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その58




 唖然として、力が抜けてだらりとなった私の手を、今度は彼女の左手が捕まえた。


「ねえ、アカネちゃんが好きなのはどっちの人?長髪の人かな?それとも赤毛の方?」

「・・・・・・」


 まるで無邪気に、恋の話に花咲かせる普通の女の子そのままの表情で話すリュカちゃんが信じられなくて、私の口からは言葉が出ない。そら恐ろしくなって握られた手に力を入れて取り戻すと、そんな私の様子にやっと気付いたのか、彼女は屈託無く浮かべていた笑顔をほんの少し曇らせた。


「あ、そういう事聞かれるのイヤだった?ごめんね・・・」

「そ、そうじゃ、ない・・・けど」


 彼女との会話が致命的なまでに噛み合わない。

 疑問は積もる程あって、ネストールさん達が何故イヴェルド山にいるのかとか、神聖な筈の山で僧侶達と刃を交えて大丈夫なのかとか、将軍と軍師が揃ってこんな所に居てイグラード本国は問題無いのかとか、様々な思いが頭をよぎる。

 だが、何より、今の私には隣に座るリュカちゃんが不気味でならなかった。

 あれ程自分に似ていると思った彼女が、今は何か別のモノのようで、共感出来たと思っていた彼女の気持ちが全く分からない。

 すると、私の答えを受けて「よかった」と笑顔を取り戻したリュカちゃんが、再び無邪気な声をあげた。


「あっ、確か、お城のバルコニーでアカネちゃんに告白していたのは黒髪の人だったよね?そっかあ、こっちが、意中の人ってことなのかな」

「・・・なん、で?」

「ふふ、アカネちゃんたら、さっきからそればっかり」


 魔法によって作られた霧の画面を一瞥してから、彼女が私の方を見てころころと笑う。

 そして素足がくっつく程に、ずいと体を寄せると、画面が私によく見えるように角度を調節しながら彼女は続けた。


「いい、よぉく見ててね・・・ほら、ここ、見覚えがあるでしょ?」

「・・・こ、ここって」


 画面が暗転して、入れ替わりに映ったのは上空から見たイグラード王宮だった。

 ぐっとズームするように近寄って、見慣れたシンメトリーの美しい中庭と、林立する広い訓練場、それに様々な想いが去来する2階のバルコニーが次々と私の視界に飛び込んでくる。


「どう?すごいでしょう。疲れるからあまりやらないんだけど、遠い場所でもワタシの『写し身』なら一人で見る事ができるんだよ?でも、建物の中までは見えないし、時間もちょっとだけだから、だから、アカネちゃん、覗かれてたとか、その、あまり心配しないでね」

「っ・・・う、うん」


 咄嗟に反論しかけるも、しかし、私を見るリュカちゃんの顔には、本当に覗き見ていた事に対する謝罪の念だけが浮かんでいて。その済まなそうに下げられた眉尻を見ていると、やっぱり彼女がただの普通の女の子に思えて、私は、ただ困惑に揺れたまま、ぼんやりと彼女の方を見返した。

 そして、疲れるという彼女の弁通り、小さな吐息がひとつ聞こえて、私が霧の画面に視線を戻すと、映像は元の山中の情景へと戻っていた。

 

 私達が言葉を交わす間にも、当たり前だが画面の中では刻々と状況が変わっていたようで、風で揺れる木々を背景に、ネストールさんとミルナーの2人が、武装した僧侶達との乱戦状態へと突入していた。

 激しく入り乱れる両者の間で剣戟の火花が舞散って、いつか見た目にも留まらない動きで、ミルナーが僧侶達を次々と斬り伏せ、蹴り倒し、或いは突き飛ばしていく。

 続くネストールさんも小型の弓で応戦しながら、移動しつつ戦うミルナーの後を追っていく。


「驚いた。あの赤毛の人、すごく強いのね。ワタシの木偶があんなにあっさり」

「・・・で、く?」

「うん、そう。ワタシがずっと前に作った砂のお人形よ。ワタシ好みに作ったから、とっても格好良いでしょ?」

「・・・そ、だね」


 色々な驚きに内心は支配されるが、とりあえず愛想笑いを返す私。

 自慢の玩具を披露するように目を細めるリュカちゃんに、私はどう答えて良いのか分からない。

 いや、だって、あのマッチョ僧侶だよ!?禿頭なんだよ!?

 よりによって第一印象で私が最悪と断じてしまったあの筋肉ダルマがリュカちゃんの趣味だったなんて・・・。

 あれが彼女によって作られた存在だとか以前に、それが大ショックだった。

 趣味は人それぞれだと思うけどね・・・。


 という訳で、驚愕と疑念が溢れつつも、私は画面の中で2人が戦う様子を割と安心して見る事が出来ていた。

 相手は砂で作られたお人形だと言う事だし、ばっさばっさと斬られても血が見える事もなく、罪悪感が刺激される事もない。それに、ミルナーの鬼神の如き強さは間近で見たこともあって良く分かっているし、ぬかるむ地面に些か苦労はしているようだが、そこはネストールさんの援護射撃もあって問題無いように見える。それに実際、こうして見る間にも画面の中で2人に追いすがる僧侶達の人数は、1人、また1人と少なくなっていた。

 そんな彼らの様子に、私がひとまず胸をなで下ろした時、くっつくように顔を近づけていたリュカちゃんが耳元でぼそりと呟いた。


「ねえ、ゲームをしよっか?」

「ゲーム・・・?」


 動画勢に過ぎないとは言え、元来ゲーマーな私は、その言葉にすぐさま反応した。

 機敏に振り向いた私に、少しばかり面食らった表情を浮かべてから、リュカちゃんはくすりと笑って口を開いた。


「ルールは簡単。あの2人が木偶達を全部倒したらアカネちゃんの勝ち。で、逆ならワタシの勝ちね。それで、勝った方は、負けた方に1つだけ何でも命令できるの。どうかな?」

「・・・・・・」


 いたずらっぽく私を見つめて言う彼女の狙いは明らかだ。

 ゲームに勝って、私にネストールさんを殺させる。

 不可解だけど、とにかくリュカちゃんはその事に拘っている。

 それさえ除けば、彼女はいたって普通の女の子で、多分、きっと、彼女の言うような友達になれる筈なのに・・・。

 

 私は彼女を不気味だと感じる反面、それが無性に歯がゆくて、気が付けば「いいよ」と答えを返してしまっていた。

 多少のヤッチャッタ感があるが、でもさっきの「写し身」での状況を見るかぎりネストールさん達が負けるとは思えない。私は殊更喜んで微笑むリュカちゃんの顔を見てから、霧の画面に視線を移して戦況を見守った。



 状況は、概ね私が予想したように推移していった。

 相手が多勢であるという事で、とにかく囲まれきってしまわないよう、絶えず移動し続けて戦うネストールさんの動きも凄かったけれど、とにかくミルナーが圧倒的に過ぎた。

 まずスピードが段違いで、幾人もの僧侶の間を無造作とも言える姿勢で駆けるのだが、彼らの誰一人としてその早さに反応出来ず、まるで時代劇の殺陣のようにバタバタと斬られていくだけなのだ。

 そして、何とか接近して鍔迫り合いに持ち込んでも、あれだけの巨躯を誇る僧侶達があっさりと力負けし、驚くべき事にその武器ごと両断されていくのだ。

 一体どういう仕組みなのか、その漫画のような展開は私が「超スピードだとか催眠術だとか、そんなあチャチなもんじゃなかろうな?」と目を凝らす間もずっと続いて、しばらくすると20人は越えていたと思われる僧侶達の姿が、4人を数えるまでに減じていた。


「ほんと、すごく強いわね。アカネちゃん、あの人も好きな人なの?」

「ホワっ!?」


 意外な質問に、私は思わず元の世界ではネイティブっぽく聞こえるかもしれない言葉で聞き返した。

 というか、あの人「も」って、言われると何だかネストールさんが好きなのが確定みたいになって複雑な・・・。

 と、私が顔を白黒させていると、いつの間にか画面から私の方へと視線を移していたリュカちゃんがこぼれるような笑い声を漏らした。


「ふふ、こういうのって楽しいよね。同じくらいの歳の子とする恋の話。とっても楽しい・・・」

「う、うん・・・」


 状況がもっと普通ならね、と思いもするが、私は素直にその感覚を認めて頷いた。


「でも、例えば、私たち以外の普通の女の子達と話しているとしてね、その彼女達が言う『あの人が好き』って言葉と、ワタシやアカネちゃんの言う『好き』って、果たして同じものなのかな?」

「・・・?」

「ねえ、怒らないで聞いてね?アカネちゃんが、あのバルコニーで告白された時、どう思った?」

「え、ええっ?」

 

 いきなり何を?と私は驚いて彼女の顔を見返すが、そこには先ほどまで浮かんでいた微笑は無く、真剣な、しかし弱々しい視線が私を見つめている。


「多分なんだけど、こう思ったんじゃない?『普通ならどう返すべきだろう?』って」


 言われてみれば、確かに、そう考えた気もする。

 あの時の私は、というか今もだけど、この世界で暮らしていく決意のようなものが無くて、そんな自分を手元に捕まえようとするネストールさんの意志に、どう答えれば良いのかと戸惑った。 

 正直なところ、そこに嬉しいとかの感情が入り込む余裕は無くて、私はただ模範となる回答が何なのかと迷った。


「でもね、アカネちゃん。普通の女の子だったら、まず『自分の心はどうなんだろう?』って迷う筈なの。ワタシ達はおかしいのよ、だって、まず判断すべき自分の中に基準がないんだもの。まるでからっぽ」

「・・・・・・」


 口ごもる私に、リュカちゃんは続けて静かな口調で問いかける。


「ねえ、アカネちゃん。この狭い部屋で、本だけを娯楽に過ごして楽しかった?普通の女の子なら、それで楽しいと思えるかな?それで満ち足りるものなのかな?」

「・・・・・・」

「ワタシやアカネちゃんの世界は、それだけで閉じて終わってる。そんなワタシ達が理解者を求めたとして、お互い以外にそんな存在がいるのかな?あの長髪の人は、そんな存在になれる?それで側に居たとして、それは普通の女の子が言う恋になる?」

「っ・・・!」


 私は、リュカちゃんの矢継ぎ早の問いかけに唇を噛みしめる事が精一杯で、やはり答える事は出来なかった。

 顔を俯けた拍子に、足首にはめられた枷と鎖が目に入る。

 気が付けば、私はこの鎖に繋がれた異様とも言える状況に慣れてしまっていた。

 それどころか、常人なら不満と嘆く生活に、満足感すら覚えてはいなかっただろうか?

 あのバルコニーで好きだと言われた時、結局のところ私が思った事は何だったろう。

 それを含めた人との関係を、私は面倒だと思って・・・。


「アカネちゃん、ワタシなら友達になれる。似たもの同士なのよ。思えば、『逆神隠し』で現れる人間は、全てが利己的で、他人に価値を見出さない人ばかりだったわ。そんな中でも、ワタシのように心までがからっぽの人間は居なかった。でも、アカネちゃん、あなたは違う」


 呆と、滑らかな口調で話し続けるリュカちゃんの声を聞いていると、ゆっくりと息継ぎをした彼女が触れる程に近く、私のこめかみに唇を寄せた。そして、すっと鼻先で耳にかかっていた髪をどけると、はっきりとした口調で言った。



「あなたはからっぽよ」



 じんと、声の響きが実に気持ちよくて、陶然と彼女の言葉を反芻していると、徐々にその言葉が染み渡るのを感じる中、再び間近から声が聞こえた。


「あ、ほら、見て、アカネちゃん。もう勝負が付きそうよ」


 夢遊病者のように差し示されたリュカちゃんの左手の先を追うと、そこは「写し身」の魔法で作られた霧の画面で、私ははっとして、その中で繰り広げられている戦況を確認した。


 あれだけ居た僧侶も残るは1人だけとなっており、白いトーガを頭からかぶった図抜けて長身の僧侶が、手にした剣で激しくミルナーと斬り結んでいる。

 動きが早すぎるせいか、援護射撃を狙うネストールさんも弓を引き絞りはするものの、その戦いを見守るように立っているだけで、この2人の戦いの結果が、リュカちゃんの言うところの勝負を決めるのは明らかだった。

 

 ミルナーの特徴的な曲刀が何度か空を切って、しかし、反撃に転じきれない僧侶の剣もまた彼には届かず、互いに間合いをはかってじりじりとした展開が続く。

 そんな中、嵐の余韻とばかりに、一筋強い風が通り過ぎて、それまで肩を揺らせる素振りすら見せなかったミルナーの呼吸が激しく乱れた。

 それは私にも分かる程に露骨な隙で、一瞬、それはミルナーが相手を誘った罠なのかもしれないと思ったが、転じて一瞬で間合いを詰めた僧侶の一撃を受け流しきれず、彼はその勢いのまま激しく背後の木へと叩きつけられた。

 そんなまさか?と、私は画面に顔を近付けるが、凭れるように倒れたミルナーの赤い頭はぴくりとも動かなくて、敗北を悟ったネストールさんが、渋々と両手を上げる姿が見えた。


 そして、はらりと、先ほどの激しい風と動作に白のトーガが完全にめくれあがって、垣間見えた僧侶の素顔に、私は息をのんだ。


「じ、ジェラード、さんっ?」


 そんな私の驚く声に、リュカちゃんはまるで気にした素振りも見せず、1度、2度と私の髪を指先で梳ると、再び耳元に唇を寄せて言った。


「ゲームは、アカネちゃんの負けだね」





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