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88/97

その88


 突然の事態に驚くも、それがミルナーの仕業である事は察しがつく。

 私は何とか落ち着きを保って、状況の推移を見守った。

 が、その冷静さも、各々が持っていた得物に続いて僧侶達がグシャリと地面に叩きつけられるまでの話だった。落下のショックで四肢がまずい感じに折れ曲がったそれらはもはや死体にしか見えなくて、私は即座に落ち着きを失った。

 そして、慌てふためく私の目に、更に信じられない光景が飛び込んできた。 


 リュカちゃんの巨体が、後ろに倒れたのだ。


 さすがに僧侶達のように派手な感じでは無かったが、元が巨大であるので倒れただけでも凄まじい迫力だった。

 後方の柱を幾本か巻き添えにして広間の壁にぶつかり、それに引っ張られるように長い首と頭が大きく仰け反っていく。そして、数秒の時間を要して大蛇の巨体は轟音と共にゆっくりと倒れて、細かな破片や粉塵が一斉に舞い上がった。


 眼前に広がった煙幕のようなそれはなかなか晴れなくて、足裏に感じる揺れもまだ収まらない。

 リュカちゃんが倒れた際の振動のみならず、戦闘での破壊が過ぎたせいか、どうも神殿自体が軋んでいるようにも感じられる。

 状況を掴みきれない焦りと、地震のような揺れに心をかき乱されながら、私はひたすら煙の中に目を凝らした。

 十中八九、彼女に攻撃を加えたのはミルナーなのだろう。

 であるなら、果たしてそれは有効だったのか。そして、彼は無事なのか。 


 不安に押しつぶされそうになりながらの数拍。

 流れた落ちた汗が頬の傷に沁みて僅かに瞬きをした時、一際明るい光が煙の中から迸った。

 真っ赤な光。リュカちゃんの熱線である。

 反射的に逃げ腰になる私だったが、幸い、それは誰に当たる事無く天井の辺りを浅く焼いただけに止まって、それと同時、切り裂かれるように分かたれた煙の狭間からミルナーが飛び出してきた。 


「へっ、どこ狙ってんだよ、ウスノロがっ」


 一足飛びにリュカちゃんとの距離を取りながら、彼は長大な槍を右手に構えて彼女を嘲った。

 その軽口を聞く限り、どうやらミルナーは無事なようだ。素早い身のこなしにも全く陰りが見られない。

 でも、その露骨な挑発は必要無かったんじゃなかったかなあと、またもや熱線が乱射されそうな気配を感じて様子を窺う私だったが、意外にもそれに返されたのはシャーという蛇の威嚇音のようなものだけだった。

 

 もしかすると、彼女を無力化できたのかも!?

 期待を胸に、私は急いでリュカちゃんの方に視線を向けた。


 彼女は健在だった。

 倒れたまま、というか、今は蛇らしく地面を這うような体勢で、余裕を見せつけるべく巨体を横たえているようにも見える。その体表にも全く傷らしいものは見えず、変化と言えば、彼女の眼が忌々しげに細められている事くらいだった。

 そう上手くは行かないかと肩を落とす私だったが、実際に対峙したミルナーの見解は少し違うもののようだった。


「やっぱ、中身はそうでもないみてえだな。鱗は凄まじく固かったが、だが、手応えはあたったぜ?」


 不敵に放たれた言葉を聞いて、私は俯けていた顔をはっと上げた。

 目線の先では2メートルを優に越す骨太の槍を両手で構えなおして、ミルナーが更なる攻撃の姿勢を見せている。

 

 それって、つまり、ダメージを与えられたって事?

 あの尋常じゃなくデカい蛇を相手に?

 信じられない思いでリュカちゃんとミルナーを交互に見ていると、何とも頼りない感じに魔法の声が聞こえてきた。


「うう、女の子のお腹を殴るなんて・・・ひどい」

「・・・っ!!」


 あの辺りがお腹だったのか!

 彼女が倒れ込んだ際に支点になっていた辺りに視線を移しながら、私はそうじゃなくてと意識を切り替えた。

 つまり、ハクジャの血で強くなったミルナーの攻撃は、リュカちゃんに通用するんだ!

 私は再び沸き上がった希望を感じながら、彼の背中を頼もしく見つめた。


「そりゃ悪かったな。けど、この程度でその口ぶりなら、頭にでも一撃入れりゃ、案外簡単に気絶すんじゃねえ?」

「ふんっ・・・今度は絶対にやられないんだから」


 そう言った直後、ゆるゆると地面を這うだけだった尻尾がビタンと壁に叩きつけられて、またも神殿を小規模な地震が襲った。彼女の怒り具合もだけど、神殿の壊れ方も本気でまずいのかもしれない。

 色々な意味で戦慄を新たにしながら、私はそれでも少し冷静になって考えを巡らせた。

 

 まず、ミルナーの攻撃が通用すると言うのなら、さっき言われた通り諦めるのはまだ早い。

 見る限り、リュカちゃんも彼を驚異と感じて今度は自分の体も使って応戦するようだし、そうなれば付け入る隙も生まれるだろう。そうなると、問題なのはハクジャとネストールさんの事なんだけれど・・・。


 私は思案をしながら、リュカちゃんと睨み合いを始めていたミルナーの方を窺った。

 すると、一瞬、流し目気味の視線がこちらに向けられて、それに促されるような形で私は行動を開始した。


 実のところ、目配せの意味なんて微塵も感じ取れなかったのだが、モタモタしていてはミルナーもネストールさんの二の舞になりかねない。

 視界の端でミルナーが飛び出していくのを確認してから、私もスタートを切って足を振り上げた。

 後ろでポツンと取り残されたようになっていたハクジャを忘れず抱えあげて、そして、全力でネストールさんに向かって走って行く。

 


「ネっ、ネストール、たんっ」


 ぜえはあと、僅か20メートル程の距離を息を切らせて横断し、正面に回ってみると彼の切れ長の眼差しがギョロリと私に向けられた。勢いあまって萌えキャラみたいに呼んでしまった事を怒っているのかと思いきや、彼の顔の下半分程までが石化していて、答えるにもそれしか出来無かったのだなと私は胸をなで下ろした。

 

 そして、ひとしきりネストールさんの無事を確かめてから、私は彼の顔に爪を立てた。

 いや、別に彼の整った顔が憎らしくなったんじゃなくて、口元を覆う石を何とか出来ないかと思ったからだ。首から下はカチンコチンに固まってしまっているが、もごもごと動くのを見る限り、この辺りは頑張れば剥がせそうな気がするのだ。

 思った通り、力を加えると石の表面がポロポロと崩れて、私はハクジャと短剣を少し離れた所に置いてから、本格的に作業に取りかかった。

 

 やがて、自分から積極的に異性の顔を触りまくるという人生初の偉業に気付く事もなく、存外あっさりと石の除去に成功すると、口から大きく息を吐き出したネストールさんが即座に「状況は?」と尋ねてきた。   

 地面に寝かせていたハクジャを抱き上げようとしていた私は、咄嗟にどう言うべきかと言葉を探しかけるが、結局、面倒だからと心の中だけでそれに答えていく。

 

 ジェラードさんとの戦闘とその経緯。強くなったミルナー。ハクジャの現在の状態。等々。

 それはどんな口上よりも雄弁且つ迅速に伝え終わって、意図した事以外にも幾らか伝えてしまった実感があった後、ネストールさんはこちらを見下ろして静かに言った。


「なるほど。では、それで行きましょうか」

「は・・・?」


 いや、え?なにがそれで行きましょうなの?

 意味が分からなくて、きょとんと彼を見返していると、ネストールさんは石化して固まっているというのに器用にも尊大な感じになって続けて言った。


「ともかく、ハクジャはその辺り、破片等が何も無い所に置いておいた方が良いでしょうね」

「あ、う、うん」


 これに関しては私も同感だったので、私はそのままハクジャを抱き上げて、言われた通りに3メートル程離れた所へ寝かせた。立ち去り際、ぽんぽんと彼の体を叩いて、意識の有無を確かめる。


「済みましたか。それでですね、ミルナーに関してなのですが」

「うん」

「こうして喋れるようになりましたから、魔法による援護も可能です」

「うんうん」

「そうすればリュカは完全に戦いに気を取られる事になって、攪乱は容易に成ることでしょう」


 私は頷きながら、広間の外縁部近くで戦う彼らの方に目を向けた。

 

 返す返すも信じられない光景である。

 片や大柄とは言え所詮は人間の身の上であるミルナーと、片や全長30メートルに及ぶ大蛇が、まともに物理的な力でもってやり合っているのだ。

 リュカちゃんの動きはまだぎこちなく、動作を終える度に周囲の何かが崩壊するといった有様だったが、その余波一つとってもミルナーの体を押し潰すのに不足が無い訳で、見てるだけで鳥肌が立つ光景だった。

 怪獣映画で言うところの、防衛軍の戦闘機による前哨戦のような様相。ひとつ間違えば即墜落という無慈悲な攻撃の中を、しかし、ミルナーは縦横無尽に動き回って翻弄さえしていた。

 何たる運動能力。これにネストールさんの魔法が加われば、彼の言葉通り攪乱は容易だろう。

 ハクジャの回復を待つための持久戦というのも可能になる。

 見通しがにわかに明るくなるのを感じていると、ネストールさんから驚くべき言葉が飛び出した。


「ですが、援護はしません」


「・・・!?」

「もう、あと1手早ければ可能でしたが、アカネ様、見てください」


 怪訝に思いながらも視線の向けられた先に振り返ると、膠着するものと思われていた戦いに決着がつきつつあった。威嚇するかのように大口を開けた大蛇の正面で、ミルナーが片膝をついていたのだ。ここからも見ても分かる程に、彼の肩が激しく上下に揺れている。 


「え、な、なんでっ?」

「そこのハクジャと同じですよ、血を流しすぎたんです」

「・・・っ!」

「聞けば、ミルナーはジェラード将軍との戦いで既に満身創痍だったとか。ハクジャの血による強化は失われた体力に作用するようなものではない。当然、強化された後も事前に受けたダメージは残っています」


 そうだ、そうだった。特にミルナーの左肩には槍の穂先が貫く程の大怪我を負っている。

 その状態で今まで飛んだり跳ねたりしていたのだとしたらそれこそが驚きで、よく見れば地面に付いた膝の辺りも赤く染まっており、彼が出血多量の状態にある事は明らかだった。

 

 そして、しばらく、突然動きを止めたミルナーを不審に思ってか、じっと様子を窺っていたリュカちゃんがチロリと舌を見せて声を響かせた。


「あはっ、ははははっ。ワタシの頭に一撃入れる?そのザマで?うふふ、面白い事言うよね。そんな、赤毛のキミにはプレゼントをあげるね」

「・・・っ!」


 笑い声が響きわたった後、自らそれを消すかのように、リュカちゃんは尻尾を力強く地面に叩きつけた。

 神殿を揺るがす轟音に一瞬目を瞑りかけるも、落とされた先はミルナーから随分と離れていて、安堵しかけた矢先、シュパッという破裂音のようなものが微かに聞こえた。


「アカネ様っ、屈んで!」

「!?」


 途端にネストールさんから強い調子の声がかかって、私はすぐに地面に伏せた。

 すると、頭上を強い風が通り抜けていった感触があった。

 ゴオという耳鳴りが聞こえて一瞬体が竦むが、いかにも危険な何かが飛んでいったとかではなく、本当に、ただ強風が一陣吹き抜けただけといった感じ。それでも、立ったままなら転んでいてもおかしくなかった訳で、私は注意をしてくれた彼に感謝しながら恐る恐る顔を上げた。

 

 やはり、周囲に何かが壊れただのという様子は見られない。

 私は警戒を緩めつつ視線を巡らせていって、そして、ある地点で大きく目を見開いた。

 ミルナーが、先程と全く同じ姿勢で石と化しているのが見えたからだ

 全身があますところなくグレー掛かった硬質な色で覆われていて、あれほど激しく荒げていた呼吸も今は全く感じられない。


「そ、そんな・・・」

「リュカの尾、あれの先からは圧搾された石化ガスが広範囲に放射されるんです。無色透明の旋風のようなものでしたから、お互い万全であったとしても避けられたかどうか」

「・・・・・・」


 そんな事って・・・。

 せっかく見えた希望があっさりと指の間をすり抜けていって、私はのろのろとネストールさんを見上げた。

 だが、彼はそれきり黙ったままで、いつものように明快な答えをくれる気配は無かった。





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