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その34



「・・・・・・」


 私はとっさに答えようと口を開きかけるが、しかし、どうしても言うべき言葉が見つからなくて、結局その日の朝食は終始無言のままに終える事となった。

 

 気まずい中での食後、「では、朝練の続きに行ってきますわ」と切り替えたように言うキャンベル姫様の背を見送りながら、私は、やっぱり朝練って響きはお姫様には似合わないとなと思った。

 

 そうして、気遣わしい視線をちらちらと、後かたづけ中の女官さん2人から向けられながら、私はどう答えるべきだったのだろうかと思索に沈む。

 

 和平会議を円滑に進める為に動くネストールさんの事を考えれば、その邪魔になるかもしれない姫様の行動は止めるべきだろう。現に私もそう思って動いていた。

 でも、これが、単純に、好きな人に必要以上に傷ついて欲しくないと考えての行動だと考えるとどうだろう?

 私としては、これを止めるべきだろうか?

 それとも、他に何か、私に出来る事があるのだろうか?


「・・・・・・」


 

 しかし、どう考えてみても、さっき答えられなかった姫様の問いに答えを出す事は出来ず。

 結局、分かったのは、あの姫様の様子を見る限りネストールさんからのお願いは果たせそうにないなという事だけだった。


 私は、ふーっと長く息を吐くと、堂々巡りに陥りそうだった思考を止めて、ひとまず、遠く響く修練に勤しむ兵士達の声やら姫様が何かしら壊した音やらで騒がしい訓練場を後にする事にした。

 そして、手持ちのバスケットにすっかりと後かたづけを終えていたダイアーさんとマリーナさんに、おずおずと声を掛けようとした時、反対に2人の方から声を掛けられた。


「アカネ様、ジェラード将軍とミルナー将軍がお見えになってますよ」

「病室から出られるようになったのですね。アカネ様、お声を掛けられてはどうです?」

「そうですよ、あ、どうせならこちらにお呼びしてはどうです?今日は日差しが強いですし」

「それは良い考えですね。それと親善試合の事などもお聞きしてみてはどうでしょう?よくご存じの筈ですよ」


 にこにこと笑みを浮かべつつ、まるで先程までの気まずい空気よ吹き飛べと言わんばかりに、一気呵成に話し掛けてくる2人に、そんなに沈んで見えてたんだろうかと思いながら、私はダイアーさんが指す方へと視線を巡らせた。

 

 丁度、宮殿から続いて訓練場を隠すように囲んでいる植え込みの始点辺り、背の高い木に並ぶようにして立つミルナーと、車椅子に乗ったジェラードさんの姿が見えた。ジェラードさんの車椅子は木製のようでガタゴトと揺れており、ごくごく慎重に車椅子を押すミルナーの真剣な表情がここからでも窺えた。

 そんな2人は、呼ぶまでもなくこちらに気付いていたようで、ゆっくりと私達が居るあずま屋に近付いてきた。


「おはようございます、アカネ殿。このような所で見えるとは、まさか訓練に赴かれたので?」

「んなことがあるかよ、兄者。こいつはな、スキップすらまともに踏めないんだぞ?そんな奴が剣だ何だって出来るかよ」


 賑々しく、見舞いに行った時に見るようなやりとりを始める2人。

 

 って、何でミルナーが私の運動音痴ぶりを知っているの!?と、思わず激昂しかけるが、いや、そうじゃなくて、まずはジェラードさんの順調な回復を喜ぶべきだろうと、私は「お、おか、湯加減は?」とギリギリで間違った質問を投げかけた。


「ん?ああ、お加減ですな?この通りギプスは外せんし、安静にと医者はうるさいですが、ほれ、この通り、それ以外は元気なものですぞ」


 言うなり、ジェラードさんは左手で持っていたクルミを2つぽんと投げると、受け取った右手で一瞬にして粉々にしてしまった。

 えっ・・・と、多分、この世界のクルミ(らしき物)は元の世界の物より柔らかいのだろう、うん。

 

「ちょ、兄者、潰しちまったら意味がないだろ?リハビリ用のだってのに」

「はっはっは、すまんな。また仕入れを頼むぞ、ミルナー」

「へえへえ、俺は赤将軍様の忠実な部下でございっと・・・で、アカネサタニ、まじめな話、なんでこんな所にいるんだ?」


 この数日のお見舞いの時以上に元気な様子にほっこりしていると、問いかけてきたミルナーに続き、左目に眼帯と妙に迫力の増したジェラードさんまでもが、興味深げに私を見つめてきた。

 そんな2人の将軍の眼力の前に、私が精神コマンド閃きを探して慌てふためていると、背後に控えていたマリーナさんが事情を説明してくれた。



「・・・なるほどなあ。姫様の件は俺も聞いてるよ。アカネ、お前、対戦表はもう見たか?」


 事情説明を聞き終えて、すぐさま要点を把握したらしいミルナーの問いに、私はふるふると首を横に振って答えた。

 

「んーとだな、対戦形式は各陣営5人選抜で、5戦行って白星の多い方が勝ち。イグラード側は、戦う順に、ハート、アシュリー将軍、キャンベル姫、ネストール、俺って感じで決まってる。で、負ける事も同様に決まってる」

「・・・・・・」


 負ける事が決まっている。やっぱり、この試合は、イグラード側でも納得づくのイベントな訳か・・・。


「でもって、対するオルランド側は、同様に、ストロートマン、ポウマ、フラール、デ・ヨンク、ナルシンって具合で全員が近衛騎士からの選抜だ」


 カイト殿下の付き添いで何度か見かけたあの女性の騎士、フラールさんはやはり近衛騎士だったのか。それにしても親善試合に選ばれるって事はその中でも相当強いって事で、キャンベル姫様もそうだったけど、この世界の女の人の強さには本当に驚かされる。


「で、実際の試合となると、ハート対ストロートマンは普通に実力的に考えてストロートマンの勝ち。次はアシュリー将軍が無双。で、姫様は良いとこまでやるだろうが、相手側の勝ちだろう。んで、ネストールは勝てる訳も無い」

「・・・・・・」


 ネストールさんの評価がひどい!

 いや、実際騎士相手じゃ勝てないんだろうけど、でも、言い方ってものが・・・という、私の控えめな憤りに気付くこともなくミルナーは続ける。


「この時点でイグラード側1勝、オルランド側3勝で、最後の俺とナルシンの試合がどう転ぼうとオルランドの勝利は確定。で、その後、機嫌を良くしたオルランド使節団との和平会議は円満に終わるのでした、ちゃんちゃん。ってのが、陛下とネストールの筋書きだわな」


 そこまでは、分かってる。

 で、問題なのは、そのネストールさんの試合、というか、負け方だ。

 私はその辺りを知るべく、ネストールさんの試合相手となるミニヨンク?だとか言う人の事をミルナーに尋ねてみた。


「・・・デ・ヨンクな。お前、本当にネストールのやつが心配なんだろうな?なんか、ちょっとあいつが可哀想になってきたわ」

「ぅぐ・・・」


 名前が覚え辛いんだから仕方ないじゃない。というか、その名前の区切りは何なの?せめて☆にしてよ!と、唇を噛みしめていると、「その辺りは俺の方が詳しいやもしれん」と、ジェラードさんが続きを引き継いだ。


「ネストール殿の相手となるのは、悪童と名高いデ・ヨンク殿。近衛の中でも珍しく一軍を率いる将でもありましてな、切り込み部隊を率いる獰猛な激将として敵味方問わず恐れられております。節度尊ぶ近衛の中では異色と言える将でしょうな」

「・・・・・・」


 悪童とか獰猛とか、何か嫌な予感しかしないのだけど・・・。

 ネストールさん、そんなの相手にして大丈夫なの?


「また、過日のハルテア大草原での折りにはイヴェルド山に駐留しておった将でもある。公式には自然的な山火事となってはいるが、ネストール殿がその後の凱旋式で叙勲を受けたのは周知の事実である訳で、恐らくは怒り心頭、憎き相手と思っておる事だろうな」

「ま、普通にやってもボロ負けだけど、多分、半殺しにされっだろな、ネストールの奴は」

「・・・・・・」


 そんな・・・。

 それにしても、何故ジェラードさんにしてもミルナーにしても、こんなに淡々と言えるのだろう?仲間が八百長試合の見せ物で、その、半殺しの目にあうって言うのに、何も思わないのだろうか?


「そうガッカリって目で見るなよ、アカネ。俺だって思うところはある。だがな、これはネストールの奴が決めた事なんだよ。俺らからどうのって言うのはおかしいだろ?それに、死ぬって訳でもねえしな」

「左様。酷なようだが、和平会議が迅速に進む事は国益として望むところでもある。まあ、もし、俺が試合に出れておれば、そういった細工を労さずとも、最高の武でもって見せ物としての役目は果たせたろうがな。はっはっは」

「流石だな、兄者・・・」


 私は、ミルナーの返しに何とも言えない気持ちになりながら、殊更冗談めかして笑い声をあげるジェラードさんを見て、いや、何も思わない訳がないと、考えを改めた。


「っつうことで、アカネサタニ、俺らから言えるのはそんなとこだな。姫様の事は、個人的には思うところはあるが、ま、傍観するしかないだろうな。それでだな、俺からもお前に用事があるんだが、ちょっとこれから良いか?」


 すると、会話を締める気配を見せていたミルナーが、突然、私の顔を覗き込むように身を屈めて、そんな風に言ってきた。

 

 いきなりの提案に私が驚いていると、都合良く沈黙を肯定と受け取ったミルナーが、「すまねえけど、兄者のこと頼めっかな?」とダイアーさんとマリーナさんに頭を下げている姿が目に入った。そんな白将軍の姿に僅かの恐縮を見せた後、快く2人が了解の返事を返すと、ミルナーは安心したように礼を言って再びこちらに振り返った。


「んじゃ、行くかアカネ」

「おい、ミルナー、愛しい人への差添えは丁寧且つ慎重にな」

「そんなんじゃねーよ!こんなオモラ・・・いや、すまん、アカネ、泣くなよ?な?」


 そうして、ミルナーに成り代わり車椅子の後ろに位置取った2人からも意味ありげに見送られながら、私は漏れかけた涙を一拭い、彼の背を追って訓練場から宮殿に続く通路へと歩きだしたのだった。




 歩幅の大きいミルナーに時々小走りになりながら、その度に気付いたミルナーに「すまねえ」と謝られつつ、しかしまた置いていかれそうになって、という事を繰り返しながら、私達は宮殿内を通って、訓練場とは並木を挟んでちょうど反対側の、正門へと続く広い通路を歩いていた。

 

 あれから、10分程経ったろうか?

 用事があると言ったミルナーはその癖無言のままで、歩き続ける時間が妙に長く感じられる。

 

 そんな、息詰まるという程でもないが、らしからぬ空気に私が戸惑っていると、不意にミルナーが立ち止まって勢いよく振り向いた。

 そして思い詰めたような表情のまま、ずいと寄せられたミルナーの赤毛に、私は思い切り仰け反る。

 

 王宮正面通路とは言え、あまりに広く人影はまばらだ。

 何かやろうと思えばやれてしまう訳で、私は思わぬ人物からもたらされた危険な予感に、また一歩、片足を引いて傾きかけた身体を支えた。

 

 すると、私に押し付けるように頭を伏せていたミルナーから、真摯な声が耳に届いてきた。


「すまん、アカネサタニ。用事は特に無いんだ」

「・・・は?」


 素っ頓狂な声を返す私の目の前で、下げていた頭を戻すと、ミルナーはぽりぽりと頬の辺りをかきながら困ったように言った。


「あの場所にいられなかったんだよ。だから、席を外すきっかけとしてお前を使った。すまん」


 そして、再度片手を手刀の形に謝ってくるミルナー。


「ど、どゆ、こと?」


「・・・兄者のあの様子見ただろ?はしゃいじまってよ、らしくねえっつうか。知ってるかアカネ?兄者はリハビリが終われば、ほぼ怪我前の運動機能を取り戻せるんだ。王宮医師のお墨付きでよ」

「・・・・・・」


 つまり、それは喜ばしい事では?

 それを何故ミルナーはそんなに顔をしかめて言うのだろう?


「ほぼ戻るんだよ。つまり十全じゃねえ。イグラード一の槍の使い手としては、利き手含めた半身に僅かでも残る麻痺は致命的だ」

「っ・・・」

「将軍としての復帰は叶うだろう。けど、武人としての兄者は終わっちまった。終わっちまったんだよ・・・っ」


 くそ!っと、腹立ち紛れにミルナーは手近の木立に拳を放った。

 ビシリと揺れる程の衝撃に、散った葉がひらひらと舞う。


「それで、訓練場でのあの顔、まるで日和見の隠居爺さんみたいによ。俺が目標にした兄者が、あんな諦めたみたいに笑って兵どもの訓練を見てるってのが、俺にはどうしても・・・」


 そして、だらりと腕を下げると、ミルナーは再び私の方に向き直って静かに言った。


「すまねえ。こんな事言うつもりじゃなかったんだが・・・」


 下げられた拳は赤く腫れていて、うっすらと血がにじんでいる。

 こんな風に兄の事で心を痛められる正直な人。

 でも、そんな人でも、国の為にとネストールさんの事を傍観している。

  

 私はその事が無性にやり切れなくて、たまらず、ミルナーの手を両手で包み取った。


「み、んな、頑張っ・・・てる」


 私は俯いたままで、彼がどんな表情だったかは見えなかったが、何となく笑ったような気がした。


「・・・だな」

 

 すると、頷いたように言うミルナーから逆に私の手が掴み返されて、ぎゅっと握りしめられた。

 その思わぬ強い力に、とっさに私は自分の手を引き抜こうとするが、「もうちょっと、いいか?」という掠れたようなミルナーの声に、うん、と小さく頷いて返したのだった。




 

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