その87
まるで取るに足らない事だと肩をすくめさえして、それからミルナーは無造作に真横へと剣を振るった。
極めてシンプルなその攻撃に、驚きに一瞬動きを止めていたジェラードさんもすぐさま呼応して、槍を前にし迎え打つ。
実際、その攻撃は私から見ても甘いというか、キレが無く感じられた。あんな風に喋りながら棒立ちで放たれた剣ではそれも当然かという気もする。で、多分、それを見てジェラードさんは落ち着きを取り戻したんだと思う。なんだ、驚かせやがって、みたいな感じに。
せっかく凄い動きで意表を突けたというのに、これじゃあ、てんで意味が無い。
ミルナーの自信がどれ程のものかは分からないが、あれだけ圧倒されていた相手との差がそう簡単に埋まるものとも思えない。だからこそ、今の隙に畳みかけるべきだったのに。
冷静になってしまっては、ジェラードさんにとってこの攻撃を防ぐ事は実に容易いだろう。
だって、私ですら剣の動きが追えるんだから。
そして、予想通り容易に、ジェラードさんは槍の先で攻撃を受け止めると、凄まじい勢いで後方に弾き飛ばされていった。
「・・・へ?」
自分の見たことに全く信用が置けなくて、脳内で再び私の視力ポンコツ説が持ち上がる中、続けて石柱に叩きつけられる鈍い音が耳に飛び込んできた。
ドガッとか、メキッとか、絶対に自分の体からは聞きたくない音を響かせてジェラードさんが柱の前に崩れ落ちる。
石の柱の表面には無数のヒビが走っていて、更にその表面がボロボロと抉れたみたいになって剥がれ落ちてきた。一体、どれ程の衝撃が彼を襲ったのだろう。私はあんぐりと口を開けたまま、ジェラードさんがまともに地面へと倒れ込んでいくのを呆然と見つめた。
そして、放心するだけだった私の横から、堪えきれないといった感じでキャンベル姫様が飛び出した。
「ジェラード・・・っ!」
そのまま彼女は駆けて行って、うつ伏せで倒れている彼の側に膝をついた。
直前には辛辣な事を言っていたが、実際には心配で堪らないのだろう、ジェラードさんの状態を診る手にも焦りのようなものが見える。だが、やがて頭部に怪我が無い事が分かるとその色も消えて、姫様はゆっくりと彼の体を仰向けにして自分の膝上へ導いた。
その様子から察するに、予想したような大きな怪我には至っていないみたいだ。
脈の確認を始めた彼女の口元にも少し笑みが浮かんでいるし。
何がどうなったかはイマイチよく分からないが、とにかく良かったと私が胸をなで下ろしていると、具合を確かめ終えた姫様が朗らかな声で言った。
「全身の骨が折れちゃってますわ」
「ぎゃふんっ!」
大怪我ですやん!と仰け反りながら、私は思わず実際には口に出さない言葉ランキングトップ3は確実だろう言葉を口にした。だが、そんな私の渾身のリアクションも今は気にする余裕が無かったようで、彼女はジェラードさんに視線を落としたまま呟くようにして続けた。
「重要な器官や神経は避けて、特に手足の骨は綺麗に折られてますわ。これで、もう戦わないで済みますわね」
「姫様・・・」
しんみりとした声音に、私は複雑な気持ちになって胸元のハクジャをきつく抱きしめた。
折れた骨はいずれ治る。でも、その時に果たしてジェラードさんはどう思うんだろう。
余計な事をと、姫様に辛くあたるような事がなければ良いのだけど。
心配になって見つめる先、彼女は一度大きく息を吐き出すと、居心地悪そうに立っていたミルナーに向けて声をかけた。
「礼を言いますわ、ミルナー将軍。さすがですわね」
「いや・・・」
「どうしたんですの?ジェラード将軍の槍を避けての3度の斬撃、見事な手腕でしたわよ」
あ、そういう事だったのか。確かにあのミルナーの攻撃の瞬間、それを防いだ筈のジェラードさんの槍からは何も音がしなかった。一見、気の抜けた攻撃に見えたけど、それは複雑に軌道が変化する布石のようなものだったのかも。
でも、それにしたって、3回って・・・。見えないってレベルじゃないぞと視線を向けてみると、ミルナーは冴えない表情で口を開いた。
「4度だよ。あの、鉄壁の兄者が俺の攻撃を4度も素通しって、なあ・・・。やっぱ、飲むべきじゃなかったな、これは」
「あっけなさすぎた、と?」
「ああ・・・いや、無駄な感慨だな。今はそんな場合じゃねえ。だろ、姫さん?」
「・・・ええ、そう、そうですわ。今は、早くネストールさ・・・」
ドオオオォォン・・・!
その瞬間、姫様の言葉を遮るように、神殿を揺るがす大きな音が鳴り響いた。
さっきリュカちゃんが石柱を壊した時同様、続けて足下からは微かな振動も伝わってくる。
音の感じからして距離はかなりある。けれど、ヒヤリとしたものを感じた私は、急いでネストールさんの方に目を向けた。
すると、それを待っていたかのように、赤色の眼光が真っ向から私の視線を絡めとった。
「あれ、さっきの音って、もしかしてジェラードやられちゃった?なーんだ、すっごく自信がありそうだったのにガッカリだなあ」
脳天気なリュカちゃんの声が、ごく近くから聞こえてきた。
未だにその感覚に慣れなくて肩をビクリとさせながら、私は彼女がずっと自分達の方に注意を向けて戦っていた事を思い出した。
彼女にとって驚異となり得るのはハクジャのみ。
だから、ネストールさんと戦いながらも、リュカちゃんはずっとこちらを監視していたのだろう。その割にはあまりジェラードさんとの戦い自体には注意していなかったようだけど、それも余裕の現れという事なんだろうか。いや、実際に余裕があるのだろう。頼みの綱であるハクジャはまだ意識が戻らないし、その事を彼女は間違いなく把握してるだろうから。
って、そうだ、ネストールさんは!?
思わず考え込みそうになって、私は慌てて視線を巡らせた。
彼はハクジャという武器を生かすべく、リュカちゃんの相手を受け持ってくれていた。防戦一方とは言え、唯一彼女の魔法と渡り合える力がある訳で、いざハクジャの意識が戻ったとしてもネストールさんが居なければ話にならない。
それにさっきの妙な胸騒ぎも気になる。
だが、神殿の中は、多くの柱が倒された事で固定されていた松明や篝火が失われていた為、かなり暗かった。
ネストールさん達の居た辺りとなると私にはよく見えなくて、必死に目を凝らしていると、後ろから舌打ちする音が聞こえてきた。
「っ・・・、ネストールの奴、ドジりやがった」
「え・・・?」
「よく見てみろ、あの2本残ってる柱の辺りだ」
彷徨わせていた視線を言われたとおぼしき所に向けると、そこには柱に紛れるようにして、体のほとんどが石と化したネストールさんの姿があった。
「う、うそ・・・」
「ふふ、うそじゃないよ、アカネちゃん。ずっと壊すのを待っててあげたんだから」
口をついて出てしまった私の呟きに、リュカちゃんは無邪気な声で答えた。
「・・・悪趣味ですわね」
「ああ。だが、まあ、考えてみりゃ分かる話だ。とどのつまり、あのリュカって奴はアカネを手に入れたがってんだろ?だったら何が効果的かと言えば、あいつを目の前で殺す事だろうからな」
ミルナーと姫様が何か話し合っている声が聞こえるが、全然頭に入ってこなかった。
い、いし、ネストールさんが石像になっちゃった・・・。
遅かったんだ。
いくら彼が強くなったとは言っても、ビームやら石化能力やらを持った大蛇を任せるには荷が重かったんだ。
注意を引くだけ、時間稼ぎだけならと思っていたけど、考えが甘かった。
私は取り返しのつかない事を・・・。
「アカネちゃん、泣かないで。ほら、まだ頭の部分は残してあるから、息は出来てる筈だよ」
「ほ、ほんとっ?」
「ほんとほんと。だから、こっちに来て。あ、ハクジャはいらないから置いてきてね」
言われる前から私はハクジャを地面に寝かせて、通っていた高校のオンボロ体育館よりは確実に高い所にあるリュカちゃんの大きな顔を見返した。それが彼女の感情表現なのかどうかは判断に困るところだが、チロチロと細くて赤い舌が私を誘うように出したり引っ込めたりされている。
慣れる事はこの先も間違いなくないだろう偉容に竦みながらも立ち上がって、私はリュカちゃんに向かって足を踏み出した。
「おい、アカネ、何のつもりだ?まさか、言われたとおりアイツのところに行く気じゃないだろうな?」
「・・・・・・」
「アカネ、分かっていますの?行ったとしても、リュカはネストール様を殺すつもりですのよ?」
「・・・っ」
そんなの言われなくても分かっている。
理由は分からないが、リュカちゃんが彼を殺す事に強く執着している事は百も承知だ。
でも、彼女の魔法に唯一対抗出来るネストールさんがああなってしまった今、他にどんな手段が取れるっていうの?決め手となる筈のハクジャもまだ目覚めないし、もうどう仕様も無いでしょっ!?
制止の声が何故か無性に煩わしくなって、私は八つ当たりのような気持ちで勢いよく後ろに振り返った。
すると、予想よりもずっと近いところにミルナーが立っていて、驚いた私はそのままおずおずと彼を見上げた。
「あのな、アカネ、一つ言っておきたい事がある」
「・・・?」
「誤解を招いたようだから言うんだが、俺が中に着込んでた油のシーツな、あれ、自爆目的じゃないぞ」
「・・・・・・?」
何でこのタイミングでそれを?という疑問とその理由についての純粋な興味が、一時、私の中の焦燥を和らげる。
「ネストールも言ってただろ。濡れたシーツやらには刃が立ちにくいって。油を体に塗って刃や寒さから身を守るってのは、イグラードの軽兵ならよくやる方法なんだよ」
「え、そ、そうなの・・・?」
確認の為に更に後ろを見やると、目が合った姫様がコクリと頷いていて、私は自分の勘違いぶりに強く恥じいった。
「それは事実ですわ。ですけど、それと差し違える気でなかったかは別も・・・」
「あー、まあっ、気にすんなよ、アカネ。間違いは誰にでもあるさ。でだな、俺が言いたいのは・・・」
「・・・?」
「言いたいのは・・・だな、あー・・・」
言い淀むミルナーに、私は段々と、状況も忘れてイライラとしてきた。
普段、私をバカにする時にはズケズケと言ってくる癖に。
「つまりだな、俺はお前が・・・、いや、言いたいのは、諦めるのはまだ早いって事だ」
「ど、どういう事?」
「お前、さっき見たこと、もう忘れてんのか?」
「え・・・?」
「俺が派手にぶっ飛ばしたろうが、兄者を」
「い、いや、それは・・・」
言いたいことは分かる。
あれだけ強かったジェラードさんを一撃で倒してしまった今のミルナーは確かに凄いと思う。
だから、リュカちゃんに対抗する手段が無い訳じゃない、諦めるのはまだ早いとはそういう意味なんだろう。
でも、こうやって見上げる程にもある蛇の巨体は、全長でなら30メートルはあろうかという感じだし、あの黒光りする鱗にしても剣の類が通用するとはとても思えない。
ある程度、物理的なものを度外視出来る魔法での戦いだったからこそ、まがりなりにも対抗出来ていた訳で、それが直接的に正面から当たるとなれば、どう考えたって・・・。
「いいから、さっさとお行き来なさいな。アカネと兄君はわたくしが責任を持って守りますわ」
「おう」
「ち、ちょっ・・・」
だが、私が悩もうと方針は変わらなかったみたいで、姫様と頷き合うと、ミルナーは一気盛んに駆け出していった。
そして、すぐ戻ってきた。
「っと、聞き忘れてたんだけどよ、そのほっぺた、どうしたんだ?」
「え?あ、ああ。これは、マッ・・・僧侶に」
立ち向かった筈がコケて自分で切っちゃったテヘペロと続けるつもりだったのだが、言い切る前にミルナーはいなくなっていて、ついでにその姿も見えなくなっていた。
目をぱちくりとしていると、さっき聞いたばかりの鈍い音が4度聞こえてきて、はっと視線をやれば、マッチョ僧侶が4体揃って宙に跳ね上げられていた。




