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その43




「・・・・・・」


 私は今、姿見の前に立って絶句している。

 

 映っているのは、当然の事ながら見慣れている筈の自分なのだが、いつもとは変わりすぎたその印象に、すぐ後ろから「どうです?」と尋ねるダイアーさんに答える余裕すら、今の私には無かった。


 鈍く光を跳ねて返すサテン地のドレスは白一色のシンプルなデザイン。

 ホルターネックタイプのそれは肩がむき出しになっているものの首と胸元を綺麗に覆ってくびれを作り、ふわりと広がるフレアスカート部分に続いていく。シルエット的にはいわゆるプリンセスラインというやつなのだろうか、改めて見ても、自分が自分で無いようにスタイルが良く見える。

 そして、やや息が詰まって見える胸元には王様から貸りたという大粒の宝石が輝き、周りの精緻なフラワーモチーフの刺繍と合わさって、単調にも見えかねないシンプルなドレスに上品なアクセントを与えている。また、ひらひらと足先までもを隠そうかというボリュームのあるスカートには横に一筋、浅めのスリットが設けられていて、そこからチラチラと見える自分の足首にはネックレスとお揃いのデザインのアンクレットもが輝いている。

 見れば見るほど似つかわしくないその豪奢な着飾りぶりに、私は未だに一片たりとも言葉が出せないでいた。

 

 そして、ゆっくりと目線を水平に戻せば、一番見慣れている筈の私の顔が、鮮烈な違和感を持って鏡の向こうから私を見つめる。

 顔にはうっすらと化粧が施されており、細く朱を引いた唇と陰影を増した顔の造作は、スタイル同様にまるで自分では無い別人の様だった。

 肩までしかない黒髪はまっすぐに下ろされ、黄色い生花のコサージュが一点彩る以外は常と変わらず、そこだけはいつもと通りだと、私はほおと胸をなで下ろす。


「これだけ綺麗な黒髪の方はなかなかいませんからね。敢えて結ったりなどはせず、シンプルに仕上げました。アカネ様がかねてよりご所望でした大人の装い、お気に召しましたでしょうか?」

「さすがだわ、ダイアー。特にこのオルランドに迎合してそうでいて実はしていないというドレスの選択が素敵ですね」


 放心状態にある私に代わって、ダイアーさんに答えたのは、ジェナス王様の私物である宝石を届けてくれたピアースさんだった。頬に片手を置いて、うっとりと私を見つめている。


「ふふ、ありがとう。オルランドのイブニングドレスと言えば、露出が高いものが今の流行り。ですが、アカネ様の清楚な佇まいを思えば、そういったものはかえって魅力を殺してしまいます」

「そうね、私も同感だわ。でも、それでいて露出が無い訳でも無いというのが心憎い演出だわ」


 そんな事を言い合いながら、鏡越しに見える2人は「すごいわ」とか「それほどでもないわ」とか、談笑を続けている。

 その頃になって、自分の変身ぶりに鏡から目を逸らす事も出来ず呆然としていた私は、ようやくにして、2人の会話に耳をやる余裕が出てきた。

 こう言うと何だかナルシストみたいだが、日本に居た頃は自分で買った衣類は数えるほどで、1日の大部分を部屋着であるジャージで過ごしてきた「オシャレって何?それってつおい?」な私である。そんな人間がプロめいた技術を持つダイアーさんに本気で夜会用の、いわゆる大人用のコーディネートをして貰った訳で、浮かれるなという方が無理な話であった。

 しかも初めてのお化粧に、初めての宝石のアクセサリーである!これに感激しない女の子がいるだろうか!


 と、考えるにつれ段々と思考能力を取り戻してきた私は、とにかくダイアーさんにお礼を言うべく、姿見を背にして彼女を振り返った。


「ダ、ダイアー、さん。ありガッツ」

「いえいえ、アカネ様。これは私の趣味のようなものですからね。私の方こそ、色々と楽しめて冥利に尽きました」


 噛んだせいで、某伝説のボクサー名に続きそうだった私の言葉に、ダイアーさんは殊更輝くような笑顔で答えてくれた。思えば、ドツイエとの事や親善試合の事でどたばたしていて、彼女と過ごす時間も少なくなっていた。それが落ち着き、こうしてゆっくりと過ごせる時間が持てて嬉しいのだろう。


「実のところを申せば、もっと少女らしくヒラヒラに。むしろヒラヒラが人の形をして歩いてるレベルまで理想を追求したかったのですが、舞踏となると難しいんですよね。あまりに裾が短かったり、装飾が多いと下品に見えてしまいますし」

「・・・・・・」


 前言撤回。どうやら、ダイアーさんは、趣味に没頭できたから楽しかっただけのようだ。

 まあ、それでも、自分の事でにこにこと笑ってもらえる事は嬉しいもので。私にしては珍しく、自分から会話を振ってみる事にした。


「オ、オルラン、ドって、露出すごい、の?」


 一歩間違ったら変態一直線な私の質問に、朗らかに笑っていたダイアーさんとピアースさんは一瞬動きを止めるが、すぐに「ああ」と合点がいった様子で答えてくれた。


「オルランド公国のドレスの事ですね?確かに今は胸元などを大きく開けたデザインのものが好まれているようです。ピアースは、あちらの方とは?」

「ええ、使節団に随伴してらした貴族の方々とは何度か。言うとおり、そういったデザインのご婦人が多かったですよ。イグラードではどちらかと言えば慎ましい、禁欲的なものが好まれる風潮がありますから、いざレセプションとなって、あちらに合わせるのにお針子達も苦労していたようだわ」

「そうなの?マリーナ辺りは『やってやるぜ・・・』って昨日炎が灯った目をしてましたけれど?」


 あの子らしいわと、再び控えめに笑うダイアーさんとピアースさん。

 その会話を聞きながら、私は自分のドレスが慎ましいデザインのもので良かったと、息を吐く。

 肩部分は剥き出しになってしまっているが、その他は、控えめな、本当に控えめな胸元を含めて、足も動かない限りは見えないし、何とか許容範囲だ。

 さっきのピアースさんじゃないけど、本当にダイアーさんはうまくやってくれた、さすがだ。


「ふふふ、そういう意味じゃあ、アカネ様のドレスのデザインはうまくいったわよね」

「ええ、控えめに見えて実は大胆な露出。オルランドの方で逆に流行ったりして」

「そうなったら、ダイアー、あなた転職も本気で考えてみれば?」


「・・・・・・?」


 三度、上品に笑い合う2人を見ながら、私は首を傾げた。

 大胆な・・・?

 すると、怪訝そうにしている私を見咎めたのか、ダイアーさんが口に当てていた手を下ろしながら私に言った。


「あら、アカネ様には自分でまだちゃんと見て貰ってなかったですね。丁度そのまま後ろを振り返れば見えると思いますよ」


 何の事だろうと疑問に思いながらも、私は言われたとおりに、そのまま振り向いて後ろを確認してみる事にする。

 後ろには先ほどまで私が茫然自失の体で覗いていた姿見があり、当然、そこには私の後ろ姿が映っている。


 背中が腰はおろか、これってお尻なんじゃ・・・と思えるほどにパクリと開いた私の後ろ姿が。


「な、なん、ナンジャタウ・・・ちがっ」


 何じゃこりゃあ!こいつはいってえ、どこのどいつの仕業でぇい!?

 と、あまりの衝撃にべらんめえ調に内心で叫びをあげていると、驚いた私を喜んでいるとでも思ったのか、ピアースさんが更に笑みを深くして口を開いた。


「大変お似合いですよ、アカネ様。謙虚に見えて、それでいて情熱的。ダンスともなれば、いっそう映える事間違いなしですわ」

「ふふっ、アカネ様ったら。いつも大人っぽい服をって仰ってらしたものね。喜んで貰えて、私も本当に嬉しいわ」

「・・・・・・」


 ぶるぶると羞恥に震える私は、しかし何を言うという事も出来ず、ただ、肩越しに映る自分の剥き出しの背中を見ながら、更に気を良くした2人が続ける談笑を聞き続けたのだった。

 



 こんな時に、はっきりと意志を主張出来ない自分が憎らしい。

 結局私は、恥ずかしさに悶絶しながらも、和平条約調印を祝したレセプションの時を迎える事となり、ダイアーさんに連れられるまま、会場となる離宮へと足を運んでしまっていた。当然、格好はあの「後ろから見たら上半身裸じゃね?」なドレスに着飾ったままで。

 そして、控え室となる個室に着いた今、道行きという事で肩に掛けて貰っていたコートも取り払われている。

 設えられたテーブルセットの椅子に腰掛けて、背中に直接感じる背もたれの感触に肝を冷やしながら、私は我が身の頼りなさにひたすら三角座りの体勢で縮こまっていた。

 ドレスのこのとんでもないデザインだけでも悶絶ものだというのに、この上私はネストールさんと踊らなければならないのである。それって一体、どんな拷問なの?

 

 私は自分の膝頭の上に両腕を乗せると、そのまま両足を引きつけて顎を乗せる。

 

 ダイアーさんはレセプション参加者の帳簿?みたいなものに名前を書くとかで、着いて早々に出ていった。だから、今、室内には私以外に人は居ない。

 少し殺風景に感じる控え室内には、最低限の調度品と化粧台、それに大きなクローゼットが置かれてあった。この控え室のある離宮は、オルランド使節団の生活の場として提供された経緯があるので、このいやに立派な化粧台なんかは元々あった物で、調度品の方が後から運び込まれた物なのかもしれないなと、私はぼんやりと思った。

 そして、視線を巡らせた先、暗緑色のカーテンの向こうには大きな窓があり、ガラス越しに外の風景がよく見える。



「・・・逃げるか」


 ぼそりと、口から漏れたその言葉。

 しかし、一度言ってみると、何だかもうそれしか手段は残されていないような気がして。

 私はやおら立ち上がると、大きい割には造りが華奢そうな窓を調べるべく、歩み寄って手を着けた。


「簡単に開くな・・・。体も余裕で通りそうだし、しかもここは1階」


 問題は抜け出てからどうするかだが、外は既に暗い。闇に紛れれば誰に見咎められる事なく自室に戻る事も可能だろう。

 道は全く覚えていないが、それもどうにかなる筈だ。たぶん。

 

「ままよっ!」


 と、どうにもならない問題に目を瞑ったまま、私は勢いに身を任せて、窓枠に足を掛けた。

 

 その瞬間、バタンと音を立てて、控え室のドアが開かれる。

 ノックも無く誰かが入ってくる気配に、私は逃げだそうとしている事がバレた!と慌てながら、「何もしてませんでしたよ?強いて言えば空気の入れ替えかしら?ねえ、知ってる?空気の入れ替えは数分程度で効果が十分なのよ?つまり、数分で十分っていうシャレなのだけど・・・」と平静を装いつつ振り返った。


「う゛っ・・・」


 その瞬間、どんとお腹の辺りに衝撃を受けて、私は思わず乙女が出してはならない類の呻き声を出してしまう。


「アカネおねーちゃん、久しぶりー!今日はすっごくキレイだね!」

「・・・カイト、殿下?」


 痛みを堪えて見下ろしてみれば、自分の腰に手を回して抱きつくようにして見上げてくるカイト殿下の姿が目に入った。

 思えば親善試合から数日、壇上にいる彼を遠くに見たのを除けば全く会っておらず、久しぶりの再会に私は痛みも忘れて、ぽんぽんと殿下の蜂蜜色の頭に手を置いて言った。


「殿下も、今日のレセプションに出席するんですか?」

「うん、本当は、しゃこーかいデビュー?っていうのをするまで出ちゃ駄目なんだけど、今日は良いってパパが」


 社交界デビューか。なるほど、カイト殿下はまだ5歳という事だし、確かに夜会というには場違いに感じる。まあ、それを言うなら私の方こそが場違いなんだけども。

 

 私はとりあえず開けていた窓を閉めて、立ったままでは何だからと、カイト殿下の手を取ってテーブルセットの方へと歩いていった。化粧台やクローゼットはひたすらに豪華なのだが、この丸テーブルと足高の椅子はいかにもとりあえず置きましたという感じに造りが悪く、案の定、腰を下ろした殿下が座りにくそうにしている。


「カイト殿下、こっちに来ます?」

「うん!」


 自分の膝を示して問いかけると、カイト殿下は元気良く首を縦に振った。

 

 それからは、さっきまで逃げ出す事しか考えられなかった私も、膝上に乗せた殿下の体温に多少の落ち着きを取り戻せて、ゆったりとした時間を過ごす事が出来た。

 楽しそうに、「んとね、さいきんは、剣の練習をナルシンにつけて貰ってたんだよ!」と語るカイト殿下に、私は大いに癒される。

 どうも、カイト殿下は親善試合、特に最後のナルシンとミルナーの試合に触発されたらしく、私のところに遊びに来なかったこの3日はずっと剣術の練習に精を出していたとの事だった。

 私が気になって、最後の試合どうでした?と感想を聞くと、「すごい試合だった」とウェルベック君と全く同じ言葉で返す殿下が面白くて、私は思わず常に無い程に大きく笑ってしまう。

 笑いに揺れる私の体から落とされるまいと耐える殿下を胸元に抱えながら、私はしばらくクスクスと笑い続けた。


 

 そうして、何とかドレスの恥ずかしさを意識の外にやれた頃、コンコンと控え室の扉がノックされた。

 カイト殿下の訪問に気を良くしていた私は、特に何も考えずに「どうぞ」と扉に向かって言ってしまう。

 それを受けて、「失礼します」という声と共に入室して来た男は、慇懃無礼にこう言った。


「随分とご機嫌なご様子ですね、アカネ様。笑い声、外まで聞こえていましたよ?」

「え・・・ぁ・・・」


 突然の来訪に私はしどろもどろになってしまう。

 思えば、私の部屋を訪れる人間なんて彼かダイアーさんくらいしか本来はいない。備えて然るべきだったネストールさんの訪問に、私は忘れかけていた羞恥が急速に蘇るのを感じた。

 そんな私の変化を、膝上に座るカイト殿下はつぶさに感じ取ったのか、振り返って私の顔を確かめると、彼はネストールさんに向かって口を開いた。


「おいっ、アカネをいじめるなっ」


 そして、何を言われたのかと一瞬動きを止めたネストールさんは、私の上に座るカイト殿下を認めて、「ほお・・・」とだけ答えた。

 それから数瞬、両者に動きはなく、以後もじぃと互いを睨み合うような時間が続く。

 

 って、え?

 何でこんなに不穏な空気?





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