その33
キャンベル姫様が親善試合に出る!?
いくら彼女が勝ち気な性格で、11才とは思えない程に成熟した体躯であると言っても、その腰はやっぱり折れそうな程に細いし、垣間見える四肢も華奢、おまけに、目映いばかりの金の髪がかかる顔はアンティーク人形然とした俗世離れしたもので、見るからに荒事とは無縁の生粋のお姫様だ。そんな彼女が精強なオルランドの騎士達と戦う?
そして一瞬、想像してしまった絶望的な試合の光景に、私が顔を青ざめさせていると、「いえ、そういう事では無くてですね」という苦笑混じりのネストールさんの言葉が耳に入ってきた。
「あれで、キャンベル姫様はお強いんですよ。正面から戦ったら私じゃ相手にならないでしょうね」
「う、ウッソ・・・」
「いえいえ、本当ですよ。護身術を指南した当時の白将軍が女であるのが実に惜しいと、姫様に折られた腕をさすりながら嘆いたという話は結構有名ですからね。まあ、そのせいで陛下が微妙に屈折していったという話もあるのですが・・・」
徐々にトーンダウンしていくネストールさんの言葉を聞きながら、私はシリーズ屈指の女難に見舞われた某パイロットを思い出しつつ、姫様スペシャル過ぎるなと思った。
ん?でも、そんなに姫様が強いのなら、試合でひどい目に合うような心配も無いし、そこまで問題にはならないのでは?
「ところが、それが問題なんですよ。試合となれば、流石な姫と言えど正規の近衛には及ばないでしょう。ですが、あの通り、姫の容姿は婉麗にて秀麗。そんなたおやかな女性、まして王族を、栄誉ある近衛騎士が下したとして、それで鬱憤が晴れるでしょうか?」
「・・・・・・」
何も韻を踏んでまで姫様を誉めなくて良いじゃないか。いや、綺麗なのは間違い無いんだけどさ。
と、心の片隅で拗ねながら、私は確かにそれでは「オルランド人達のガス抜きイベント」の相手としては人選ミスだなと得心した。
「そういった理由から止めさせようとしたのですが、何故か陛下のお許しが出てしまっていて、もはや姫ご本人に棄権して頂くしか方策が無いのです」
それで、私の出番という訳か。
最適な人選とは思えないけど、しがらみの無い人間からの説得という意味では効果があるかも知れない。それにいくらキャンベル姫様が強いとはいえ、怪我をする危険はある訳だし、個人的にも出来るなら親善試合には出ないで欲しい。
「わ、わかった」
「助かります。親善試合は明日告知されて、明々後日には開催されると思います。時間的余裕が無いですが、お願いしますね、アカネ」
コクリと、もひとつ頷いて、私は安堵したように笑うネストールさんに答えた。
そして、そんなに期待されても困るのだけどなと思いながら、私は、用件は済んだと帰り支度を始めた彼を見つめた。
結局ひと口しか飲まなかったワインボトルはセラーに戻して、グラスの方は棚に放置。
その光景に一瞬、洗って戻さなきゃと日本人的道徳心が疼くが、「どうしました?」というネストールさんの声に、私は慌てて伸ばし掛けていた手を引っ込めた。
「ああ、なるほど、すいません、気がつかなくて」
「・・・?」
すると、そんな私に何故か自嘲めいた言葉を掛けながら、ネストールさんがすたすたと歩み寄って来た。そして既に降ろされた私の手をぱっと掴むと、止める暇もあらばこそ、実に迅速にネストールさんは手の甲に口づける。
「っ・・・!」
「答えはまだ貰ってませんが、こういった愛情表現が女性には肝要なのでしょう?私も、恋愛は初心者ですからね、これからは忘れずアピールして行こうと思います」
初心者が手の甲にチッスとかするかあ!
私は火傷を負ったかのように跳ねる勢いで自分の手を取り戻すと、涙目でネストールさんの胸の辺りを睨みつけた。
「ふふ・・・では、アカネ様、お部屋までお送りさせて頂きます」
そして、満足そうに、しばらく俯くばかりの私を見やってから、ネストールさんは私を慇懃にエスコートしてくれたのだった。もちろん、別れ際に取られそうになった手は断固死守した。
明くる朝。
早速、キャンベル姫様と親善試合の事を話そうと温室に向かったのだが、そこには申し訳なさそうに立つ姫様付きの女官、マリーナさんがいるのみだった。
怪訝に思って「ひっ、ひっ姫様は?」とラマーズ法っぽく彼女に尋ねてみると、何でも、姫様は「朝練」に行ったので、今日は朝食を一緒にとれないとの事。
朝練て・・・と、王宮と王族に似つかわしくない言葉の響きにしばし呆然としていると、それを見たマリーナさんが、私が怒ったとでも思ったのか、改まった様子で私に頭を下げてきた。恐縮するしきりの私に謝り続けるマリーナさんという進展の無い状況は、後ろから見ていたダイアーさんが、「でしたら、訓練場で朝食をご一緒しては?」と控えめに提案するまでしばらく続いた。
「あら、アカネ。こんな所まで足を運んでくれたんですの?もう少しで一息入れますから、ちょっ、と、お待ち、を!ですわ」
そして、を!の辺りでぼろ雑巾のように「朝練」の相手らしき兵士の1人を蹴り飛ばしたキャンベル姫様は、額に浮かぶ汗を気にすることも無く、実に颯爽と、木剣片手に私達が居るあずま屋まで歩みを進めたのだった。
それにしても、強いとは聞いていたけど、強すぎじゃないだろうか。そして、倒れている兵士さん起きあがらないんだけど、良いのだろうか・・・。
見渡す程に広いここは、いつかの訓練場。
遠くに霞んで見える通用門に苦い記憶が蘇りかけるが即座に蓋をし、私は歩み寄って来た姫様に視線を戻した。
姫様の格好はいわゆる乗馬服というやつで、言ってみれば男装だ。いつもと違って高く結われた髪は黒のリボンで止められており、下半身を包むズボンとブーツも黒一色で、見慣れた令嬢然とした鮮やかな美しさとは一変しており、私はその印象の落差に思わず息をのんだ。
「マリーナ、もう少し奥になさい。兵達の気を散らせてしまいますわ」
「ちっ・・・はい、お嬢様」
え、舌打ち・・・?どこから?と、私がきょろきょろと辺りを窺っているうちに、訓練場の隅に立てられたあずま屋の奥に、マリーナさんとダイアーさんの手によって瞬く間に朝食の用意が整えられていった。木製の粗末なテーブルにはクロスが掛けられ、公園のベンチめいた椅子にはいつの間にやらハンカチが敷かれており、いつもながらに見事な侍女仕事ぶりである。
そうして、甲斐甲斐しくマリーナさんに世話を焼かれる姫様を見つつ席に着くと、テーブルに立て掛けてあった木剣が、カランと乾いた音を立てて地面に転がった。反射的に身を屈めて手に持ってみると、意外な程にずしりと重い。
「結構重いものでしょう?」
「う、うん・・・」
その昔、隣の良子ちゃんから修学旅行土産として貰った木刀とはえらい違いだ。そして、女の子がお土産に木刀って、どうなの?という想いは、姫様がうっとりと木剣を見ているので封殺する。
「それで、何か用件があったのでしょう、アカネ?言ってご覧なさいな」
「・・・っと」
ひとしきり汗も拭われ、張り付くように解けていた髪も整えられて、幾らかすっきりとした様子で姫様は私に問いかけた。
そのなかなか慣れない姫様の力強い視線を前に、私は手元の木剣を両手で持ちながら、話すべき言葉を必死に整理する。
「その・・・し、試合、出るの?」
そしてたった一言、私が絞り出すように言うのを辛抱強く待ってから、姫様は問われた言葉に即座に答えた。
「ええ、出ますわ。ネストール様の為にね」
「・・・・・・?」
「ふふ、分からないという顔をしていますわね。アカネって、喋るのは苦手ですけど、表情は雄弁ですわよね」
「う・・・」
似たような事をネストールさんにも言われたような気がする。もっとも彼の場合は心理的な事も含めてだろうけど。
「その木剣、重いでしょう?そして試合で使われるのは刃が潰してある練習用の物とは言え、鉄製の武器ですわ。それで斬られ、或いは殴られた者は、無事に済むかしら?しかも、それが負かす事が予め決まっている相手だったら?抵抗する気も無く打たれる事を承知している相手だったら?」
「・・・っ!」
親善試合は、和平会議を穏便に進める為の、オルランド使節団の鬱憤を晴らす場。オルランド側が勝つ事が決まっている、いわば八百長イベントだ。そこに、ネストールさん自身も言っていたが、鬱憤を晴らすに適切な彼のような人間がいたらどうか?オルランドから恨まれる彼が、衆目の場で叩きのめされれば、さぞ胸がすくことだろう。それが、どのように陰惨な物であっても。
「通常の試合の上での負傷であれば納得もします。しかし、わたくし、聞いたのですわ。ネストール様が、試合で腕の1本や2本くれてやると仰っていたのを。つまり、あの方は、試合で負ける事は元より、相手に手ひどくやられる事こそをお望みなのですわ。いわば、生け贄です、そんな事、あなたは許せて?」
八百長で負けるのは当然として、更にネストールさんは自身を犠牲にしてオルランド側の鬱憤を晴らそうとしている。ステージにおけるピエロの如く。いわば公然の私刑ショー。
オルランドが誇る騎士にこてんぱんにされる軍師の姿は、さぞかし滑稽な見せ物となる事だろう。
「わたくしは許せませんわ。ですから試合に名を連ねました。一国の王女が戦うのです、場には幾らか清廉さが保たれましょう」
「そ、それは・・・」
王族相手には流石に大けがを負わせるような戦い方はしないだろう。そして、華奢な姫様の意外な善戦に場は沸き、それでも当然のように勝利を収める自国の騎士にオルランド人達は一時不満や鬱憤を忘れる事だろう。しかし、その次にもっと胸がスカっとする、もっと陰惨なショーが待っているとしたらどうか?それは、ただの前座的プログラムに過ぎないのでは無いだろうか?
「・・・分かっていますわ、分かっています。だからこそ、お兄さまもわたくしの出場を許可したのでしょう。目的には大した影響が無いと、そう判断されたのですわ。ですけど、わたくしには、これくらいしか出来ませんわ」
悔しそうに顔を俯けるキャンベル姫様。
僅かに震える肩の先には、遠く、カカシのような木偶に訓練用の剣で打ちかかる兵士達の姿が見える。
そして、再び顔を上げて、力のこもった目で私を射抜くように見つめると、キャンベル姫様はくぐもった声で問いかけた。
「あなたには何ができて、アカネ?」




