その86
どこかで見た事のあるこの光景。
ああ、そう言えば、ネストールさんが魔法でぽーんと飛ばしたのも松明だったっけ。
こうして見ると実に綺麗なものである。
あの時はとんでもないスピードで飛んでいったものだからよく見えなかったけど、炎の尾を引きながら暗い通路を飛んでいく火種というのもきっと美しい光景だったに違いない。
そんでもって、さぞかし盛大に燃えたのだろうなあ。
造り物とは言え、焼け残った木偶なんて焼死体にしか見えなかったし。
やっぱり、油の染み込んだシーツなんて物がくっついてたら、すっかり燃えちゃうものなんだなあ。
そう、油の付いたシーツなんてまとってたら・・・。
「・・・・・・」
まとってたんじゃ、なかったっけ?
燃え盛る松明が寸分の違い無くミルナーの背中へと飛んでいくの見て、私は今更ながらに恐慌状態へと陥った。
も、燃えてしまうっ、萌えてまうやろー!
だが、既に松明はネストールさんの魔法かくやの勢いで投げられた後な訳で、その間に私に出来る事なんてたかが知れている。
せいぜいが悲鳴の形に口を開けて、信じられないという面持ちで姫様を見返すくらいが関の山だ。
残されたのは1秒か、それよりも短い時間。
もう、どうしたところで私にそれを止める術が無い事は分かっている。
一体、姫様はどういうつもりなのか。
不審が募るも舞落ちた火の粉で彼女の表情は見えなくて、仕方なく視線を戻すと、今にもミルナーの背に松明が当たる寸前だった。
運が良ければ少し服が焦げる程度で済むかもしれない。
けれど、もし上着にまで油が染みていたら・・・。
もはや目を瞑る時間さえ無くて、当たったと思った瞬間、彼の上体が大きくブレた。
まさか視力までもがポンコツになってしまったのかと目を見開くと、今度は、こちらを向いて剣を振りおろした姿勢でいるミルナーの姿がはっきりと見えた。
って、もしかして、あの一瞬でこちらに振り向いたの?
間違いなく凝視していた筈なのに、それでも動きが見えないって人間離れにも程がありませんか?
予定していた悲鳴を生唾と共に飲み込んでいると、遅れて何かが地面に落ちた音が聞こえてきて、乾いた響きに視線を落としてみれば、そこには当然のように2つに分かれた松明が転がっていた。
何をどうやったかはさっぱり見えなかったが、多分、一瞬で振り向いたミルナーが飛んできた松明を叩き斬ったという事なのだろう。
あれだけ目の前のジェラードさんに集中していて、それで何で背後から飛んできた物に気付けたのか。
動きの速さは言うに及ばずだし、全くもって相変わらずの人外ぶりである。
だが、今はその人外ぶりが頼もしい。人外バンザイ!やっぱり、最後に物を言うのは個の能力なんだ!フィジカルなんだ!パスサッカーは格上には通じないんだ!と、やや見当違いに彼の無事を喜んでいると、斬心と言うのか、松明を斬った姿勢のまま剣先を見ていたミルナーが、はっと顔を上げて大声を出した。
「・・・って、おい、これ松明じゃねーか!誰だこんなもん投げやがったのはっ!引火したらどうすんだアホか!!」
そして、ミルナーは打球が飛び込んできて大事な鉢植えが砕けてしまった怒り心頭のおじさんの如く辺りを見渡すと、挙動不審な事では定評のある私にすぐさま気が付いて睨み付けた。
「おい、アカネサタニ、まさかお前か?」
「え・・・あ、いや・・・」
「邪魔するなって、俺ぁ、言ったよな?こっちは真剣しょ・・・」
「わたくしですわ」
後ろに断崖さえあれば、いつ自白を始めてもおかしくない程に追いつめられた私のすぐ横から、姫様はずいと歩み出て堂々とミルナーに言った。
「・・・ほう、姫さんか。俺はそれなりにプライド賭けて戦ってんだぞ?のーたりんのアカネならともかく、よりによってあんたがそれを邪魔するとは、どういう了見だ?」
のーたりんて、微妙に死語なんじゃ・・・。
なんて事を思いながら、形はどうあれ戦いを止められた事に気を緩めかけていると、ミルナーの背後からジェラードさんが憎悪の込もった視線を姫様に向けているのが見えて、私はぎくりと震え上がった。やはり、彼も真剣勝負に水を差された事に大いに怒っているのだろう。
だが、キャンベル姫様と言えば、彼から言えば仕えるべき主人だった訳で、裏切ったとは言え、それがこうも激しい感情をぶつけられるものなのだろうか。
それにミルナーにしても、いつもの無礼ぶりとは一線を画す憤り方に見える。
彼らにとって、この戦いはそんなに重要なものなのだろうか。
何とも言えない気持ちになる私の隣で、彼女は動じることなく明瞭な声でミルナーに答えた。
「どういう了見と言われても、見ての通り戦いを止めたのですわ。くだらない戦いをね」
「貴様・・・」
「あら、ジェラード元将軍、お久しぶりですわね。貴方も大層お怒りのようですけれど、ご存じですの?その大事な戦いに、ミルナー将軍が自滅覚悟で挑んだ事を」
「・・・どういう事だ?」
「彼は、先程、引火したらどうするんだと随分慌てていたでしょう?それが答えですわ。大方、貴方には及ばないと見て、最初から相打ちを狙っていたのでしょう。それが分かっても、まだこの戦いに誇りとやらが賭けられていると?」
「・・・・・・」
姫様の言葉にミルナーからの反論は無く、ジェラードさんも幾らか視線を落として考えるようにしている。
彼らが定義する戦い、それがどれ程大切な物かは私には分からない。
しかし、ミルナーが自国を裏切った兄に対し、将軍としての厳しい態度で挑んでいる事はよく分かっている。命賭けで、相打ちも辞さない覚悟である事も分かった。
だが、ジェラードさんの方はどうだろうか。
彼は不自由な体に武人としての生き方が奪われるのを良しとせず、自国を捨ててまで存分に戦える体を求めた。詳しい心情までは分からないけど、彼としては満足の行く戦いを求めただけとも言える。それこそ、武人としての誇りを賭けた堂々とした戦いを。しかし、それに対してミルナーは自滅覚悟の上、言葉は悪いけれど小細工を弄して挑んだ。
つまり、ジェラードさんから見れば、この戦いには既にケチが付いてしまっているんじゃないだろうか?
だとするなら、もう、彼に戦う理由は・・・。
「く、くくく、はははは」
すると、ジェラードさんが突然笑い始めて、予想外の大声に私の思考は霧散した。姫様も驚いた表情で彼の方を見つめている。
「何がおかしいのです、ジェラード将軍」
「くく、考え違いだ、キャンベル姫。俺が賭けているのは誇りなどでは無い」
「・・・?」
「俺が賭けているのは全てだ。お前たちもあのリュカとかいう娘の事を多少は知っているのだろう?知って尚その言い分だというのなら、興醒めと言う他無いな」
殊更皮肉げな、こちらを馬鹿にしたような物言いに、姫様は強い眼差しで睨み返した。
「・・・どういう意味ですの?」
「どうもこうも、あの己の体すら満足に御せん娘に、俺の体が完治出来たと本気で思っているのか?」
「・・・っ」
「この左腕と足はな、いわば一度限りの使い捨てだ。そこの僧侶達、木偶と言ったか、それらと同じ紛い物よ」
皆が絶句して、彼の言葉に聞き入った。
ジェラードさんは体を治す事と引き替えに裏切ったと単純に納得していたが、言われてみれば確かにおかしい。
取引の相手であるリュカちゃんはハクジャから聞いたところでは余命幾ばくもなく、その身体は見ての通り、ああやって魔力の影響に引っ張られて大蛇になってしまったりと不安定な状態だ。そんな彼女が本当に体を治せると言うのなら、まずは自分の体を治していた筈で、ジェラードさんの言う事は道理に適っている。
それに、方法としても、本物の人間そっくりに動く木偶の存在を知ってしまっている以上、同じような造り物の体で代替したという方が納得出来る。
でも、待てよ。
代替、つまり、入れ替えたというのなら、元の彼の体は・・・。
「くく。だから、全てを賭けたと言った。それもこの1戦にな。であれば、ミルナーが命を捨てる気で戦うというのなら、その意気や良し。むしろ、それくらいでなくては」
「あ、あなたは・・・」
ぎりぎりと、姫様が握り固めた拳から、グローブ部分の皮が擦れる音が聞こえてくる。
私もやるせない気分になって、全身に虚脱感が広がっていった。
1回きりの使い捨て。その言葉通り考えるなら、この後のジェラードさんには満足な戦いはおろか、普通に生活を送るのさえ難しい日々が待っている。だったら、想いを遂げさせてあげても良いんじゃないか。
ぼんやりと、つい浮かんでしまった考えに私が青くなっていると、それを否定するかのようなタイミングで姫様が再び口を開いた。
「では、イグラードを出る前にあなたが言った言葉は嘘だったんですの?」
「誇りを賭けた最後の戦いを、と言ったやつか?それのどこに偽りがある」
「大アリですわ!誇りも命も、未来に賭けてこそ価値があるのですわ。ですから、わたくしは・・・」
「未来だと?160日間同じ動きを繰り返して、フォークすら満足に掴めぬ体のどこに未来があるというのだ!?」
「・・・っ!」
160日間・・・。
そうか、「無限回廊」のせいで経過した時間に差があるんだった。
私がレーマ教団の神殿に来て1ヶ月弱、外では5ヶ月以上、半年近くが経っていた訳で、ジェラードさんはその間ずっと過酷なリハビリに励んでいたという事になる。将軍として申し分無い力量と人柄を持っていた彼が諦めてしまう程、リハビリというのは辛いものなのか。
ジェラードさんの絶望を想って沈んでいると、私と同じように俯いていた筈の姫様が敢然と彼を見上げて、そして一際大きな声で訴えかけた。
「・・・ありますわっ!不自由であったなら支えますし、食事が難しいならわたくしが左手になります、遠乗りがしたいと言うのなら、専用の馬を仕立ててでも必ずわたくしが連れていって差し上げますわっ。そんな未来もあった筈です!」
流石姫様、良いこと言うなあ。
私は、うんうんと彼女の言葉に頷いてから、はたと動きを止めた。
何だかニュアンスがおかしくなかった?
疑問に思って顔を上げてみると、丁度正面に立っていたミルナーと視線が合って、彼も不思議そうな表情でこちらを見返していた。呆気にとられたその顔に、逆に私は冷静になれて、そしてその瞬間に何となく合点が行った。
もしかして、姫様って・・・。
半年近くという時間。
長期に渡ってリハビリを続けるには介添え人の助けが不可欠だ。
そして、辛い時程、その人の本音や本質が見えてくるもので、彼らほど近くでそれを感じられる人は居ないと思う。
立場上、姫様が彼に付きっきりであったとは思わないけど、でも、そういう剥き出しの部分に触れる機会は多かったんじゃないだろうか。
隣を仰ぎ見れば、ひとつに纏めていた金の髪が一房ほつれていて、縁取られるようになった頬の辺りがうっすらと赤く染まっていた。
さっき、ミルナーは姫様がここに来た理由についてネストールさんへのアピールの為だと言っていたが、どうやらそれは半分間違いだったらしい。
姫様はただじっと、静かにジェラードさんの反応を待っている。
だが、返された言葉は酷なものだった。
「俺は、その未来は望まなかった」
静かに、それでいてはっきりと響いた彼の声に、しかし、姫様は怯む事無く顔の向きを変えて口を開いた。
「・・・あなたも同じ意見ですの?」
「え、俺?」
「そうですわ、ミルナー将軍。あなたもこの戦いを望むのですか?とかく、我が国の将兵が欲しがる名誉や誇りといったものの為に戦うと?」
一瞬、おどけるように言葉を受けたミルナーだったが、続いた姫様の真剣な問いかけにすぐに威儀を正した。
細めた視線を物思いに宙へと漂わせていて、たぶん、言うべき言葉を吟味しているのだろう。普段は町の陽気な(?)チンピラにしか見えない彼も、今そこだけを切り取れば、苦渋に満ちた若き将軍という絵にふさわしいかもしれない。その苦みきった表情を見て、私は姫様が凱旋式が嫌いだと言った理由が分かった気がした。
そして、1分前後の時間が経って、ミルナーはゆっくりと顔を上げると、何故かその視線がガチリと私に合わされた。
「おい、アカネサタニ。お前、言ったとおりハクジャに伝えたか?」
「・・・え?」
「いや、え?じゃなくて、俺は姫さんに『譲る』ようにって伝言頼んだろ?」
「・・・・・・?」
いきなり問われて驚きながら、私は、そう言われれば?と、虚ろな感じに記憶を探った。
でも、あれはリュカちゃんを攪乱する役目を姫様に譲る、みたいな感じだったから、彼女が隣に居る今、伝言の必要性ももう無いと思うんだけど。というか、まず姫様にちゃんと答えるべきだと思うんだけど。
と、抗議を込めて恐々見返してみると、すぐさまガン付けされたので私は明後日の方向に目線を逸らした。
「ったく、しゃあねえな。じゃあ、ハクジャはどこだ?」
「えっと・・・そ、そこ」
「・・・はあ?何でそいつ犬になってんだ?」
「さ、さあ」
それは私の方が聞きたい。
ミルナーの意図が計りかねて、思わずワカリマセーンとお手上げのポーズを取った私は、隣からその手をつんと突つかれてOH!と驚いた。
「ちょ、ちょっと、アカネ、落ち着いて。ミルナー将軍にそれを渡せば良いのですわ」
「これ・・・?」
横に立つ姫様が人差し指で示唆したのは、私が左手に持った瓶だった。
犬化したハクジャがくわえていた陶器の瓶である。
よく分からないながらも、前に立つミルナーも「おっ」と声をあげていたので、私は言われた通りそれを彼に手渡した。
「うっし、サンキューな、アカネ」
「う、うん・・・」
でも、一体全体あの瓶は何なんだろう?
疑問に思いながらトボトボと歩いて戻ると、よく出来ましたと完全に対象年齢を間違えた感じに私を迎えた姫様が答えてくれた。
「あれの中には、ハクジャの血が入っているのですわ」
「えっ、じゃあ・・・」
明瞭な答えに聞き返すかを迷ううち、背後からきゅぽんという栓の抜ける音が聞こえてきた。
「よくは知りませんけど、あの男の血を飲んでネストール様の力は強くなったのでしょう?同じようにミルナー将軍も飲んではどうかと、わたくし、神殿の外に出た時に2人が話していたのを聞いたのですわ」
そして、その音をきっかけに全ての疑問が氷解した。
『だから、ハクジャの奴にリュカを攪乱する役目は姫さんに「譲る」と、そう伝えてくれ』
ミルナーが私に言ったこの台詞。
その時も何だか含みがあるなあと思った訳だけど、この「譲る」と言った意味には、ハクジャの血の事も含んでいたんだ。
攪乱役共々、状況次第でどちらかがそれらを引き受ける、といったような取り決めが、私の知らないところであったのかもしれない。
それと、ハクジャの血についても盲点だった。リュカちゃんの魔法にいかに対抗するかと魔法の方にばかり目が行っていたけど、元々、私が身をもって体感した効果は体力面での強化だった。当然、人並みはずれた身体能力を誇るミルナーが血を飲めばその効果は絶大なものとなる筈で、きっとネストールさんはそれに気付いていたと思う。
けれど、実際にはそうしなかった。
そうだ。ミルナーがずっと迷ってるように見えたのは、それでだったんだ。
「そして、彼は最終的には飲まない事を選択していましたわ。決して敵わないと分かっていたでしょうに、反則っぽいから嫌だとか何とか。そんなものが将としての誇りから出た結論だと言うのですから、やはり好きになれない考え方ですわ」
正々堂々、と言うにはあの油にまみれたシーツは余計に思うが、しかし、死力を尽くすという意味では何となく理解も出来る。拘りというか、やはり誇りというのが適当なんだろうか。男の人、まして武人やら軍人さんのそういう感覚はいまいち分からないけど、あれだけ劇的な効果を見せたハクジャの血を、反則的だと感じて飲まなかったというのは分かる話だった。
「それと、ハクジャにしても体力に余裕がある訳ではなかったようですわね。だって、効果があると分かっているのなら、ミルナーやわたくし、それにアカネにも飲ませないとおかしいでしょう?ですから、やはり、あれは貧血のようなものなんじゃないかしら」
突然意識を失ったハクジャ。
それは無理をしてミルナーに飲ませる分の血を流したからか。
大半ががらんどうのようだった彼の体の造りを考えると、いかにその中を巡る血が少ないかも分かるというものだ。
私は、地面に横になっていたハクジャを抱き上げると、喉を鳴らして瓶の中身を飲み干したミルナーの方を見つめた。
そして、同じように視線を向けた姫様が、心持ち声音を強めて彼に問いかけた。
「・・・もう一度聞きますわ、ミルナー将軍。この戦いを、あなたはまだ望むのですか?」
「命を賭ける価値があると、そういう戦いがあると俺は思ってる」
「・・・・・・」
「だが、正直、しらけちまった」
「ミルナー、お前・・・っ」
軽い調子で言ったミルナーに、後ろから凄みのある声が掛けられた。
明確に殺意を感じる程に強い眼差しに、ミルナーはこともなげに振り返って言った。
「いや、だって、兄者。頭の上を好きだ何だと、俺を避けるように話が飛び交ってみろよ、アホらしくもなるぜ実際」
「見損なったぞ。お前であれば生涯最後の敵にふさわしいと思ったものを」
「はっ、その期待に応えて、一緒に死んでやっても良いかと思ったんだけどな。やっぱ気が変わったわ。だってよ、あんた、帰ったら姫さんが待ってんだろ?しかも、こう優しく介助されちゃったりなんかしてよ。なあ、こういうの、何て言うか知ってるか兄者?興醒めっつうんだぜ」
「お前は・・・」
ぶんっと、激情のあまりに思わずといった感じでジェラードさんの長槍が脇に構えられて、巻き上がった粉塵が私の居る所にまで届いた。まるで、かつての兄をおちょくるような彼の口振りに、懐かしいような恐いような気持ちになって不安げに見ていると、ミルナーが姫様の方に視線を向けて問いかけた。
「で、今度はこっちから聞くけどよ、姫さんはこいつをどうして欲しい?」
「そうですわね・・・また、リハビリが必要な程度に痛めつけて貰えるかしら」
「ひでえ。けど、了解」
姫様の過激な言い様とミルナーの請け合いの軽さに驚いていると、彼の姿が掻き消えた。
「え・・・」
これまでも彼の動きが追いきれないという事は多々あった。
けど、それにしたって完全に姿を見失う事はなかった。まして、この近距離だ、動作の残滓すら見えないというのは明らかに異常だ。しかも、驚いているのは私だけじゃなくて、ジェラードさんも同様だった。
あれだけ、面白いようにミルナーの動きを見切って手玉に取っていた彼すらが、今の動きは見えなかった?
行きすぎた運動能力は既に魔法の域なのか。
空間跳躍でもしたかのように、何の兆しも見せずジェラードさんの真横へと現れたミルナーは、またもや軽い調子で言ってのけた。
「はっ、ネストールの奴を見て効果の程は分かってたつもりだったが、こりゃ想像以上だわ。わりぃ、兄者」
「・・・っ!」
「多分、すぐ終わっちまうと思うわ」
くっ、頭痛が痛いっ!




