表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/97

その37




 開始早々、緊張しているのが私からも見て取れていたハートは、表情を一転、雄叫びをあげて猛攻を仕掛けた。

 鉄製の槌矛が唸りをあげて、連続して相手選手に襲いかかる。

 

 一方、いきなりの攻勢にやや意表を突かれた形のストロートマンは、それでも即座に体勢を立て直し、長大な盾を前面に押し出して攻撃の悉くを防いでいった。

 

 ガキン、ガキンと、重みのある金属が堅い木材に叩きつけられる音がホール内に鳴り響く。

 

 早々に守勢一方となってしまったストロートマンに、オルランド側の観客からブーイングともエールとも取れる声が、そこかしこからあがる。

 一気に過熱し、騒然とし出した観客席に気圧されながらも、私は眼前で繰り広げられる戦いの臨場感と生々しさに、目が離せないでいた。

 

 誘拐騒ぎの時にミルナーが刀を抜いて戦うのを見てはいたが、戦闘行為そのものだけに集中して「観る」というのは厳密にはこれが初めての体験である。しかも、あの時とは違って俯瞰的に見ている為、一層、戦いの状況がリアルに感じられて、金属音が鳴る度に体がびくりとなるのを我慢しなけらばならなかった。


 

 試合は、誰から見ても、ハートの一方的な優勢で進んでいるように思われた。

 

 ストロートマンの防御術は見事で、盾の大きさを感じさせない素早い足捌きなども見せており、実際、体への直撃も皆無ではある。だが、逆に攻撃面はと言えば、大きすぎる盾に隠れての単調な刺突のみで、槌矛に小型の盾と、軽装で速さに勝るハートに対して有効打を与えられるとはとても考えられない。

 しかも、試合開始から数分、何十と打ち込まれた鉄製の槌矛の打撃に、大部分が木製であるスクトゥムはぼろぼろで、縁からめくれあがるように損壊してしまっている。

 このまま進めば、盾が完全に使いものにならなくなるのは時間の問題で、ストロートマンの戦術が防御中心である以上、ハートの勝利は揺るがないものと思われた。


 その事を会場のオルランド人達もよく分かっているのだろう、ハートを応援するイグラード側よりも倍する声で、「逃げるな!」だの「前へ出ろ!」だの「虎だ!お前は虎になるのだ!」だのと、けしかけるような声があがっている。

 そんなオルランド側の大歓声に、逆説的にハートの優勢を確信した私はひそかにほくそ笑むが、よく考えてみたら、親善試合の目的を考えるなら彼が勝つのはまずいのでは?と、ガッツポーズぽく握りしめかけていた手を、どちくしょう!と自分の膝に叩きつけた。


「・・・何をじたばたやっとるんじゃ、お前さん。試合が退屈にでもなったかの?」


 すると、完全に挙動不審な観客と化していた私に、ファーガソン将軍から声が掛かった。

 

 恥ずかしさに言葉が詰まり、首の横運動だけで答えを返していると、続いて将軍から「じゃったら、この試合、どっちが勝つと思うね?」と、尋ねられた。

 眼下の試合は、先ほどから変わらぬままハート優勢で進んでおり、私は「ハ、ハート、さま」と、某、肥満故に攻撃無効化に成功した拳法殺しな人との混同が危ぶまれる名前を口に出した。ちなみに試合がんばってる方のハートは太っていないので、念のため。


「まあ、そう見えるじゃろうな。緊張を気迫ではねのけたハートも確かに見事。じゃが、ああも単調になってはな」


 その言葉を聞きながら、更に眼下の試合に目を凝らしてみれば、確かに、最初は猛攻と呼ぶにふさわしかったハートの攻撃が、こう、何というか、リズムが分かるような、大振りな物に変わっている気がする。


「あのオルランドの騎士が守勢一方だと分かって、攻め手が相手の盾を壊す事だけに集中してしまっておるんじゃ。あれでは、ただの土木工事じゃよ、ほれ、そろそろ変化がくるぞ」

「・・・っ!」


 そのファーガソン将軍の言葉の直後、盾の破壊の為に大振りにハートが構えた刹那、盾ごと動いて滑るように間合いに入ったストロートマンが、そのまま盾を寝かせてハートの下半身を強襲。すぐさま反応したハートだったが、完全にはかわしきれずに、膝下を殴られた格好で、大きく体勢を崩して片手を地面に付いた。


 瞬間、交差するようにそのまま走り抜けると思われたストロートマンが急旋回し、その勢いのままにスクトゥムを振りまわすように構え直すと、破壊が間近だった盾からバラバラと、破片が飛礫のようにハートに向かって飛んでいく。

 そして、それでも何とか体勢を整えつつあったハートは飛来する破片に槌矛を一閃。そして、次に来るだろう刺突攻撃を予想して素早く小型盾構えるが、横合いからその盾を避けるように彼の脇腹をえぐったのは、長大な「槍」だった。


「ぇ・・・、槍?」


 驚く私を置いてけぼりにするように、階下ではすぐさま審判によってハートの気絶が確認され、勝利者の名前が高らかに読み上げられる。

 その鮮やかで、あっけなさすぎる逆転劇に、私と同じように一瞬ホール内は動きを止めるが、すぐにわっと言う歓声に埋め尽くされた。


 それにしても、あの最後の瞬間、何が起こったのだろう?当たり前のように他のオルランドの選手から祝福を受けるストロートマンの姿を見ながら、私は彼の右手に握られている「槍」を呆然と見つめた。


「あれは、アダーガじゃの。いや、ただの仕込み盾と呼ぶべきか。ともかく、あの長方形のスクトゥムには槍が仕込んであったのじゃよ。武器は確認に出すが、防具は自由というルールの盲点をついた形じゃなあ」

「・・・・・・」


 ふぉふぉふぉと、続けて笑うファーガソン将軍の声を、私は、信じられない気持ちで聞く。


 つまり、それって、ただのズルって事じゃないの?

 拍子抜けというか、興醒めというか。それでもって、普通に仲間や国の人たちにちゃんとした勝利として歓声を送られている、この現状が私には不思議でならなかった。


「なんじゃ?アカネ殿は不満そうじゃな。大方ズルっこで負けたみたいで納得いかんというところか?」

「っ・・・」


 図星ですと、肩をふるわせる私に、再度将軍の笑い声が響く。


「そうさな、アカネ殿。戦における1人の兵の最大の仕事は何じゃと思う?」


 そして、私は、階下で次の試合の準備が進められているのを眺めながら、軽い調子で投げられたその問いについて考えてみた。

 

 1人の兵・・・、何だろう。命令を守る事とか、生きて帰る事とか?しかし、話がさっきの試合に掛けての事なら、どうにもしっくり来ない。私は分からないと、首を左右に振ってから後ろのファーガソン将軍に振り返った。


「それはな、必ず1人の敵を殺す事じゃ」


「・・・・・・」


 何というか、あまりに単純で捻りのない将軍の答えに、私は頭巾で表情が隠れている事も忘れて、不満げに見返す。

 そりゃ、戦においての1人の兵が、1人の敵を倒す計算で勘定されているのは分かる。でも、それは状況や環境でどうとでも変わる訳で、そう言い切ってしまうと将軍の言葉は精神論に近いというか・・・。


「1兵にとって、同じ敵と相対する事は稀。戦場に於いてはほぼ無いと言って良い。すると、問われる能力とは何か?それは、『初見の敵を必ず殺し切る力』に他ならんのじゃ。それは、先ほどあったような、1芸に近い『騙し討ちの技術』でも良いし、アカネ殿が期待するような『磨きあげた武芸の技術』でも良い。たった1度、必ず相手を殺しきれる技であるなら、そこに差は無いんじゃよ」

「・・・・・・」


 戦いにおいて、相手に勝つ為には、必ずしも上回る必要は無いという意味合いだろうか?

 確かに1度勝ってしまえば、相手はそれで死んじゃってる訳で、当然2度目は無い。だから1度バレたら通用しなくなるようなさっきの仕込み盾みたいな姑息な手にも、十分必殺の技術としての価値があるという考え方。

 軍人さんとか、実際に戦っている人たちには当たり前の感覚なんだろうけど、どうにも身も蓋もないというか、いまいち釈然としない。というか、やっぱり精神論だよね、これ・・・。


「とはいえ、所詮は軍に近しい類の人間の感覚。納得できんというアカネ殿の気持ちも分かるんじゃ」


 すると、優しげに、穏やかな声音でそう言ってから、ファーガソン将軍はすっと私の肩に手を置いた。


「・・・じゃから、安心して、理解できん連中の巣窟である軍など辞めて我が家に来るんじゃ。今なら財産分与権はかなり上位の方に・・・って、ダイアー女氏、前にも言ったと思うんじゃが、儂の手そっちには曲がらんのじゃよ?」


 そして、小さく隣に頭を下げながら、私は次の試合を見るために前へと向き直った。




 石舞台の中央には、既に武器を受け取って用意万端の2人の姿が見える。

 オルランド側、揃いの鎖帷子に身を包むは、先ほどのストロートマンよりは多少小柄ながらも、鎧の隙間から見える四肢は筋肉の固まりで、溢れる爆発力をそこに立っているだけで発散させている、ポウマと呼ばれた男。

 対するイグラード側は、5色将軍の1角、白髪の混じる長い髪を後ろで縛ったどこか古風然とした印象を抱かせるアシュリー将軍。青を冠する事からか、その上半身は青色の艶やかな鱗鎧に包まれており、腰から下げる2振りの剣も持ち手と鞘が深い青色に染められていた。


「・・・2刀、りゅう?」


 思わず、私の奥底に煙る厨2病精神がダイレクトに触発されて、つい漏らしてしまう。

 

 元の世界、日本の剣道の試合でも稀に2刀での試合がテレビに映ったりするが、あまり勝っているイメージが無い。何というか、間違いなく強みはあるのだろうけど、それ以上に扱いと習熟が困難というか。一言で言ってロマンに近いんじゃないかと思ってしまう2刀流。武蔵さん、すいません。


 だから、こう言っては失礼だが、ロマンは感じたものの、アシュリー将軍の強さにはあまり期待していなかった。

 また、彼との初対面の状況がぐだるサラリーマン的軍人さん満載の会議室だったのも影響している。何というか、彼は私の中では会社における重役さんみたいな感じで、ミルナーのように前線で戦うイメージが皆無だったのだ。


 

 そして、続く2試合目を開始する審判からの掛け声に、私はつらつらと考えに沈んでいた意識を急速に引き上げて、試合へと意識を集中した。

 と、思ったら、試合が終わった。



「・・・・・・え?」


 ポウマと呼ばれた矮躯の男が、先ほどの試合のハートのお株を奪うような、開始早々の速攻を仕掛けたのは確かに見えた。

 そして、彼が構える三角形の盾と長い剣が、ぶれるようなスピードでいまだ剣も抜いていないアシュリー将軍の間近まで迫ったのも見えた。

 だが、そこからが見えなかった。

 気づいた時には、ポウマは盾と剣ともども舞台端に弾き飛ばされて、場外負けが宣言されており、石舞台の横面に凭れるように場外に半身を投げ出して気を失っている有様。一方のアシュリー将軍はと言えば、交差するように両方の剣を振りあげて、ゆっくりとそれを戻す動きのみが何とか見てとれた。


「ふむ、さすがはアシュリー将軍じゃの。斬撃を打ち上げてそのまま更に2撃うちおったな。相手の方は体重が軽かったのが不幸じゃったのお」


 と、まあ、私には見えなかっただけで、ファーガソン将軍によれば見所のある攻防が交わされていたようで、私は、「わ、分かっていたさ。良い試合だったね♪」といった感じに、ぽかんと開いていた口を早々に閉じた。


「どうじゃ、アカネ殿。今の試合ならお前さんも満足じゃったろ?あれが正真正銘、必殺の域まで『磨きあげられた武芸の技術』というやつじゃからな」


「・・・・・・」


 私は、「騙し討ち」にしろ「磨いた武芸」にしろ、あまりにあっけないとどう仕様も無いなと、後ろで笑い声をあげる将軍に、はははと、乾いた笑いを返すのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ