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その79





 きょとんと見返すだけの私に、キャンベル姫様が大仰な様子で溜息をつく。


「あなたねえ・・・。さっきアカネも見ていたでしょう?あの憎たらしいフラールとかいう不良騎士とナルシン卿のやり取りを。女が何かを願って、それを男が叶える。女は素直に甘えられて、男は自尊心を満足させる事ができて、この図式で解決しない男女間の諍いは無いのですわ。と、昔ダイアーが言っていましたわ」

「・・・・・・」


 いや、あれは単純に物で釣っただけじゃ・・・。

 そして、11歳の姫様が昔って言う年頃の時に、何教えてんですかダイアーさん。

 腑に落ちない物を感じながらも、前のめりになって言う姫様には妙な迫力があったので、私はとりあえずといった感じで相槌を打った。

 すると、隣に居た姫様が更に近寄って来て、殊更小さな声で私に囁いた。


「それに、思い出してごらんなさいな。さっきの爆発の時、ネストール様が庇ったのは誰でした?」

「っ・・・」

「こう言ってしまっては癪ですけれど、貴女が言葉を尽くして聞かない方ではありませんわ」

「姫、様・・・」

 

 彼女の気持ちを考えると頷くにも頷けなくて、私はどう答えれば良いものかと言葉を詰まらせた。

 風に揺れた金髪がさらりと目の前を横切って、それを辿るようにして恐る恐る見上げてみると、そこにはニンマリと悪戯っぽく笑む姫様の顔があった。

 あれ?しんみりとしたシーンだった筈じゃ・・・と、私が目をパチクリさせていると、「では、言うべき台詞はこうですわね・・・」と、弾んだ声で彼女は話を再開した。

 何となく玩具にされているような気がしなくもなかったが、それでネストールさんを説得出来るのなら異論は無い訳で、私は、ひとまずその台詞とやらを聞いてみる事にした。


「ネストール様は神殿に戻ると言う貴方に反対ではあるものの、怒っているのはミルナー将軍が先に助け船を出した事と、それに貴女が安心を覚えた事の方なのですわ。ですからこう言えば良いのです、『貴方に一緒に来て欲しい』と」

「それ・・・だけ?」

「ええ、簡単でしょう?要は殿方の自尊心をくすぐりさえすれば良いのですわ。ですから、もう一言、『貴方の力が必要なの』とでも付け加えれば完璧ですわねっ」

「う・・・」


 そ、それは、恥ずかしい・・・。

 恥ずかしいけど、でも、リュカちゃんに対抗する為にネストールさんの強化された魔法が必要なのは間違いない事なので、戦力として欲しいという意味では妥当な台詞という気もする。

 それに、カイト殿下やナルシン達のお陰で時間的猶予は確約された訳だけど、それも決して余裕があるという感じではない。

 僧兵達が帰還するまで3、4日。

 ハクジャの体が朽ちてしまうまでは2日。

 こんな所でぐずぐずしている暇はない筈だ。

 

 私が弱々しく、それでもしっかりと頷いたのを確かめると、姫様は「行ってらっしゃいな」と強く背中を押し出した。つんのめりそうになりながらも踏ん張って、私はネストールさんの方を見据えて足を踏み出す。

 すると、いつの間にか近くにミルナーが立っていて、すれ違いざま、「姫さんも難儀な性格してんな」という呆れたような声が聞こえてきた。何の事だろうと?と振り返ってみると、即座に姫様が拳で答えていて、私は見なかったことにして再び前へと向き直った。




「考えは、変わりましたか?」


 冷え冷えとした声が、すぐさま私を出迎えてきた。

 分かりやすいまでの機嫌の悪さに怯みかけるが、口調自体は落ち着いたものだったから何とか持ちこたえた。

 心を読まれては説得も何も無いので、一定の距離を保ったまま、私は姫様の指示通りに言葉を紡いでいく。


「あ、あの、一緒に、来てほしい、の」

「・・・・・・」


 無言のまま、ネストールさんの片眉だけがぴくりと僅かに跳ね上がった。

 これは効果があったと見て良いのかな?と、不安に思って後ろを見てみると、姫様がシュッシュと拳をこちらに向けて突き出していた。もう少し女子としてふさわしいジェスチャーが他にあるだろうと思いながらも、言わんとしているところは分かったので、私は再びネストールさんの方に視線を戻した。 

 

 そして、おっかないので目は決して合わせないようにして、次の台詞は何だったろうか?と、必死に考えを巡らせる。

 えーと、次、次は確か、戦力として必要、みたいな感じだったから・・・。


「ネ、ネス、トールさんが、ほ、欲しいのっ」

「・・・・・・」



 あれ、反応が無い。

 何か間違っただろうか?

 もしかすると戦力として欲しいという意味合いが露骨過ぎたのかも・・・?

 またもや不安になって、助けを求めて背後を振り返ってみると、姫様はアッパーカットの体勢で固まっていた。

 ど、どう解釈すれば良いのっ!?


 指令塔の不在に、私はよろりと足元を頼りなくさせた。

 すると、姫様の傍らで立ち上がったミルナーが、「後ろ、後ろ」といった感じでこちらを指さし始めた。しむら?と不思議に思って視線を戻してみると、どんと頬の辺りに白い物ががぶつかって来て、それがネストールさんのシャツだと気付いた時には、私は宙に抱え上げられていた。

 膝の裏に通された彼の手の感触がこそばゆいやら何やらで、私が真っ赤になって固まっていると、別人か、あるいは京劇の仮面の早変わりかと疑う程に表情を180度変えたネストールさんが、何やら頷くようにして口を開いた。


「ええ、ええ。これが貴女のいつもの言い間違え、言葉足らず、そういうものだという事は重々承知しているのです。ですが、こういう事が未来にあるかもとしれないと思うと、不思議と心が弾んでしまうのです」


 私を横抱きにしたネストールさんはその言葉通りに足取りまでもが弾むようで、これが姫様の言うところの自尊心を満足させるという事なのかと台詞の威力に感心しながら、私は揺れる腕の中で「ぎゃわっ」とか「のうわっ」とか悲鳴をあげ続けた。


 そして、恥ずかしさと揺れのせいで何かしらこみ上げるようなものを感じ始めた時、ようやく落ち着いたネストールさんが、私を地面に下ろして静かに言った。


「覚えてますか、アカネ様。私が神殿で貴女と再会した時、貴女は『私なんか』と卑下するばかりだった」

「・・・うん」

「だが、今の貴女からはそういった思考は感じ取れない。それは何故です?」

「え・・・?」


 突然の問いかけに驚きながら、それでも私はネストールさんが聞かんとする事がおぼろげに分かって、冷静に自分の中の思いを組み立てていった。幸い、彼とは距離が近い。こうして考えれば口に出すまでも無いだろう。

 

 正直言うと、今でも自分に、ネストールさんやミルナーが危険を犯して助け出すような価値があるとは思っていない。それに、叶うなら神殿で放って置いて欲しかったという思いも未だにある。でも、姫様やフラールさん、オルランドの人達までもを巻き込んでしまった今、これらの関係性から逃れることは実は凄く難しい事なんじゃないかとも思い始めているのだ。

 自分によく似たリュカちゃんの生い立ちを知って、人との関わりはやはり難しいものだと思い知った。そして、関わりからは逃げられるという事も分かった。けれど、その逃げるという事こそが一番難しくて、事実、彼女は心を病んでしまったし、自分を想う存在にも気付いていないし、また信じられてもいない。

 

 だったら、関わり合う事から逃れるのが困難だと言うのなら、いっそ、ちゃんと関わってみたらどうだろうか?

 それもまずは1人か2人、大変だと思うような目に遭っても納得出来るような人と。


 もしかしたら私を裏切るかもしれないけど、その時には自分からそれと言うような人と。

 私とよく似ているけれど、実は結婚もして子供も居た人生の大先輩である人と。

 

 どうせ、逃げるのも大変なんだから、限定的にではあるけれど、関わる事を頑張ってみるのも悪くないんじゃないだろうか。

 そして、関わる以上、その舞台には出来るだけ平穏であって欲しい。平和であって欲しい。

 だから、私は・・・。



「そう、それが貴女の答えですよ、アカネ様。自覚していないようですが、貴女は私達を含めた自分の未来を考え始めている」

「未来・・・?」

「貴女が神殿に戻ると言ったのもそういう事でしょう?【雲母砂子】が消失すれば、戦場では魔法による混乱がもたらされるでしょうが、イグラード王国の客人でもある貴女には直接的には関係の無い話です。それこそ、『私なんか』と、自分だけに終始する考えのままであったなら、この場からの脱出を何より選んだ筈です」

「・・・・・・」


 そう、かもしれない。

 ネストールさんの【キラスナゴ】に対する推測は相変わらず甘いように感じるけれど、確かにイグラード王宮に戻ってしまえば影響は少ないだろう。それに、ハクジャの話にもあったように、強大過ぎる魔法は戦に対する強力な抑止力にもなる。もしかしたら、私が生きている間くらいは平和に時間が過ぎるんじゃないだろうか。

 でも、その先はどうだろう?

 カイト殿下が治める次代、私と知り合った誰かの子供達の時代になったら?

 あの心に作用する魔法を開発したような、馬鹿な魔法使いがまた現れるんじゃないだろうか?


「そういう事ですよ。それが、未来を考えるという事です」

「あ・・・」

「ふふふ、だから私はみっともなくも浮かれてしまったのですよ。貴女が未来を考えるというのなら、もしかしたら私も傍に居るかもしれない。まあ、魔法による近隣諸国の支配が出来なくなるのは残念なところですが・・・」

「・・・・・・」


 まだ言うか、この人は・・・。


「ですが、貴女と一緒に策を練る方がずっと楽しそうです。そう思いませんか?」

「・・・・・・かな?」

「ええ、きっとね」


 真っ向から楽しそうに見下ろしてくるネストールさんの視線にそれ以上耐えられなくなって、私は曖昧に返してから、ぷいと体ごと背中を向けた。

 


 すると、後方では、何故かミルナーと姫様が余っていた携帯食料やらを飲み食いしていた。

 こちらからは背中しか見えないが、ミルナーが特に投げやりな感じに水の入った小瓶を傾けていた。即座に空となった瓶が乱暴に突き出されて、慌てた様子でウェルベック君がお酌をしている。それから少し横に目をやれば、ハクジャが良い感じにマリーナさんにひっくり返されてお腹をさすさすとされていて、何だか取り留めのない様相となっていた。


 なんぞ、これ・・・と私が事態を掴みかねていると、空気が読めないのか、それとも読まなかったのか、ご機嫌ぶりの余韻が残る明るい声で、ネストールさんが彼らに声を掛けた。


「さて、そうとなれば、些事は早急に片付けてしまいましょう。皆さん、何をしているんです、さっさと神殿に戻りますよ」


 すると、上品且つスピーディに携帯食料をかっ食らっていた姫様がピクリと動きを止めて、対面に座っていたミルナーが「けっ」と唾を吐いた。マリーナさんは相変わらずムツゴロウさん状態で、ハクジャも改造手術直前の1号といった案配で起きられる状態では無く、ウェルベック君だけが困った様子でこちらに顔を向けてきた。

 何で皆ここまでやる気が無いんだろうか。謎のやさぐれっぷりに首を傾げていると、携帯食料と同じく投げ出されていたシーツを手にとって、ネストールさんが低く呟いた。


「・・・燃やされたいんですか?」


「・・・っ!?」

「ブふっ!」



 結果、何となくふて腐れるようだったミルナーが迅速に準備を始めて、それにつられるようにして全員の準備が間もなく終わった。とは言え、準備らしい準備が必要だったのは武装のあるミルナーくらいなものだったけれど。

 そんな感じに、皆の様子を睥睨するように確認し終わると、ネストールさんがウェルベック君に向けて短く指示を出した。


「ウェルベック、貴方は麓に待機している近衛騎士団を監視してください」

「・・・えっ?」


 驚きの声をあげる彼同様、私も意外に思ってネストールさんの方を見返す。


「正直なところ、私は彼らを信用していないんですよ。なにせ、あの大公の子飼いですからね。ですから、ウェルベックには彼らに不審な動きがあればすぐに報せに戻って欲しいのです。ミルナーも良いですね?」

「ああ。そいつはもう、俺の部下でも何でもないしな」

「り、了解しましたっ」

「お待ちなさいな。マリーナ、お前もついていってやりなさい」


 一旦は立ち去り掛けたウェルベック君に姫様の制止の声が掛かった。

 呼ばれたマリーナさんがすぐに駆け寄ってきて、「かしこまりました」と頭を下げる。

 

「行きますよ、グズ」

「は、はいっ・・・クスン」


 何となく哀れな感じに連れられて、マリーナさん先導の元に2人が立ち去ると、今度はキャンベル姫様へとネストールさんの視線が向けられた。


「貴女にも彼らと一緒に行って貰うつもりでしたが、姫は如何されますか?」

「わ、わたくしも、神殿に、い、行きますわ」

「そうですか」


 それだけであっさりと会話を終わらせると、ネストールさんはスタスタと神殿に向かって歩き始めた。

 数時間前とは打って変わって軽い足取りとなったミルナーがそれを追って、無言で姫様の方を見ていた私も遅れじと後に続く。

 

「あっ、ハクジャ・・・」


 足を踏み出しそうとして、真っ白なワンコの事を思い出した私が慌てて振り返ると、そこには人間の姿に戻ったハクジャが立っていた。

 もはや体力の温存も、隠す必要も無いという事だろう。来る対決に向けて体の具合を確かめるようにしながら、こちらに向かって歩いてくる。

 マリーナさんに可愛がられて幾分やつれている感はあったが、引き絞られた肉付きの体躯は昨日同様しなやかで、彼が言ったような朽ちるという気配は全く感じられなかった。

 健在ぶりに安堵して、私が相変わらず上半身裸のままの彼から視線を逸らそうとした時、横合いから弾丸のような何かがハクジャに向かって突っ込んできた。


「へ、変態ですわーっ!!」


 多分、これはマッチョ僧侶達にやって見せた渾身の一撃だったに違いない。

 強烈な踏み込みの音は叫び声よりも一瞬遅れてやってきて、姫様の姿が見えたと思った瞬間、ハクジャは暴風に巻き込まれた紙切れのように、木立の方へと吹き飛んでいった。 





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