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その38




 それからしばらく、アシュリー将軍の鮮烈過ぎる勝利にホール内はどよめきに満たされた。

 

 私のように試合の進展に付いていけなかった観客達もようやく把握したのだろう、気絶したポウマが担架で運び出されるに至って、段々と、そのどよめきは歓声へと変わっていく。

 

 隣のオルランド人グループからも同じで、自国の選手が負けたというのに、拍手混じりに喝采を送っている姿も見える。

 あまりに圧巻な展開だと敵味方関係なく盛り上がるものなんだなと、その様子を視界の隅に収めながら、大体のところの確認が終わった私は、そろそろ一階に移動しようと思い席から立ち上がった。

 手筈を心得ているダイアーさんも黙って私に続く。

 そんな、揃っての途中退席にファーガソン将軍から怪訝そうな視線が投げかけられた。


「なんじゃ、やっぱり退屈しとったのか?せっかく盛り上がってきとるというのに」


 座席の背に手を付いて通路側へと移動する私たちに、まるで、試合を楽しんでもらえなかったのが自分の責任とでも言うように、残念そうな声をあげる将軍。

 確かに、次はいよいよキャンベル姫様の試合でもあるし、それは甚だ妥当な意見なんだけども、今は時間が惜しい。

 私は対応をダイアーさんに任せてさっさと通路から階段へと向かった。

 失礼だったかなとも思ったが、ああ見えて(失礼)、やたらと鋭いファーガソン紫将軍である、やろうと思っている事に横やりを刺されてはたまらない。ジェナス王様も軍本部に篭もりきりだった彼には話を通せなかったらしいし。

 

 気だけが急く私は、頭巾のフード部分を目深に両手で持って、1段飛ばしに階段を下りていく。

 そして、たまに2段飛ばしになったりして、「ヒュゥ、あぶねえ」と冷や汗を掻いた直後、案の定、足首をぐねるように着地してしまい、たたらを踏んだ私は、1階通路の脇にいた人に思い切りぶつかってしまった。


「ご、ごめんな・・・マラサイ!?」


 咄嗟に謝ろうと頭を下げかけるが、振り返ったその人物のあまりの巨大さに、私は驚愕して某0087な世代の傑作量産機の名前をこぼしてしまう。余談だが、私が生まれて初めて触れたプラモデルは、箱から出した時点で頭の部分が折れていた。それ以来買ったことはない。


 そんな感じに、過去の事が走馬燈のようによぎるのも仕方がない事だと思う。

 ごく至近から見下ろしてくる山のように大きな男、間違いなく風林火山だったら山ですよね?と言いたくなる巨漢、デ・ヨンクの凶悪な面構えを見てしまえば。


「なんだあ・・・テメエはぁ?」


 どこから声を出しているのか、地獄から響くように野太く低い声に、私はよろよろと後ずさる。

 すると、それに呼応するかのように、足下からも「う、あぁ・・・」というくぐもった声が聞こえてきて、私は反射的にベレッタは!?ベレッタはどこなの!?と錯乱しつつも下方に視線を向けた。

 そこには、ゾンビかくやな状態のオルランド側の選手、ポウマが担架に乗せられて横たわっていた。

 その顔には無数の青あざと裂傷が出来ており、そのうちの幾つかは激しく出血してしまっている。 


 その惨たらしさに、私が思わず息をのんでいると、担架の方からゆるりとこちらに身体を向けたデ・ヨンクが、ニタリと笑って私に言った。


「こいつ、ひでえザマだろ?一発でのされちまいやがってよ」

「・・・・・・」


 下卑た笑みを浮かべながらのあんまりな物言いに、私はほんの少しだけ冷静さを取り戻す。

 このポウマという人は、アシュリー将軍にさっきあっさりと負けてしまった人だ。なのに、この怪我の数はどういう事なんだろう?場外に落ちて怪我をしたにしても多すぎる。


「だからよ、俺がメイクしておいてやったのよ。これなら善戦しましたって感じにも見えっだろ?」


 先程不機嫌に歪められていた顔は、楽しみを邪魔された事に対してだったのか、今のデ・ヨンクは自分の手による惨状を他人に見せられて愉快で仕方がないと、ゲラゲラと狂人めいた笑い声をあげている。

 通路に反響するその哄笑を聞きながら、私は、彼の巨大な身体や酷薄そうな顔の造作よりも、その精神性にこそ背筋が震えた。

 そして、私など眼中に無いように笑い続けるデヨンクから、隠れるように頭巾を目深にかぶって逃げても大丈夫かなと逡巡していると、元々の付き添いであったらしい他のオルランドの人達がばらばらと駆けつけてきた。

 

 彼らが連れてきた医師らしき人にポウマの身柄を預け、即座に他の騎士達の手によって通路から運び出されていく。

 残った騎士達のには、フラールさんやナルシンの姿もあり、ポウマの状況に一様に顔をしかめていた。

 そして、ナルシンが、いつまでも肩を震わせたまま動こうとしないデ・ヨンクを、仲間と2人がかりで引きずって行くのを見ていると、一瞬だけ目があったフラールさんが、こくりと私に向かって頷いた。

 

 どうやら、オルランド側でも「許可」は得られたらしい。

 私は恐怖とは異なる種類の震えを手に感じながら、ゆっくりと1階の客席の方へと向かった。




 予想外に消費した時間に焦って、私が急いでイグラード側の観客席に腰を下ろすと、丁度、第3試合出場者であるキャンベル姫様とフラールさんが、舞台上に呼び出されているところだった。

 

 1階席という事で、よく見えないかもと心配だったのだが、もともとイグラード側には観客が少ないらしく、私は、選手達の細かな仕草までもが見て取れる、かなり良い場所に陣取ることが出来ていた。

 

 石の舞台に足をかけたキャンベル姫様は、静かに闘志を湛えている感じで非常に落ち着いて見え、さっきまでネストールさんの横顔に見惚れるだけだった女性と同一人物とはまるで思えなかった。

 姫様の装備は、訓練場で見た乗馬服スタイルに皮の胸当てと厚めの鉄の手甲、武器もまっすぐな刃筋の小剣と腰にやや大振りの短剣と、見るからに軽装で、いかにも速さで戦うスタイルのように思われた。


 そして対岸、似たようなポーズで石舞台に足をかけているフラールさんは他の近衛騎士同様の中装。しかし、武器の方はと言えば、鋭く細い刃先が覗く見るからに軽そうな刺突剣と小さめの盾を手にしており、姫様と同じくこちらもスピードで翻弄するタイプだろう。


 そんな2人が舞台中央で相対して、事前の注意事項を審判から伝えられるその声も、私の席からは聞き取ることが出来た。それほどに選手達を近く感じられる席で、当然、舞台脇に立つ他のイグラードの選手達の姿も私には見える。

 そしてまた、中央の2人を静かに見つめるネストールさんの後ろ姿も。

 

 彼は今、どんな気持ちだろうか?

 自分の仕事の邪魔をする姫様が、ただ煩わしい?

 それとも、健気な行いに胸を痛めている?


 キャンベル姫様の戦いは、果たして本当の意味で勝利なり得るのか?


 複雑な想いで見つめる先で、第3試合の開始が告げられた。




 試合は、こう言ってしまうと悪い気がするのだが、これまでの中で一番白熱した展開になった。


 正当派の捌いて突くという剣術を徹底するフラールさんに対して、キャンベル姫様も、左の短剣で受けて右で斬るという対照的なスタイル。

 そのシンプルで分かりやすい攻防の応酬は、10合を越えても尚、風に舞うような速さと軽やかさが保たれたままに続けられていた。

 それはひとえに互いの技量が拮抗しているからで、見ている側も手に汗を握って試合に引き込まれていく。

 しかし、熱中する反面、実に心臓に悪い試合でもあった。

 刃先は潰されてるとは言ってもあの細さならひとつ間違えれば身体に刺さってもおかしくないし、あの姫様の左手に持つ短剣にしたって、柄から垂直に伸びた棒の部分であわよくば相手の剣を受けて刃をへし折ってやるという狙いが見え見えで、とにかく素人の私にも実に分かりやすい形で互いが伯仲しているのだ。


「はあああっ!」


 そんな速い攻防の流れの中から、舞台外縁部で踊るようにステップを踏んだ姫様から、遠心力をも篭めた斬撃が逆袈裟に放たれる。

 距離が近いせいではっきりと聞こえた姫様の掛け声に驚きながらも追った剣先は、しかしフラールさんには読まれていたようで軽く上体を反らす動きだけでかわされると、逆に無防備となってしまった姫様に反撃の突きが飛ぶ。


 ギンッと、だが、それこそを読んでいたというように、まっすぐ迫りくるフラールさんの刃を受け取ったのは、キャンベル姫様の左の短剣だった。

 

「くっ・・・」


 この試合で初めて見せる焦った表情を浮かべると、フラールさんは瞬時に剣を引こうとするが、短剣の柄部分に絡め取られるようになって思うように行かない。そのまま、キャンベル姫様は相手の剣を手放させるべく左手に力を込めるが、驚くべき事に、その時にはフラールさんはあっさりと自分の剣から手を離しており、一瞬、姫様が手応えの無さにぐらりと上体を揺らせる。

 

 その刹那の隙に、フラールさんは姫様のくるぶし辺りを蹴って払うと、続けて完全に体勢を崩した姫様の腹部にどんと前蹴りを決めた。


「く・・・はっ」


 たまらず、転がるようにキャンベル姫様は間合いを取るが、力の抜けてしまった左手からは、防御の要であった短剣が失われてしまう。


「おおおおおおおっ!」

 と、会場からは、息をのませぬその攻防に地響きのような歓声が鳴り響いた。


 正直なところ、私も同様の気持ちである。

 強いとは聞いていたけれど、まさか1国の姫様が正規の騎士相手にここまで戦えるなんて。

 でも、この歓声は優れた攻防以上に、その健闘を称えてのものだった。


 健闘。つまり、拮抗は既に崩れて、勝負が付いたと観客は判断したのだった。

 

 それは私も同じで、でも・・・。

 でも、おまえには出来る事があるのかと、強く私に尋ねた姫様がこれで終わるようにも思えなくて、私は、苦しそうに息を切らせて立ち上がる敗色濃厚な彼女の姿を見ても尚、痛いほどに自分の腕をかき抱く手の力を抜けないでいた。

 そして、ぽつりと、小声ながらはっきりと、姫様から言葉が発せられるのが私の耳に届いた。


「はあ、格好よく正規の剣術でと思ったのですが、うまくいかないものですわね」

「・・・なに?」


 観客と同じように勝負はついたと確信し、それでも微塵の隙もなく姫様の挙動を見守っていたフラールさんも、その不敵な姫様の様子に眉根を寄せる。


「でも、あなたも足癖が相当よろしくないようですし、こうなっては仕方ありませんわよね?」

「何を言って・・・!?」


 言うなり、蹴られた腹部を痛そうに押さえていた、ように見えた姫様の右手からはカランと剣が手放されて、手甲を深く填めてナックルのように構え持ったキャンベル姫様が、先ほどまでの攻防が霞む程の速さで、フラールさんに迫った。


 ガキン!っと、鉄のナックルを鉄の盾で受け止める音が響きわたり、驚くフラールさんの鋭さを欠いた反撃を左右のステップで軽快にかわしながら、姫様は続け様にパンチの連打を繰り出していく。

 だが、フラールさんは、すぐに冷静さを取り戻し、パンチ自体は軽いと判断して払うように盾を激しく打ちつけた。

 その衝撃に、正面衝突した形の姫様は後ろに押し戻されるが、その反動を利用して身体を半回転、恐るべき速さで、後ろ向きのままに蹴りを放った。


 それは吸い込まれるようにフラールさんの腹部に直撃して、前にのめるように膝を着きかけるが、それでも剣を支えに何とか追撃の間合いから逃れる。


「ぐっ・・・こ、この・・・っ!」


「さて、これでおあいこ、ですわね?」





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