逮捕
「秋月 巧、お前は度重なる虐待に耐えきれず実親を殺した。これを認めるか?」
「あぁ、認める、親を殺した事は」
季節は、桜満開の4月上旬。ここは東京都某区の警察署。3日前から、ある男が殺害された事件の捜査本部を置いていたが、それは被害者の息子が自首する事によって今日急転直下の解決をみせようとしていた。
「そうか…まだ16歳なのに馬鹿な事を…」
「…」
(…刑事は俺が返答に含ませた違和感に気づかなかったのか)
彼は決して殺害の動機が自らに対する虐待、とは答えてないのだが訂正する気も起きなかった。調書を最初から取られ直すのも面倒だと思ったのだ。
「よし、よく自首したな。…じゃ、ちょっと担当者が変わるから待ってろ。逃げるなんて馬鹿な事考えるなよ」
「自首してから逃げるとか誰がすんだよ?そんな馬鹿なつもりはねぇよ」
「確かにな、ガハハハッ」
もちろん、巧は逃げるなんて微塵も考えていなかったのだが、「逃げるな」なんて言われると憎まれ口を叩いてしまうのはまだ16歳という年齢では、仕方がないのかもしれなかった。
(それにしてもさっきの刑事はテキトーだった。いや、彼の名誉のために豪快、とでも言うべきかな…)
暇なのでそんな事を考えていると、明らかに警察の者に見えない、そして成人してるようには見えない、それどころか高校生にも見えない女が巧の前に現れた。
「初めまして、文部科学省技術開発局VR開発部門の武田 木乃香です。今日はあなたにお話があって来ました」
「文科省の怪しげな部門のちっちゃい女性が未成年の殺人犯にする話なんてあるはずがない。何かの間違いでしょう」
巧が間髪入れずこう返答すると、武田はその年齢に釣り合わない幼い容姿を歪めて泣き出しそうになった。
「…いや、冗談が過ぎました。すいません。話を進めてください」
(成人の女性を泣かせるとは、俺も殺人犯になって鬼畜になったのか?)
そんなことを思いながら、巧は慌ててフォローを入れた。
「…はい、では。あなたが親殺しという重罪を犯したという話は聞きました。でもこの罪が帳消しになる方法があります」
「怪しいのは外見と所属先だけでなく話もだったんですね。どうぞお引き取り下さい」
…武田は大声を上げて泣き出した。
すると、
ドタドタッ
「おいっ、秋月!何をした!」
先ほどの豪快刑事が武田の泣き声に反応して駆け込んで来た。そして状況を見て武田に暴力を振るったとでも思ったのか、巧に食ってかかってきた。
「いや、何もしてねぇよっ!」
「大人に何かされないで泣く奴がおるかっ!」
「そいつだよっ!」
「大人は人前で泣かないから大人というんだ!」
「なんの話だよ!」
そんな問答を豪快刑事と10分ほど繰り返したのち、やっと誤解が解けた。
「秋月、もう武田さんを泣かせるなよ」
「分かったよ…」
(俺は女子をいじめて先生に叱られる小学生か…)
ゲンナリとそんな事を思いながら
しかし見た目はその通りなのに気付かず、泣き止んだ武田に目線で話の続きをそくす巧。
「…え、えーと、秋月さんには、ある企業が開発したVR、名前をcreareといいますが、この実験台になって欲しいのです」
「…条件は?」
巧はたとえチンパンジーでもこの話は怪しいと分かると思った。ノーリスクハイリターン過ぎるのだ。
「条件は高校3年間をcreareの中で過ごしてもらうこと、それだけです。」
「…ありえない」
(…条件が軽過ぎる。人1人殺して代償が仮想世界の中で高校生活を送れ、だと。ゴリラでも分かるぞ、裏がある事が)
「…武田さん、本当の事を教えてください。その話の裏の条件を」
すると武田は目を潤ませながら…
「…泣きますよ?」
と、口元だけ笑みを浮かべて小悪魔な表情で言ってのけた。
巧はしばらく呆気にとられ、そのあとまたしばらくオロオロし、3分後、ようやう諦めた表情でため息をついた。
今、巧は警察署から護送され都内の病院に来て、creareにログインのための準備をしている所だ。
「秋月さん、このヘッドギアを被って下さい。creare、とつぶやくとログインできます。生命維持はこちらが責任を持ってしますのでご心配なく」
武田は真面目な表情で巧に説明し、ヘッドギアを渡した。
巧も既に抵抗を諦めているのか
「…分かりました。不本意ですがお願いします」
と素直に呟く。
すると武田は真面目な、だがしかし喜色の色が垣間見える表情で
「任されましたっ!」
と応答した。
最後まで武田木乃香という女は小悪魔だった。
巧がまたも諦めの表情とため息をつくことになったのは言うまでもない。
「じゃ…」
「頑張ってください!」
「…creare!」