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その71




 のっけからの話の飛び様に、私は内心で激しく疑問符を点滅させた。

 だが、全てを知りたいと言った手前、おとなしく続きを待つ。


「あらゆる魔法が目覚ましい進歩を遂げていた時代。中でも破壊に関する魔法は群を抜いた完成度を誇っていて、素養が高い者であれば小さな丘程度なら訳もなく消し飛ばせてしまうような、そんな時代だ」

「・・・・・・」


 ちょっと想像が難しい。

 なにせ、私が知っている魔法と言えば、通信機代わりの「写し身」や「言伝て」、あとは弓術の補助として使われていた「遠当て」ぐらいで、直接的に何かを壊すようなスゴイ!と感じるような物は無かったから。

 実際、初めてこの世界の魔法を見た時には、肩透かしというか、失望もした訳だし。

 そう考えると、ハクジャの言うそれは、私がゲームや物語等から思い描いていた魔法そのものだったのかもしれない。大きな火の玉が飛び交い、それを氷の壁で打ち消すような魔法合戦が現実に行われていた時代。流石にそれほど漫画的では無いだろうけど、でもやれる事は今より飛躍的に多かった筈だ。

 思い浮かべるうち胸が踊って、オラ、ワクワクすっぞ!とハクジャを見返すと、返ってきたのは冷ややかな視線だった。


「かつてのリュカもよくそういう目で話していたものだ。当時の魔法がいかに素晴らしいかとな。だが、オレに言わせれば当時の魔法は便利に過ぎた。考えてもみろ、少し素質があるという程度で死体の山が築けるのだぞ?」

「う・・・」

「当然、魔法は戦に転用されていた。ほとんどの人間が魔力を生まれ持ち、破壊の魔法を1つ覚えさせるだけで戦力として扱えるのだからな。そして、国に仕える精鋭ともなれば更に卓越していた。それこそ呪文1つで町が幾つか吹き飛ぶレベルだ。それが何百人単位で組織されていて、そんな国が何十とある時代だった」


 戦争という面から見ると、確かにおっかない状況だと言える。

 さっき想像した火の玉の舞うような魔法合戦は一見きらびやかだが、その火の粉1つで何人もの命が消えると思うと身震いする光景だ。

 私は、考えなしに高揚するようだった自分を恥じて顔を俯けた。


「だが、それ故、意外にも戦が起きる事は稀だった。破壊する事があまりに容易過ぎたのだろうな。ほんの小競り合い程度だったとしても地図が書き換えられかねん。結果的に、過ぎた魔法は抑止力となっていたのだろう」


 それは何となく分かる気がする。

 元居た世界で言うところの、冷戦時代みたいなものじゃないだろうか?

 必殺の大量破壊兵器を持ちつつも、相手国も持っているから撃ちようが無く緊張状態だけが続く、みたいな。

 拙い比喩で我ながら情けないけど、でも、当時のこの世界の国々が、お互いに戦々恐々としていた事は何となく想像ができた。


「そうやって、互いの国同士が腹のさぐり合いに終始する、ある意味で平和な中、1人の天才的魔法使いが新種の魔法を生み出した。それは魔法の一面での到達点とも言えるものでな。なあ、アカネよ、究極に発達した魔法とはどんなものだと思う?」

「・・・え?」


 いきなり問い掛けられて吃驚した。

 顔を上げてみると、前を見ていた筈のハクジャの目がいつの間にかこちらに向けられていて、私は慌てて頭を捻る。

 

 究極のメ・・・ちがっ、魔法。

 思わず脳裏に甲高い声で部下を呼びつける某文化部副部長の姿が浮かぶが、即座に打ち消す。

 しかし、究極となると料理同様、答えるのが難しい。

 例えば、1発で確実に国が滅ぶような魔法があったとしても、その国を手に入れたいと思っている王からすれば究極には程遠いし、逆に際立って強固な防衛魔法があったとしても、間違いなくその国は集中攻撃を受けるだろうから、1人の天才だけが使えると考えると何とも微妙だ。 

 けれど、発達というのが程度の問題だけで計るものなのなら、それらでも十分究極と呼べるかもしれない。

 結局、新聞社やら美食クラブに知恵を借りる伝もない私は、お手上げですと、降参のポーズをとった。


「ふむ、適当で良かったんだがな、聞き方が悪かったか。ともかく、その天才という名の馬鹿が生み出したのは、精神に作用する最悪の魔法だった」

「さ、最悪・・・?」

「そうだ。オレが思うに、それは最悪という意味で究極の魔法だった。掛かった人間の魔力を糧に効果は永続し、且つ魔力自体を依り代に次々と感染していく、いわば伝染病のような魔法でな。当時、技術的に防ぐ方法はあったのだろうが、その効果故に気付いた時には手遅れだったようだ。何故なら、その魔法の効果は、人間から気力を奪う事だったからだ」

「気力・・・」


 胡乱な言葉の登場に、私は小さく繰り返す。

 究極の魔法という割には効果がショボすぎないだろうか?

 意味合いとしても何だか曖昧だし、要領を得ないというか、しっくり来ないというか。

 そんな風に私が思うのは想定済みだったのだろう、ハクジャはじっとこちらを見て、出来の悪い生徒に言って聞かすように言葉を砕いた。


「いいか、アカネ。この場合の気力はあらゆる意味での『やる気』だと考えて良い。この精神に及ぶ魔法が発動して、最初に影響があったのは町の芸術家達だったそうだ。生活面での必要性から最も縁遠く、それ故に並々ならぬ熱意や『やる気』を必要とする創作活動の類が、まず最初にぱったりと消え失せたそうだ。世界規模でな」

「・・・っ」

「次に消えたのは新聞や公報の類だった。誰もが他に対する興味を失ったのだろうな。日常的に接する以外の事を知るというのは案外気力がいるものだ。それに付随して街の商店からは品揃えという概念が消えていった。当然だな、情報が出回らない以上、生活に必要な物だけがあれば良いのだから。目を引く美しい宝石も必要無ければ、色鮮やかな服も必要無いし、そもそも、それらを見せる相手が存在しない。そうやって、人々の生活はただ、生きる為だけのものに特化していった」


 固唾を飲んで、私はハクジャの話に聞き入っていた。

 語られる状況に肝が冷えていくというのもあるのだけど、何だかあまりに想像が容易で怖いのだ。

 他に対する興味が失せた世界って、それは、まるで・・・。


「そんな風でもな、しばらくは大きな問題は無かったらしい。なにせ、戦を仕掛けようという『やる気』や悪事を働こうという『やる気』までもが無くなっていたからな。平和というのが何事も無いというのとイコールなら、それはそれで平和な時が流れていたと言える。が、それも商人達が商いへの『やる気』を失うまでの話だった」

「・・・食べ、物?」

「そうだ。商売の気力と必要性が失われた以上、扱う品物自体が作られなくなったのだ。食料品、衣類、生活で消費するありとあらゆる物の流通が滞った。そして、ここがこの精神魔法の最悪たる所以なのだが、食べ物が無く、餓死者がゴロゴロと街中に転がる状況になっても不満に思う人間がいないのだ」

「っ・・・!」


 それは、きっと想像を絶する状況だったに違いない。

 この世界の人たちに掛かっている【キラスナゴ】に関して洗脳っぽくて怖いと感じた事があったが、意識できない恐怖という意味ではこちらの方が格段に非道いモノだと思う。なにせ、死に至る不足すら不満と思う気力が無いのだから。生きながらに死んでいるというか、人間としての尊厳すらが奪われているように思える。


「それが、120年前の大体の状況だ。そして、丁度その頃だ、オレとリュカがこの世界に『逆神隠し』で現れたのは」 


 そのハクジャの言葉に、私は、やっぱりと思って小さく頷いた。

 

「やはり、予想がついていたか?」

「うん・・・」


 そりゃあ、これだけ不思議な2人が揃ってたらね。そう考えもするというか。

 それより、今は、そんな状況の時に来たの?という不安の方が強い。


「オレ達はお前と同様、別の世界から来た異邦人だった。元の世界では此処とは全く違う理で魔術が発達していてな、水が合ったのか、凡百の魔術師であったリュカは増大した魔力に無邪気に喜んでいたよ。ちなみに、オレはリュカの家系を守護する蛇の化生だった」

「へ、び!?」


 色々思うところはあったものの、まずはそこが気になった私は少しばかり声を荒げて聞き返した。

 てっきりハクジャは犬の化身みたいなものだと思っていたのに。何だかガッカリである。とはいえ、リュカちゃんが蛇だった事を考えると納得はできるけども。

 と、そんな事を思っていると、落胆が顔に出てしまっていたのか、ハクジャが大きな溜息を吐いてから私に問いかけた。


「アカネよ、お前、オレの正体を犬だと思っていたろう?」

「うっ・・・」

「それも致し方無いがな。オレの本来の姿は名前通りに、白蛇だ。そして、リュカが蛇の姿を取っていたのはオレの血肉から魔力を得ていた副作用みたいなものだ。決して自身で自在になる形態ではない。さっき、あれが蛇になる事は考えなくても良いと言ったのはその為だ」


 なるほどと、私は相づちを打った。

 しかし、じゃあ、何故、犬の姿だったの?と興味の視線を送ってみると、いつも無表情なハクジャが驚くべき事にほんの少し頬を赤らめて答えた。


「犬の姿なのは、リュカが小さかった時に本来の姿のオレを怖がったからだ。以来、あれに接する時はずっと犬の姿だった。もっとも、魔力の乏しい今は、仕方なくという感じではあるが・・・、笑いすぎだぞ、アカネ」

「ぷ・・・ぷふ」


 いや、だって、このぶすっとした万年仏頂面のハクジャが、リュカちゃんの為に子犬になってたかと思うと。

 きっと幼かったリュカちゃんにわんわん泣かれて、必死に子犬チェンジの術を編み出したに違いない。その様を想像するだけで笑えてくる。

 ああ、でも寝ているネストールさん達を起こす訳にはいかないから声は立てられない。く、くるしい。


「まったく、泣くほど笑う事か・・・話を戻すぞ。かくして、オレ達はこの世界に来た訳だが、場所が少々悪かった。気付いた時には、当時のイグラード王宮のど真ん中に立っていたのだ」

「・・・っ!」

「そう、お前が居たあのイグラード王宮だ。もっとも、今は立て替えられて面影もあったものではないがな。ともかく、大蛇を従えた不審な女が現れる場所としては甚だ不適当で、普通なら即座に切り捨てられてもおかしくない状況だった。だが、幸か不幸か、件の精神魔法のお陰で警戒をする『やる気』すら無かったようでな、オレ達はお咎め無しに、客人としてそのまま王宮で世話になる事となった」

「・・・・・・」


 どこかで聞いたような話である。

 それでもって、私と似たような精神性を持つリュカちゃんのことだ、その時の降ってわいたような王宮暮らしにほくそ笑んでいたに違いない。


「別世界から来たオレ達には精神魔法の影響は無くてな、だから、概ね、それからしばらくは平穏に日々が過ぎた。トラブルとなる『やる気』を持つような人間がそもそも居なかったし、誰も彼もがオレ達に無関心で、リュカは実に暮らしやすそうにしていたよ。それに、当時のイグラード王は奇跡的に気力を維持していてな。国家の統治という意味でも、ギリギリ、快適と言える程度を保っていたのだ」


 何だろう、その時のリュカちゃんの気持ちが手に取るように分かる。

 王宮の使用人やら貴族やら、何人とすれ違おうとも誰もが無気力、無関心で、注目を浴びる事が無い気楽な生活。きっと、私やリュカちゃんにとっては過ごしやすい環境だったことだろう。


「ところが、だ。結果を思えば、この王こそが曲者だったのだ。誰もが無関心だと言うのに、気力を保っていたコイツだけがリュカに注目してな。事も在ろうに入れ込んでしまったのだ」

「・・・はひ?」

「惚れてしまったのだそうだ。恋だの愛だのとかいう、そういうやつだ」

「・・・・・・」


 な、何という急展開。

 って、あれ、これも私と同じような・・・。

 いやいや、違うよ、うん、と私がぶるぶると首を横に振っていると、構わず続けられたハクジャの言葉に勢いよく頭が持っていかれた。


「それでな、押し切られるような形で、リュカはその王と結婚してしまったのだ」





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