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その76


「アカネ様っ・・・それに、キャンベル姫!?」


 緞帳どんちょうのようになっていたシーツの脇から、こちらの姿を認めたネストールさんが驚いた声をあげる。

 倒れ込むようにゴールインした私は何故かスルーされ、危うく顔面スライディングかというところでミルナーに片腕一本で受け止められた。


「こけるなよって、言ったと思ったけどな、俺は」

「・・・う、ご、ごめっ」

「いや、そうじゃなくてだな・・・」


 完全に息があがってしまってダウン寸前の私は、シーツを支え持ったままのミルナーに思わず凭れ掛かってしまう。油に濡れたそれは相当な重さだろうから悪いなとは思ったのだが、今の私には余裕が無かった。

 呼吸と共に揺れる視界の中、ネストールさんは臣下として恭しく礼を取っていて、キャンベル姫様はそれにぎこちなく会釈を返している。

 自国の王族への対応としてはすこぶる妥当なものだろう。ヘロヘロな私を放ったまま、姫様の方に駆け寄ったのも仕方ないかなと思う。あー、それに、鼻から何かが出ちゃってる状態だったし、そんな私よりかは、ね。

 と、私が思い出したようにぐしぐしと鼻の下辺りを拭っていると、背中の辺りをぽんぽんとミルナーに叩かれた。


「まあ、その、なんだ、お前はよくやったよ」

「・・・う、うん。あり、がとう?」


 何の事だろう?と、よく分からないまま傍らに礼を返すと、すぐに彼の視線は前方へと逸らされた。

 そして、もしかして私は慰められたんだろうか?と思い付いたと同時、ミルナーが鋭い声を発した。


「ネストール!さっさと詠唱に入れっ!かなり近いぞ」

「っ!!」


 警告の声に、ネストールさんがすぐさま元居た位置へと戻って、表情をとろけさせるのみだった姫様もそれに続く。

 余裕が無くて忘れてたけど、マッチョ僧侶達が追ってきていたんだった。

 というか、それを知らせる事こそが私の役目だった訳で、自分の迂闊さに収まりつつあった呼吸がまた乱れた。う、吐きそう。


「姫、それにアカネ様。お2人はそちらの曲がり角の方へ退避しておいてください」

「あと100メートルもねえぞっ。ほら、そこの小汚ぇ犬っころも連れていけ!」


 慌ただしく飛ばされた指示に従って、私は足下で行儀よくお座りをしていたハクジャを抱えあげた。視線を戻すと、曲がり角の先には既に姫様が走り込んでいて、「アカネっ」と急かすようにこちらに手を伸ばしている。

 手筈とか何も知らなかっただろうに、流石姫様だなあと、やおら自嘲気味に笑ってから、私もすぐにそちらへと避難した。

 その直後に、通路の先を見据えるように立ったネストールさんから、低く囁くような魔法の言葉が聞こえてきた。

 詠唱の余波か、棒の先を支点とした白いシーツがゆらりと数回はためく。その隙間から、迫りつつある僧侶達の姿が僅かに見えて、通路の角から覗き見るようにしていた私はゴクリと生唾を飲んだ。

 

「ネストール、俺まで吹き飛ばすなよ?」

「・・・・・・」


 シーツを支え持ったまま振り返ったミルナーの言葉に、ネストールさんは視線だけで答えて、更に魔法への集中を増していった。

 そして、前方から僧侶達の立てる無数の足音が聞き取れる段になって、ようやく彼の魔法は完成したようだった。

 それまでほぼ無風状態だった通路に、荒れ狂うような突風が瞬時にして巻き起こる。

 直後、無差別にも感じたそれは指向性を持って、瞬時に前方へと収束していった。

 

 ドンっ!!


 破裂するような音がしたかと思うと、視界にあったシーツは一瞬にして目の前から消えていった。

 凄まじい強風にミルナーすらが転倒していて、疲労から身を屈めるように様子を伺っていた私にはかろうじて、そのシーツが接近しつつあった僧侶達を薙ぎ倒すように、通路の先へと飛んでいった様子が見えていた。

 爆発的な加速に、想像以上の威力。

 通路の先に目を凝らしてみても、突発的な正面衝突事故とも言えるそれから逃れた僧侶の姿は無いみたいだ。

 どうやら、ネストールさんの目論見は成功したようである。

 ごろりと後方に転がって起きあがったミルナーに、「次をっ」という弾んだ声が掛かった。


「吹き飛ばすなっつっただろうが・・・」


 ぶつぶつと文句を言いながらも動きは俊敏で、それから2射、3射と「遠当て」によるシーツの弾丸が立て続けに打ち出された。

 ようやく呼吸的にも落ち着いてきた私がふと後ろを振り返ってみると、同じように身を屈めていた姫様が、「すごい・・・」と口に出して固まっていた。それは果たして魔法の事か、ネストールさんの事か。

 多分、両方なんだろうなと呆れていると、渦巻いた風に乗って焦げたような臭いが漂ってきた。

 怪訝に思って振り返ると、そこには着火した松明を手にしたネストールさんが、妖しい笑みを浮かべていた。

 なるほど、姫様が見惚れていたのは、この姿にだったのか・・・。

 そういえば、彼女は、彼のこういう容赦の無い感じが好きだと言ってた気もする。

 

 私は深呼吸の一環に深い息を吐いてから、嬉々として松明に「遠当て」を施して、トドメとばかりに発射するネストールさんの姿を見つめた。

 何というか、木偶とは言え、あまりに哀れである。

 合掌。




 ホラー映画なんかだと、倒した筈の怪物の様子を見に行くというのは愚行以外の何者でも無いのだが、他に道が無い以上、私達にはこうやって前へ進むしか選択肢が無かった。

 最後のシーツを盾のように左手に持ったミルナーを先頭に、姫様と私&ハクジャ、ネストールさんの順で通路を進んでいく。

 まとめて吹き飛ばされた上に、今頃程良く焼けているだろうマッチョ僧侶を見たい訳も無いし、それにホラー映画云々を考えるなら、ここからの不測の事態というのは常套である。うう゛ぁーとか言って僧侶達が起きあがってきて、全身が上手に焼けましたーな感じで、それでもって脳味噌がちょっぴり見えてたりなんかしてギャーッ!

 私は、自分の想像に大きく身震いしてから、「そ、そんなことある訳ないよね。傘のマークは見かけなかった・・・し?」と辺りを見回した。

 そんな風に挙動不審な私を余所に、先頭のミルナーが落ち着いて油断無く歩みを進めていく。

 

 やがて、彼が警戒している以上、とんまな私がきょろきょろしてても無駄なんじゃ?と気付いた私は、姫様にさっきの事について尋ねてみようと思い立った。マリーナさんにここに送り込まれたとか言っていたのが、微妙に気になっていのである。

 私は、横を歩く姫様の方に口を開こうとして、言葉を飲み込んだ。

 キャンベル姫様は、器用にも後ろ向きのまま歩いていた。

 横歩きにステップを踏んで、顔は後方に固定されている。

 うん、格闘技の足運びを利用しているんだね。凄いね。

 私は、最高尾のネストールさんを熱っぽく見つめる彼女に何だかバカらしくなってしまって、再び前を向いて歩く事だけに集中した。

 


 程なくして、通路の先から、ちらちらと赤く燃える炎の光が見えるようになった。

 言うまでもなく、ネストールさんの「遠当て」によって射出されたシーツin油が燃え盛っている姿である。

 すんすんと、思わず匂いを嗅いでしまってから、うげっと思って顔をしかめる私。

 特に異様な匂いとかは無いのだけれど、よく見てみると、炎の中には腕やら指先のようなシルエットがあって、人体らしき物が燃えているという光景自体に吐き気を催した。

 すると、その光景に我に返ったのか、横に並んで華麗なステップを続けていた姫様が「そうでしたわ」と声をあげた。

 先頭のミルナーも、何事かと振り返って立ち止まる。


「わたくしとした事が、忘れていましたわ。あなた達に伝えなければならない事があったのです」

「ふぅん・・・そういや、姫さん、あんた此処で何やってたんだ?」

「ええ、それも含めて。わたくしがこの神殿に再び潜入したのは、巻き添えになる人間が居ないようにとマリーナが懸念したからなのですわ」

「巻き添え・・・ですか?」


 ネストールさんの聞き返す声に姫様はふにゃりとなりかけるが、注目されている事に気付いて何とか耐える。

 そして、巻き添えという言葉に、そう言えばさっきもそんな事を言っていたなと、私も興味を持って続きを待った。


「そ、そうですわ。非常時とは言え、レーマの信徒や僧侶に万が一の事があっては醜聞となるでしょう?結果的には、反乱軍の方に人員のほとんどが出払っていて、残っていた僧侶にしてもこの通り、砂の作り物だった訳で、杞憂だったのですけれど」

「いえ、その、神殿の人間達を巻き込まないようにした、という意味は分かります。ですが、一体何に、ですか?」

「あっ・・・やだ、わたくしったら。ほんと、駄目ですわね」


 ネストールさんの前でいまいち調子が出ないのか。

 言うべき事を言えていない事に恥じて、キャンベル姫様がポカリと自分で自分の頭を小突いた。

 って、まさか、姫様って、好きな人の前ではぶりっ子なんじゃ・・・。

 私が密かに内心で戦慄していると、気を取り直したらしい姫様が再び口を開いた。


「えーと、ですから、この神殿はおかしな事になっていますでしょう?信徒の方達は出入りにすら苦労されて、ですから隠し通路のような物を作ったのだそうですわ」

「なるほど。『無限回廊』に浸食されてしまった部屋は私達も見ました。生活空間である場所があれでは、確かに不便極まり無かったでしょうね」

「そ、そうなのですわ。けれど、教主の方は外部との接触を嫌う方だったそうなので、すぐに埋められてしまったのです。一度、神殿から脱出してその事を知ったわたくし達はその隠し通路を利用する事にしたのですわ」 

「ふむ。つまり、神殿内に残された通常空間のどこかに外に続く通路が隠されていると。では、姫はそこから入って来られたのですか?」

「そうですわ。いかんせん、埋められてしまった細い通路でしたので、わたくししか入っては来れませんでしたが」

「そして、貴女は内部の僧達に気を配っておられた。で、巻き添えというのは?」

「あっ、わたくしったら、また・・・」


 ええい、それはもう良い!肝心な事を早く言ってくださいよおっ!

 というか、姫様のイメージが崩れるから何だかイヤな気持ちなのおっ。


「ええと、つまりですわね、そう、丁度その辺りの壁が」


 何だか体がむず痒くなるのを感じながら、私は、そこだけはぶりっ子にふさわしくない無骨な金属甲冑に包まれた姫様の腕が指し示す方向に視線をやった。

 どこかの部族の特別な葬儀の如く、パチパチと燃え続ける黒い山の向こうに、変哲の無い通路の壁が見える。

 熱気に顔をしかめながら観察してみるも、どう見たってこれまれでの通路と同じ、ただの壁である。

 姫様が言う以上、そこが隠し通路とやらなんだろうけど・・・と、怪訝に思っていると、彼女の言葉にはまだ続きがあったようだった。


「・・・爆破されるので、巻き添えにならないように注意するようにと、わたしくしは神殿内の方々に伝えに来たのですわ」


 ん?爆・・・破?

 見返してみれば、ネストールさんの顔にも一瞬、呆けたような表情が浮かんでいた。

 ぷっ、まぬけ。

 と、笑う間も無く直後に反応出来ていたのは、やっぱり流石の一言で、私は彼に押し倒されるようにして後方へと飛び退いた。取り残される形となった姫様の方はミルナーが抱えて後退していて、素早い行動に関心しつつも、ちょっと過剰反応過ぎないかな?と思った私の思考は、次に続いた轟音によって散り散りになった。

 

 ズガァンという音と共に、通路の壁が近くにあった僧侶達の山ごと吹き飛ぶのが、ネストールさんの腕越しに確かに見えた。





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