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その89




「はー、スッキリした。あ、アカネちゃんは大丈夫だった?そこまでは届かなかったと思うけど」


 途方に暮れているとリュカちゃんのあっけらかんとした声が聞こえてきて、我に返った私は慌ててハクジャの方に振り返った。言うまでもなくこうして体を動かせた私は石化の影響を受けておらず、そして、小さく胸が上下しているのを見る限り彼も無事なようだった。

 よかった、こっちはちゃんと呼吸をしてる。

 私は、膝に手をついて立ち上がりながら小さく息を吐いた。



「ふぅん、ハクジャがそんなに心配なんだ。それは大事な戦力だからかな?でも、残念だね、石にはなっていなくても、目を覚まさないんじゃ意味ないもの」


 しばらく様子を窺うようだったリュカちゃんは、そう言ってからクスクスと小さく笑った。

 魔法での発声だろうに、えらく芸が細かい。 

 というか、余裕なのだろう。

 現実問題、これで私達に取れる手段や戦法は無くなってしまった。

 高みから見下ろされたこの状況はまさに詰みというやつで、本来なら即座に皮肉なりを言い返すだろうお隣さんが沈黙したままというのが、何より私にその事を伝えてくれた。


「なーんだ、詰まらない。反論も無いのかあ。何か作戦があって石化されたフリをしてるのかと思ったんだけど、違ったのかな?」 


「っ!?」


 その言葉に驚いて振り返ると、顔を上げつつあったネストールさんが自嘲気味に笑っているのが見えた。

 そして、芝居がかった風に眉をしかめて口を開く。


「おや、気付かれてましたか」

「ふふん、あいにく今のワタシはすごく耳が良いの。石化ガスを浴びる直前、お前が魔法詠唱してたの知ってるんだから」

「なるほど、それは残念」


 そう言って、ネストールさんは体を後ろに大きく反らせた。

 するとたちまち全身にひび割れが走って、次いで両腕を回すと覆っていた石の部分がバラバラと地面に落ちていった。呆気に取られる私の前でネストールさんは埃っぽくなったシャツをぱんぱんと払って、それからおもむろに言った。


「自身で風を纏って石化を免れていたのですが、見破られてしまっては仕方がない。降参です」

「「はあ?」」


 あ、ハモった。

 リュカちゃんの方を見てみると彼女も驚いているようだった。鎌首をもたげている姿勢の関係上、何となくそう見えるかもしれないけど。でも、疑問に思ったのは間違いなかったようで、彼女はすぐさまネストールさんに問いただした。


「降参ってどういう意味なの?おとなしくワタシに殺されてくれるって事?」

「いえ、まさか」


 ネストールさんは鼻で笑って答えると、横に立っていた私の肩を強く押した。

 予想外の力に私はよろめく暇もなく尻餅をついて、一体何が起きたのかと目をしばたたかせた。探るように伸ばした指先がハクジャの体に触れて、自分が地面に倒された事をやっと理解する。

 何故、という疑問が浮かぶが声にはならず、間もなく私の頭上にはネストールさんの手が差し伸べられた。

 だが、眼前にかざされた彼の手には短剣が握られていて、私は上げかけていた手を途中で止めた。


「降参というのは、アカネ様の件ですよ。これ以上やっても無駄でしょうから、彼女を諦めると言っているのです」

「・・・お前、本気なの?」

「ええ。そしてご覧の通り、アカネ様を無事に渡して欲しくば私を見逃せと、そういうことです」

「呆れた」


 侮蔑と嫌悪、吐き捨てるような声が短く響くと、前方の大蛇からはシャアアという威嚇音が長く続いた。

 完全に見下した感じになった彼女との睨み合いは少しの間続いて、それから、リュカちゃんは一転して上機嫌な声で彼に告げた。


「いいよ、見逃してあげる」


 子供の気まぐれみたいなその言葉。

 しかし、怪しむ余裕も無いのか、ネストールさんは隠すこと無く喜色を見せてそれに答えた。


「ありがたい。では、私が通路に下がるまでは手出し無よ・・・」

「と、でも言うと思った?」


 子供そのものの言い様に、彼がどんな顔をしているのか気になったが、直後にまたしても神殿を揺るがす轟音が鳴り響いて、私は横に向けかけていた視線を周囲に巡らせた。

 

 音の出所は簡単に分かった。腹立ち紛れか嘲りか、どうやらリュカちゃんが尻尾を壁に打ち付けた音だったみたいで、背後の壁材が完全に崩れて落ちてしまっている。目を凝らせば、土色をした地の色が見えてしまっているし、この広間、いよいよ本気でヤバイんじゃないだろうか。

 竦む体に微震を感じながら再び2人の方を窺い見ると、せせら笑うような調子でリュカちゃんが続けた。


「ワタシ、知ってるんだから。お前、石化を完全に回避出来た訳じゃないでしょ?足の、特に膝から下なんて完全に固まっちゃってるんじゃない?」

「・・・・・・」

 

 言われて視線を下ろしてみると、確かにネストールさんの足元は灰色の石に覆われたままだった。まるで地面に癒着してしまっているかのように動く気配がなく、思えば、彼はさっきから一歩たりとも移動していなかった。


「ふふ、大方、『遠当て』で飛んで逃げるつもりだったんでしょ?で、その為にワタシと話すなりして時間稼ぎしてさ」

「・・・・・・」

「その分だと、本当にそれしか方策が無かったんだね。ガッカリだなー。でもね、いいよ、見逃してあげる」

「本当ですか?」

「うん、本当。それに、その足で逃げるのも大変だろうから、お前にもプレゼントをあげるわ」

「・・・っ!」


 リュカちゃんの言葉を不思議に思って聞いていると、三度、彼女の尻尾が激しく叩きつけられて、耳をつんざくその音に彼の声はかき消された。

 そして、同時に巻き起こった突風が彼の姿をもかき消し、局地的なハリケーンにでも巻き込まれたかのように、ネストールさんは空高く吹き飛ばされていった。

 すぐ横に立っていたというのに私は彼の姿を容易に見失って、あまりの強烈な風にそれ以上目を開けている事が出来ずに両手で頭を庇った。軽く自分の体も持っていかれそうになりながら、ようやくの事でネストールさんの姿を捉えると、腕の間の僅かな視界に見えたのは、遙か後方の地面へ真っ直ぐに落ちていくところだった。

 高度自体はそれ程でも無いのだが、横方向への勢いがあまりに付き過ぎている。

 

 ガガガと、石化した足が地面と激しく擦れる音が聞こえてきて、私は寿命が縮まる思いでその光景を見続けた。

 

 幸運にもそれのお陰か勢いは幾分収まって、あわや壁に激突という直前、ネストールさんは派手な水しぶきをあげてようやくその動きを止めた。通路近くの滝、そこから流れる水路の水が、一種の緩衝帯のように働いたのかもしれない。

 私は、どうか無事でありますようにと祈りながら、風と入れ替わりに目立つようになった滝の音に耳を傾けた。



「ふふふ、驚いた?この石化風ってば使い勝手が凄く悪いんだけど、慣れたら範囲を絞れる事に気付いたの。だから、随分と飛んだみたいだし、よかったよね、これですぐにでも通路から逃げられるもん。もっとも、全身が石になってたり、死んじゃってたりしなければ、だけど」


 クスクスクス。

 手があれば口元を押さえでもしただろうか、リュカちゃんは心底おかしそうに笑い声を響かせた。

 それに反応出来る余力は私には無くて、ただ呆然と、遠くの水路に半身を浸けるようにして倒れているネストールさんを見つめた。

 無事かどうかすぐにでも確かめたいが、こうなってしまうと離れていた方が彼は安全という気がする。


「さーて、じゃ、アカネちゃん。そろそろこっちに来てくれるよね」

「・・・うん」


 やっぱり、彼女の執着はつまるところ私にだけ向けられている。

 何だか、最初からこうすれば良かったんじゃないかという気がしてきた。

 私は、寝ているハクジャの鼻先に一度顔を近づけてから立ち上がって、リュカちゃんの方へと歩き始めた。


 ふらりと視線を巡らせると、要領よく瓦礫の影に隠れている姫様の姿が目に入った。

 その隣にはジェラードさんの大きな体も見えて、依然として意識は戻っていないようだったがとりあえずの無事に少し安心した。

 そして、その向こう、ピントがボケるように薄っすらとミルナーの姿が見えた。

 微動だにしない彼の後ろ姿に、私は思わず口を開きそうになったが、危ういところで堪えて目を瞑った。

 

 グラグラと、広間を襲う揺れはひどくなってきてるようだった。

 歩くのが困難という程では無いだろうが、時折倒壊の兆しを見せる柱の間を歩くというのは、相当怖いものだと思う。

 それでも私は一歩一歩、確実に歩みを進めていった。

 今や完全にただの砂へと戻った木偶達の辺りも通り抜けて、石化したミルナーの横も振り返る事無く過ぎていった。


 そして、とうとうリュカちゃんの前に辿り着いた。

 ぐいと下げられた彼女の頭のすぐ先、私が手を伸ばせば触れられるという距離。

 蛇に対する表現としてはおかしいかもしれないが、彼女のその動きからは慈しむような感情が感じられて、私は複雑な気持ちでリュカちゃんを見上げた。

 この期に及んでも彼女に憎しみを感じられないというのが自分でも不思議で、巨体を縮こめて私と視線を合わせようとしている姿には暖かなものさえ感じた。


「やっと来てくれたね、アカネちゃん。これで友達になれるね」

「・・・・・・」


 私を傷つけないようにと、彼女が細心の注意を払って体を動かしてくれているのが伝わってくる。

 彼女が、私なんかと友達になる為だけにこれ程の労力を払っているというのが未だに信じられない。


 薄紫色の蛇腹を見せてすり寄るように近づいてきたリュカちゃんに、私からも体を寄せた。

 

 そして、私は、カプリと、その柔らかなお腹の部分に噛みついた。





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