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その45




 王様と姫様、それに少し遅れて大公達が広間の席に付くと、会場内には楽団による音楽が厳かに満ちた。

 それを会式の合図として、周りでたむろしていた人達が次々と広間の入り口をくぐっていく。

 思い切り逃げ腰だった私も例外では無く、親に引きずられる聞き分けの悪い子供のように、ずるずるとネストールさんに連れられ広間内へと足を踏み入れた。


 洪水のような光と人々の楽しげな声に溢れる広間の中、そこは予想通りにただただ緊張を強いられる空間で、早々に限界を感じた私は助けを求めるように遠くを見上げた。

 広間の中ほど、段々と階段状に高くなっているところには一際大仰な造りの椅子が設えられており、そこに座って何やら歓談中の王様達の姿が目に入る。

 

 控えめな仕草で隣からその様子を見つめるキャンベル姫様は、いつもは結い上げている髪を肩に這わせるように下ろしており、ドレスの方も深い襟ぐりに胸元がこぼれ落ちんばかりだが、腕には中程までを覆う手袋をしていて露出自体は控え目だ。なるほど、うまい具合に怪我を隠しているなと感心していると、15メートルは離れていようかという姫様の視線が、射抜くように私に合わせられた。

 まるで、ちゃんとしなさい、とでも言われているようなその視線に、私は隣のネストールさんの事を思い出して俯き気味に彼を見やった。

 姫様が泣く泣く踊ることを諦めた相手である彼の手は、今は慮るように控え目に私の肘の辺りに添えられている。

 腕を組もうものなら、恥ずかしさで広間に入る事すら無理だったろうことを考えると、彼なりに気遣ってくれてはいるのだろう。

 

 私はそんな姫様の激とも怒りとも取れる視線に、えいやと、視線を上げてみる。

 が、途端に目がくらむ程のきらびやかな雰囲気や、「貴族ですが何か?」とばかりに着飾った人達に気後れして、やっぱり無理だとすぐに自分の足元を見つめる姿勢へと戻った。

 今ここが砂場で木の棒でも転がっていたなら、私は間違いなく腰を下ろして小山を作り、棒倒しに逃避していたことだろう。あの一見戦略性がありそうで実は1人でやる時点で遊びの体すら成していない気楽な単純作業が、今の私には無性に恋しかった。


「やれやれ・・・。アカネ様、他の知っている人達のところにでも行ってみますか?」


 私が、楽しかった記憶「小学校低学年、あの頃は友達が多かった編」辺りまでを現実逃避に思い出していると、こいつはかなり弱っているなと悟った傍らのネストールさんから声が掛けられた。

 その提案に、私は、まだしもこの知らない人達に囲まれた状況よりはマシだろうと、即座に首を縦に振った。



 楽団の生演奏による音楽に耳を傾けながら、私が「けっ、生演奏だと、このブルジョワめ!」と心をささくれ立たせる事で何とか平静を保っていると、軽く手首を掴まれて連れてこられた先には、イグラードが誇る5将軍中4人が揃い立っていた。

 

「これはアカネ殿、今日は一段とお美しいですな」

「ほお、眼福じゃのお。背中にまわっても良いかの?」

「へー、まあまあだな、アカネサタニ」


 と、次々に三者三様の声が掛かって、私がどれに反応したものか迷いつつ、とりあえず敏捷に背後にまわろうとするファーガソン将軍から距離を取っていると、車椅子に座ったまま楽しそうにこちらを窺うジェラードさんと目が合った。


「こんばんは、アカネ殿。白のドレスに黒髪が良くお似合いだ」

「あ、あり・・・がと」


 小さくお礼を返しながら、私は、数日ぶりに見たジェラードさんの元気そうな姿に、緊張でがちがちになっていた心が少し緩むのを感じた。

 最初に出会ったときもそうだったが、この人には不思議とあまり緊張を感じさせないオーラのようなものがあるように私には思える。でなければ、お見舞いと言えど、人嫌いオブジイヤー連続受賞の私が毎日会いに行けはしなかった筈だ。

 

 オルランド風のテールコートをきっちり小粋に着こなしたジェラードさんは、片目を細めて私の方を見ながら、左手のワイングラスを口へと運ぶ。その様子に、リハビリはうまくいっているんだなと、私が頬を緩めていると、兄とは違って早くも乱雑に襟元を崩しているミルナーが、「おい、兄者、ストップだ」と私の横から声をあげた。


「どんだけ飲むつもりなんだよ、医者からも止められてるだろ?」

「固いことを言うな、ミルナーよ。それに、酒は百薬の長と言うだろう」

「グラス3杯位までならな。ボトル3本じゃ毒にしかならねえだろうが」


 言いながら、ミルナーが指し示した立食用のテーブルには、空となったワインボトルが3本転がっている。って、まだ始まってすぐだというのに、ジェラードさんはもうこんなに飲んじゃったの?

 テーブルの上の惨状に目を見開いて驚いてると、その隙に背後を取る事に成功したファーガソン将軍が私の耳のそばでぼそりと言った。


「赤将軍は酒豪で有名じゃからの、驚くには値せんわい。もっとも、少し飛ばしすぎとも思えるがの。それにしても、アカネ殿は肌が綺麗じゃのお」

「ひっ・・・」


 ぞわりと、お爺ちゃんの間近い距離に悪寒を走らせると、続けて背中に伸ばされたらしき手の気配に私は息をする事も忘れて身を固くした。ええい、ネストールさんは何をしているっ、後方弾幕薄いぞ、何やってんの!


「ファーガソン将軍、イタズラは感心しませんな。そも、アカネ殿は陛下の客人であり、今は軍属でもある。どちらに対してもして良い事とは思えませんぞ?」


 私の窮地を救ってくれたのは、ネストールさんでもまして連邦の白い悪魔でも無く、どちらかと言えば青い巨星のアシュリーさんだった。長く伸ばされた白髪交じりの髪が、黒一色のコート姿に実に映えている。


「ほお?では、紫将軍の手首を力任せに握りしめるのは、やって良い事なのかのお?」

「力任せ?まさか。これは体勢を崩されたご老人をちょっと支えてさしあげているだけですよ」

「ほほお、ご老人とな。奥方を満足させる事も出来ず、屋敷から逃げられた男が、わしを老人とな」


 見れば、それまで一応はにこやかにファーガソン将軍の動きを縫い止めていたアシュリー将軍の顔が、露骨に歪んだ。


「・・・・・・色狂いのジジイが・・・」

「・・・・・・甲斐性なしの青二才が・・・」


 そして、2人は「ちょっとばかり用ができた(のじゃ)」と私に笑って言うと、剣呑な雰囲気で広間のバルコニーへと向かって歩きだした。


「ちょ・・・あ、あれ」


 その険悪な様子に大丈夫なのかと、私が横のネストールさんを見上げると、「大丈夫ですよ、よくある事です」と実に無責任な笑顔が返された。


「気にすんなアカネサタニ。それに、ああ見えてジジイの方は徒手空拳のスペシャリストだ。無手なら青将軍ともそこそこやれるんだぜ?」

「・・・・・・」


 付け加えるように、ジェラードさんが飲み散らかしたボトルを片づけながら言う、意外に神経質なミルナーの言葉に私は絶句して、再び2人が出ていった方に振り返ってその背中を見送った。


「で、どうです、アカネ様。少しはリラックスできましたか?」


 そしてまた、そっと私の肘の辺りに手を携えて、静かに聞いてくるネストールさんに小さく頷いて答えた。

「あなたがお爺ちゃんから助けてくれなかったお陰でね」と内心で皮肉る事も忘れずに。


 それを読んで笑う彼の気配を感じながら、私がジェラードさん達のいる方へと視線を戻そうとした時、それまで広間内に満ちていた音楽がぴたりと止まった。

 その後、残されたのは人々が話す声だけで、それも次第に「何が起こったんだ?」という騒めきに変わっていく。


「・・・何があった、ネストール?」

「分かりません。ですが、陛下達に動きはありませんね」


 警戒するように私達に歩み寄ったミルナーが、ネストールさんと共に己が守るべき主君の方を揃って見上げる。

 私も心配になって見てみるが、彼の言うとおり、ジェナス王様やオルランド大公、それにキャンベル姫様とカイト殿下も変わらず座っており、特に何かあったようには思えない。

 

 すると間もなく、王様の手が楽団の方に軽く振られて、止まっていた演奏が再開された。広間の人たちもその様子にすぐに落ち着きを取り戻し、笑い声や和やかな歓談の声が、再び私の周囲を埋めていく。


「何もなかった・・・ようでもねえな。見ろよ、あれ」

「・・・帯剣している、オルランドの近衛のようですね」


 親指で楽団の近くを指すミルナーに、私もそちらを見てみれば、確かにコートの上から剣を帯びた男が歩き去るのが見えた。って、あれって確かさっきオルランド大公に耳打ちしていた人のような?

 何か進展があったのだろうか、ゲームの予約状況に。


「おおかた、楽士の奴らが剣ぶらさげた男の姿にびびって・・・ってとこだろうが」

「ええ、広間内での一切の武装は禁止されていますから」


 と、確認して見れば、確かにミルナーの腰にもあの見慣れた曲刀は下がっていない。車椅子で顔を僅かに赤らめているジェラードさんも勿論丸腰だ。

 そして、「まったく人騒がせな奴だぜ」と呆れて笑うミルナーの言葉を聞きながら、結局何もなかったんだなと安心していると、軽い調子で、しかしいつもよりは少し低く、ネストールさんの声が彼に掛けられた。


「しかし、どうやら何事も無かったという訳では無いようですね。陛下がお呼びのようです」


 その声にネストールさんの方を見てみると、丁度、王様付きの女官であるピアースさんが、こちらに向かって足早に歩み寄る姿が目に入った。ミルナーとジェラードさんも、既に気付いていたのか、彼女の方を怪訝そうに見つめている。



「ご歓談のところを申し訳ありません。将軍、並びに軍師様、陛下が別室の方で話があるとの仰せです」


 恭しく腰を折りながら、ある種、予想通りの事を告げるピアースさんに、私は言い様の無い不安が広がるのを感じた。

 いや、だって、ここからミルナーやジェラードさん、それにネストールさんも居なくなっちゃうって事は、私が1人っきりになるっていう事で。私、こんな所で1人でどうやって過ごせば良いの・・・?砂場っ、砂場ははどこなの!?


 と、内心で私がパニックに陥り掛けていると、すっと、目が合わせられたピアースさんから、更に言葉が続けられた。


「陛下は、アカネ様にも一緒に来るようにと仰せでした」

「・・・・・・え?」


 ぽかんと驚く私だったが、しかしミルナー達も同じ意見なのか僅かに眉を上げるようにしている。

 だって、そりゃそうだ。貴族達が居並ぶこのレセプション会場内で起きるような類の問題に、ぱんぴー代表の私が対処出来るとは到底思えない。これが、魔法が絡んだトラブルとかであるなら、多少は役に立つのかもだけれど。

 

 そんな風な事をつらつらと考えて、迷うように立ち尽くしていた私だったが、続く「残念ですね、アカネ様。これではダンスは出来そうにありませんね」というネストールさんの言葉を聞いて、私は一転、小躍りせんばかりに早く行こうではないかとピアースさんをせっついた。

 やっぱり、私にダンスは縁が無かったらしい。いやあ、残念だなあ。




 広間に来る時とは打って変わった足取りで、ピアースさんに案内された別室に足を運んだ私は、室内に揃ったメンバーを見て驚いた。

 部屋の中央には厚みのある円卓があり、周りにジェナス王様から呼ばれたと思われる人達が座っている。

 一番奥に王様と大公、そして周りを囲むように一足早く来ていたアシュリー、ファーガソンンの両将軍、そのまた隣に近衛騎士のリーダー的存在であるナルシン、それに私達4人というメンバーだ。

 

 人数的にもだが、レセプションの中心メンバーである人達が、揃いも揃ってこんなに抜けて大丈夫なのか?という心配が私の脳裏をよぎる。まあ、そんな事私が考えるだけ無駄なのだけど。

 と、考えに足を止めていた自分に注目が集まっている事に気付いて、私は、早急に指示された席へと腰を下ろした。

 そして、改めて確認した周囲の面子に、衆人環境に変わりは無いが広間に比べれば知っている人達であるだけ随分とマシだなと、ここに呼ばれた事に対する不安はさて置いて、私はひとまず凝りに凝っていた肩を目立たないように一揉みした。



「さて、宴の最中、呼び出してすまなかったな。アカネも、初めての夜会を途中で抜けさせてしまって悪く思っている」

「・・・ヘアっ!?」


 あー、気持ち良いなあと、肩をもみもみしていた私は、突然王様から話を振られて思わずあと3分程で帰りたくなるような声を返してしまった。

 クスクスと、周囲から笑い声が漏れ聞こえる。見れば、ミルナーなどは口に手を当て肩を震わせて笑っている。ああ、帰りたい・・・なんか星雲的なところに・・・。


「それと、よく似合っているぞ、そのドレス。これが普通の夜会であったなら俺が相手をしてやったものをな」


 と、フォローなのか追い打ちなのか、儀礼的な王様の言葉が後に続く。

 もはや、私がこの部屋で顔を上げる事は無いだろう。



「でだ。そんな宴に似つかわしくない報せが、先ほど入った。それについてはフンテラール公」


 そして、王様は表情を厳しくすると、隣のオルランド大公を見やるようにして、本題となる用件を促した。


 というか、大公の名前ってフンテラールと言うんだなと、恥ずかしさに肩をすくませながらも、どこかぼんやりと聞いていると、「うむ」と短く答えた大公から、とんでもない言葉が私の耳に届いた。


「単刀直入に言おう。今から4時間前、オルランド大公妃メルヒオットがレーマ教からの援助を受けて武装蜂起し、呼応した各地の騎士団と共に軍中枢並びに首都の政治機能を掌握した。現在、主要都市の悉くはその機能を停止し、事実上、オルランド公国は陥落した」


「・・・・・・」


 

 えーと、それって、もしかして:クーデター?

 驚愕のあまり、私は思わず、検索エンジンっぽく言葉の是非を内心で問いかけた。





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