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その93




 やがて、入り口は完全に閉じて、周囲は暗闇に覆われた。

 私にはハクジャのシルエットくらいしか見えず、動くのを躊躇っていると、間もなく両横の照明に火が灯った。等間隔に並んだランプが順番に点灯していって、狭い通路が明るく照らし出される。

 壁に半分埋め込むように設置されているそれらの光は非常に強くて、一旦目が慣れてしまうと、ここが地下室である事をまるで感じさせなかった。上の広間なんかよりも余程明くて、通路の突き当たりまでが簡単に見渡す事が出来る。

 

 これも魔法なのだろうか、それとも彼らの元居た世界の技術に寄るものだろうか。

 私が興味を引かれてキョロキョロと辺りを見回していると、同じようにこちらを窺っていたハクジャと目が合った。

 相変わらずの無表情ではあったが、何となく困っているように見えて、視線を逃がすのが一瞬遅れてしまう。

 そんな逡巡にハクジャはしみじみとした嘆息をみせて、それから改めて口を開いた。


「お前には似合わぬ思い切った事をしたものだな、アカネよ。オレとしては感謝しているが、だが、ネストールには恩を仇で返す事になってしまった」

「え・・・、ああ」

 

 さっきのネストールさんとのやり取りを見られていたのだろうか。

 確かに、彼に逆らうような形になってしまったから私も悪く思っているけど、でも、その言い方はちょっと大袈裟じゃないだろうか。たかだか数日程度、外で待ってもらうってだけだし。それに、もし神殿が崩れちゃったとしても、レーマ教団の教主様に対する救出活動は確実に行われるだろうし。だから、私としても一応、まるで考えなしの行動って訳では無かったのだ。

 

 が、いつまで経ってもハクジャは困ったちゃんを見るような目を止めてはくれなかった。不思議に思って視線を泳がせていると、彼の腕に収まっていたリュカちゃんが呆れ気味の声で私に言った。


「アカネちゃん、たぶん分かってないと思うんだけど、ここの『無限回廊』は強力だよ?というか、ここが効果の全てが発揮されている唯一の場所だから、だからちょっと程度が予想出来ないんだよね」

「・・・・・・?」


 首を傾げて見返す私に、ハクジャが言葉を補足する。


「つまりだな、ここに居て外の時間がどれ位経ってしまうかは、オレ達にも想像が付かないという事だ。例の時計も貸したままだから把握も出来ん。下手をすると、数ヶ月単位で時差が生じる可能性もある」

「・・・・・・」

「今頃、あのネストールって人は残念がってるだろうねえ。試合に勝って勝負に負けた的な?あははは」

「あ、あは・・・は」


 乾いた笑いを返しながら、私の脳裏に、もしかしてとんでもなく軽はずみな事をしちゃったのでは?という思いがよぎった。

 それに加えて、リュカちゃんの様子も元気そうというか、別にふさぎ込んだ感じでも無いし、私のした事は本当に余計なことだったのかも・・・。

 よくよく考えてみれば、ハクジャと2人きりにしてあげた方が良かったかもしれなくて、今更ながらに思い至ったその可能性に、私は血の気が引くのを感じた。


 己の軽挙に怖くなって、俯けた顔が上げられない。

 リュカちゃんの笑い声だけがしばらく続いて、そして、それは不意に止んだ。


 怪訝に思った私が、恐る恐る彼女の顔を見てみると、そこには涙に濡れた瞳があった。



「本当に残念がってるだろうね。だから、ごめん。でも、ありがとう」

「リュカちゃん・・・」


 流れるに任せて濡れた頬を、ハクジャが優しい手付きで拭っている。

 リュカちゃんは逆らうこと無くおとなしく世話をされていて、そんな彼女を見た私は言うべき事を言おうと口を開いた。


「わ、私の世界だと、友達って、なろうと言ってなるものじゃ、ないの」


 ちゃんと言わないと。

 他の人に対するよりはマシだとは言え、早々に震えて掠れだした自分の声に舌打ちしたい気分になりながら、それでも私は懸命に言葉を重ねた。


「と、友達には自然になるって言うか、だから、わ、私達ってもう友達だから、ごめんはいらないよ」

「もう、友達・・・?」

「うん」

「ほ、本当なの?もう友達なの?」

「ほんとうだよ」

「そ、そうなんだ・・・そういうものなんだ、そっか・・・」


 リュカちゃんは何度か私の言葉に頷いて、それから、また静かに泣き始めた。

 咽ぶという感じでは無く、彼女はただ静かにはらはらと涙を流していて、貰い泣きしそうになった私は視線を逸らした。だが、ここの通路は狭い上に明るすぎて、どうしてもリュカちゃんの様子が気になってしまう。落ち着き無く視線を往復させる私を見かねて、ハクジャは軽く嘆息してから何気ない風に口を開いた。


「アカネよ、すまないが先に奥の部屋に行っておいてくれないか。寝台があった筈なのだが、長らく使っていない物だから少し整えておいて貰えると助かるのだが」

「あ、う、うん」


 私は、彼の言葉に即座に頷いて答えた。

 これ以上、私がここに居ても出来る事は無いと思う。


 それに、ここからでも部屋の入り口らしきものが見えているし、迷ったりする事も無いだろう。

 私は小刻みに揺れるリュカちゃんの肩にもう一度だけ視線をやってから、前方に向かって歩きだした。

  



 それから、10メートル程で通路はあっさり終わると、無骨な造りの鉄の扉に行き当たった。

 鍵穴は無く、ノブを回すと扉は簡単に開いて、中の様子を見た私は感嘆の息を吐いた。

 

 室内の構造は至ってシンプルな物だったのだが、床一面にとてつもなく美麗な絨毯が敷き詰められていたのだ。

 闇夜に浮かぶ星座の如く、黒地を背景に色鮮やかな糸で施された刺繍の見事さといったら筆舌に尽くしがたい。図柄としてはありふれた植物モチーフの物なのに全体としての印象が非常に独特で、私の世界を含めても見たことの無い様式の物だった。

 わけても、漆黒色の毛並みの中で一際輝く赤い刺繍が印象的だった。緻密で細やかな刺繍はそこだけを切り出しても一幅の絵画のように見えて、中に踏み入る事が躊躇されてしまう。

 特殊な加工がされているのだろうか、見れば見るほどその刺繍自体が輝いているように感じられて、私はしばらくの間、惚けたように見入ってしまった。


 だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 部屋の片隅に美しい絨毯にそぐわない簡素な寝台があるのを見て我に返った私は、申し訳ない気持ちになりながら、汚れに汚れた素足を絨毯の上へと置いた。

 自分の足との対比で余計に絨毯が綺麗に見えて、おっかなびっくり寝台へと近づいていく。



 そして、寝台の前に立った私は、思わず顔をしかめた。

 簡素な寝台にはシーツすらが敷かれておらず剥き出しのマット部分が見えていて、あろうことかその上には黒ずんだ包帯が散乱していた。何が染みているかは言わずもがな、彼らの魔法というか魔術のプロセスを考えると予想もつく。

 だが、リュカちゃんをここに寝かせる事を考えると忍びない訳で、私は一念発起してそれらをつまみ上げると、ひとまず寝台の下へと放り込んだ。

 すると、そこは元々収納として使われていたようで、ついでにシーツに使えそうな布を見つけた私は、埃を払って寝台の上に敷いた。幸い、埃っぽいという以上には汚れておらず、奥にあったもう1枚も引っ張りだして持ち上げると、バサリという音がして何かが落ちた。


「な、何・・・本?」


 絨毯の上に落ちていたのは一冊の本だった。

 装丁などはかなりいい加減で、表紙が無地というのが何というか妙に意味深である。

 好奇心を刺激された私はしばし立ったまま考え込んで、そして、ある結論に至った。


 ベッドの下に隠された本。それが何かと考えれば、期待値込みで実に答えは明白だった。

 

「ゴクリ・・・」


 私は生唾を飲み込んで、その本を手に取った。

 文化の違い、そう、これは文化の違いに対する深い考察の為の実践的振る舞い、いわば学術的探求心の発露であって、「これってもしかしてリュカちゃん秘蔵のエロ本なんじゃ!?」とか「異世界でもカップリングとか流行ってるのかな!?」などという下劣な好奇心からの行いでは決してない。じっちゃんの名に賭けても良い。

 

 私が崇高な気持ちで落ち着き無くページを開くと、そこに描かれていたのは可愛らしい蛇の絵だった。

 

「これって、もしかして絵本・・・?」


 彩色に使われいるのは水彩絵の具だろう。実に優しげな色合いで真っ白な蛇のほっぺが赤く塗られている。

 ぱらぱらとページをめくっていくと、どうやら描かれているのは白蛇と町に住む人や動物との交流のお話のようで、手作り感溢れる物語は途中で終わっていた。

 恐らく、これはリュカちゃん自作の物なのだろう。描かれた蛇は彼女自身か、それともハクジャを表現しているのか。何とも微笑ましく思いながら最後のページを見終えた私は、はたと動きを止めて考え込んだ。どこか他の場所でもこれを見た気がしたのだ。

 

「あ、そうだ、イグラードの図書館」


 確か、カイト殿下に読んであげたのも白い蛇がどうのってお話だった。

 ただし、あっちは人々に恐れられて、最終的には勇者に退治されるという結末で描かれたものだったけど。


 何となく悲しい気持ちになって本を閉じると、後ろからリュカちゃんの声が聞こえてきた。


「へえ、まだイグラードに残ってたんだ」

「あ、ごめ、これは・・・」

「いいの、ほんの暇つぶしで描いたものだし。意外と絵が上手いでしょ?」

「うん、こ、この、蛇と仲良しの豚さんとか、かわいい」

「それ、ワタシだよ」 

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 あぁ、脂汗が目にしみる。

 私はいたたまれない気持ちになって、ひとまず彼女の充血した目から視線をはずして愛想笑いを浮かべた。





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