四角関係(仮)
私の好きな人には、幼馴染がいる。
「あ、数学の宿題やった?」
「…え、やってない」
「ばか」
「やっべ。…なあなあ久瑠さん」
しょうがないわね、なんて言いながら崎川さんは未都くんに数学の宿題を教える。見せるんじゃなくて教えるのだ。これがきっと、彼らの普通。
それに崎川さんもさっきのセリフは呆れたようにじゃなくて柔らかく笑いながら発した。全然しょうがなくなんかじゃない。
ふたりの距離はとても近い。手と手が触れて時偶「あ、」と言って顔を見合わせる。
周りからはどう見たって、両想いの何者でもないのだ。
あの二人はとてもモテる。だけど恋人を作らない。それが両想いだと主張している、動かぬ証拠。
彼らどちらかに恋している人は沢山いるけど、告白する人が少ないのもそのせい。
…私もその沢山の中に入っているのだけど。
私は未都くんのことが好きだ。
去年同じクラスになってからずっと。
隣の席になって、少しだけだけど会話とかする仲になって。
…席替えで隣が変わったらパタリと話さなくなったけど。
進級してまた同じクラスになったけど、未都くんは私のことを忘れてしまったかもしれない。
若干ブルーな気持ちになってしまった頃、未都くんの数学の宿題は終わったようだ。
今度は会話に花を咲かせている。いつも二人で話してるよなあ。
別に二人に友達がいないとかじゃない。むしろ友達は沢山いる。
ああ、これが…無意識に一緒にいるというやつなのか。
「…羨ましいなあ」
本音が溢れる。
羨ましい、一緒にいられる崎川さんが。
きっと、私の知らない未都くんを沢山知ってるんだろうなあ。
はあ、と今度は溜息を溢したとき、下を向いていた顔を上げたら、ばちりと未都くんと目が合った。一瞬、息を止めてしまった。
じっと見てくるからどうしようかと頭の中で焦っていると、肩をトンと叩かれて私の名前を呼ぶ声がした。
「…緒原くん」
「広瀬さん…やっと気づいてくれた」
彼は同じ委員会の同級生で、確か、隣のクラスだったはず。
彼の言葉から察するに、私は緒原くんの呼びかけに気づかなかったようだ。
「何回呼んでも上の空だから、無視されてるかと思ったよ」
「ごめんね。ちょっと考えごとしてて」
「考えごと…?」
緒原くんは一度視線を私から外して「ああ…未都と崎川ね」と言った。
実は緒原くんは、私が未都くんのことが好きなのを知ってる数少ない人だったりする。
「俺でよかったらいつでも相談のるから」
「ふふ…なんかいつも相談のってもらって悪いなあ」
「いいんだよ。俺が好きで聞いてるんだから」
「そう言ってもらえると、なんかやっぱり安心する」
私がそう言うと、緒原くんに頭を優しく撫でられる。
「あったかいねえ」
「そうかな?」
「うん。手が冷たくてもあったかくても、心があったかいのとは関係ないよね」
「ありがと」
しばらくして手が頭から離れる。
少しの名残惜しさを心に閉まって、緒原くんに話しかける。
「それで、なにか私に用があったんじゃないの?」
「あ、そうだった」
「辞書貸してくれない?」と緒原くんは言った。どうやら次は現国らしい。
私は二つ返事でそれを了承すると、緒原くんは優しく笑いながら「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
「こんなのなんでもないよ!私なんていつも迷惑ばっかかけてるし」
「なんでも言ってよ」そう言えば、緒原くんは本日三回目のお礼を私に言ってくれた。
「広瀬さんは優しいね」
「緒原くんの方が優しいよ…」
「謙遜なんかしないで。本当のことだから」
「こういう時はさ、ありがとうって言って」緒原くんの言葉に、かあっと顔が熱くなった。
若干の恥ずかしさを覚えながら、私は小さく「あり、がとう」と、真っ直ぐ緒原くんの方を見て言った。
そんな私を見ながら緒原くんは満足そうにまた柔らかい笑顔を私に向けた。