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その39




 不敵に笑って拳を前に、猫足立ちの構えで油断なく立つキャンベル姫様。

 対して、予想外のダメージに呼吸は整いつつあるも、中腰のまま完全には立ち上がれていないフラールさん。


 両者の状況は数瞬前とは真逆で、息を呑んで静まり展開を追っていた観客からは再び大きな歓声があがった。私の周りのイグラード陣営も騒然としており、驚くべき姫様の戦いぶりにさざめきがなかなか絶えない。

 まさかキャンベル姫様が剣を捨てての肉弾戦に切り替えてくるとは。

 しかも、素人目にも動きが良くなっており、こちらの格闘術こそが姫様の得手である事は間違いがなかった。


 キャンベル姫様が試合に出た本来の目的である、「ネストールさんの試合に先んじて、オルランド側の鬱憤を自分の試合の時点で幾らかでも晴らそう」という狙い。それを踏まえて、見栄えを気にした結果の剣術スタイルだったと思うのだが、やはり不得手な剣では無理があったのだろう。鉄の手甲をグローブのようにはめた今の姫様は、心なしか生き生きとしているように感じられる。

 

 そんな様子を受けて、先程まで「健闘を称える」ようにあがっていたオルランド側の歓声も、今はがらりとその趣を異としていた。それは、更に実力が拮抗するだろう、更に白熱するだろう試合への期待。

 歓声は、じりじりと煮え立つような、焦がれたものへと変わっていた。


「・・・・・・」


 我知れず、痛いほどに握りしめていた自分の拳に、私は更にぎゅうと力を込めてしまう。

 1国の姫という身分、11才という年齢、身体を張って想う人の力となろうとする気概。

 その全てが、私には眩しかった。

 そしてその強さは、本質的に自分には無いものだという事が、この場で姫様を見て改めて実感出来る。


 

 具合を確かめるように正拳突きを数度、まるで仕切直しだと言わんばかりにフラールさんが立ち上がるのを待つ姫様の姿に、敵であるオルランド側からも拍手がこぼれ落ちた。

 そんなキャンベル姫様の振る舞いを私が見つめるうち、呼吸を完全に整えたフラールさんがゆっくりと上体を起こす。


「・・・余裕のつもりですか、姫様?」


 そして刺突剣を真横に一閃、盾を前に半身に構え直して、彼女はそう、凄むようにして姫様に問いかけた。


「余裕?そんなものある筈ないですわ、相手はオルランドの近衛でしてよ?」

「では、侮っておられた?」

「まさか。ただ、相手次第では剣でも十分かなとは思っていましたけれど」

「なるほど・・・」


 姫様の答えを受けて、ふふふと、フラールさんは肩をすくめて構えた盾を揺らす。その様子を見た姫様も前傾姿勢のまま後ろ足の踵を浮かせて軽快に身構える。


「それを侮ってるって言うんだ、このガキ!」


 直後、気合いの雄叫びをあげたフラールさんが、爆発的な加速でもって姫様に襲いかかった。

 

 オルランド側には歓声で届いていなかったかもしれないが、私を含めたイグラード側にはバッチリ今の声は届いてしまっている。新たな国交問題の火種にならねば良いがと心配しつつ、また、フラールさんの意外なキレキャラぶりに驚いた私が、一瞬遅れて目を向けた時には、盾を中心にしての彼女の攻め手に姫様が翻弄されるという光景が繰り広げられていた。


 盾を中心にと言っても防御中心という意味では無く、文字通り盾で攻撃し、その隙を補う形で剣を振るうという形。

 丸い鉄の盾の縁を打ちつけるように叩き下ろしたり、裏拳で殴るように盾で払ったりと、予想以上にその攻め手は変幻自在だった。

 盾と言えば守るものでしかないという私の固定観念を揺るがすその攻勢に、驚いたのは私だけではなかったようで、防御にまわっている姫様の動きもどこかぎこちない。


「このっ・・・!」


 キャンベル姫様はこのままでは埒があかないと、迫りくる盾を迎撃するように拳で突きを叩き込む。が、丸く厚みのある盾には力がうまく乗らず、牽制以上には効果がない自らの攻めに焦るように、少しずつ背後に押されていく。

 

 退がる一方で、それでも姫様は隙を見て、より威力のある蹴りを巧みに狙う。

 が、その度に今度は細剣で軸足を狙われて、回避を余儀なくされた姫様はステップをとってさらに後方へと間合いを取らされてしまう。

 自分の間合いである近距離から、自分から離れてしまった訳で、見る限り表情は変わっていないようだが、姫様の顔を滴り落ちる大量の汗には焦りの色が見えるように思われた。


 試合開始からこの時点で、10分前後が経っている。

 全力運動での10分がどれほど過酷かは、運動音痴の私でも十分に分かっているつもりだ。

 再び押され出したキャンベル姫様に、逆転を狙うだけの体力は残されているのか?


 間合いが離れた事で、フラールさんは再び細剣による刺突を中心とした戦闘スタイルに戻すと、文字通り中距離からつつくように、反撃の手だての無い姫様を追い込んでいく。

 ダンっ!という鋭い踏み込みの音がする度に、オルランド側の観客からは「おおおおっ!」という歓声が巻き起こった。


 対する姫様は左右へのステップで回避しながら再度の接近を計るが、そこはフラールさんも承知しているので容易には許して貰えない。牽制に放たれた突きとは比べものにならない速さの刺突が迎撃に飛んでくる。


「くっ!」


 それでも数度のチャレンジの後、巧みに牽制の嵐の中をかいくぐると、姫様は手甲で相手の剣先を滑らせるように反らせて、一気に間合いを詰める事に成功する。

 そして肉薄したフラールさんに向けて渾身のボディブローを放とうとするが、細剣の攻勢を切り抜けた姫様を待ちかまえていたのは、フラールさんの「蹴り技」だった。


「きゃっ・・・!」


 腰を落として既に攻撃へと移行していた姫様は、フラールさんから放たれた中段蹴りを避ける事が出来ず、まともに脇腹に受けてしまう。皮鎧越しとは言え、息が止まるような悲鳴をあげて、姫様は、もんどりうって後方へと弾き飛ばされた。



「言った本人が忘れていては世話がない。私は足癖が悪いのではなかったのか?」


 皮肉気に言うフラールさんに、しかし姫様は言い返す事が出来ない。

 肩を上下させての呼吸は実に苦しげで、膝を立ててすぐにも立ち上がろうとするが、がくがくと震える足は言うことを聞かず、隠すように腕でかばわれた脇腹のダメージの深刻さを物語っている。


 ここに至って、姫様の方に向きかけた流れは完全にフラールさんのものとなり、会場の大歓声に後押しされるように、彼女は堂々と歩みを進めると、姫様に向けてとどめを刺すべく、大きく剣を身構えた。


「・・・降参は?」

「し、ませんわ」

「だろうと、思いました」


 そして、いまだに石の床に片膝をついたままの姫様に向かって、大上段からの無慈悲な1撃が振り落とされた。

 本来の刺突に向いた細剣には似合わぬ縦への斬撃だが、恐らくは突いてしまっては大怪我になるからという、フラールさんの気遣いからだろう。どのみち気絶させる程の1撃なのだから慈悲があるとも思えないが。

 

 目を離す事も出来ず、私はその最後の瞬間をじいと、視界に収め続ける。

 迫る剣先を見つめたままの姫様に、回避する気配は見られない。

 

 しかしその1撃は、姫様の頭上に届くかというギリギリのところで、交差する形に伸ばされた彼女の腕によって受け止められた。

 その光景に、観客達のどよめきのような低い声が会場内に響く


「なっ・・・!」


 ガチリと、鉄の手甲と手甲の間に挟み込まれた華奢な細剣は、その状況に一瞬の抵抗と拮抗を見せた後、ポキリという音を立てて実にあっけなく、真っ二つに折られたのだった。


「やっぱり。あなた、絶対に最後の1撃は大振りになさると思いましたわ。そんなに観客の目が気になりまして?」

「・・・・・・」


 それから、地面を滑るように間合いをとると、キャンベル姫様は先程の蹴りでのダメージが芝居でしたとでも言うように、その場でジャンプすると、再び油断無く両手を眼前に構えた。


 呆と、空気が止まったように観客共々動きを止めていたフラールさんは、しばらくして用無しとなった折れた剣を後ろに放り投げる。そして、ぽつりと口を開いた。


「まわりの目が気になっているのは、あなたの方では?」

「・・・・・・」

「今のは形振りを構っていないという感じで良かったですが、でも、分かっているのでしょう?あなたでは私には勝てない。でも、あなたは『良い試合』をしなければならない」

「あ、あなた・・・」


 そのやりとりの後、静まった会場の中、再び2人はゆっくりと向かい合った。

 そして、それから行われたのは、まさに形振りを構わない、壮絶な乱打戦だった。


 互いの陣営から声援が乱れ飛ぶ中、フラールさんは盾で殴り掛かり、時には蹴りを、拳をも混ぜて、散々に姫様の体を打って、相手の戦意を刈り取ろうとする。

 対するキャンベル姫様も負けじと、受けた打撃を気にする素振りも見せずガムシャラに、その鉄で包んだ拳をひたすらにフラールさんに浴びせ、間合いが離れると見るや執拗に下段の蹴りを狙って相手の機動力を奪わんとする。

 

 防御を捨てた、お互いの技を尽くした乱打戦の様相に、会場内の観客達の高まりは、この日一番の盛り上がりを見せた。

 

 

 いつまでも続くかに思われたその熾烈な戦い。

 

 しかし、当然ながらに体力には限りがある訳で、「これ以上やると吐いちゃいますわ。さすがに姫が嘔吐はまずいですわよね?」とキャンベル姫様がギブアップを宣言する形で幕を下ろした。


 場内は惜しみない拍手で埋め尽くされて、よろよろと引き上げる2人は各陣営の選手達から暖かく迎えられる。

 石舞台を下りたところで力尽きたようにくずれ落ちる姫様を近くにいたミルナーが分かっていたように受け止めて、アシュリー将軍やハートもそれに続いて医務室の方へと歩いていく。 


 私の席からもそれは見えていて、そんな心温まる輪の中にネストールさんが居ない事にもまた気付いていた。

 彼は1人、離れた席から立ち上がる事もなく、じっと舞台の上を凝視している。


 本来とは違う形にはなってしまったが、姫様はあなたの為に戦ったというのに。

 あなたの為に傷だらけになった彼女に、あなたは何も言ってやらないのか?


 言葉を交わす間も無く運び出されていくキャンベル姫様の姿を見送りながら、私は、彼女の憤りをも背負うようにして、まだ迷いの残っていたネストールさんへの策を、やはり「決行しよう」と心の中で声に出した。





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