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その36



 王様に何とか説明を終えて諸々の許可を得るのには、結局、2時間程掛かってしまった。

 

 これでも頭巾のお陰で王様の視線を気にしなくて良い分、かなりスムーズに進んだ方だと思う。遅々とした口振りに、何度も天を仰いですっかり疲弊してしまった王様にはその差は感じられなかっただろうけど。

 そんな王様の姿に、何度もネストールさんを通せば話はもっと簡単だっただろうなと思ったが、目的を考えるとどうしても彼に頼る訳にはいかなかったのだ。

 

 目的。

 それは、「キャンベル姫様の好きな人を助けたいと想う気持ち」を「ネストールさん達が国の為にと想う気持ち」を無駄にしない形で叶える事。

 

 

 そして、その為の許可が得られた私は、それから親善試合が始まる直前までの、1日半を準備に徹した。

 

 ウェルベック君を通して彼の同僚達の力を借り、「魔法の使用法や応用の発想に制限が掛かる」という制約から遅々として進まない作業手順の伝達に頭をかきむしりそうになったり、初めて会う人達への指示や会話に防災頭巾の防壁に守られながらも緊張から手の震えが止まらなかったりと、準備以前のところで疲労困憊となりながらも、ようやっと、準備を終えて、親善試合が行われるこの時を迎えることが出来た。


 やれる事はやったと思う。

 徹夜明けでフラフラする足取りを自覚しながら、私はいつかの凱旋式で使用された大ホールの階段を登っていた。

 

 登り終えた先の2階観覧席は既に半分程が埋まっており、そのほとんどがオルランドの和平使節団の人達で占められていた。

 私はその人達から極力目立たないように隅の壁を伝って、ダイアーさんが席を取っている手筈の場所へと足を進めた。

 ちなみに今の私は黒の防災頭巾装着済みなので、多少の人の目はヘッチャラだ。しかも、今回はドレスの方も黒で統一されており、更にはダイアーさんに土下座してお願いしたので膝下丈の大人仕様!恐らく闇夜にとけ込む忍者の如く目立っていない筈だ。

 防災頭巾に加えての完璧な防備に後押しされるように歩みの強さを取り戻して、私は無事、所定の席へとたどり着く事が出来た。

 

 ダイアーさんが用意してくれたその座席は、最前列席な上に周囲がほぼ空席で、また、オルランドの人達が一団となって座る席からもやや離れており、ゆっくりと観戦を楽しむには適した場所だった。

 これならあまり周りを気にせずダラっと出来るなと、私が疲れた体を本当にダラっと席に沈めていると、誰もいないと思っていた後ろの席から急に声が掛けられた。


「アカネ殿久しぶりじゃの。ところで、えらく目立つ結構をしておるが、一体何じゃねそれは?」

「・・・っ!」


 目立っていた・・・だと!?

 私が青天の霹靂とばかりに後ろに振り向くと、そこには好々翁めいた笑みを浮かべてこちらを見るファーガソン将軍の姿があった。

 今日の将軍はいつかの馬車で見たような一般兵の服装ではなく、ビシリと祭典用の軍服を着こなしており、ピンと整えられた白髭とも相まって非常に威厳のある格好だ。

 そんなファーガソン将軍との久しぶりの再会に、この人一体どこから現れたんだろう?という疑問はさて置いて、私は、問われた事に答えようと口を開いた。


「っと・・・せ、制服で、す」


 何と答えたものかと一瞬悩み掛けたが、仕事用の服という事では違いあるまいと、私はつっかえながら答えた。

 

「ほぉ・・・。制服と言えば、アカネ殿は軍に入ったと聞いたのじゃが、本当なのかの?」

「ほ、んとう・・・」

「ふぅむ、そうか・・・」


 そして、続く問いに答えた私に眉根を寄せると、ファーガソン将軍はそう言ったきり、腕を組んで黙り込んでしまった。

 周囲の席は埋まっておらずとも、数メートル程しか離れていないオルランドの人達の喧噪はこちらまで届いている。が、そんな中にあっても急に押し黙ってしまった将軍との間は確かな沈黙で支配されて、息苦しいような緊迫した空気が流れる。

 そしてその気まずさに、そろそろ私が後ろに向けていた上半身を前に戻そうかと思った時、おもむろにファーガソン将軍が口を開いた。


「なあ、アカネ殿。儂ぁ、あの時言うたよな。どう仕様もなくなったらうちに来いと。お前さんくらい養ってやるわいと」

「・・・・・・」

「あの時、悩むばかりじゃったお前さんが、軍を選んだ。何故なんじゃ?」


 静かに問いかけられた将軍の言葉には、私を責めているような響きが感じられた。

 

 それは、安易な結論を出してしまった私の浅慮に対してだろうか?

 確かに、私は状況に流されるようにイグラードの民となる道を選んでしまった。でも、それは国の窮地を救う為なんていう大それた英雄的思考からではなく、私にメリットがあると感じたからだ。私には生活の基盤が必要だった。だからこその決断を、何故、今になってこの人に咎められなくてはならないのか?

 私はそういった反感を込めて、頭巾の奥からファーガソン将軍を強く見つめるが、果たしてそれが届いたかどうか。続けて、将軍は口を開く。


「何故、儂ん家に来なかったんじゃ。来てくれさえすれば、そんな長いスカートなぞ穿かせなんだものを!」

「・・・・・・は?」


 言葉に出すうち憤りが増したのか、興奮した様子で将軍は立ち上がり、私の方を指さして更に言った。


「しかも、黒じゃと!?それが、果たして真にアカネ殿の魅力を引き出す色か!?否じゃ!かつて王宮侍女を率いて服飾に革命をもたらしたダイアー女氏がいてこの体たらく、まこと嘆かわしい!それだけ軍部の規定が厳しく保たれていると言う事でもあるが、しかし、じゃからこそ、軍に入るという選択はあまりに早急!早急に過ぎたのじゃ、アカネ殿ぉ!」


 分かった。分かったから、もうちょっと声のトーン落として!オルランドの人達がこっちを見てるから。

 

 私は、尚も続きそうだったファーガソン将軍とは赤の他人であるという事をアピールすべく、即座に体の向きを前へと戻した。

 今日は立派な格好だから思い出しそびれていたけど、このお翁さんは確かこんな人でもあったな。

 やれやれと、私が痛みだした額を揉みほぐしていると、今度は横あいから声が掛かった。


「アカネ殿、まだ話は終わっておらんのじゃ」

「ひっ・・・」


 どういうカラクリなのか、気づく間もなく瞬時に私の真横の席へと移動していたファーガソン将軍は、「もうちっとだけ続くんじゃ」と私の肩に手を置いた。


「こうは言ってもな、アカネ殿、儂は喜んでもおるんじゃ」

「・・・・・・?」


 一転して落とされた声のトーンに、私も今度は真面目な話のようだと、逃げ掛けていた体勢を戻して将軍の話に聞き入った。


「儂はな、常々思っておったんじゃ。迷彩効果、即ち、色彩による視覚効果にどれ程確かな効果が望めるのかと。それで何人の危機が具体的にどう救われるのかと」


 いきなりの軍事的?な話に首を傾げ掛けるが、私が軍に入った事と何かしら関係しているのだろうと、そのままおとなしく聞き続ける。


「確かにそれで効果があると自覚出来た者もおろう。じゃが、他人からの目ではどうじゃ?それは確かと言えるじゃろうか?確かなのは・・・」


 すると、そこで言葉を切った将軍は、くわっと目を開いて、肩に置いていた手を私の太股へと移動させた。


「確かなのはこの感触だけなのじゃ!じゃから、ちょっと痩せて見えるかもとタイツなんぞを穿かずに生足のままじゃった事だけには感謝しとる!ありがとう、アカネ殿!」

「ひ、ひぃっ・・・!」


 ま、真面目に聞くんじゃなかった!と、自分の太股が撫で回される感触に総毛立てていると、将軍の背後からすっと影がかかった。

 それと同時、あれだけ執拗に這い回っていた将軍の手の感触は消えて、代わりに落ち着いた声が聞こえてきた。


「将軍、そこは私の席ですので、退席して頂きますね」


 そして、ぺいっと、ひどく軽い素振りで、声の主であるところのダイアーさんは、かなり複雑な形にキメていた腕を軸に、将軍を後方へと投げ飛ばした。

 乱れた服の袖を整えて、「遅くなって申し訳ありません」と穏やかに笑って隣に座るダイアーさんに、私はちょっと本気で怖かったので恥ずかしさも忘れて、ひしと抱きついてしまう。


「あらあら、アカネ様ったら」


 と、優しく髪を指で梳いてくれるダイアーさんの感触に心底安心していると、いきなり、わっとあがった会場内のざわめきに、私は驚いて飛び上がった。

 

 どうやら、お翁ちゃんに遊ばれているうちに第1試合の開始が宣言されていたらしく、階下を見てみると、選手名が読み上げられる大きな声に、両陣営の選手を含めた会場内全体が声援と喧噪に沸いている。

 その様子を「いつの間に・・・」と、呆然となって私が見ていると、後ろの席によっこらしょと戻ったファーガソン将軍が口髭に手をかけながら言った。


「この手の催しの前置きは長くて詰まらんからの。アカネ殿が退屈せんように儂がお相手をしてさしあげた、という訳じゃな。まあ、今回は目的が目的じゃから、短かったようじゃが」

「・・・・・・」


 善意だとでも言いたいのだろうか、このセクハラ将軍は。

 私はいまだに残る怖毛にぶるりと震えながら、お尻を浮かせて試合会場である階下をのぞき込んだ。


 会場となる1階には、雛壇を除いたほぼ全面に石版がタイル状に敷き詰められており、上から見た感じは戦略シミュレーションゲームに於ける升目のような印象だ。そして、その升目部分をリングとして、周囲には3メートル程の空き空間が設けられている。

 この親善試合は5試合が行われ、その勝ち数が多い方が勝利となるのは前述の通りだが、試合毎の勝敗は、気絶か、ギブアップ、リング外に落下する場外判定によってのみ判断される。つまり、あの周囲の3メートル程の空間が場外となる範囲な訳だ。私は、その想定通りの配置に小さく息を吐く。


「お、出てきたようじゃの、ハートの奴めはガッチガチじゃな」

 

 そんなファーガソン将軍の声に視線を動かしてみると、リングとなる石舞台の横にある大きな台の前に、先ほど呼ばれた2人の選手が集まる姿が見えた。

 どうやら事前に提出した自分の武器を受け取っているようで、ハートと呼ばれた人が、ぶんぶんと緊張を振り払うように、手にした槌矛メイスを素振りする様子が窺える。


「人死にはまずいからの、ああやってちゃんと刃が潰されておるか事前に確認に出しておるんじゃ。それにしても、オルランドの方は重装備じゃのお、近衛なのに珍しいわい」


 ダイアーさんの目が光っているからか、ファーガソン将軍は解説役に徹してくれるようだ。門外漢の私には有り難いが、出来たら真後ろから耳元に向かって言うのは勘弁して欲しい。防災頭巾が無かったら間違いなく逃げ出しているところだ。

 

 そして言われたとおり、オルランド側、選手名で言うとストロートマンだっただろうか、鎖帷子を身につけた黒髪の男性の方を見ると、自分の獲物である長剣と長方形のいやに大きい盾を身構えるのが見えた。大部分は木製のようだが、縦に1.5メートル位はあるんじゃないだろうか?


「あれはスクトゥムと言っての、密集隊形で並べて使う事が多いんじゃが、屋内での白兵を想定する近衛にしては変わった物を使っておるのお」


 転じて再び見てみると、ハートの方は小型の丸い盾を付けている。1対1で戦うとなると、なるほどこちらの方が自然な感じはする。

 そして、遅ればせながら他の人達の様子も気になりだした私は、イグラードの選手達が並び立つ方へと視線を巡らせた。


 そこには、余裕そうに構えてハートの方に何やら軽口を叩いている軽装のミルナー、我関せずと腕を組んで目をつむる鱗状の鎧に身を包んだアシュリー将軍、そして着慣れぬ鉄製の鎧に何となく落ち着かない様子のネストールさんと、それを隣から涎を垂らさんばかりに見つめるキャンベル姫様の姿が見えた。

 何だか、案外と余裕そうである。


 対するオルランド側は、白く眩しい揃いの鎖帷子にシンプルな装飾が施された布製の胸部鎧、そしてそれに小振りなマントがはためき、実に勇壮な佇まいである。

 とりわけ、大柄なジェラードさんを越える程の、頭2つ図抜けた大男の存在感が群を抜いており、どうか、あの某、手で人が掴めちゃう男性的塾の3年生筆頭みたいな人がネストールさんの相手じゃありませんようにと、私は小さく手を合わせて祈った。


 そして、「あの大男が悪童として有名なデ・ヨンクとか言う奴じゃな」というファーガソン将軍のありがたい解説を絶望的な気分で聞いていると、石の舞台中央に進んだ2人を確認して、審判らしき人から高らかに「はじめ!」という声が轟いた。





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