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その40




「イグラードの腰抜け参謀!」

「お前なんざ、悪童に殺されてしまえっ」

「イヴェルドの事は忘れないからな!絶対後悔させてやる!」

「一体何人があの山で死んだと思ってるんだ!」

「死ねえっ!」

「あら、でも良い男」

「やっぱ、死ねえっ!!」


 オルランドの観衆達からあがる恨みのこもった声に、私は黙って耳を傾けていた。

 

 最後の人達はちょっと違うが、怨敵として、舞台上に歩みを進めるネストールさんへと向けられるその罵声は、同時に私の胸にも迫るものがあった。イヴェルドでの大規模な山火事では数百人単位で死傷者が出ている。それに関して私自身にも責任の一端があり、一度は整理を付けた筈の心がざわりと蠢く。

 

 そんな私の目線の先で、石盤が敷き詰められただけの飾り気のない舞台上に登ったネストールさんは、いつも通りの颯爽とした立ち姿で相手の選手を待ちかまえる。

 山のような巨漢を見据える彼の顔には、一体どんな表情が浮かんでいるのか。見えるのは彼の背ばかりで、確認できたのは、周囲を睥睨するように浮かべられたデ・ヨンクの酷悪そうな笑みだけだった。


「よお、卑怯者の色男。他の奴らもテメエが惨たらしく殺されるのを心待ちにしてるようだなあ?」

「殺してしまっては、あなたの反則負けですよ?そうなるとミルナーが勝ってイグラードの3勝、それで良いのですか?」

「俺は別に構わないぜ?はなっから、この馬鹿げた試合の勝敗なんぞ気にしてるヤツはいねえ。そうだろ?」

「・・・・・・」


 時折、オルランド側からの激しい野次めいた声にかき消されそうになりながらも、2人の間で交わされる物騒な会話が私のところまで届いてきた。

 舌戦とでも言うのか、その不穏な空気を見て取った審判が慌てて2人の間に立つと、前の3試合同様、諸注意等を説明し始める。口をつぐみつつも、デ・ヨンクの獰猛な視線はネストールさんから反らされる事はなく、一層沸き立つ場内の雰囲気も手伝って、舞台上は異様な空気に包まれる。

 

 審判からの説明が進む中、私は2人の装備へと目をやった。

 ネストールさんは、見慣れた軍服の上から皮製の鎧と鉄製の鉢金を付けており、右手には反りの無い片刃剣、左手には腕に固定された正方形の小型盾の持ち手を握っている。見た感じはキャンベル姫様と同じような、スピードを重視した装備に思えた。

 一方、対するデ・ヨンクは圧巻だった。

 防具こそ、他の近衛騎士と差が無いものの、野太い両手に握りしめられた得物がえげつない。

 

 戦鎚とでも言えば良いのか、全長が2メートルに近い鉄の棒の先に、工作用の金槌の頭部分を100倍凶悪にしたような大きさの物が、シンプルに取り付けられている。

 ただ、それだけ。愚直なまでに対象の破壊を連想させるその武器のシルエットに、私は合図を出す事も忘れて唖然と見入ってしまった。

 あんなもので殴られてしまったら、刃があろうとなかろうと死んでしまう。

 

 ネストールさんが子供のように見える身長差と、武器を含めたデ・ヨンクの威圧感に私が尚も怯んでいると、審判から試合開始を告げる声があがった。

 それときっかけに、我に返った私は、すぐさま手を頭巾の上にやるようにして、小さく合図を出す。


 

 そして、その第4試合開始のかけ声の直後、動き出した2人の選手から立てられた音は、以下のようなものだった。


 ネストールさんが一歩踏み出すと、「ポミュ」

 デ・ヨンクが一歩踏み出すと、「ブヒヒーン」


 1歩、2歩と、聞き間違いなどではなく鳴り続ける「ポミュ」音を確認して、あわや激突と動き出していたネストールさんが足を止め、デ・ヨンクも怪訝そうに動きを止める。


「おいっ、今の音は何だ!?」

「そりゃ足音だろ」

「いや、でも足音にしちゃ、えらい間抜けっていうか」

「つか、デ・ヨンクに至っては馬の鳴き声だし、明らかに足音じゃねーし、ぷぷっ」

「澄ました顔の軍師が妙に可愛い音ってのも、笑えるな」


 会場にもその音はバッチリ聞こえていたようで、観客からは戸惑ったような声と笑い声がない交ぜにあがる。


 しかし、選手としてはいつまでも戸惑ってはいられないし、当然このまま動かない訳にもいかない。

 ネストールさんとデ・ヨンクは再び、間合いを計ろうと動き出す。


 ポミュ、ポミュ・・・ポミュミュミュポポ(←最後はすり足)。

 ブヒ、ブヒヒ、ヒーン、ブヒブヒヒーン(←慎重に歩みながら一歩大きく間合いを取った)。


 試合に真剣に臨んでる2人ではあったが、立て続けにその足の動きに完全に合わせて鳴る足音が、そんな彼らを滑稽に演出する。


「ちょっ・・・軍師の足音可愛い過ぎなんだけど!」

「ぶ、ぶははっ、馬っつうか、豚みたくなってんぞ」

「ぷぷっ、だめだ、腹いてえっ」

「おいっ、お前等、まじめにやれ!ぷっ」

「可愛いくてイイ男ってのも、また・・・」

「おまっ・・・っ!


 会場内からは戸惑うような気配は薄れて、ここに来て完全に、笑い声一色に染めあげられた。

 わははと、断続的に周囲の観客席からあがる笑い声を聞いて、私はまずは予想通りに事が運んだことを確信した。



 命題である「『キャンベル姫様の好きな人を助けたいと想う気持ち』を『ネストールさん達が国の為にと想う気持ち』を無駄にしないように叶える」という事。

 

 これに対して出した私の答えが、「笑い」だった。

 

 オルランド側の鬱積を晴らすという目的は、何もネストールさんへのリンチめいた試合でしか果たせぬものではない。

 確かにそれは効果的ではあるが、怨敵であるネストールさんを慰み物にしたいのであれば、それは「残酷な私刑ショー」としてではなく「滑稽なお笑いショー」であっても良い筈だ。

 

 頭巾の陰から、かすかに目線をやったホール1階の片隅、「写し身」で背後の風景にとけ込み潜んでいるウェルベック君の同僚(名前は失念したので以後音響さんと呼ぶ)、音響さんの仕事ぶりに、私は心配でならなかった先行きにほっと小さく息を吐いた。

 1階に2カ所、2階観覧席には3カ所、計6人+1人の弓兵の人に同様に潜んでもらって、音響さんとして頑張ってもらっている。

 音響の方の仕組みは単純で、「言伝て」でリアルタイムに会場控え室から音を送ってもらい、同様に最大音量で響かせているという具合。ただ、単純ではあるものの「魔法の使用と応用の発想に制限が掛かる」事から、手順を覚えさせるには困難を極めた。それ故に観客からは「これって魔法では?」という疑いの声があがらないというメリットもあるのだがそれを踏まえても割に合わない大変さだった。

 ちなみに、音の送信役はウェルベック君に担当して貰っている。録音機材なんて便利な物が無い以上、リアルタイムの生音を合わせていくしか無い訳で、その辺りは一番魔法の習熟度が高かった彼にお任せしたのだ。どうも「言伝て」の魔法自体で多少の音加工と速度変化が可能らしく、今のところ、寸分違わにず舞台上の2人をトレースして出される音を聞く限り、完璧な仕事ぶりとしか言い様が無い。うまい具合に馬に鳴き声を出させたり、クルミ2つをこすり合わせて出る音を少し早送りにして理想のポミュ音を探したり、昨夜、というか今朝まで寝ずに続けた努力は報われているようだ。



 そして再び舞台上、不可思議な音に対する違和感にもようやく慣れて、両者は会場内に満ちる笑い声を無視して、今度こそ真剣勝負へと相討つ。

 2人が真剣にやればやるほど、足音とのギャップから笑い声が増して雰囲気が緩むのだが、私としてはここからが本当の勝負どころなので、気をしっかと引き締め直す。


「おらあああっ!」


 弛緩した会場内の空気を最初に破ったのは、デ・ヨンクの叫び声と共に放たれた巨大な戦鎚による1撃だった。

 ブゥンと、空気を裂く音を立てて放たれたその1振り。

 しかし大振りだった為かネストールさんは難なくそれを回避し、滑稽な音と共に彼が着地した後、重い音を立てて足下の石の床が破砕された。

 えぐれるように石盤にめり込んだ戦鎚の破壊力に、観衆からの笑い声も一旦ぴたりと止む。


「ははっ、どうやら地面がぶっつぶれる音はフツウみたいだな」


 そして、ややあがった砂煙を打ち払うようにして戦鎚を両手で構え直すと、デ・ヨンクは口の端に皺作ってそう言った。


「・・・・・・」


 そう。音をいくら作ったからといって、試合の流れ自体を変える事は出来ない。

 あのまがまがしい凶器を避け損なえば、間違いなくネストールさんにとっては致命傷であるだろうし、面白おかしい音も、今度はその陰惨なショーを彩る要素にもなりかねない。

 この、「試合自体の勝敗」、これをどう誤魔化して「オチ」に持っていくか。ここからが正念場だった。


 

 そこからは、私にとっても、ネストールさんにとっても、試練の時間が続いた。


 最初の一撃こそ大振りだったものの、それは景気付けという意味合いが強かったのか、その後に仕掛けられたデ・ヨンクの攻撃はコンパクトで、速さで上回るネストールさんも時折避けきれずに盾でやむなく受け流し、文字通り身を削られる展開となっている。


「どうした?まさか、もう限界が近いってか?くだらねえ、くだらねーな、オイ!?」

「・・・ちっ」


 そして、完全に意表を突いた形で放たれる、戦鎚での突き。

 そこまで払うような攻撃一辺倒だったところに、この急な変化である、ネストールさんは身をよじってかわすも体勢が斜めに崩れてしまう。


「カゲンはしてやる、ぞっと!」


 その隙を見逃さず、まるでゴルフのドライバーショットのように、地面すれすれからすくい上げるような1撃が、ネストールさんの腹部辺りを狙って繰り出された。

 

「ぐあっ・・・!」


 もはや受けるしか無いと考えたネストールさんは、崩れた体勢のままに、自分から左の盾を打ちつけにいく。

 遠心力が乗ってからでは押さえきれないと考えての事だろう、その目論見はうまく行き、体ごと浮かされながらも何とか戦鎚の衝撃を盾で殺しきる事に成功する。


「イイ判断だが、これで、もう避けれねえな?」

「・・・・・・」


 ゆっくりと、体勢を戻しながら構えるデ・ヨンクの声に、私は、ネストールさんの方へと視線を向ける。すると、彼の左手にくくり付けられるように装着されていた正方形の盾は、見るも無惨に破壊されていた。もはや残る部分は取っ手部分だけで、これで、ネストールさんには防御手段が失われた。


「さあて、イヴェルドでの借り、ソックリ返させて貰うぜえ」


 余裕をもって、追いつめた獲物をなぶるように近づくデ・ヨンク。

 対するネストールさんも取り乱す事無く、用をなさなくなった盾の残骸を打ち捨て、落ち着いて眼前の敵を見据えている。

 が、彼の元々の目的を考えるなら、それはある種の諦念であり、想定通りの展開でもあるので、その落ち着きも当然と言えた。それでも、自殺行為に近いその状況に冷静にいられる彼が私には信じられないけど。

 

 ただ、これは好機だった。

 

 ブヒヒーンと滑稽な音による演出は続いており、淡泊な試合展開とも相まって、会場内の雰囲気はいまだ良好である。これが、流れの中で普通に撲殺されちゃいました、では話にならなかったが、こうして分かりやすい形で山場が来たなら、私たちにとってもこれはチャンスである。

 私は最後の、大詰めとなる仕掛けに対して、先ほどと同じように合図を送った。


「オメエはたぶん、半殺しにされるくらいの覚悟はしてんだろ?」

「・・・・・・」

「で、それで和平がうまく進めばなあとか、コズルク考えてやがる。それでもって、その後の事を考えれば、俺がお前を殺すまではしないだろうとも考えている」


 腰を落として、地面をこするように移動させて下段後方に戦鎚を振りかぶる。


「だが、それはアメエ、おおあまだよ」 


 対するネストールさんも身構えるが、彼の意図を考えるなら、それはもはやただのポーズに近い。


「俺はここでお前をコロス。和平なんぞ、どうなったって関係ねえ」


「・・・っ!」

「じゃあな、甘ちゃんグンシ殿っ!」


 そして、巨木のような腕に渾身の力を込めて放たれた超重量の戦鎚の1撃は、見かけに似合わぬ爆発的なスピードでネストールさんに迫り、ドォンという、重く響く音が舞台から会場内へと鳴り響いた。

 その轟音に見合った衝撃に、ネストールさんは、まるで何かの悪い夢のように、一直線に舞台上を吹き飛ばされていく。

 数メートル程を飛んでいった先、石舞台外周部の場外エリアに、ネストールさんは全く勢いを殺すこと無く叩きつけられた。 

 すると、その勢いからか、白煙がモワモワと巻き起こる。 

 

 今度こそ、笑い声のひとつも絶えて、場内は静まり返って成り行きを見守る。

 誰もがネストールさんの絶命を疑わない光景、しかし、たちのぼる煙の中に、よろりと立ち上がる人影。


「・・・っ!?」


 会場内の観客が息を呑んで注目する中、段々と薄れてきた煙の中から現れたのは、頭部を真っ白に染めあげたネストールさんだった。

 唖然と、観客たちはそれを見つめるが、やがて、無傷である驚きよりも、その間抜けさの方が際だって。


「・・・ぶっ、なんだあの格好はっ」

「ぶはは、く、唇まで真っ白だよ、ぐはははっ」

「つか、何で無事なんだよ、そして、何でまだポミュポミュいってんだよ!」

「ぷぷっ、髪の毛も染まっちまってるな、なんか一気にフケた感じするな」

「それもまた、イイ・・・」

「おまっ・・・!」


 おずおずと、会場内は再びの笑い声に包まれていく。

 

 うまくいったと、私が内心で喝采をあげている中、一体どうなったんだと、ポミュという音と共に一歩動いたネストールさんに、頭上から何かが落ちてくる。


 ガーン!

 

 そんな、軽薄な音を響かせてネストールさんの頭にヒットし、カランカランと足下に落ちたのは、いわゆる「金タライ」だった。

 

 や、やりやがった!

 私がある種の伝統美であるからと提案しつつも、適当な素材の物が無い事から、逆にこれで怪我をしたら意味がないと見送っていたのだが、どうやら鉄製のタライまんまでやっちゃったようだ。

  

 そのあまりに間の抜けた音と様に、会場内がどっと爆笑に包まれるのを確認してから、私はホールの天井付近に潜んだ7人目の音響さんに、グッと親指を立てたのだった。






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