくもまぁ、ぬけぬけと。意図して言ったのか、それとも天然なのか。どちらにしても、厄介だな。


「まぁ、いいや。俺の魔法はさ。燃やす物と燃やさない物を、焔の色で指定できるみたいなんだ」

「意図的に狙った物だけ燃やすことが出来るってこと?」

「そう言うこと。そして、裏を返せば狙った物だけ燃やさないことも出来る。例えば、今回は緋色の焔で生き物だけを燃やさないようにした。だから、俺自身は無傷だけれど、衣服だけが焼け焦げるんだ」

「なるほど……でも、どうして緋色だと生き物を燃やさないのかしら?」

「猩々しょうじょうひって言う血の色があるんだよ。だから、血に関連した生き物だけを燃やせるし、燃やさないように出来るじゃあないかな? と、思ってる」

「ふーん……なら、血のない生き物はその限りじゃあないのね。タコとか、イカとか」

「たぶんな」


 血のない生き物を相手取ることなど、そうそうないと思うけれど。


 いや、でもこの世界には魔物という化物もいるらしい。案外、海辺とか川沿いを訪れれば、遭遇することもあるかも知れないな。是非、そうなって欲しくはないが、一応、頭の片隅にでも止めておくかな。


「さて、それじゃあ此処からどうする?」

「そうね……とりあえず、パパとママに連絡かしら」


 脅威はさって、諸悪の根源は捕縛したわけだし。まぁ、それが妥当な判断だよな。しかし、エリーの両親に連絡が行けば、漏れなくクインにも情報が伝わるということで。


「……あのさ、これもしかしなくても、怒られるよな」

「考えないようにしてたのに!」

「現実逃避じゃあねーか」


 どう足掻いても、この氷の山を運んだり、処理するには人手がいる。覚悟を決めて連絡をとる他に良い方法がなく。仕様なく、俺達は学園の電話を借りてエクイスト家にいるエリーの両親に連絡を取った。


 イリアンヌの爆発により生じた、爆音と振動を聞きつけ。錬魔館に駆け付けた先生方の顔と言ったら、しばらく忘れられそうにないものだったな。

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