その24
明けて、翌朝。
起き抜けに、待ってましたと言わんばかりに鳴らされるノックの音。
こんな朝早くから誰だろうとダイアーさんと顔を見合わせていると、開けた扉の先に居たのは、王様付きの女官であるピアースさんだった。何でも、王様が私をお呼びのようで、政務が始まる前に片付けたい用事があるとの事。
当然断れる筈もなく、自分の寝起きの顔に絶望しつつも、ダイアーさんの手によって何とか体裁が整えられ、一路、王様の私室へと向かったのだった。
先日の夕食の時以来二度目の訪問となるジェナス王の私室は、机の上などに書類の束などが散乱しており、より、王様の部屋らしからぬ様相を呈していた。
「朝早くから悪いな、アカネよ。で、用件だが。昨日の今日で察しがついているとは思うが、お前を国民として迎える件についてだ」
何やら書き物の途中だった王様は、ピアースさんが訪れを伝えると、やおら羽根ペンを持つ手を止めてそう言った。
そして、その様子を確認するとピアースさんは辞去し、部屋には私と王様の二人だけとなる。
「いや、言葉遊びはもう止めるか。お前を我がイグラードの軍属として迎える、その最後の確認がしたいのだ。本当に良いのだな?」
「・・・はい」
それが公人としてのギリギリの誠意なんだろうなと、私は自分の手元を見つめながら答えた。
「そうか。では、お前の出した条件は遵守する事としよう。手続きの方は追々進めるとして、早速で悪いがお前にはネストールの所に行ってもらいたい」
これで、私もイグラードの軍人さんの仲間入りかーと、感慨に耽る暇もなく王様から指示が下された。どうやら、王宮内に臨時の軍令部が置かれているらしく、そこに居るネストールさんと合流して欲しいとの事。
本来の軍の司令部は首都ファーンバラの郊外にあるらしいのだが、責任者であるファーガソンさんがディホナ砦に駐屯している為、指揮中枢を宮殿内に移動させているらしかった。思えば、ジェラードさんが治療を受けている医局も臨時らしいし、色々と一派一杯な感じが伝わってくる。
「なに、アカネは話を聞くだけで良いのだ、気楽にな。それと、場所はピアースに案内して貰ってくれ」
「・・・はい」
イエッサー!とか敬礼した方が良いのかなと思ったが、やれる訳もなく、私はコクリと頷き返して、俯かせた視線のまま部屋を後にした。
王様が云々という以前に、やはり密室で他人と一緒にいるという事自体が苦痛で、扉の前でほっと息を吐いてから、私は手にかいた汗を拭った。
ピアースさんの案内で辿り着いた軍令部は、ジェラードさんが収容された医局に程近く、通路や扉の造りもほぼ同じように見えた。
案内してくれたピアースさんをお辞儀で見送って、私は三度のノックの後、軍令部の扉を開けた。
「・・・・・・」
ひょいと覗き込んだ先には、二十人近い男達が額を付き合わせる姿があった。そしてそれらの目全てが、闖入者である私を同時に捉える。
私はそっと扉を閉じた。
ネストールさんと合流しろと言うから、てっきり中には彼だけかと思っていたら、何、この男だらけのすし詰め状態。しかも明らかに議論が煮詰まって空気が淀んでいたし。
こんな所に私を投入して、王様はどうしろと。というか、私は匿名でって言ったのに、これじゃあ姿晒しちゃってるじゃん。正体が時間ボカンシリーズばりにバレバレじゃん!実写版のやつ、割と好きだったよ!
「あなたから発案されるであろう指令の類の出所が黙されるだけで、あなた自身は軍人として紹介するつもりですよ。勿論、必要な人員に対してのみですけど」
「っ・・・!?」
そそくさと、逃げる体勢に入っていた私の背に、よく見知った軍師さんの声が掛かった。
「というか、どこへ行くつもりです?陛下からの命令を無視するつもりですか?そんな上官を持つ私は不幸ですよね、ねえ、アカネ様」
「グフっ・・・」
④が・・・条件④が早速裏目に出てやがる・・・。
それにしても、ネストールさん情報が早すぎでしょう。昨日の今日、正式な着任という意味では、ついさっきの話だというのに。
そんな驚きの心情を、某青い巨星の愛機風に表現しながら、私は恐る恐る背後を振り返った。
そこにはいつも通りに穏和な笑顔と、ついでに更に濃くなったクマをも張り付けたネストールさんが、閉じた筈の扉から斜めに上半身だけを覗かせて、こちらを窺い見ていた。ちょっとサイコな家政婦じみていて怖い。
「軽くですが、あなたがイグラードの民として生きると決めた事は陛下から窺っています。ですから、あなたには正式に、軍議の場に席する義務があります。それは分かりますよね?」
「・・・・・・」
勿論分かっている。だからこそ、一国の王様相手に不遜にも条件なんぞを提示出来た訳であるし。それに、自分がどれ程の働きが出来るかは別にして、詳しい状況を知っておきたいという気持ちもある。
だけれども、あの部屋には到底、入って行ける気がしない。
異世界という異常な環境故、なし崩し的に人とのコミュニケーションを何とかかんとか計ってきた訳であるが、元の世界では、私はスーパーマーケットへの入店すら人の目が怖くて困難だったのだ。そんな私があのおじさん達で溢れ返る、言わば死地に、自ら進んで足を踏み入れられる訳が無かった。
「とは言え、私には、あなたが本気で恐怖を感じているのも分かるのが、困ったものですよね。さて、どうしたものか・・・」
そうして、些か眉根を寄せたネストールさんだったが、すぐに「しばしお待ちを」と私に告げると、バタンと扉を閉じて軍令部室内に戻っていった。
私は、他人には理解され辛い、そして、恥ずかしくて説明など出来ない自分の心情を斟酌して貰えた事に安堵を覚えると、このまま逃げようと、あっさりとネストールさんを裏切って再び背を向けた。
しかし、回り込まれてしまった!
振り向いた先には別の扉から出てくるネストールさんの姿。
入り口、一つだけじゃ無かったのね・・・。
「また逃げるつもりでしたね。まあ、それはともかく。これをどうぞ、アカネ様」
「・・・?」
そう言って、ネストールさんから手渡されたのは、厚みのある布製の・・・頭巾だった。
手に持って広げてみると頭部と肩を覆うように扇形をしており、黒一色で織られたその内部には緩衝材が入っているのか、モコモコとした手触りである。
というか、これって、いわゆる防災頭巾?実物は見た事が無いので何とも言えないが、しかし、形状からして他の用途は考えづらい。
「それは、安全頭巾と呼ばれていて、数年前に地震対策として都市部で国から給付された物なんですよ。直後に飢饉などが続いたので普及はしませんでしたけどね。今では王宮内に少量の試作品が残るのみです」
「・・・でっ・・・ていう」
私は、手の中の物と現状との関連性が見いだせず、ネストールさんに思わず某世界一有名な配管工のパートナー的鳴き声を返してしまった。
「もちろん、かぶるんですよ」
にこりと、ネストールさんは簡潔に私の疑問に答えてくれた。
いや、確かに私は他人の目線が怖い。
そして、これをかぶれば私の顔はすっぽりと隠れて、他人の目線から守られる事だろう。
だが、問題はそう単純では無いのだ。
ネストールさんは、まるで分かっていない。
しかし、せっかく持ってきてくれた物だし、とりあえず、といった感じで私はその安全頭巾をかぶってみる事にした。
「・・・イイ」
すると、何という事でしょう、周りの視線にささくれるのみだった私の気持ちは、今ではゆったりとした安心感に包まれ、心の収納スペースもたっぷりと取られています。まさに匠。これは匠の仕事!
「いえ、ただの工場製品の筈ですが。しかし、気に入って貰えたようで良かった。では、行きましょうか?」
ハムスターで言うところの、角の暗所を手に入れた状態にある私は、かつてない程に力強くコクリと頷くと、ネストールさんの後に続いて軍令部室内へと足を踏み入れた。
後に、イグラード王国に黒頭巾の暗躍あり也、などと噂が飛び交う事になるのだが、それはまた別のお話。




