プロローグ
――また男の子か。
そんな、母親の言葉を、いつか聞いたことがある。
娘が居れば楽しかっただろうな、と母はぼやいていた。
その度に、思ったものだ。
……じゃあ、どうして自分は男なのだ、と。
生まれてくる人間の性別は、選ぶことなどできない。
だから、自分が男なのは、母親の所為でも――もちろん自分の所為でもない。そんなことは誰もが承知しているはずだ。母親も、自分も。
それでも。
時々見せる、母親の寂しそうな表情を見る度に、自分自身に対して、疑問を抱いてしまう。
もちろん、女に生まれたかったわけではない。むしろ男よりは女のほうが大変だと思っている。
女の交友関係は腹の探り合いだ。表で友好的な態度をとっていても裏で何を考えているのかわからない。どこかのグループに属すということをしなければコミュニティそのものから排斥されるリスクが高まる。もちろん、化粧やら何やらと毎日外見を整えなければならない。常に自分の立ち位置に気を使い、表面を取り繕って口当たりのいい言葉を使いつつその実お互いを牽制する。
ついでに月一度、文字通り生理的な苦痛を味わうらしい。
……そんな生活に自分が耐えられるとは思えない。男のほうがよほど気楽だ。そのことについての不満はない。
ただ、そういう問題ではなく。
――役割。
自分が望む、自分の在り方ではなく。
他人が望む、自分の役割。
家族は、親戚は――果たして、自分を息子として――男としてみなしているのか。
そんな疑問があった。
自分という姿を通して、別の幻想を見ているのではないか。
自分はありもしない妹の代用品でしかないのではないか。
あの人たちの中にいると、そう思うことがある。
自分の居場所は、自分でない誰かを見ている人間によって作られているなら。
それはもう――自分の居場所ではない。
望まない役割。
押し付けられた、理想の偶像。
自分の意思にかかわらず、それは――勝手に作られる。
それを壊せば――……
勝手に幻想を抱いて、勝手に裏切られなどと思って。
そんなもの、自分の知ったことではないのに。
これはプロローグです。これだけでは何の話か分からないと思いますが、一応バトルもの的なやつを想定して書いています。近いうちに続きを掲載する予定です。