その42
そうして、盛況のうちに終わった親善試合から2日の後。
イグラード王国とオルランド公国の間で和平条約が締結され、無事にその調印式が取り行われた。
和平会議での焦点の1つであったオルボナ鉱山の利権に関しても、態度を軟化させたオルランド側が譲歩する形で決着し、ここに、ハルテア大草原から続いた両国の争いは、公式に落着の日の目を見る事となった。
こういった流れが、本当に親善試合のお陰で生まれたものかは私には分からない。
もしかしたら、私が東奔西走するまでもなく落着した事だったかもしれないし、そもそも親善試合自体が無くとも、時間の流れによって話は進んでいたかもしれない。
だが、それでも思うのだ。
私がああやって苦労して得た経緯と結末は、決して無駄にはならず、きっとその後の人生の糧となっていくのだろうと。
Fin.
「何を呆けた顔をしてるんですの、アカネ。時間が無いと先ほどあれだけ説明して差し上げたでしょう?」
「・・・・・・はっ」
いけない、あまりの厳しい現実に、私は思わず脳内エピローグ語りに入ってしまっていたらしい。
不意に戻った視界の中、柳眉を逆立てるキャンベル姫様の迫力に面食らって、私は慌てて居住まいを正した。
「まったく・・・。いえ、貴方が疲れているというのは分かっているのですわ。ですが、わたくしの名代として出席する以上、壁の花という訳にもいかないのです。アカネ、それは分かって?」
「わ、かりま・・・すん」
どうしてこんな事になってしまったのだろう?
私は、迫力のある美人さんを地で行く眼前の姫様の、包帯に包まれた右腕を見ながら、そう自問した。
姫様と私が居るのは、ドツイエ共和国との諍いから何となく有耶無耶になって、「ふっ、もうここに来る事はあるまい」と早々に記憶から消してしまっていた王宮内のダンス練習場(宿泊設備付き)であった。木目の見える固い天然板の床に、自分のちんまりとした足がバレエシューズなんぞを履いて立っている様には今でも慣れず、どこか滑稽だ。
そして、そろっと床伝いに視線を移せば、同じようなシューズを履いたキャンベル姫様の細い足首と、腕と同じく包帯に包まれた太股が、大胆に切れ込みの入ったダンス用のスカートから、ちらりと覗いて見える。
「わたくしも出来るものなら自分で出たいですわ。ですが、この身体では・・・」
親善試合からはまだ3日しか経っていない。
姫様が試合で負った怪我は当然癒えておらず、骨折には至らないまでも数カ所に重度の打撲と、実に痛々しい姿だった。
つまり、この突然のダンスレッスンは、怪我のせいで踊れなくなった姫様の代わりとなった私を、どげんかせんといかんと鍛えるべく催されていたのだった。
その、事情は分かるし、姫様も可哀想だとは思うのだが・・・。
「・・・まあ、踊りには支障無いのですけれど、でも、青あざの浮いた肌なんて、殿方には興醒めでしょう?」
「お、おど、踊レントン・サース・・・ちがっ」
踊れんのかい!と突っ込みたかった私は、某サーファーっぽいロボに乗る16歳で3児のパパとなった人の名前を言うことで、とりあえずは大体の気持ちを伝える事に成功した。
というか、そういう事って、普通11才の女の子が気にするような事だろうか?
いや、まあ、既にして色々と規格外な姫様なんだけれども。
すると、ふふふと妖艶に笑って受けたキャンベル姫様が、「いいこと、アカネ」と腰に手をおいて、どちらが年上か分からない仕草で私に言った。
「先ほどは名代と言いましたけど、レセプションにはわたくしも出ますわ」
「え・・・?」
「調印式を祝しての、また、以前に流れてしまった披露宴を兼ねての意味合いもあるでしょうね、ともかく、そういった場に王族であるわたくしが居いないのはおかしいでしょう?ですから、アカネにお願いするのはダンスだけ、という事なのですわ」
「・・・・・・」
いや、だからそれこそが問題なのだと、そして、何故よりにもよってその人選なのかと。
そりゃあ、姫様が踊れない事であぶれちゃった男の人の相方を誰かが代わりに務めないといけない、というのは分かるけれど。でもなあと、私は内心で大いに唇を尖らせて、話を続ける姫様を見上げた。
「そうすれば、わたくし自身は周りから離れた壇上にずっと座っているだけですから、見た目の問題は如何様にも誤魔化せますわ。互いに間近なダンスのパートナーとは違ってね」
なるほどなと、私が不満は感じつつも頷いて再び姫様を見上げると、彼女の表情がいつしか少しだけ曇っていた事に気付く。
「そして、今回のダンスパートナーはネストール様ですわ。前回のレセプションを兼ねるというのなら当然ですわよね。それを貴方にお任せするというこの悔しさが、あなたには分かって、アカネ!?」
強まった声音に驚くやいなや、伸ばされた姫様の手に私の両肩がガッチリと掴まれた。
一体どこの猛禽類に襲われたのかと、こめられた握力に私は慄然とするが、痛みを感じる前にぱっと力が緩められる。 そして、しゅんと眉尻を下げて悲しげに、キャンベル姫様はせつせつと私に訴えた。
「でも、こんな情けない姿はネストール様にお見せできないし。寝台で脱がせたら包帯まみれでした、では、やはり興も醒めるというものでしょう、アカネ?」
「・・・・・・」
一体、何を想定しているんですか、キャンベル姫様?
確かに、両肩に伸ばされた姫様の腕からは湿布の臭いがぷんと漂ってきましたけども。そして、それが乙女的な判断から言うのであれば、決して想う方にはお見せできないという言葉にも賛成できますけれども。
「それで代わりのパートナーを誰にするかと考えると、あなたしかいなかったのですわ」
「・・・・・・っ!」
私の肩に乗せられたままの姫様の手には、今はそれほどの力はこめられていない。
けれども、しっかりとした重みと手の平から伝わる熱とが鮮明に感じられて、私は、思わず、胸に迫るような感情を覚えた。
ネストールさんを好きと公言してはばからない姫様にとって、私は恋敵というか、邪魔で仕方のない相手の筈だ。
その私を想い人とのダンスパートナーに据えるなんて・・・。
一体彼女はどんな気持ちでその事を決めたのだろう?
苦しい胸の内を思って、私がうるりと目の縁を濡らしていると、続けて姫様は口を開いた。
「試合であれだけネストール様に恥をかかせたのですもの、今ならきっとあなたと彼の間はこじれる筈ですわっ」
「・・・・・・」
「更にいまだワルツすら踏めない貴女を見れば、幻滅する事必死ですわっ♪」
おいっ、姫様、3拍子は難しいんだぞ!
スキップ踏めない勢にとっては、難易度が高すぎると思うんだ。
次第にウキウキと、考えてみればそんなに悪くない状況かもと、一時は自分が踊れない事に消沈した様子に見えたキャンベル姫様だったが、今では逆にはしゃいでいるように見える。
そして、ひとしきり、情けない踊り手をパートーナーとするネストールさんを嘆いてみせると、姫様は付け足すようにして私に言った。
「もちろん、貴女を信用しての指名ですわ」
「・・・・・・」
それは最初に言って欲しかったなあ。
その後、午前一杯を費やして行われたダンスレッスンは、すっかりへそを曲げてしまった私に姫様自身も「まあ、そうの方が都合が良いですわね」と早々に匙を投げてしまい、一片たりとも進展を見せる事はなかった。
昼食を終えて、無人となった自室にて、私はばたりとベッドに倒れ込む。
正直、疲れてしまった。
明日の夜には調印式を祝した舞踏会付のレセプションだと言うし、そもそも、親善試合の件でかけずり回った疲れが取れていない。
実務質的には大したことはやっていないのだが、精神的な疲れからの倦怠感がまるで抜けない。
元来、可能であるなら1人たりとも会話を交わさず、独り趣味などに没頭して1日を終えたいと思う私である。現に高校ではそうだったし、その楽な過ごし方を変えようとも思わなかった。
そんな私がである。
あの親善試合の時には自分から働きかけて頭を下げ、知らない人に口頭で説明し、あまつさえ現場で指揮めいた事までやってしまたのである。
その精神的疲労たるや、ひつぜちゅ、あ、噛んだ。
「ありがたい事ではあるんだけどねえ・・・」
そんな詰まらない私に、ここの人たちは構おうとしてくれる。
さっきの姫様にしたって、信用して私を選んでくれたのは確かだと思う。たぶん。
でも、正直、煩わしいんだよなあ。
姫様の事や、それにネストールさんの事。
返すべき答えもちゃんと考えないといけないし。
何というか、らしからぬ頑張りを見せてしまった今だからこその気持ちなのか、ひどく何もかもが億劫で。
だから、そんな事ばかり考えていたせいだったのだろうか、この後、あんな事を私が言ってしまったのは。




