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その56




 そんな、まさに蛇に睨まれた蛙の如き状況に私が俊敏に反応出来たのは、忌々しい事ながら、セクハラ小型犬風なんちゃって吸血鬼男に掛けられた魔法のお陰だったと思う。

 私くらいなら一呑みにしてオツリが来そうな大口を開いてゆっくりと迫るようだった蛇の動きに、いつもなら硬直したまま「うーん、ちょっと脂身が足りないかな?」という食後の感想を待つのみだったろう私は、迷う事無く身を翻して駆け出していた。

 この身のこなし自体もそうだが、魔法による体力の充実が判断力の早さにも繋がっていたのだろう。

 一瞬の攻防を制した私は、ほんの僅か、大蛇の隙を突く事に成功し、掠めるようにしてその背後へと走り抜けた。


 シャアアアッ!


 威嚇音とも、移動音とも取れる不気味な音が背後から迫ってくる。

 一目散に逃げ出した私は、何とか最初に出来たリードを守るべく、無数の柱を縫うように広間をまっすぐ突っ切った。

 他の僧侶に見つかったりしたら、という不安もよぎったが、今の状況から逃れるのがまず先だ。


 自分が入ってきた通路に迷わず走り込むと、私は死にものぐるいで足を動かした。

 こんな時でなければ、運動音痴の私が風を切るように走っている感覚に感動もしたかもれないが、今はそれどころじゃない。

 肩越しにちらりと背後を見やると、僅かの逡巡を見せた大蛇が、その巨体を通路へと潜り込ませるところだった。

 真っ黒な鱗に広間からの明かりがぬめぬめと反射して実におぞましい。通路の幅一杯に左右へと振幅した大蛇が、恐るべきスピードでこちらに迫ってくる。

 悪い夢そのものの光景をそれ以上見ている事が出来なくて、私は全身に気持ちの悪い汗が流れるのを感じながら、前方へと視線を戻した。


 直線だけが続く狭い通路は、巨体の蛇には些か分が悪いようで、それ以上距離が詰められる事は無かった。

 大体、5、6メートル程のリード。

 だが、体力は漲っているとは言え、運動に慣れない私の息は早くもあがりそうで、身を隠す場所も当然のようにして無いこの通路は、私にとってもあまり良い状況とは言えなかった。

 それでも何とか走り続けて、3D系の格闘ゲームで言うところの→→Pで出る技的に上体が崩れだした時、三叉路へと差し掛かった。


「って、来る時なかったじゃんっ!」


 常識の通用しない「無限回廊」のいい加減さに律儀に突っ込みながら、私は乱れた呼吸と体勢を何とかやりくりして、眼前の別れ道へと神経を集中させた。

 ハクジャは「行きは灯りだけを追っていけ。帰りは逆に暗がりだけを」と言っていた。つまり、正しい帰り道を辿るには、薄暗闇が支配するこの通路で、更に暗い道を選べば良い訳だ。

 私はどっどっと脈打つ音をうるさく感じながら、前方の3つの道へと目を凝らした。


「・・・・・・」


 正直、どれも同じくらい暗く感じる。

 魔法の明かりがあった時なら細かい差も感じ取れたかもしれないが、端から薄暗いところで感じる暗さなんてやっぱり暗いねとしか言い表し様の無い暗さな訳で。

 

 依然として追ってくる大蛇の気配と音を背中に感じながら、足を止めて考える時間など当然無い私は、自分の直感を信じて左の道を選ぶ事にした。

 

 自分の直感。

 800円もするワンコインとは言えないワンコインフィギュアの箱を凝視し、6種類のうち5種類はアタリかなと迷いに迷って購入すれば残るハズレの1種類をまるでそれが自然な事だったかのようにゲットする私の直感。

 やっぱり現物を普通に買いたいよねと、今度は3000円程のフィギュアを外箱から見える塗装の出来に気をつけて購入すれば、見えなかった背後の塗装が剥げに剥げていたりする私の直感。

 安物買いの銭失いだよねと、三度、泣きながら貯金をおろして高級なフィギュアを買ってみると、1週間後には値段が大暴落して3分の1の値段で買えてしまうような私の直感。


 思い起こせば、自分の直感がそう頼りになるものではない事に気付いて、「*おおっと」と思った私だったが、時すでに遅く、選び取った左の通路へと走り込んだ後だった。


 夜目に慣れていた事で何とか確認出来たその通路の構造は変わらず直線だった。

 まずは普通の道である事にほっとした私は、「私の直感もやるものだな」と必中と閃きが同時に掛かったような余裕のある気分で、もたつきつつあった足の運びも幾らか持ち直したようだった。

 が、次の瞬間、足裏に床の感触が無いことに気付いて、少しの浮遊感の後、私の体は一層闇濃い、唐突に現れた穴の中へと吸い込まれていった。


 やっぱり、こんなもんだよね、私の直感。




「・・・んがっ!」


 口許の冷たさに、乙女としてはちょっと問題のある声を出して、私は飛び起きた。

 見慣れた狭い室内の、これまた見慣れた木の机。読みかけだった見開かれた本の隣にヨダレの泉が出来上がっている。

 危ない危ないと、服の袖で拭おうとすると、なんとも言えない表情でこちらを窺うリュカちゃんと目が合った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 こんな時もただ無言で居てくれるリュカちゃん、流石である。

 そして、すっと差し出された布巾が心に響く。


 とりあえず机の上の惨状をふきふきすると、私は窓から差し込む朝日を見上げながら、奥の水場スペースで顔を洗う事にした。

 立ち上がりながら振り返ると、どうやらリュカちゃんは朝食を運び入れに部屋にやって来た所だったらしく、いそいそと扉から出入りを繰り返している。物を置くスペースが机しか無いから、つっぷすように寝ていた自分はさぞ邪魔だったことだろう、ばつの悪さを感じながら私は奥へと歩いていった。

 じゃらじゃらと足枷の鎖を引きずりながら、水場のポンプへと手を掛けた私は、きこきこと水を出して桶へと溜めていく。寝る姿勢が悪かったせいか、異様に体がだるい。なみなみと揺れる水面を見ながら、私は、そもそも机で寝ることになった経緯に思いを馳せた。


「・・・って、あ、蛇!」


 そうだ、何をまったりしてるんだ、私!

 自分の血で真っ赤に口の周りを染めたハクジャ。

 追ってくる巨大な黒い蛇。

 非常識な構造の無限回廊。

 様々な事が一気に頭に蘇る。


 すると、私の出した声が聞こえたのか、カーテンをめくってリュカちゃんがこちらにひょこりと顔を覗かせた。


「なに、どうかしたの、アカネちゃん?」

「え・・・あ、いや、その・・・」

「・・・蛇って聞こえたけど、まさかほんとにいない、よね?」


 口ごもる私に、やはり声が聞こえていたらしいリュカちゃんは、きょろきょろと不安そうに水場の中に視線を巡らせる。その怯えたような仕草が、何とも可愛らしくて、私は少しだけ笑うようにして「何にも、いないよ」と答えた。

 そんな私の答え方に、馬鹿にされたと思ったのか、リュカちゃんは頬を膨らませるようにして言った。


「もう、アカネちゃんったら」


 そして、ぷいとカーテンの向こうに戻ると、彼女は仕事も済ませていたようで、そのまま部屋を後にした。

 

 がちゃんと扉が閉じられる音を聞いて彼女が居なくなったのを確認してから、私は自分の服の襟元を確認する。

 元の色のまま、リュカちゃんのお下がりであるそれは綺麗なままで、間違っても血を拭った跡などは見られない。

 ふと思いついて、水場から出て部屋の隅を見てみると、いつもの場所に毛布は無く、探してみても何処にも無い。


「・・・・・・」


 昨夜の事が実際にあった事なのは間違いない、と思う。

 でも、服をちゃんと用意するならハクジャが使った毛布も戻せば良いのに。

 何というか、無かった事にしたいような、それでも隠しきる程には執拗でない、いい加減な隠蔽の仕方が少し気になる。多分、教主にとって昨日の事は大したことじゃ無かったという事なのだろうけど。


 そう考えると、やっぱり気になるのはリュカちゃんの事だ。

 あの昨日見たことを信じるなら、蛇のお化けみたいな教主の命令で動いているリュカちゃん。

 彼女が一体どういうつもりで教主に従っているのか。

 ハクジャの言葉通りなら、彼を監視していたという事だし・・・。

 それは、従順な信徒として盲目的になのか、それとも、教主の正体など全てが分かった上で意図的になのか。

 今朝の様子を見る限り、やっぱり彼女は疑えない。

 けれど、盲目的にというなら、彼女の身が心配だった。なにせ、従う相手が蛇の化け物なのだから。


「それに・・・」


 あんな事をしてくれやがったとはいえ、ハクジャも心配ではある。

 彼も教主とは主従関係ではあるが、昨日やった事は恐らく反逆に等しいだろう。毒を飲まされたり手首を食いちぎられたりと、教主の報復も蛇らしく実に凄絶だったし。


 私は、思索に加熱する頭を冷やす為に、ぱしゃりと桶の水面に頭を突っ込んだ。

 ぶくぶくと鼻から漏れる空気を面白く思っていると、ずももと水が入ってきた。


「・・・っぶはあ!べほっ、ぐほおっ、ぶほっ!」


 誤って吸い込んだ水が、鼻に痛い。私はセルフ溺れとも言うべき状態で、激しくせき込んだ。

 何というマヌケさ。こんなところを見られたら、乙女的には終わりである。というか、人としてちょっとオカシイみたいなレッテルを張られかね・・・。


「・・・・・・けほ」

「・・・・・・だいじょぶ?」


 ふと、見上げた先には、先ほどと同じような姿勢で、カーテンからこちらを覗き込むリュカちゃんの姿があった。

 表面上、心配そうに眉はハの字に下げられているが、震えるようにびくつく肩は誤魔化せない。


「ち、ちがう。こ、これは、仙水の・・・ちがっ、潜水の練習してて」

「泳ぐ練習ってこと?でも、ここじゃ・・・ぷぷっ、あはは、だめっ、アカネちゃんったらっ」


 何とか某多重人格の霊的探偵さんを引き合いに言い訳しようとしたが、願い通じず、ここに至って堪えられなくなったリュカちゃんが、体を折り曲げて笑いながらこちらに歩み寄ってきた。

 そして、手に持ったハンカチをこちらへと差し出すと、ぐずぐずと恥入る私を見て取って、ふわりと顔に押し当てた。


「ふふふ、ほら、アカネちゃん、ちーん、ってして」

「ぐっ・・・」


 何という恥の上塗り感。

 まさか、お鼻水が・・・っ!?


 人間の尊厳的な何かと戦うように動きを止めていた私だったが、結局リュカちゃんの心遣いを無碍にでもできず、人生では久方ぶりとなるちーんをした。


「よくできました」


 笑いながら頭を撫でるリュカちゃんに、私は顔を上げる事も出来ず無抵抗なままで、しばらくすると気が済んだのか、彼女は今度こそ部屋から出ていった。施錠をした音も確かに聞こえた。

 私は火照る頬に冷えた指先をあてて、どうしてこうなったと顔を俯けた。

 蛇云々でイタズラされた勘違いしたリュカちゃんが仕返しにちょっと悪ノリしたという事なのだろうけど。

 意外と、彼女はおちゃめな人なのかもしれない・・・。




 それから、また数日。以前のように何事もない平穏な日々が続いた。

 相変わらずリュカちゃんは私との距離感が絶妙で、でも、ふと話したいなと思った時には傍らに居てくれるような、心地よい関係を保っていた。

 それと、ハクジャに関してはあれ以来姿が見えなかった。

 リュカちゃん曰く「具合が悪いから、教主様のところで診てもらってるの」という事らしいが、どうにも疑わしい。

 ただ、それで私に何か出来るかと言えば、依然として鎖に繋がれた状況で、どうにもならないのだけれど。


 というか、もし自由であったとしても、私が何か行動を起こすかはちょっと疑問だ。

 衣食が足りて、煩わしい人間関係が皆無の居心地の良い現状は、正直なところ手放す気にはなれない。

 唯一、教主の事が心配だけれど、それにしたって、食事や環境の変化が無いという事は、あちらにしても現状維持を望んでいるということで。結局、私から波風を起こす気にはなれなかった。


 そんなある日。

 その日は昼頃から妙な風の具合で、どんよりと曇る空を見上げていると、夕食を食べ終える頃には凄まじい嵐となっていた。降雨量はそれ程でも無く、また風の方も立地が良かったのか、私の部屋ではそんなに気にならなかったのだが、とにかく雷が凄い。

 ぴかりと稲光が走る毎に轟く雷の激しい音を聞きながら、「山の天気は変わりやすいからな」と、それらしく呟いて、私は手元の本へと視線を戻した。

 

 意外な事に、私は雷は平気だった。

 むしろ、嵐の時は無駄にテンションが上がるタイプで、不謹慎ながら台風などで学校が休みになると家の中を駆け回るタイプだ。中学までは、そんな最中に友達の家に遊びに行ってひんしゅくを買ったりもしたものだが、ふっ、全てが懐かしい・・・。


 ドンガラガッシャーン!


 だって、高校では友達0人なんだもの!と、悲しい記憶に浸っていると、「そんな空しい事やめなよ!」とばかりに、一際大きい雷鳴が響きわたった。

 距離も近かったらしく、びりびりと地面が揺れるのを足裏に感じながら、私は窓を見上げて、今のはサンダガ2くらいかなと、また呟いた。


 そんな益体の無い事をやりつつ迎えた夜。

 流石に明滅する雷光の中で本を読む事にも限界を感じた(それでも3冊は読んだ)私は、はやばやと寝床につくことにした。あれから新たにリュカちゃによって用意された毛布は毛足が深く肉厚で、固い床が気にならない程に豊かな睡眠環境を実現してくれていたのだ。

 ぐるぐると快適で真新しい毛布にくるまって、私が蓑虫のように身を横たえようとした時、コツコツと扉がノックされる音が響いた。

 リュカちゃんだろうか?

 しかし、彼女は仕事で来ているという意識が強いのか、私の部屋に入る時にノックをした事は無かった。多分、ノックの音でいちいち私が構えてしまうのを慮って、というのもあるのだろうけど。


 と、どうするべきか迷っていると、返事を待つ暇も惜しいといった様子で、慌てたようにガチャガチャと開錠の音を立てさせて、飛び込むように入ってきたのは、予想通りリュカちゃんだった。


「ご、ごめ、なさい。アカネちゃん、入って、いいかな?」


 良いも何も、もう入っちゃってる。

 息も絶え絶えといった体で、枕を胸元に抱いて尋ねるリュカちゃんに、私はこくりと頷いた。





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