その74
結局、ハクジャの血液摂取によるネストールさんパワーアップ作戦、略して「穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた超ネストールさん作戦」のテストは、私が仮眠を取っている間に行われたようだった。
追求の手から逃れる為に狸寝入りを決め込んだ末、本気で爆睡してしまった私は、戻ってきたミルナーに散々にからかわれてしまった。歯噛みしつつも、続いて部屋の扉をくぐったネストールさんが妙にご機嫌で、アレの件については忘れちゃっているようだったので良しとする。
どうやらテストが相当うまくいったらしく、気になって扉の外を見てみると、ほぼ完品だった筈の木製の棚が木っ端微塵になっていて、ネストールさんの珍しい高揚ぶりにも納得できた。
ちなみに、血液摂取は普通に指先の傷から木皿に移して行われたらしい。
ガッカリである(え?)。
実際にテストに立ち会ったハクジャからも、強化の具合にお墨付きが貰えて、それからはネストールさんが中心となって実際の戦略を立てて行った。
まず、私たちが「無限回廊」を抜けて、教主の広間に辿り着くには長い一本道を抜けるしかない。私が以前通った、細い水路が隅に走る直線の通路だ。
それから考えて、敵は通路の出口周辺か、木偶40体に関しては使い捨てに出来る事から、通路内に配置される事が予想出来た。マッチョ僧侶達を通路を塞ぐ壁のように使えば、山中でミルナーがやったような乱戦になる事も防げるし、確実に彼のスタミナも奪える。
という訳で、高い確率で狭所である通路上にマッチョ僧侶達が配置されるだろうと予想したネストールさんの作戦が、シーツによる「遠当て」だった。
って、シーツ?
「おい、シーツって、そりゃどういうこった?」
私が聞くまでもなく、疑問に思ったミルナーが即座に聞き返した。
昼間のハイテンションぶりもようやく抜けて、冷静な面持ちを取り戻したネストールさんが静かに答える。
「シーツはシーツですよ。この洗濯室に山と残された物です」
「んな事は分かってる。俺が聞きたいのは、何でそんなもんが必要なのかって事だよ」
「さっき試してみて分かりましたが、私の魔法は強化されたとは言え、既存の手法の延長でしか使えません。例えば、確かに強い風は起こせるようにはなりましたが、それだけです。直接破壊や攻撃に使える訳ではありません」
うーん、どういう事だろう。
部屋の外に転がっていた残骸を見る限り、攻撃力は抜群だ!と思えるけども。
と、ミルナーと揃って首を傾げていると、焚き火から少し離れて座っていたハクジャが口を挟んだ。
「【雲母砂子】の影響下だからな、依然として魔法には制限が掛かっているのだ。大元となる魔力が増大しても、それを使う形は限られている」
「つまり、私で言えば、『写し身』『言伝て』『遠当て』の3種しか使えないのは変わらないという事です。攻撃に転用しようとすれば、この中で工夫する必要が出てきます」
ああ、だから「遠当て」なのか。さっき棚を壊したのも、それ自体を「遠当て」で推進させて壁にぶつけでもしたのだろう。うーん、相変わらずこの世界の魔法は使い勝手が悪いなあ。
何となく合点がいった私の隣で、未だ腕組みしたままのミルナーが諦めたように首を振って口を開いた。
「ふーん、魔法の仕組みに関しては俺はパスだわ。お前等が分かってりゃ良い。それで、なんでシーツなんだ?」
「これは、仕方なくですよ。手元に矢が何百とあるならそれを使うに越した事はありませんが、それは望めないでしょう?それにシーツとはいっても・・・」
話しながら、ネストールさんが、脇に丸めて置いてあったシーツを持ち上げて立たせる。
そして、横に広げると、びっと水滴が私の頬に飛んできた。
そのシーツは水路辺りにでも浸けてあったのか全体がぐずりと濡れていて、ぽたぽたと地面に水が滴り落ちている。
「こうやって濡らせば相当な重量です。加えて、刃の類が立ちにくい。また、都合の良い事にこれを広げると丁度通路一杯の大きさで、『遠当て』を4隅に施して飛ばせば、通路内には逃げる隙間が無い」
「・・・なるほどな。でも、そうだな、通路にあの作りものの僧侶が40体居たとして、それを全部吹き飛ばせるものか?さっきお前が試すのを見てたけどよ、さすがにそこまでの馬力はねえだろ?」
「そうですね、確かに40もの人体をまとめて吹き飛ばすのは無理でしょう。通路の長さも考えると、せいぜい半数をまとめる程度が関の山でしょうね」
「だったら・・・」
2人のやり取りを見守っていると、突然、ネストールさんが焚き火の中に刺してあった木切れを手に取って、燃え続ける先端をシーツの方に近づけた。途端、凄まじい勢いでシーツが燃え上がり、火の勢いは天井まで届いた。
私は仰天して、座り込んだままの姿勢で後ろに転がった。
「この洗濯室は数年前に破棄されたという事でしたが、石鹸は随分古めかしい物を使っていたようですね。植物性油脂の含有量が非常に多い。少しの手間でよく燃えるようになりましたよ」
にやりと笑うネストールさんの横顔が激しく炎に照らされるのを見て、私は、この人が炎の魔法使いじゃなかった事を天に感謝した。
それから、準備は数時間のうちに終わって、懐中時計が午後6時を指す頃には、私達は洗濯室を後にしていた。
ハクジャが体を維持していられるのはあと2日。タイムリミットには余裕があるとは言え、この「無限回廊」に落ちてからはほぼ1日が経過している。外の時間に換算すると5日程度が経っている訳で、リュカちゃん達に余計な時間を与える事は避けたかった。
という訳で、道案内を任された私は急ぎ足気味に迷宮内を進んでいった。
あからさまな構造の矛盾に辟易としながらも、魔法の明かりを頼りに、何十という分岐路から正しい道を選びとっていく。
そんな私のすぐ後ろにはミルナーが続いていて、何というか、非常に歩き辛かった。
違う空間にはぐれてしまう恐れがあるので、固まって移動しなければならないのは昨日と同じなのだが、今回は彼が大荷物を背負っているので余計に歩きにくいのだ。
言うまでもなく、その荷物は前述の「シーツ」の山なのだが、かさばる上に石鹸から抽出した油にまみれていて扱いに困ってしまう。こうしている間にも、ぺちょりと数回、むき出しの肩にシーツの先が当たって、私はその度に小さく飛び上がってしまった。
わざとじゃないだろうな?と振り向くが、油ぎっしゅなシーツを担ぐミルナーの肩やらが無惨な事になっていたので、私はそっと視線を戻して歩くことに集中した。
不自由な道行きにもようやく慣れてきた頃、私の耳に水の流れる小さな音が聞こえてきた。
水音と魔法のガイドに従って曲がり角を抜けると、側溝のような水路が走る長い通路へと歩み出た。
通路は真っ直ぐに前方の暗闇へと伸びていて、この光景には間違いなく見覚えがあった。
私は、いよいよかと、腕に抱いていたハクジャの頭に顎先を押しつけた。
体力温存の為に犬形態になっていた彼が小さく一声鳴いて、残る2人も後に続いた。
そして、しばし通路の状況を確認していたネストールさんが口を開いた。
「では、退路も近い事ですし、ここを『遠当て』を行う拠点としましょうか。アカネ様、ここからの通路は一直線、数百メートルで広間に着くのでしたよね?」
「う、うん」
「結構です。では、ミルナー、シーツを持ち上げてみてください」
「はいよ」
うんざりとした表情で通路の隅にシーツの山を置いてから、ミルナーは一番上の物をばさりと地面に広げた。
次に、棚の残骸で作ったY字型の棒をシーツ上辺の隅に開けられた穴にそれぞれ通す。
そうして、ミルナーの鋭い吐息と共に木を軋ませて持ち上げられたそれは、腰の辺りで支えられた姿勢も手伝ってか、どこぞの応援団旗のようにも見えた。
それに鼓舞された訳では無いだろうが、通路一杯に広がったシーツを見て満足そうにネストールさんが頷く。
「さて、あとは、敵の木偶でしたか、あれの具体的な配置を知りたいところですね。という訳で、アカネ様」
「・・・はいっ?」
いきなり呼ばれた私は、応援団だとしたらやはり私立イグラード学園とかなんだろうか、だとしたら保険医はダイアーさんかピアースさんでお願いしますと、シーツを見上げて緩んでいた表情を慌てて整えた。
「アカネ様には、偵察をお願いします」
「あ、うん。って、ええっ?」
何かの聞き間違えだろうと振り返ると、ネストールさんは至って真面目な表情で私を見ていた。
運動能力の悉くに欠ける私に、こともあろうか迅速が求められる偵察って・・・。
そりゃバッドな人選ですぜ旦那!と思った私は、「ほ、本気?」とだけ聞き返した。
すると、ネストールさんが少しだけ片頬を上げて、もしかしてこれってハクジャにほにゃららされた事を話さなかった当てつけかな?と不安になるが、答えられた理由は至ってまっとうなものだった。
「貴女にお願いをするのは心苦しいのです。しかし、術者である私はここから離れられませんし、ミルナーにもこうやってシーツを支えて貰わないといけません。また、ハクジャはリュカに命令される危険がある事から、広間への接近はギリギリまで避けたい。そうすると、アカネ様、貴女しかいないのです」
「う・・・ん」
言葉尻だけ読みとくと真摯なお願いに聞こえる。
それに、さっき考えたような報復ぽい意味合いも無いだろう。
でも、ネストールさんの事だから、私であればリュカちゃんから危害を加えられ無いだろうという計算は間違いなくしている筈だ。私はそれを敢えて示唆するような彼の笑みから視線を落として、ぎこちなく頷いた。
「こけるんじゃねーぞ」
「お気を付けて」
「ワンっ」
何となく薄情に聞こえる3様の言葉を背中に受けて、私は通路の先へと送り出された。
ネストールさんの人選は、結局のところ妥当なものだと思うけど、でも、あのマッチョ僧侶40体にこの狭い通路で遭遇すると考えると肝が冷える。
私はどうしても及び腰になる自分の足取りを苦々しく思いながら、とりあえず彼らから見えているだろう何十メートルかは足早に歩みを進めた。
それから数分、とぼとぼと歩いていると、前方からキンという甲高い金属音が私の耳に聞こえてきた。
新手のマッチョ使いか!?と、眼を凝らしてみるものの、相変わらず通路の奥は闇に包まれていて、ようと知れない。イヤな予感しかしねえと、ピタリとその場で歩みを止めるが、いや、待て、マッチョ僧侶が居るのなら、それはそれでネストールさん達のところに戻れるじゃないかと、私は本来の自分の役割を思い出して再びゆっくりと移動を始めた。
前方から聞こえる金属音はそれからも断続的に続いて、かなり距離が近づいたと思われる今は、何かを叩くような重い音もそれに加わっている。まさか誰かまたプロレスでもやってるんじゃなかろうなと更に警戒して進むと、ようやく人影らしきものが見えてきた。
「・・・・・・」
隠れるところが無いので、とりあえずクラウチングスタートの姿勢になると、私は見えたものに驚いてあげかけた声を飲み込んだ。
通路の先には幾人かの人影、忌まわしき鍛えすぎた筋肉の鎧を纏った僧侶達が居て、驚くべきことに誰かと戦っているようだった。マッチョ達が振るう剣やら斧が金属音と共に受け流され、それと共にあの巨体が通路の壁や地面に叩きつけられているのが見て取れる。
見事な戦いぶりを見せるその人影は、私からは背中しか見えないが、僧侶達に比べれば遥かに華奢な人物のようだった。
一体誰なんだろうか?
しかし、レーマ教団と敵対する人間となると限られてくる訳で、私は、素早く動いて巨漢達を翻弄する人影の正体を確かめるべく、腰を落としたまま更に距離を詰めていった。
すると、どんな些細な事も見逃すものかと注意する中、その人物が発したと思われる声が聞こえてきた。
「キャンベルパーンチ!!」
「・・・・・・」
うん、誰なのか分かったね。
私は何とも微妙な気持ちになりながら、それでも彼女が無事だった事に大きく息を吐いた。
そして、直後に思い付いた。
マッチョ僧侶達が通路内にこうやって居るというのは、ネストールさんの魔法によって一網打尽に出来る大チャンスである。早く彼らにこの事を伝えなければならない。また、姫様も巻き添えにする訳にはいかないので、当然、彼女と一緒にここから逃げないといけない。私は気合いを入れて立ち上がると、姫様に向けて声を掛けた。
「ひっ、姫さまっ!」
「わたくしは姫ではありませんっ。ですので、お答えする訳にはいきませんわっ!」
「・・・・・・」
あ、まだその設定生きてたんですね。
よく見れば、姫様の眼の辺りにはアメコミでおなじみの目元だけ隠してマスク、みたいなものが巻かれていた。イグラードの王族がオルランド側と言えるレーマ神殿に乗り込んでは色々問題だからという理由みたいなんだけども、どう見ても姫様だもんなあ。それにさっき名前叫んじゃってたし・・・。
私は何となくやる気が無くなりそうになる自分を叱咤しながら、再び声を張り上げた。
「ひ、姫様っ、私です、アカネですっ」
「キャンベルキーーック!!」
聞いちゃいなかった。
戦闘中だし仕方ないよね、うん。
そんな感じに力無く座り込みそうになった私だったが、蹴りはどうやら回し蹴りだったようで、一旦こちらを視界に捉えたらしいキャンベル姫様が、もう一度驚いたようにこちらを振り返って口を開いた。
「あなた、アカネですの!?居るなら居るとおっしゃいなさいなっ!」
「・・・・・・」




