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その78




 突然始まった内輪揉めの様相に、周りの騎士達が何事かと視線を向け始めた。

 意識してしまった私は余計に喋れなくなってしまって、今はもうネストールさんの方を見ることすら出来ていない。一方の彼としても、それ以上言葉を連ねる事は戸惑われたようで、無言のまま立ち尽くす事となった私達の周囲には何とも微妙な空気が流れ始めた。

 経緯を知らない騎士達は黙って様子を窺う他無く、マリーナさんやウェルベック君、それに姫様にしても事情を掴みかねていて、腰に手を当てたまま事の推移を見守っている。

 とは言え、テンパってしまった私としてもこれ以上展開の仕様が無くて、学校の先生に絞られて凹む生徒の図そのままに進退を極まらせていると、お気楽な声が騎士達の方から聞こえてきた。


「おーい、ナルシン、お前、予備の剣とか持ってない?」

「あ?ああ、あるにはあるが・・・?」

「いや、実は俺の武器、今これしか無くてよ。さすがにこれ一本じゃ、どうにもならんと思ってな」


 軽い調子で言いながら、ミルナーは、手に持った短剣から鞘代わりに巻いていた布切れをくるくると解いていった。

 酷使されたせいか毒の塗膜は随分と薄くなっていたようで、あれだけ驚異を見せた刃先を指先で摘んでナルシンの鼻先に持ち上げる。


「ネストールの奴が居ないとなれば、ガチでやる必要があるからな、最低でも長剣が欲しい」

「それは分かったが・・・」

「ミルナー、本気ですか?」


 真意を計りかねたナルシンが答えあぐねる間に、ネストールさんが驚いた様子でミルナーに聞き返した。


「本気に決まってるだろ?幾ら俺でも短剣一本でどうしろって・・・」

「そうではなくて。本気で、神殿に戻るつもりなのかと聞いているのです」

「当たり前だろ?アカネが戻らなかったとしても、俺は戻るつもりだったよ。つうか、兄者の始末を俺がつけなくてどうするってんだよ」

「それは・・・」


 何を分かりきった事をと、当然のように答えられて、ネストールさんは言葉を詰まらせた。

 こんな風に彼がやりこめられるというのは珍しくて、状況も忘れてつい見入っていると、視線を合わせて寄越したミルナーが声の調子を落として私に言った。


「つう訳だからアカネサタニ、神殿には俺が責任を持って付き添ってやる。だから安心しな」

「・・・あ、うん」

「へへ、実のところ、ネストールの奴の魔法に頼るってのには抵抗があったんでな。これで、まあ、吹っ切れたわ」


 遅れた私の返事に再び陽気な感じに付け加えてから、ミルナーは「で、剣はあんのか、ああん?」と、若干カツアゲ気味にナルシンに詰め寄っていった。

 こうして並んでいるとナルシンの方が少し背が低くて、本当にタチの悪いチンピラに絡まれているように見えるから困る。その光景に本当に安心して良いものかと戸惑っていると、軽く手首の辺りを極めて、体を入れ替えるようにミルナーから距離を取ったナルシンが口を開いた。


「ええい、やめんか、鬱陶しい。予備の剣ならある、直剣だがな。しかし・・・」


 そして、渋々ながらも後方の騎士に指示を出そうとして、その動きを止めた。

 先んじて予備の武器らしき包みを持ち出そうしていたフラールさんにも制止の指示を出す。


「待て、フラール。撤収するぞ。ポウマ、準備を」

「はあ!?あなた、何またバカな事をっ・・・!」

「やめろ、ローはやめろっ、山道を下るんだぞっ」


 ぴょんぴょんと、ナルシンはフラールさんの下段蹴りから慌てた様子で跳びすさった。そして、射程外に逃れた事を確認すると、腰にさしていた剣を鞘ごと外して放り投げた。驚きながらもミルナーはそれを空中で受け取って、怪訝な面持ちでナルシンを見返す。


「・・・いいのか?」

「詳しくは聞かんが、並の剣では役不足だろう?」

「まあな。というか、俺自身が役不足なんだけどな」

「そうか」


 小さく一つ頷くようにしてから、ナルシンはまだ納得が行かないという顔をしているフラールさんに向き直った。


「恐らく、私達がこの場に留まればまずい事になる。だから撤収すると言った。退路に関しては、嵐の中ですら到達出来たんだ、こいつらに詳しい道案内は必要あるまい。よって、我々は殿下からの当初の命令通り、退路の確保に尽力する。帰還兵に関しても、先刻言った通り3日は食い止めてやる」

「いや、でも・・・っ」


 尚も言い募ろうとするフラールさんの後ろ姿を見ながら、私は、ナルシンの突然の撤収という発言の意味を悟った。

 彼は、多分、ミルナーがやろうとしている事に気付いてるんだ。

 情報としてジェラードさんが裏切ってレーマ教団側に付いた事は既に知っている筈。ジェラードさんが神殿に居るとまでは知らないものの、ミルナーが拘るからにはその目的も含めて見当が付くだろう。

 そして、明確にそれを知ってしまえば、彼らの立場上、制止するしかなくなる。加えて、【キラスナゴ】云々は別としても、私がレーマの教主であるリュカちゃんに会おうとしている事にも気付いているんじゃないだろうか?オルランドの人間にとってここは聖地でリュカちゃんはそのトップ、いわば警護すべきVIPである訳で、そうなれば敵対は避けられなくなってしまう。

 つまり、これは、見て見ぬフリをしてくれるという事なんだ。

 

 で、普段なら一番にそれに気付いてネストールさんが場を収めてくれそうなものなのだが、肝心の彼は沈黙したきりで、少しばかりヒートアップしてきたフラールさんに他の騎士達も扱いかねた様子だった。

 すると、これまで静観に徹していたキャンベル姫様が、ずいと歩み出て皮肉げに言った。


「あらあら、オルランド近衛騎士団と言えば、規律と節度をモットーとする事で有名と聞き及んでいましたけれど、実際には随分と程度が落ちていましたのね」

「これはこれは、姫様・・・のような不審な方。失礼ですが、こちらでは仮面舞踏の類は催しておりませんので、関係の無い方は遠慮して頂けますか?ああ、それとも、見せ物小屋の方でしたか?」

「ほほほ、いえ、まさか。ですけど、見せ物というのなら、あなたの後ろ足の・・・失礼、蹴りというにも些か下品な先程の振る舞いの方が向いているのではなくて?」

「まあ、うふふふ・・・」

「ほほほほ・・・」


 姫様ならうまく収拾をつけてくれるかもと一瞬期待したのだが、フラールさんとの間にバチリと火花が走ったのが見えて、私は、この人達が絶望的に相性が悪かった事を思い出して頭を抱えた。


 だが、流石にそこは統率の取れた騎士団で、いがみ合う2人を真ん中に置いても、指示を出すべきナルシンが自由になったことで、撤収の準備は着々と進められていった。

 そして、そろそろ拳で語り合おうか?となった頃には、7人程居た他の騎士は既に下山を始めており、オルランド側で残されたのはナルシンとフラールさんだけとなっていた。

 準備運動に余念の無い彼女達をさすがに見かねて、ナルシンが2人に向かって声を掛ける。


「フラール、そろそろ、いくぞ」

「ええ、準備は出来ています。いつでもゴングを・・・」

「アホかお前は。というか、姫様も落ち着いてください、貴女は王族なんですよ?」

「ほほほ、いえいえ。ここに居るのは一介のしがない仮面の人に過ぎませんわ。ですから、わたくしの事はお気にならさず」

「ふふふ、そういうていですものね。だから、まかり間違って身元不明の仮面の人が、ついうっかり、事故的な何かで山中に沈んでしまったとしても問題には・・・」

「ほほほ、そうですわね。謎の仮面の人なのですから、ついうっかり、事故的な何かで騎士の1人や2人に致命的な何かが起きたとしても、責任の追求は出来ませんわよね・・・」


 相変わらず、うふふ、おほほ、と交錯する視線の間で、ナルシンは疲れたような溜息を吐いて、もう一度フラールさんに話しかけた。


「フラール」

「ふふふ、何?」

「お前が欲しがっていたコテージがあったろう。買ってやる」

「ふふ・・・ふっ!?」


 不敵に浮かべていた笑みを凍らせて、フラールさんがギギギと振り返って「本当?」と小さく聞き返した。それにコクリとナルシンが頷くのを見届けると、臨戦状態ともいうべき気配はあっさりと霧散して、一瞬だけ、既に他の騎士達が居ない事に気付いて恥ずかしそうな表情を浮かべてから、フラールさんは「行くわよ、ナルシン!」と声を張り上げた。

 そして、その勢いのままにナルシンは引きずられていって、木々の切れ間に消えていく彼らの後ろ姿を、私はしばし見送る事となった。




 仮面に隠れてあまり表情は見えないが、姫様も呆気に取られた様子で、猫背でぽかんとしてる彼女というのは初めて見るかもしれない。

 何だかなあと溜息を吐きながらも、ともかく、これで3日だったか、退路と他の僧兵達の事は気にしなくて良くなった訳で、後顧の憂いは取り除かれたという事になる。

 

 なるのだが・・・。

 解決すべき憂いが前方にはまだ残っていて、私は、黙りこくったままのネストールさんから視線を外して溜息を吐いた。

 この場に残っているのは私と彼とミルナーにキャンベル姫様、それと少し離れたところで困ったように立っているウェルベック君とマリーナさんの6人で、私は除くとしても勝手知ったる仲である筈なのに、誰もが次に取るべき行動に迷ってその場に立ち尽くしてしまっている。

 こっそりネストールさんの顔を盗み見れば、いかにも不満気な皺が眉の間に寄せられていて、依然として神殿に戻る事には反対のようだった。


 そんな中、ミルナーだけが軽妙にナルシンから借り受けた剣の確認などをし始めて、周囲に鞘走りの乾いた音が鳴り響いた。2、3回、高らかな金属音がそれに付け加えられて、満足した様子でミルナーが刃を収めた頃、隣に居た姫様が私の肘を小突いてきた。


「ちょっとアカネ、貴女、何とかしなさいな」

「な、何とか・・・?」

「わたくしはね、未だにあなた達が何をするつもりなのかの説明も受けていないのですよわよ?その上、まとめ役のネストール様がああでは、何が何だかサッパリ分かりませんわっ」

「ぁ、うん・・・」


 ぷりぷりと怒りながらも小声で話す姫様を器用だなあと思いながら、私はどう説明したものかと頭を捻った。

 だが、所詮私なので、口から出るのは「あー」だとか「うー」だとかの、某生物汚染的ゲームの序盤の敵みたいな言葉だけだった。要領を得ない私に姫様は早々に痺れを切らす。


「あー、もうっ。とにかく、アカネは神殿に用があって、けれどネストール様はそれには反対。というか、気に入らない。言い換えるなら、俺様に逆らうとはこの身の程知らずの舌足らずめがっ!みたいな、そういう状態な訳ですわよね?」

「う・・・うん?」


 何だか微妙に違う気もしたが、大筋に於いては間違っていない気がしたので私は頷き返した。


「でしたら、解決策は簡単ですわ」

「・・・?」

「オネダリするのですわっ」

「・・・・・・?」





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