その5
かなり長くなってしまいました。文章バランスが不規則で申し訳ないです。
突然ですが、私は戦略シミュレーションゲームが苦手です。
しかし、嫌いではあるものの思わず胸に飛び込みたくなるような素敵なイケメンキャラクターが数多く登場する事が常なので、そのジャンルのソフト購入を避けて通る事は出来ないのです。あ、どういうジャンルか分からない方は、将棋のようなゲームだと思ってください。最近のものは全く違いますが。
話が逸れました。
で、何故、戦略シミュレーションゲームが苦手なのかというと、大抵の作品で、攻撃なり回避といった行動が確率で支配されているからなのです。
確率です。つまり偏るんです。
成功率80%と表示されていようとも、攻撃をミスる時は何度も連続でミスりますし、回避も同様です。そして逆に成功率20%でも当たる時は当たりますし、それが原因で必死に育てたキャラクターが死んだりもします。
その時のやるせなさたるや、死亡の原因は何なのか?私の判断ミスか?いや、自分は確率論に沿って妥当な行動をした訳で、死んでしまったのは運が悪かったと言わざるを得ない訳です。私のやるせなさや、数時間分のプレイ時間が無駄になった怒りはどこへぶつければ良いのでしょうか?
運が悪かったと言われれば諦める他ありません。
あの、不条理。
つまり、私が何を言いたいかというと、何故、私はキャラクター(♂)で購入ソフトを決めてしまうのかという・・・。
「着きましたよ、アカネさん。いい加減戻ってきてください」
「・・・はっ!またDLC!?」
背後からの思ったよりも近い位置からの男性の声に、私はビクリと肩を揺らした。
「っと、急に動かないように」とお腹辺りにまわされた男性の腕に力がこもる。
しかし、それでも残る片腕で操る手綱捌きには、いささかの乱れを見る事も出来ず、背後の男性、ネストールさんが、いかに優男と言えど、軍人さんなのだなぁと、感心して現実逃避した。
「あまり馬術は得意では無いのでね。すぐ下ろしてあげますから、もう少し我慢してください」
「は、はははい」
しかし、逃避してみても、自分が不慣れな馬上にいる事に変わりはなく。
更には、イケメン軍師と密着状態な訳で。
それだけでも5人組のうちの何とかレッドを名乗れそうな程の顔のほてり具合だと言うのに、その上、ネストールさんは心が読めるのだ。つまりは、私が今こうやってデレにデレまくっているのも伝わってしまう訳で。
私が長時間に渡って、何とかネストールさんからの読心から逃れようと、この世界には無い日本特有のモノに思いを馳せまくっていたのも仕方のない事だったのだ。
「まぁ、最後の最後で、デレデレなのが読めてしまいましたけどね」
「う゛っ」
そうやって無慈悲に私にトドメを刺したネストールさんは、緩やかに馬の足を止め、サッと地面に飛び降りた。手綱と私に添えられた手はそのままに、実に慣れた動きである。この世界でも謙遜は美徳なのだろうか。
そして、「さぁ、どうぞ」と私を馬から下ろすべくエスコートした動きも、実に慣れた相応しい所作で、思わず、本当はこの人が王様なんじゃ?と思ってしまったのだった。
「では、馬を繋いで来ますね。護衛の者が見ているとは思いますが、くれぐれも動かないように」
と、ニコリと笑顔と共に言い残して、ネストールさんは手近の雑木林に向かって馬を引いて行った。
「はぃ・・・」
間違いなく聞こえていないだろう小声で返事をしながら、やはり地面は良いものだと、私はタンタンと足元の草地を踏みつけた。
そして、頬の熱を冷ますべく勢いよく辺りを見渡した。
ところどころに赤茶けた地肌を晒す手つかずの草地と、申し訳程度に広がる木々の群れ。そして、さんさんと無遠慮に照りつける太陽が非常に眩しい。こちらの悩みなど何も知らないとばかりに真っ青に広がる空も併せて、何だか妙に腹立たしい気分だった。
出発前に受けたネストールさんの説明によると、ここはイグラード王国側の野営地の裏手にある小高い丘で、兵士達の修練を見渡し監督するべくチェックしていた場所なのだそうだ。
そんな物を、門外漢である私が見てどうなるとも思えなかったが、単純に風景は綺麗だし、気分転換にでもとネストールさんは言っていたが。
あれから、私がこの異世界に飛ばされて7日間は身の安全を保証するよ(キリッ)と、お子様王様に笑顔で言われてから、1日が経過していた。
つまり、オルランド公国だかが攻めてきて、敗戦してしまうまで、あと6日しかないのだ。
あと数日で殺される。などという、現実味こそ無いが、ひたすらに私のチキンなハートを刺激する案件を抱えたまま安眠出来る訳もなく、一睡も出来ないまま幽鬼さながらに、ふらふらとテントを出てきた私を見たネストールさんが王様とかけ合い、この軍事視察もどきが行われる事になったのだった。
それにしても、一応、私を気遣ってという事になっているけど、これは・・・。
物思いに沈みかけていた私の意識を、ガサリと草地を踏み分ける音が遮った。
「で、どうです?我らの軍に関して、いかが思われますか?」
やっぱり。
「・・・なにも」
馬を繋ぎ終えて帰ってきたネストールさんからの問いかけに、私は殊更小さくぼそりと答えた。
やっぱり、ネストールさんと王様は私に何か期待しているようだ。
しかし、その反面、何かある訳も無い、ただの見た目通りの小娘だとも分かっているのが始末が悪い。言わば、これは、打てる手は打ち尽くしてみますよというポーズに過ぎない。真面目な為政者、指揮官としてみれば、万策尽きたと言うことは絶対に出来ないという事なのだろう。
そして、現に、ダイアーさん曰く、昨日私が突然現れた事に対して箝口令がしかれた事、プラス、今朝からの軍師ネストールと私、それに護衛の兵士数人を含めた行動に、野営地内では何らかの極秘作戦の為の準備行動では?なんて憶測が飛び交っているのだそうだ。
つまりは、敗色濃厚だった軍勢の士気が、やや上向きになるという効果があった訳で。
ゲーム的な認識しか持ち合わせていないが、私にも兵士達のやる気?が大切だという事は分かる。王様とネストールが打った手は正しかったのだ。が、そこは何だか利用されたようで、どうにもスッキリしない。
「というか、ここからじゃ、まだ見えませんよね」
人好きのする笑顔を浮かべながら、また一歩、ネストールさんが私に近づいてきた。
そして、それに合わせるように、私は一歩後ずさった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ネストールさんがまた一歩。私もまた一歩。
「どうやら、私の読心の有効範囲を把握されたようですね」
「・・・はい」
「そして、デレたと思ったら、即座に嫌われてしまったようですね」
「・・・・・・」
「ともかく、ここに来た目的を果たしましょう。護衛の兵士達の目もある事ですしね。先導しますので、付いてきてください」
私の返事を待たず、ネストールさんは私に背を向けると、スタスタと歩きだした。
丘の頂上部分にあたるここは非常に狭く、私の歩くスピードに合わせた移動でも、ものの数分で崖のようになっている丘の終点まで辿り着く事ができた。
「あれが、我がイグラード王国が誇る精鋭です。今は重歩兵と軽歩兵を混合した密集陣形の訓練中ですね」
眼下に広がる、見渡す限りの草原。
遙か彼方にくっきりと見える地平線が、現代日本に慣れた私には、何かタチの悪い悪夢のように思えた。そして、向かって右手側からなだらかな稜線を描いて、色目鮮やかな草原地帯に浸食されたように青々と広がる森林を擁する山脈が視界に入る。
ひとしきり景色を堪能した私はネストールさんの指先を辿り、直下に展開する野営地と兵士達に目を移した。
「・・・すご・・・」
何人位いるのだろう?何百、いや何千?
アリの大群のように規則正しく整列したその軍勢は、耳を少しすませれば、その動きの度に地鳴りのような音が聞こえてくる。そしてさほどの標高でもないここから目を凝らせば、あまり視力が良くない私にも、それが間違いなく人間の兵で、1人1人が武装した兵である事が見てとれた。
「我が軍の主力である歩兵1700名です。野営地の守備にまわっている弓兵300と騎馬兵600を合わせた2600名が、軍勢の総数という事になります」
「にせん・・・ろっぴゃく・・・」
それが、戦争に赴く人間の数として多いのか少ないのか、私には判断が付かない。
しかし、眼下に展開された大勢の人間が発する迫力は強烈で、私は呆然と、その軍勢に見入っていた。
「壮観でしょう?しかしながら、対するオルランド公国の軍勢は騎馬兵を核とした5000前後。私達の世界でのこの兵力差は絶望的ですが、アカネさんの世界ではどうですか?」
絶望的に決まってる。
あっさりと絶望の淵に私を落とし込んだネストールさんに、何だか色々面倒になった私は、心を読まれないようにと保っていた距離を詰めた。
そして改めて強く思った。絶望的ですと。三十六計逃げるに限ると。
「さんじゅうろくけい?そちらの兵法ですか?確かに、逃げを打つのが正しいでしょうね。しかし、機を逸してしまっているのです」
「き・・・?」
「そうです。細かい経緯は省きますが、我がイグラード王国は、オルランド公国に対して既に宣戦を布告してしまっています。今回のケースでは、国際法規上、その上での撤退に莫大な戦時賠償金が発生します。交戦後の撤退戦であれば話は変わりますが、しかし、それにしても長年敵対してきたオルランドが素直に我が軍を逃すとは思えません。その際にも被害は甚大なものになるでしょう。そして、我がイグラード王国には賠償金を払う余裕などありません。数年続いた飢饉で国庫は空。国家解体の末に路頭に迷って餓死する民と、戦で死ぬ兵とに、一体いか程の差があるのか」
「・・・は、はや、はちくじまよ・・・ちがっ」
あまりにネストールさんの長口上が早口且つ、滑らか過ぎて、内容の理解が追いつかない。
えーと、まず、イグラードからオルランドに戦争を仕掛けたってことなのか。
で、ルール上、仕掛けた戦争の撤回はできない。撤回、つまりは撤退すると違約金が発生。物欲のままにネット通販でポチりすぎた挙げ句、支払いせず放置し過ぎてアカウント停止、違約金発生、みたいなノリか。違うな。
しかし、違約金を払おうにもお金が無い。そうすると、国という体を成さなくなって国民がヤバイ、という事か。
恐らく、オルランドがそれを機に占領とかしてくるだろうし、長年敵対してたって位だから、かなり悲惨な占領下に置かれそうだ。
つまり、戦っても死ぬし、逃げても多分死ぬってこと?
何このムリゲー。
「概ね、その認識で合っています。何とかならないものですかねぇ。あ、ちなみにあの辺り見えますか?そう、そうです。あの黒い辺りがオルランド公国側の野営地です。結構しっかりしてるでしょう。要塞みたいですよね」
ネストールさんに続けて指さされた方角には、随分距離が開いているだろうに、忌々しい程に大きく立派そうに見える野営地らしきものが見えた。悲しいかな、知識の乏しい私にも直下の自軍より規模が大きい事がはっきりと分かった。
「な、なんとかって・・・わ、わ分かる訳無いでがしょ!」
吐き捨てるように私は答えた。もうちょっとでちゃんと言えたのに、悔しい。
そして、足下から辿るように見上げたネストールさんの顔には達観したような穏やかな表情。
この、頼ってるようでいてハナからアテにしてませんって表情に、つくずく、やるせなくなる。どう仕様もない事で死亡しちゃったゲームキャラクターに対するやるせなさを何十倍にもしたような。
再び、私は眼下の草原に目線を戻した。
嫌味な程に美しく広がる草原。そこには身を隠せるような窪地も岩山も、ゲリラ戦法に使えそうな森林地帯も見当たらない。今、私が立っている丘が唯一草原を遮るもので、他には彼方に緑豊かな山脈が広がるだけ。
「あの・・・や、ま・・・」
「ん?あぁ、霊峰イヴェルドですね。この世界の最大規模の宗教であるレーマ教の総本山がある山です。常人には不可侵とされる聖なる山です。ちなみに、レーマ教はオルランド公国の国教で、今回のような大規模な遠征が実現したのも、レーマ教会からの支援に寄るところが大きいでしょうね」
「そ、それ・・・ももモヤシ、ちがっ、燃やしちゃわない?」
「は?」
整った顔に、素っ頓狂な表情を浮かべるネストールさん。
せっかくちゃんと喋り切れたというのに、どうやら私の発言は、あまりに見当はずれのモノだったらしい。
乏しい私のゲーム的知識から考えるに、少数の兵が多数の兵に勝つ方法は、大きく3つ。
トップの人間を倒すか、内部から反乱等で自壊させるか、補給線を絶つか。
このうち、1番目は、見渡す限りの草原で刺客を潜入させる事が無理っぽいのでボツ。
2番目は、反乱の工作には時間が足りないのでボツ。たった6日ではね。
で、3番目だけど、そのラーマソフ・・・じゃない、レーマ教会とかいうのがオルランド公国の援助をしているのなら、これだけ目に見える程地理的に近いのだから、きっと補給にも力を貸していると思えるのだ。
そうでなくても、何やら蜜月ぽい関係だそうだし、隣で総本山が火事となったら軍が消火やら避難活動に兵を削く事は大いに考えられる。
日本にいた頃にテレビで度々見た、森林火災というやつは、とにかく被害規模が半端ない。東京ドーム何個分だとかいう比喩が全く役不足に思える程の広大な面積が半日程で焼き尽くされるのだ。
加えて、そういった自然災害時に発揮される自衛隊なんかの軍隊の有用さを、台風シーズンの度に実感している日本人としては、救助活動に人員を割くだろうというのは、至極当然の予想だった。
規模の大小はともかく、恐らく間違いなく、隣の火事を消火しようと軍を動かすだろう。国教と言ってたから、命令を待たずに軍自体が勝手に動く事も考えられる。
「あ、あの神聖な山を燃やす・・・ですか?正直、正気を疑いますが、しかし、それも異なる世界の住人であるあなたからすれば、選択肢にあっておかしくない事なのでしょうね」
私の心を読んだのだろう、ネストールさんが青ざめた表情で私に答えた。
「ぁ、だめ・・・だ」
「駄目、というと?」
かなり慣れてきたように思えるのだが、いまだに私の口は思うようにネストールさんに言葉を伝えてくれない。面倒になったので、心の中で強く思う事にする。
駄目だと思ったのは、その何たら山がイグラード王国の野営地からもかなり近い点だ。
大規模な森林火災は、風向きによって大きくその被害規模を変える。まして、緑に包まれた山脈から続くのは遮蔽物の無い広大な草原。気まぐれな風向きによっては、自軍が火の海と言う事も十分考えられる。
「風向き・・・ですか。確かに、そうですね」
顎に手をやりながら、ネストールさんは私に答えるというよりかは、自分の思索に耽るように独りごちた。
というかだ、そもそも総本山とか言われている山を燃やそうというのが、間違いなんだ。
町という訳では無いが、それでもその山に住んでる人は何人なんだろう?きっと立派な教会があるのだろう。何百人という規模で人が住んでいる筈だ。加えて、もし予想通り、オルランド軍への補給を手伝ったり、補給部隊そのものが駐屯していたりしたら?
きっと火災に巻き込まれて死ぬ人は膨大な数になる。
ちょっとした思い付き程度に、戯れに考えついたアイデアだったからこその残酷さに、私は急激に体が冷えていくのを感じた。
そう、冗談だから、それに、穴だらけのアイデアな訳だし、ネストールさんも本気にしないよね。大丈夫だよね。
「ふふ。心配しないでください。オルランド公国に対して援助をしているという側面こそあれど、先ほども言ったように、私達この世界に住まう人間にとって、イヴェルドは犯せざる聖なる神域なのです。それを何とかしようなどと、正直なところ、口にするのも畏れ多い事なのですよ。それにジェナス陛下もレーマ教の信徒でいらっしゃいますしね」
「ぁ、そ、そう・・・」
そう、そうなんだ。冷えきった指先に次第に血が巡るように感じた。
そして、ほっと安心したと同時に、ぐぅと腹の虫が、私の口より余程雄弁に空腹を主張した。
「ふふふ、ダイアー達に食事を持って、遅れてここに到着するように指示してあります。彼女らが着くまで、良いピクニックポイントでも探す事にしましょう」
コクコクと、恥ずかしさやら安心した脱力感やらで、熱の上がる一方の顔を見られないように、私は勢いよく頷くと、来た道を引き返し始めた。しかし、すぐさま「そっちは崖しか無いですよ」とネストールさんから待ったが掛かり、結局彼に手を引かれてその背を追うこととなった。当然、顔を上げる事はできなかった。
しばらくして、合流したダイアーさんが用意してくれた昼食は、適度にスパイスが効いた絶品のサンドイッチで、絶景と言える景観の下、私は、ゆるりと舌鼓を打ったのだった。
そんなこんなで、帰りの馬上の段階で既にうつらうつらとしていた私は、自室とも言うべき手狭なテントに戻ると、夕食を待つのももどかしいとばかりに、即座に床についた。
馬での移動というのは思った以上に体力を使うらしく、ぼんやりと、あと5日か、と思ったのを最後に、昨日の不眠な夜が嘘のように、私の意識は急速に失われていった。




