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その70




①【雲母砂子】の張り替えはハクジャにしか出来ない。

②張り替えには、ハクジャの本体と、リュカから力を取り戻す事が必要。

③ハクジャはリュカに命令されると行動が制限される。但し、不意を突けばその限りでは無い。

④張り替え、及び脱出は「無限回廊」内時間で可及的速やかに成し遂げなければならない(反乱軍の退却及び食料の問題から最大で3日が限度か?)。

⑤リュカは強力な魔法の使用が可能である。石化、熱線、遠隔透視、大蛇への変身、等。

⑥リュカの配下にはジェラードと、木偶と呼ばれる砂人形が複数(ハクジャによると残りのストックは最大で40程だろうとのこと)いる事が予想される。




「あふ・・・」


 アイデアらしいアイデアを出す事が出来ないまま気詰まりな夕餉を終えてしばらく、私は大きな欠伸をしながらゴロンと寝返りを打った。

 比較的無事に残っていた木棚に立て掛けるようにして置かれている懐中時計は、午後10時過ぎを示している。

 寝るにはかなり早い時刻で、瞼を擦りつつも眠いという感じでは全然無い。

 だが、考え疲れていた私は、枕代わりに敷いたリネンから頭を起こす気にはなれなかった。  

 洗濯室であるここに運び込まれていた布切れ、恐らくベッドのシーツだと思われるそれは、薄手ではあるが非常に大きくて、こうしてぐるぐる巻きにすると実に具合がよろしい。

 私はぼふりと頭を突っ込ませると、再び強く目を瞑った。

 

「・・・・うぅ」


 途端、頭の中に浮かび上がる6つの条件群。

 それらは何故か自動的にネストールさんの怜悧な声で再生されて、私は、再び自分が思考に恥溺していくのを感じて小さく呻きを漏らした。

 絶望的条件に答えの出ない思索。

 ああでもないこうでもないと、いつもなら考えるうちに睡眠に逃避出来そうなものだが、この切羽詰まった状況下だとそれも難しい。


 結局、さっきのように欠伸は出ども、意識の方はクリアなままで。

 不調という訳では無いが、正直、疲れが限界に近いのでまとまった睡眠をとりたいところなのだが、どう仕様もない。

 ならばいっそ考えに考え抜いてやろうとも思うのだが、手だてを考えるにしてもその材料が無かった。

 閉鎖空間から一本道を通って正面から相対するしかないというこの状況は、工夫の余地があまりに無さすぎる。

 それに、私の頼みの綱である魔法に関するアイデアにしても、リュカちゃんの力が圧倒的過ぎて考えるのもバカらしかった。これがまだしもネストールさんクラスの弓兵(=魔法の使い手)が何十人か居るとかであれば、細い一本道という地形を逆手に取って、親善試合の時にやったような手も使えそうなのだが・・・。


「・・・・・・」


 やっぱり駄目だ。

 ここで考えが止まるのは何度目だろう?他にも問題は山積しているというのに、どうしても最初のところで躓いてしまう。せめて、ハクジャが魔法を使えれば良いのだが、昼間に見た通り彼の体はカラッポで魔力もほとんど残っていないという事だった。急造した体で、血液すら、最低限行動に必要な手足や頭部に巡っているだけらしいので無理もないのだろうけど。 

 

 私は、溜息を吐きながら、横を向いた姿勢で膝頭を胸元に引き寄せた。

 胎児のような格好になって、いい加減寝させてくれと体を丸める。

 停滞し、そしてまたループする思考。

 でも、私にはそれより先に考えるべき事がある事を承知していた。

 答えの出ない考えに終始していたのは、多分私がそれを考えたくなかったから。

 ここからの脱出以前に考えるべき私の問題。


 それは、「私は、本当にここから脱出したいのか?」という疑問。


 こんなトンデモ迷宮で何を血迷った事をと思われるかもしれないが、いざ、ここから無事逃げ仰せたとして、私達の戻る場所はきっとイグラードの王宮だろう。

 私が面倒だと逃げ出したイグラード王宮。

 そこに私は、一体どんな顔をして戻れば良いのか?

 経緯を知っている人達は、前にも増して私に優しく接してくれるだろう。

 それに私は、一体どう返せば良いのか?


 反面、この神殿にそんなストレスは無い。

 命の危険に関しても、リュカちゃんの言動から考えて、私に関しては大丈夫だと思う。

 ネストールさんを殺す云々という問題さえ解決出来れば、ぬるま湯のように心地よかった読書漬けの日々に戻れるだろう。それは、多分、絶望的条件を踏まえてここから脱出するより、ずっと簡単な事の筈だ。  


「ぐ・・・」


 と、そこまで考えた私は、自分の膝に強く爪を立てた。

 自分を助けようとしてくれているネストールさんやミルナーを見捨てるような考え、それに揺らぐ自分に心底いやけがさした。

 なんて身勝手なんだろう。私は激しい自己嫌悪に沈んでいく。

 

 レーマの神殿に私の身柄が渡されたのは多分に受動的なものだった。加えてイグラードを救う為という大儀もあった。

 だが、今度「逃げる」となると、それは私の意志に他なら無い。


 ネストールさん達を裏切るようなその「逃げる」という考えは、それでも甘美で、強く否定してみても完全には無くなってくれなかった。

 唾棄すべき考えなのに、どうしても完全に切り捨てる事が出来ない。

 燻り続ける気持ちに、それは何故なんだろうと考えてみると、原因はリュカちゃんだった。

 

 彼女の狂気を感じさせる一連の行動。

 けれど、「友達になりましょう」と言った彼女の小さな声を思い出すと、その気持ちに嘘は無かったと思う。

 上での事も、その一点に限っては一貫性があったように感じるし。

 そして、ここからの脱出を考えるのなら、そんな彼女との衝突は避けられないだろう。

 

 脱出方法を考える前に、私はその気持ちの燻り、揺らぎに落としどころを見つけなくてはならない。

 リュカちゃんと戦えるのか?

 友達になりたいと言った彼女と敵対する事が出来るのか?



「・・・・・・」


 私はだるさの残る体を、ゆっくりと寝床から起こした。

 見開いた目の先で懐中時計は0時半を指している。

 思索に費やした時間の長さに驚きつつも、私はハクジャの姿を探した。

 番人の居なくなった焚き火は完全に消えていて、人影の判別に苦労したが、扉付近で横になっているのがネストールさんとミルナーだろうと思う。追っ手が掛からない事はハクジャの説明で明らかだったが、それでも唯一の脱出路を確保しつつ寝ているのが、実に彼ららしい。

 

 私は極力そちらの方に音が立たないように気をつけて立ち上がると、恐らく反対側に居るだろうと当たりを付けて目立つ白髪頭を探すべく目を凝らした。

 すると、水路を挟んだ向こう側に、もさりとしたハクジャの白髪が垣間見えた。

 どうやら、こちらに背を向けて寝ているようで、水路越しに彼の後頭部が見え隠れしている。


「・・・・・・」


 何事も、考えるにはまず材料が必要だ。

 私は、リュカちゃんの事をもっとよく知らなくてはならない。

 それには主従であるハクジャに聞くのが唯一最善の方法だろう。主ともリュカとも呼んでいて、簡単には計れない関係であるようだが、間違いなく彼女の事をよく知っている存在の筈だ。

 

 私はそろりそろりと歩みを進めて、片足立ちになって水路を跨いだ。

 間違っても水の中に足を突っ込むようなヘマはすまいと、注意して体重を向こう側に移していく。

 ちなみに、私がはいている僧衣のズボンは、とある屈辱的理由からサイズが微妙に合っておらず、元々のゆったりとしたデザインも手伝って股上が大分余っていた。サルエルパンツとまではいかないけれど、かなりだぼっとした感じになってしまっていて、あっと思った時には遅かった。

 丁度、水路と他の管との連結部分で窪みになっていた辺り、水面を覗かせる部分にすっかりとズボンの股間部分が浸かってしまっていたのだ。


「・・・オゥフ」


 水流にさらされ、じわじわと濡れていく何とも言えない感触に私は思わず声を漏らした。

 濡れた部分が部分だけに不快感が強いが、今更引き返す訳にもいかないので、続けて慎重に、ゆっくりと残った方の足を引き上げる。そして、ようやっと両方の足がハクジャのいる側に付こうかという時、気配に気付いたのか、それまで眠っていた彼がすっと顔を上げた。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 水路の壁に凭れてこちらを見返すハクジャと、片足立ちの格好で何故か股間が濡れている私の視線が無言のままに絡み合う。

 ぽたりと、水滴が一つ地面に落ちて、完全に覚醒したらしきハクジャが、無表情なまま静かに視線をそらせた。

 その挙動に妙な既視感があった私は、即座に自分がある種の誤解を受けている事に気付くが、口ベタオブジイヤー3年連続受賞の実績は伊達では無く、口を開いたのは彼の方が先だった。


「漏らしたのか。トイレはそっちだぞ」

「・・・っ!」


 すっと、顔を合わせる事なく指先だけで示されたところに彼のさりげない気遣いが見える。

 この洗濯場には、かなり簡易的な物ではあるがお手洗いが設置されていた。水路から枝分かれした水流はそれにも生かされていて、午後に使用した時には随分と安堵したものだった。

 って、ちがう!そうじゃなくて、オモラシ、チガウジャナイカナとオモイマス!

 慌てるあまり、心の中で某セルジオっぽく抗弁した私は、宙に残っていた足を即座に下ろすとハクジャに詰め寄った。

 濡れたせいで重くなったズボンを淑女の礼っぽく支え持った私を見上げて、ほんの僅かに口元を綻ばせた彼は「冗談だ」と続けた。


「それで?何か聞きたい事があったのではないのか?」

「あ、う、うん・・・」


 彼の鋭さにしどろもどろになりつつも、ハクジャ=小型犬というイメージがあるからか何とか踏みとどまって、私は間を置かず頷いて答えた。


「リュカの事か」


 前を見たまま続けて問われた言葉に、私はもう一度「うん」と頷いた。

 ハクジャの隣に座り込み、水路の壁に手を付いて彼の言葉を待つ。

  

「他の2人には聞かせないで良いのか?オレは同じ説明は2度しないぞ」 

「・・・いい」


 リュカちゃんの事について知ったからといって、あの2人は選択を変えるような人じゃない。

 それは冷たいとかじゃなくて、関係性の問題。

 私は可能であるなら彼女とのこれからの関係を望んでいるし、今も、やっぱりリュカちゃんとは友達になりたいと思っているから。

 それに、これもプライバシーというやつだ。女の子のあれこれを無闇に知って欲しいとは思わないからね。


「そうか。リュカの何が知りたい。生い立ちか?魔法との関連性か?異常性の理由か?」

「ぜんぶ」

「・・・長くなるぞ?」


 とは言え、私がこうやって全部知りたいと思うのもプライバシーの侵害になるのかな。

 友達になる為の事前調査をしているような気になって、一瞬、少しだけ気持ちが怯んだが、いつの間にか強くハクジャに見つめられていた事に気付いて、私は迷いを払うように「うん」と答えた。


「では、最初からだ。話は今から120年以上の昔、この世界の魔法が最盛期を迎えていた頃に遡る」





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