第一章 5
続きをどーぞ。前書きまで長く書いてる時間はありませんでした……。
充分に警戒していた。路地の両側で見張り、いつでも遮蔽をとれるようにしつつ曲がり角から顔を出していた。
しかし――その警戒は、全くの無駄に終わった。
――銃声。
それを聞いた瞬間――身体の中に猛烈な痛みが生じる。
思わず地面にくずおれた身体の上を、幾つもの銃弾が通過する。
「なんで――」
充分に警戒したはずだ。しかし、自分の側にも、アカの側にも敵の姿はない。
「壁に伏せろ!」
いつの間にか壁にぴったりとへばりついたアカが、大声で叫ぶ。
痛みを堪えつつアカと同じく壁に寄り添ったその時――頭上に殺気。
降り注ぐ幾つもの銃弾。銃弾は身体をかすめ地面を跳ねる。とっさに視線を上に流すと――今度はそれが見えた。
ビルの上に立つ人影。長身の銃を構え、傍に同じ銃が六つ――手品のように、浮いている。
「あれが、ミラ――」
「チッ、上から攻めてきたか! おい、早くずらかるぞ!」
「え? ここで迎え撃つんじゃ――」
「無理だっつーの! ビル上の敵にどーやって攻撃すんだ! とっとといくぞ!」
壁から身体を離し、一目散に駆け出すアカ。慌ててその背中を追い、
「なん――ッ?!」
頭上から振ってきたのは、巨大な斧。
横っ飛びに避けると同時、鉄塊の刃が地面突き刺さり、アスファルトを砕く。
頭上を見上げると、人影の周りに幾つもの禍々しい武器が浮かんでいる。その中から人影は槍らしきものを掴みとり――
「やばっ!?」
全力で走り、路地の角を曲がる。後を追うようにして飛来した槍がすぐ横を通過し地面を砕く。
裏路地を全力で逃げ回る自分。敵の人影はビルの間を跳躍して移動し、武器を投げつけたり銃を撃ってくる。反撃の余地なんてない。とにかく距離をとって――
……距離をとって、どうする?
どうやら敵は、銃を幾つも持っていて、連射や一斉射撃ができるらしい。それに加えて……他の種類の武器すらも投げつけてくる。
――開けた場所で戦ってはいけない。アカの言った通りだ。遮蔽物がなければ射撃と投擲の餌食になる。
しかし、ビルの隙間に潜むのも結果的には悪手だった。ビルの上から狙い撃たれては、なす術がない。
他の、あの敵と有利に戦える場所まで逃げる。
それが最適解だろうか。しかし、自分はこの辺りの地形を知らない。アカなら知っているだろうが、彼女の姿はもうなくなっていた。どうやら先に逃げたらしい。
……まあ彼女にとって俺は、リスクを冒してまで助ける必要のある人間ではないだろうから、当然だが。
しかし、まずい展開になった。
敵は、弱い方――つまり自分から片付けるつもりだ。もちろんあんな敵に自分が勝てるわけがない。何とか逃げきらなければならないがどこへ逃げるべきかもわからない。
背中側に半月型の斧が突き刺さる。そのまま前に走ろうとしたところで、正面に三角槍が飛来。慌てて足を止めた時には――
「動くな」
ビルの上の影から、声がした。
「腕を組んで、跪きなさい」
気がつけば――銃に包囲されている。自分の周囲を囲むように六丁の銃が宙に浮き――全ての銃口が自分に向けられている。
――詰み《チェックメイト》、なのだろうか。
動けば即座に穴だらけにされそうなので、大人しく跪く。……しかしなぜすぐ殺さないのだろう?
雲が動く。
隠れていた月が顔を出し――その明かりがビルの上を照らす。
敵は――またしても少女。
自分を包囲しているのと同じ、長身の銃をぴたりとこちらに向けて構えている。
「……どうして殺さない?」
自分の生殺与奪は向こうに握られている。だとしたら――交渉だ。
「私にも、慈悲の心というものがあるわ」
少女は、ビルの上からそう言う。
「もう一人の女の居場所を教えなさい」
知るか。こっちは置いてかれたんだ。
……なんて馬鹿正直に答えてもな。せっかくだから油断させた方が良いかもしれない。
「……南の方に逃げた。一旦退くって」
「あらそう。予想通りすぎてつまらないわね」
じゃあ訊くなよ。
まあ実際のところどうだかは知らんがな。言った通りかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「それじゃあ――」
少女は――ミラは銃を構え直し、引き金に指を――
――殺される
何が慈悲だ。――最初から殺す気じゃねえか!
逃げなければ――しかし左右に逃げ場はない――それなら――
「――なッ!?」
――上へ。身軽さだけが取り柄の身体で上へ跳躍し――ビルの壁面を蹴って方向転換。
浮遊した銃弾からでたらめに吐き出される銃弾は全て空を切り――
「――ぐッ?!」
上から放たれた銃弾が肩を掠める。だけど大した傷じゃない。そのまま目星をつけた廃ビルの窓に足から突っ込み――窓を蹴破って突入。割れて散乱するガラスとともに部屋に転がりこむ。
ここまで来れば追撃はないだろう。そう思い窓からビルの上を伺おうとして
――銃声。
音からして、ミラの銃じゃない。もちろん、自分のものでも。
「一体……?」
慌てて窓から顔を出し、ビルの上を見やる。すると――
「――ちっ! 外したか!」
あまりにも聞き覚えのある声に愕然とする。続いて剣を打ち合わせる擦過音。
ビルの上で二つの影が踊り、戦う姿を移している。……逃げたんじゃなかったのか。呆然とそれを見ていると、アカの大声が鼓膜を叩いた。
「なにぼやぼやしてんだ! テメェも上がって来い!」
「……上がるってどうやって!?」
いくら身体能力が高いといっても、ビルの上にまで飛び上がれるほど夢人形は超越した存在ではない。少なくとも自分のは。
「馬鹿野郎! さっきおめーもやってただろーが! 壁蹴って上に登るんだよ!」
なるほど……いわゆる壁キックジャンプの要領で登れと。
「――できるわけないだろ!」
さっきのはただ方向転換しただけだ。上に上がるなんて無理。
「諦める前にやってみろよ! 落ちても死にやしねえ! さっきだって上から飛び降りただろーが!」
……んな無茶な。ただ飛び降りるのとしくじって落下するのとではわけが違う。着地体制を取れた時と取れなかった時では衝撃に天と地ほどの差があるんだ。
しかしそうこうしている間にも戦闘音は続いている。断続的な銃声に、時折刃物を打ち合う音。ここで静観しているが一番安全だし一つの手だが……それでアカがやられたら本末転倒だしな。まあ簡単にやられるタマではないと思うけど。ミラもかなり反則的な力を持ってるし、どんなことが起こるかわからない。
一か八か、やってみるか。
勢いをつけて窓から飛び出し、反対側の壁を蹴る。身軽さだけが取り柄の身体は、驚くほどあっさりと上昇する。空中で素早く身を捻り、逆側の壁を蹴って更に上へ。
……思ったより簡単だった。
数回壁を蹴り飛ばし、ビルの上に着地。同時に拳銃を出して構える。
二人は、ビルの上で対峙していた。
アカは右手に日本刀、左手には――黒い自動拳銃。……日本刀以外にも武器を持ってたのか。
ミラは両手で長身の銃を構え、宙に残りの六丁をずらりと浮かべている。
「よお、遅かったじゃねえか」
アカはニヤリと笑い、ミラへ向けた拳銃の、撃鉄を起こした。
「お前もそいつを狙いな。ドタマをぶっ飛ばしてやれ」
「……言われなくても」
小さな回転式拳銃を両手で構え、ミラの頭を狙う。
「酷いわね。二対一なんて。私は複数で一人を相手にするなんて一度もしたことがないのに」
ミラは、追い詰められた状況であるにもかかわらず、余裕の表情で軽口を叩く。
「そりゃテメェは典型的な漁夫り屋だからな。戦闘中に忍び寄って、奇襲をかけて反撃される前に殺す。それがテメェのやり方だ。そんな奴が正面から二人同時に相手をできるかな?」
「むしろ私は、初対面の二人がまともな連携をできるかどうかが疑問だけど」
アカの挑発に挑発で返すミラ。売り言葉に買い言葉というやつか。
「そいつは問題ねえ。……おいアオ」
後半は俺に向けられた言葉だ。
「いいか。あたしが近接戦を仕掛けてる時は撃つな。あたしがミラと距離をとっている時だけ援護射撃しろ。誤射するかもと思ったら撃たずに黙って見てろよ。いいな」
「……了解」
「ずいぶんあっさり承諾するのね。言いなりになるのに不服は感じないの?」
「こいつの行動原理は自分の身の安全だけだ。リスクを犯すくらいなら仲間がやられてようがどうしようが黙って静観するか自分一人で逃げようとするかしてるだろ」
確かにそうだが……それはお前もだろ、アカ。自分だけ逃げたと思ったらこっそりビルに上がってギリギリのタイミングで奇襲を仕掛けるとかいい性格してるぜ。完全に俺を囮にしたよな。
「そういえば……怪我はもういいの?」
唐突にミラが、自分に向けてそんなことを訊いてくる。
「そういえば、二回ほど撃たれたっけ。……忘れてたよ」
忘れていた、というのも変な話だが、本当に忘れていたのだ。銃弾に撃たれたはずなのに、気づけば痛みは引いていた。特に一回目は胴体に直撃したはずなのに。
思わず傷口を確かめようとして――やめた。この状況で敵から視線を逸らすなんて愚の骨頂だ。もしかしてミラの狙いはそれだったのだろうか。
「おめーは傷の治りが早いみてーだな」
アカが横から口を挟み、
「胴を貫かれても普通に動けるやつなんてそうそういねえ。武器や身体がショボい代わりに回復力はあるんだろうさ」
「なるほど。それはありがたい」
答えながら、内心で首を傾げる。
銃を突きつけ合いながら雑談。なかなかシュールな図だが、しかしなぜ、どちらも戦おうとしないのだろう。
と考えていた矢先……
「さて、何であたしがわざわざ雑談なんぞにうつつを抜かしていたかわかるか?」
まさにアカが、その疑問に答えた。
「あいつの能力の持続時間を確かめるためだよ」
「……能力?」
「各々の夢人形には固有の武器の他に固有の能力を一種類だけ持っている。そしてあいつの能力は――」
「――『神の見えざる手』。そう呼びなさい」
ミラが得意げに語る。
「『神の見えざる手』は自身の武器を手で触れずとも自在に操る能力。あなたも見たでしょう? 七つの銃が自在に宙を舞うのを」
自分からベラベラと喋るのはアカがすでに知っていることだからだろうか。それにしても……
「相変わらず、凄いネーミングだな。みんな……」
「馬鹿にしているの? 私の力を」
「いや……神の見えざる手ってそれ……」
「経済学用語だな」
どうツッコンだものか、と考えているうちにアカが言葉を引継ぐ。
「え……、……」
顔を引き攣らせるミラ。知らなかったのか? ……馬鹿だこいつ。
「じゃああれか? 神の見えざる手の力で何かバランスとったりするの、ビルトインスタビライザーとか呼んだりして」
「そいつは面白れえ! クラウディングアウト、コンドラチェフ波動、マーチャントバンカー、マルサスの罠! 厨二心をくすぐる名前が満載じゃねえか!」
……よく知ってるな、そんな専門用語。俺にはさっぱりだ。
で、ミラの方を見ると――
「お前ら……馬鹿にしてるの……?」
ゆらり、と、ドス黒いオーラが立ち上る。え? これキレかかってね? と尻込みする俺をよそに
「だって馬鹿なんだろ?」
と、火に油を注ぐアカ。
――ブチィッ!! と何かが千切れる音を聞いた気がした。
「おまえら――殺すッ!!」
「……のあああああっっ!?」
「うおっ!?」
乱射される銃弾。宙を舞う無数の武器。
ビルの床を転がりつつ拳銃で撃ってみるが、ミラの周囲を台風のように回る無数の武器によってあっけなく弾かれる。……これじゃあ銃撃も効かないし近づくのも無理だ。
「……詰んでない? これ」
「いや……まだやりようはある」
アカは日本刀を構え直し、
「奴の弱点は分かってる。突っ込んでアレさえ掻い潜れば……!」
ミラに向けて飛び差した、その瞬間――
――意識が暗転。
……それは、あまりにも唐突な変化だった。
自分の記憶は、ぴったりその瞬間に途切れている。
忘れている、とか、思い出せない、ではなく。
――その時を境に意識が寸断された。……直前までの明瞭な記憶は、そう示していた。
それは、この遊戯の厳然たる規則。
夢人形の舞踏は、常に定刻に終了する。
いかなる状況であろうと、それは絶対的な確定事項。
バンドの練習で忙しく、随分と遅い時間帯になってしまいました。……いや、本当に忙しいんですよ。家に帰ってきたのさっきだし。なにぶん時間が無くてもしかしたら見落としている誤植なんかがあるかもしれませんが大目に見てやってくれるとありがたいです。(報告して下さるともっとありがたいですが)
一応、一章はこれで終了です。次回からは二章に突入。日常編というか現実編というか、そんな感じです。主人公の素性などがやっと明らかに。
…………日付が変わる前に出せそうだ! 間に合った!!