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その23



 私は、ダイアーさんに先導されて、王宮内をひた走った。


 存外に足の早いダイアーさんに置いて行かれそうになりつつも、王宮最奥からやや開けた造りの区画へと移動する。そこは、昨日訪れた兵士さん達の練習場とは真逆の方角に位置しており、普段は、使用人や行儀見習いの侍女達が生活する客間を兼ねた居住区画になっているそうだ。

 ダイアーさんは、息を乱すことなく急ぎ足(スカートのプリーツは乱さないように)のままに、そんな風な事を短く説明してくれたのだが、正直、ちゃんと聞く余裕が私には無かった。体力的にも、精神的にも。


 そして、そろそろ本当に体力が尽きるかもと思い始めた時、目の前のダイアーさんが足を止めた。

 彼女の肩越しに前方を伺うと、通路脇に幾つかの部屋が並び、そのうちの一つの扉の前にウェルベック君が静かに佇んでいた。

 その、何とも言えない雰囲気に声をかけるのを躊躇っていると、先に向こうが気付いたようで、ウェルベック君がこちらを振り返った。


「こんにちは、アカネ様。それにダイアーさんも。こんな所にお越しになるなんて、どこかお怪我でも?」


 冗談めかした会釈をしながら、彼は、ゆっくりと私達に歩み寄った。


「ごきげんよう、ウェルベック様。私もアカネ様も怪我一つありませんよ。これもあなたがた軍の人達がその職務をよく果たしているからだと思います」


 いつも通りに、如才無く言葉を返すダイアーさん。実は、昨日の騒ぎで私の足の裏は傷だらけだったりするのだが、これだけ走れた訳だし、言う必要も無いだろう。


「そう言っていただけると、将軍や僕たちも浮かばれます。さて、それじゃ、そちらの部屋に移動しましょうか。今は面会謝絶なので、ここに居ても仕方ありませんから」


 ウェルベック君が背にした部屋の両隣には扉の無い待合室のような部屋が設えられており、私達3人は静かに、そちらの部屋へと移動した。

 そこは、シンプルなテーブルセットと水場があるだけの殺風景な部屋で、豪華な調度の部屋を見慣れつつあった私の目には少し寂しく写った。


「あ、お出しするお茶もないですね、ここ。すいません」

「いえ、お構いなく」

「臨時で僕達の医局として使わせて貰っているんで、何かと急造なんですよね、ここ」

「聞き及んでいます。ディホナのしわ寄せが、色々と来ているみたいですね」

「はは、流石ダイアーさん、まったくもってその通り」


 私の隣にダイアーさん、対面にウェルベック君が座り、和やかにそう会話が交わされた後、一つ大きく息を吐いてから、ウェルベック君は切り出した。


「ジェラード将軍は、ディホナ砦で矢を左目に受けて重傷を負いました。幸い、矢自体は眼窩周囲の頭蓋で止まったのですが、風の魔法により強化された衝撃に耐えられず、頚椎の一部を骨折。医師の見立てでは、脊髄の方も幾らか損傷しているのではないかという事です」

「・・・・・・」


 絶句。

 言葉が出ない。

 

「先刻、ディホナ砦に詰めているファーガソン将軍を支援すべく、ミルナー将軍が発たれました。で、僕はその代理、というのはおこがましいですけど、まあ、一応、そんなような事を命じられました」

「そうですか・・・。ミルナー将軍も、さぞ心配でしょうに」

「・・・ですね。ただ、ドツイエ側に付け入る隙を与えない為にも、ジェラード将軍が重傷だというのは伏せられていますので、それを踏まえても、仕方のない事だと思います」


 そうか。仮にも一国の将軍の怪我に、ウェルベック君しか見舞いに来ないのかと疑問に思っていたが、そういう事だったのか。確かに、ドツイエ共和国の大軍勢とにらみ合いの拮抗状態にある今、そのバランスを崩すような情報は与えたくないだろう。


「ふむ、では、俺が来たのはまずかったか」

「っ・・・!?」


 突然、降り掛かったその声に、「俺の背後をとる・・・だと!?」と振り返ると、そこにはイグラード王国国王の姿があった。


「へ、陛下っ」

「そのままで良い。俺はただの見舞い客として来ただけだからな。あまり事を大きくしたく無いとは、お前の言にもあったろう?という訳で、俺は今から、趣味の時間を削れれて打ちひしがれる王ではなく、ただの見舞い客だ。あと、決して、政務が面倒で逃げてきたのでも無いからな。ああ、ジェラード心配だなあ」

「・・・・・・」


 すとんと、実に呆気なくウェルベック君の横の席に腰を下ろすと、ジェナス王様は棒読みぽくそう付け足した。

 

 しかし、そうは言っても、やはり恐縮するダイアーさんとウェルベック君。そして、事態が事態なだけに、王様のジョークらしき言葉を受けても雰囲気は変わらず、結局、待合室は重苦しい沈黙に包まれた。

 

 そんな中、時間は遅々として進まず、一度、ジェラードさんを看ている王宮医師の人が途中経過を報告に来たりもしたが、依然として面会謝絶という状況に変わりは無く、そんな変化に乏しい雰囲気に私は酸素を求めるが如く口を開いた。


「へ・・・イカ」

「ん、何だアカネよ?」


 若干海産物っぽく呼んでしまった事には、どうやら気付かれなかったらしい。

 突然の私の発言に、隣のダイアーさんが驚いたような目線を寄越してくるが、私は構わずに続けた。


「こ、国民に、なりたいと・・・お、思いますん」


「・・・語尾が不明瞭だが、言いたいことは分かった。だが、アカネよ、それは本当によく考えた末での結論か?」

「・・・・・・」

「見知った人間であるジェラードが重傷を負った事で、なかば自動的に出された結論では無いのか?国民となれば、俺は元より、ネストールの奴はお前を軍の人間として遠慮なく利用する事になるぞ。それでも良いと?」


 先日課せられた、王様からの問い。

 自分の今後の身の振り方。

 それに関しては、ダラダラと期限一杯まで考える事を先延ばしにする予定だった。だが、こうも考えさせられる出来事が立て続けに起こっては、考えを進めざるを得ない。

 そして、実の所、やはり結論はまだ出ていないのだ。王様の言う通り、焦燥感から出ただけの言葉かもしれない。しかし、それでも、昨日気付いた魔法に関しての事や、ジェラードさんの事で揺れた気持ちは、私に起こった確実に確かな出来事であった訳で。


「じ、条件・・・付きで」

「条件だと?なるほど、一種の契約として話を進めようという事なのだな?おもしろい、言うてみよ」


 というような、正義感めいた理由付けも決して嘘では無いのだけれど、本当のところは、この条件こそが肝要だった。

 

 異世界での、今後の身の振り方。

 これは、現代日本で言うところの、就職みたいなものだと私は考えている。そして現代日本程世知辛い世情で無いなら、就職条件には可能な限りこだわりたいのが普通だろう。

 つまり、身も蓋もない言い方をしてしまえば、私は、イグラード国に就職するにあたって出来るだけふんだくってやろうという魂胆だったのだ。

 そうして、提示した条件が以下である。


 ①私が軍務に携わるにあたり、全ての行動に関して匿名性を維持する事。

 ②現在の客人としての待遇を永続させる事。

 ③昨日の誘拐騒ぎの首謀者達の恩赦と、その出身地への援助。

 ④ネストールさんを、私の部下とする事。


「ふぅむ、③に関しては無理だな」

「ぅ・・・」

「恩赦という部分に関しては一考しよう。だが、援助となると、特別な前例を作ってしまう事で更なる混乱も招こう。無論、貧困層のテキスト関連の問題は把握しておる故、対策自体は今も行われておるがな」


 ガクリと、私は項垂れた。

 あの、私を誘拐した一味であるスキンヘッドやヘスキー、それにもう一人ひょろ長かった人(名前忘れた)には、今も憎々しい想いがある。だが、あの異常な存在であるテキストを巡っての問題がその根底にあるとしたら、それはどうにもやるせないと思えるところで。

 うーむと、腕を組んで私が唸っていると、王様が更に続けた。


「もっとも、軍人になるとなれば、お前にも給与が支払われる。そして、その金を個人的な援助に使ったとしても俺からは何も言えんがな」

「ぉぉ・・・」


 何という見て見ぬフリ的良い人発言!

 そうして、私が「くぅ」と某サッカー実況者ぽく噛みしめていると、王様はすっくと立ち上がり、腕を天井に伸ばしてボキボキと肩を鳴らせた。


「という訳で、それ以外の条件は全て飲もう。特に④は面白そうでもあるしな。では、俺は疲れたので戻る事にする。ではな、アカネ」


 そう言い置くと、王様は「休みに来たのにかえって疲れたな」とこぼしながら、待合室から去って行った。

 


 そして、ふと、周りを見渡せば、ウェルベック君の姿は既にして無く、隣のダイアーさんもコクコクと船を漕いでいる。

 

「・・・・・・」

 

 うまい具合に逃げ出したウェルベック君はさておき、これは仕方のない事だった。

 何せ、王様に条件を提示するのに、私は4時間近くも掛かってしまったのだから。

 

 ただでさえ対人に於ける意志疎通に大きな問題を抱えているというのに、その上理路整然と条件を説明するなど困難にも程があり、かくして私は辿々しい言葉を繋げては失敗し繋げては失敗し、するしか無かった訳で。

 

 そういった観点からも、④の条件はやはり必須だなと思う私だった。





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