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その59



 耳元で告げられた声にも反応を返す事が出来ないまま、私は、ただじっと、「写し身」で中継される映像に見入っていた。


 地面に倒れたまま動く様子の無いミルナー。

 武装を解除されて、後ろ向きに跪かされるネストールさん。

 そして、無力化した2人をじっと見下ろすジェラードさんの後ろ姿。

 我が目を疑って、どこかに見間違いがあるのではと更に目を凝らしてみても、やっぱりその光景は変わらなくて。

 居並ぶ疑念すらも忘れて、私は呆然と宙に浮かぶ画面を見続けた。


 そうするうち、傍から嘆息するような音が聞こえたかと思うと、瞬きした後には眼前で浮かんでいた霧の画面は綺麗さっぱりと消えていた。

 咄嗟に何故消したのかと口を開こうとするが、思わぬところに人肌を感じて、私は放ち掛けた言葉を飲み込んだ。


「夢中のところ悪いんだけれど、ちょっと動かないでね」


 言いながら、素早く正面へと陣取ったリュカちゃんが、私の踵を持った手を目線の高さに上げた。

 こそばゆい感触と何となく恥ずかしい体勢に私が顔を赤らめていると、持ち上げた足に嵌まった枷の辺りに手を当てて、続けられた彼女の言葉に今度は顔を青ざめさせた。


「ほんとに動かないでね。でないと、足までばっさり切れちゃうから」

「・・・っ!?」


 静かに言うリュカちゃんの言葉が冗談なのか本気なのか判断に困って、それでも根っからの臆病さから自然と身をこわばらせていると、私の見つめる先、足枷に乗せられた彼女の指がぼぉと赤く輝いた。

 その光はまるで不自然で、直後に続いた鉄製の枷にサクリとめり込む様も含めて、現実味というものが感じられなかった。

 ゆっくりと、リュカちゃんは口先にキスでもするかのように顔を近付けて、光る指を縦へ進めていく。

 粘土細工よりも尚容易そうに、すいすいと鉄の面を進む人差し指から、一瞬たりとも目を離すことが出来ない。

 

 そうして、息を止めて見る事しか出来なかった私が息苦しさに口を開いた頃、赤熱する断面を見せて足枷ががちゃりと抜け落ちた。

 床に転がる残骸を視界の端で確認して、私は信じられない思いで、未だ足首の上で淡く光の名残を見せる彼女の指を見つめる。

 

「ふぅ。もう動いていいよ、アカネちゃん。でね、ここじゃちょっと手狭だから、移動しようと思うんだ。ほら、あの人達ってみんな大きかったし」


 そう言って、くすくすと笑いながら掬うように持ち上げていた私の足を床に降ろすと、リュカちゃんは完全に光の消えた手を膝について立ち上がった。

 自由になった足首が久方ぶりの外気に触れてひやりとする。

 私も彼女に釣られるようにして立ち上がると、行こうと手を伸ばす彼女の手を悩んだ末に取って後に続いた。

 そして、行くと思っていた方とは逆に手が引っ張られて、私はたたらを踏んだ。


「あ、ごめんね、アカネちゃん。そっちじゃ無いんだ」

「・・・?」


 いや、そっちじゃ無いも何もこの部屋に出入り口は1つだけ・・・の筈だけど?と、私は驚きの連続で自分がおかしくなってしまったのかと、頼りない気持ちになってリュカちゃんの方を窺った。

 すると、余程私が不安そうな顔をしていのか、こちらを振り返った彼女は困ったように笑うと、横に並んでゆっくりと歩みを再開した。

 しかし、ゆっくり進んでも部屋の中は狭く、5歩も歩けばすぐに突き当たってしまう。

 目前のカーテンの向こうにしたって更に狭い水場スペースがあるだけだし、と私が戸惑っていると、構わずリュカちゃんはそのままそれをめくって、奥へと進んでいった。

 手を繋いだままの私も当然それに続くしかなくて、そして、踏み入った奥の光景に、私は目を見開いた。

 素足に感じるタイル張りの床の冷たさもいつも通りで、近くには使い慣れた手押し式のポンプも変わらずある。

 だが、広さがまるで違ってしまっていた。

 日本式に言うとせいぜい4畳も無かった空間が、今は対面の壁を見るのに目を細めなければならない程に拡張されている。大体、30メートル四方くらいだろうか、正方形のだだっ広い空間に、私は凝ったマジックを見せられた客そのままの表情で、呆然と立ち尽くした。


「ふふ、驚いた?ここ自体は元からある普通の空間なんだけど、アカネちゃんの部屋は『無限回廊』っていうちょっと特殊な空間の一部なの。だから、繋げるのは凄く簡単。ちょっとばかりコツがいるけどね」

「・・・・・・」


 得意げに隣で説明してくれるリュカちゃんの方を、私には見る事が出来ない。

 

 だって、「無限回廊」って、あの無茶苦茶な構造の迷宮みたいな通路の事だよね?

 あれについて、確かハクジャは、「神殿内部の特定区画を定められた人間以外が歩くと、迷宮に取り込まれて出られなくなる」と説明していた。

 それは言い換えると、「教主に定められた人間であれば、『無限回廊』には取り込まれない」という事で、「教主に定められた人間であろう信徒や僧侶なら、普通は『無限回廊』の存在に気づかない」とも言えないだろうか。 

 仮に回廊の存在には気付いていたとしても、あんな常識から逸脱した迷宮の仕組みを知っているとは思えない。

 仕組みが分かるって事は、あの迷って死にかねない迷宮に足を踏み入れたって事で、そんな事は正気の沙汰とは思えないし、それにもっと自然な回答がある。


「あ、そう言えば、アカネちゃんはちょっと前に『無限回廊』に入ってたよね。じゃあ、あんまり説明しなくても分かるかな?そうそう、それに・・・」


 楽しげに話すリュカちゃんと繋いだままの手の平に、私はじわりと汗が染み出すのを感じた。


「・・・それに、アカネちゃんったら、ワタシの部屋を覗いてたでしょ?でも、ワタシも覗いてた事があった訳だし、これでおあいこかな」


 ぶんと、繋いだ手が前後へと振られて、機嫌良く言う彼女の方を、やはり私には見る事が出来かった。

 震えそうになった指先を誤魔化すので必死だからだ。


 だって、それらを総合するなら、今、こうやって並んで立っているリュカちゃんが、あの『無限回廊』の仕組みを良く知る制作者そのもので、あの御簾の掛かった部屋の主である教主でもあって、あの場所で遭遇した黒い大蛇でもあるってことになる。


「それじゃ、改めて自己紹介しておこうかな。多分もう気付いていると思うけど、ワタシはレーマ教団の教主リュカだよ。よろしくね、アカネちゃん」


 そう言われて「よろしくね♪」と返す胆力は私には無い。

 けれど、それでも、自分から繋がれた手をほどく気にはなれなくて、私はその場に硬直したまま、隣で話す彼女の声を無言で聞き続けた。


「それで、ついでって言ったらあれなんだけど、ワタシの『元友達』も改めて紹介しておくね」

「・・・・・・?」

「もっとも、彼からは何も話せないと思うけれど」


 ふふふと、潜めて笑う彼女の声が、何だか質の悪いイタズラの前触れのような気がして、私は自分の指先が今度こそ自制も効かずにぶるりと震えるのを感じた。

 すると、その震えが分からなかった訳でも無いだろうに、そのまま一歩進んだリュカちゃんが私を振り返って促すように続けた。


「さすがに、ここからじゃ見えないから、いこう、アカネちゃん」

「・・・うん」


 そして引かれる手に、無抵抗なままに連れて行かれる私。

 この状況で、他に私に出来る行動があったろうか。

 国家レベルでの影響力を持つ教団の首領で、常識の通じない迷宮やら空間を作る力を持つ魔法使いで、極めつけに正体があの思い出すのもはばかられる巨大な蛇。

 そんなものにどうやって抗えば・・・。



 すたすたと、なかば小走りになるように広大な部屋を連れて行かれると、すぐに対面の壁際近くに何か黒い物があるのが見えてきた。あまり視力が良いとは言えない私は目を細めたりしてみるが、しかし広いとは言え何もない室内であるので容易に近付けて、数秒と待たず、その全貌を確かめる事が出来た。


 それは、ハクジャだった。


 ただし、私の背程の台に張り付けにされていて、おびただしい量の出血のあまり黒い何かとしか形容出来ない姿ではあったけれど。


「ハ、ハク・・・、ひっ」


 特徴的だった真白い頭髪も出血によってどす黒く染まっていて、私は咄嗟に呼び掛けようと数歩彼に近づくが、すぐさま顎から下の状態に気がついて歩みを止めた。

 ぐったりと俯けられて見え辛かった首元が、数歩近づいた事でよく窺える。

 最初、大振りな首飾りか何かと思った幾本かの棒状のそれは、間違いなく彼の首へと突き刺さっていて、貫通し、背後の木の台へと埋没している。そして広げられた両手の平にも同様にそれら数本の杭が深く刺さっているのが見える。

 あたかも、それは世にも有名な磔刑像のようではあったが、血肉を宿した生々しさだけが激しくその印象を否定していて、私は餌付きそうになった口元を咄嗟に両手で覆って顔をそらせた。


「あら、さっきまでは意識はあったのに。これじゃあ、本当に自己紹介は無理ね」


 手放された指先を寂しそうに一瞥してから、リュカちゃんは殊更残念そうにハクジャに向けて言った。


「ごめんね、アカネちゃん。ワタシもこういう事はどうかと思うのだけど、でも躾は大事だって言うから、我慢してね」


 そして、涙目になる私に何を思ったのかリュカちゃんはそう言って謝ると、彼の首に刺さった杭のうちの1本を掴んで、ぐいぐいと回すようにして傷口を抉った。

 乾ききっていた血の川に、再び真っ赤な流れが加わって、何をしているのかと反らしていた目線を戻した私は、きゃあと掠れるような悲鳴をあげた。


「な、なん、で・・・」

「こんな事をするかって?だって、裏切ったのはハクジャが先だもの。よけいな事を喋れないように、こうしているの。それに、こんな事じゃハクジャは死なないわ。だから、心配しなくて良いのよアカネちゃん」

「そん、な・・・」

「そんな事よりアカネちゃん、分かってる?」

「え・・・?」


 まるで玩具に飽きた子供のように、頓着無く杭から手を離すと、リュカちゃんはほつれてかかった前髪を舞わせるように振り向いて私に言った。


「アカネちゃんは、ゲームに負けたんだよ?こういう事、アカネちゃんもしなくちゃならないって事」

「・・・っ!」


 息を呑んで私は逃げるように顔を俯けた。

 タイル張りの床には、乾いて黒くなった血が何本も枝分かれして河川の航空写真か何かのように広がっている。

 その冗談のような血の跡に、私は再びお腹の辺りがむかつくのを感じた。


「うーん・・・そうだな、まだあの人達が連れてこられるまで時間があるし、アカネちゃんは抵抗があるみたいだから、ご褒美を付けよっか」


 可愛らしく小首を傾げて、再びおかしな事を言い出したのが聞こえるが、しかし私にはもう聞き返す余力すら無い。

 ただ、傍らでリュカちゃんの言葉に耳を澄ませた。


「あれだよね、アカネちゃんがあの長髪の人を殺すのが嫌なのって、メリットって言うのかな?そういうご褒美が無いからだよね?」

「・・・・・・」


 断じて違うが、今はおとなしく聞くしかない。

 私は、口元を押さえる自分の手の臭いと感触に何とか呼吸を落ち着けて、続く言葉を待った。


「だから、よっと・・・、これを見て」


 その声に、多大な精神力を以て俯けていた視線を上げると、そこには先ほど見てから間もない「写し身」の魔法によって作られた霧の画面があった。

 そして、間髪入れずに映し出された映像に、私は絞り出すような疑問の声をあげた。


「・・・な、ぜ?」


 そこに映し出されていたのは、イグラード軍とオルランドの軍勢が衝突し、戦う光景だった。

 数は数百規模だろうか。

 見慣れた軽装の歩兵大隊が、重厚な鎧に身を包む騎士の軍勢に苦戦しているのが見て取れる。

 

 いや、でも何故だ?

 イグラードとオルランドは和平を結んでもう戦う理由が無い。

 あの軍勢がオルランドの反乱軍だとしても、私がここに来たことで交戦は避けられた筈だ。

 だから、今更こんな風に血を流す必要なんて・・・。


「オルランド大公妃メルヒオットって人には、ワタシ、大いに同情していたの」

「・・・?」


 と、私が惑っていると、傍らのリュカちゃんが突然情感を込めて歌うように語りだした。


「公国というのは絶対的に君主の権力が強い国のあり方なの。議会といえど主立った議員は大公の側近によって占められているし、反対勢力があったとしても並び立つ規模のものは皆無。だから、大国からの輿入れとは言え、彼女の発言権や権力なんかがどれ程のものだったかは想像できるよね?」


 朗々と、しかし同情したという言葉の通りに感情もこめて、反応を見せない私を気にすることなくリュカちゃんは続ける。


「そんな彼女に、唯一、大公すらが膝を折ってでもして貰いたかった事があったの。それが子供を作る事だった。当然よね、トップが居なくなったら終わっちゃう国なんだもの。それで、実直だった彼女はその役目もよく分かっていて、けれど、悲しいかな、彼女は体質的に子供が出来にくい体だった。一日も早く跡継ぎをと、催促の耐えない側近やらに頭を悩ませながらも、やがて彼女には待望の男子が生まれるの。大仕事よね。それ『だけ』しか評価がされない立場の上で、最大の結果を出したのだもの。でもね、数年後、その子はあっさりと殺されてしまうの」


 悲惨な話だとは思う。

 だが、眼前の画面の中では、今も多くの兵士達が傷つき、倒れていっている訳で。私は思わず急かせるような目つきで彼女を見やると、不意に宙に漂わせるようだった彼女の目と合って、息を止めた。


「殺された理由は『ちょっと』その子の器量が悪かったから。そして、殺したのはオルランド大公その人だったのよ」

「・・・っ?」


 はじめて私が反応らしい反応を返したことが満足だったのか、リュカちゃんは無表情だった顔をニコリと綻ばせて言った。


「その時には、ファン・アーレだったかな?側室の人が別に居てね。それで、メルヒオットより少し遅れて生まれたそいつとの子供が実に器量良しと評判だったの。もちろん、本当にオルランド大公が殺したかは分からないわ。だって、やるにしても手下を使うものね。でも、メルヒオットが彼やその子供を恨む理由には足ると思うの」

「・・・・・・」


 ファン・アーレ。記憶があやふやだが、しかし、話からも分かるように、それはカイト殿下の実母の名だった筈だ。

 イグランド王宮の図書館で、膝の上に乗せた彼の暖かい体温が思い出される。

 そして、親馬鹿に過ぎると感じた大公の姿も。


「だからね、ワタシは彼女への援助は惜しまなかった。そして、今もその気持ちは変わらないの」

「そ、それって・・・」

「あ、誤解しないでね。もちろんアカネちゃんを貰った時点で援助自体は止めたよ?」


 焦ったように顔の前で手を振るリュカちゃん。

 その姿に少しだけ安堵しつつ、しかし、だったらこの両軍の衝突は何なのかと顔をしかめる。


「でも、大公を殺す事を諦めなかったメルヒオットにワタシは反対しなかったし、貸した兵や資金に関しても返して貰ってないの。だから、そうね・・・うまく使えばあと2年くらいは戦えるんじゃないかなあ」

「・・・っ!」


 無邪気そうに首を傾げて言うリュカちゃんを信じられない思いで見返すと、すぐさま、またかちりと視線が重ねられた。


「だから、ここでご褒美。アカネちゃんが、あの長髪の人を殺したら、彼女の軍隊を取り上げてあげまーす」


 そして、元気よく告げられた彼女の言葉に、私は飲み込む息すら失って、唇を僅かにわななかせる事しか出来なかった。






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