その14
キャンベル姫様との朝食を終えて自室に戻った私は、すぐにダイアーさんに心配させてしまった事を詫びた。
言葉足らずの私の辿々しい謝罪に、ダイアーさんは、一度不思議そうな表情を浮かべてから、「よろしいのですよ、アカネ様がお元気になられさえすれば」と笑って答えてくれた。
じんと、感極まってしまった私だったが、続く「そして、健やかに、私の見立てたドレスを着てくだされば」という言葉に、流れそうになった涙はどこかに行ってしまった。
明けて、翌日。
そこそこに落ち着いた精神状態で王族御用達なベッドの寝心地を存分に堪能できたせいか、目覚めはすこぶる快調で、起きたら隣に陰険軍師が侍っていたという事もなく、久方ぶりに感じる溌剌とした朝だった。思えば、こちらの世界に来て以来の寝床はずっと元資材置き場なテントだった訳で、快適に感じるのは当たり前なのかもしれないが。
そうして良く言えば穏やかに、悪く言えばボケーっと過ごしていると、ジェラードさんとミルナーが私の部屋を訪ねてやって来た。
ジェラードさんは相変わらずの甲冑姿だが、かなり軽装の物に変わっていた。儀礼用とでも言うのだろうか、細かい彫り柄や飾りが目立つ感じで、将軍という位階に相応しい、実に堂々とした立ち居だった。
対するミルナーの格好は、腰に佩いた剣こそ立派な物だったが、胸元まで肌けさせて着崩した軍服などのせいで、だらしがなく、カッチリとしたジェラードさんの隣にいる事も手伝ってか、妙に軽薄な印象を感じさせるのだった。
そんな姿に、「こんなんで本当にこいつも将軍なのかな?」と首を傾げていると、落ち着いたジェラードさんの声が私に掛かった。
「久しぶりですな、アカネ殿。体調の方は、その後どんな案配で?」
「お、おか、お、影の伝説・・・ちがっ」
「お陰様でもう快復しましたと、申されているようです。ね、アカネ様」
思わず、年齢を疑われるようなレトロゲーの名前を口走りそうになった私を、素早くダイアーさんがフォローした。
彼女には、昨日の謝罪の際に合わせて、私が言葉が不自由というのは誤解で、ただ単に緊張して口が回らなくなるのだといった事を説明済みだった。その翌朝で、すぐさま対応してくれるダイアーさん。その有能さに、しびれる!あこがれる!但し、着替えの時を除く。
「そうか、それは良かった。それでですな、今日参ったのは・・・、おい、ミルナー、お前から説明して差し上げろ」
「は?何で俺が・・・」
「言い出したのがお前だからだろうが。お前が、アカネ殿が心配で仕方ないから様子を見・・・」
「あーあーっ!聞こえねー、聞こえねーなー!兄者、俺から言うから、黙っててくれ」
「だから、そうしろと言ったろうが。うつけが」
何だか兄弟で揉め始めた様子だったが、首を傾げたままに見つめていると、ミルナーが「こほん」と咳払い一つ、改めて口を開いた。
「要は、凱旋式を見に行かね?って事だ」
「・・・は?」
「言葉を省き過ぎだ、バカモン」
ぽかりと、白銀に輝く手甲に包まれた拳のままミルナーの頭を叩くジェラードさん。
「軍全体の撤収とその報告を兼ねた、言わば、国民向けの凱旋式は二日前に終わったのだが、将兵単位での凱旋式がまだ残っておってな。それが今日行われるので、良かったらそれの見物にアカネ殿もどうかと、そういう訳なのだ」
凱旋式。凱旋パレードというやつだろうか。野球の優勝チームが地元の町を練り歩く的な。そう言えば、キャンベル姫様もそんな事を言っていた気がする。で、そういう風な凱旋式は終わって、次はレセプションがあるとか何とか。
「将兵の凱旋式ってのは、俺ら軍人には最大の栄誉でな。戦功者としてあの場で表される事に命懸けてる感じな訳。まぁ、俺はあんま、そういう方面は興味無いんだが。いわゆる晴れ舞台って奴だな」
と、本当に興味無さそうに、頭をさすりながら、ダイアーさんから出された紅茶を一気に煽るミルナー。
ちなみにこちらの紅茶はアッサムティー的な色濃い物で渋みがかなり強く、私はミルクと割らないとまともに飲めない。案の定、「にげっ」という声が小さく聞こえる。
「今回の最大の戦功者は言うまでもなくネストール殿。既知の間柄の晴れ舞台と言う事ですし、いかがなされますか、アカネ殿」
「式自体は、2時間くらいで終わる簡単なもんだ。王宮内でやるから移動含めて面倒な事もねえ。ま、ネストールの野郎が気に食わないってのは分かるし、参加するもしないも自由だぜ、アカネサタニ」
どうする?と問いかけてくる2対の目を、見返すことは出来ずに、しかしはっきりと私は答えた。
「い、行きます」
王宮敷地内の再奥に位置する自室からの移動は、ミルナーの言った通り存外に簡単で、大きな柱の立ち並ぶ中庭に面した通路をまっすぐに抜けて、綺麗な庭だなあと横目に感心しているうちに、目的地である大ホールに到着する事が出来た。
ホール内には既に多くの軍人さん達が整列していて、その誰もが、ミルナーのようなだらしなさ無縁の、毅然とした立ち姿で、1000人近いのではないか?という人数とも相まって、二階の観覧席から見下ろすその様は実に壮観なものだった。
時刻は夕刻。ホール内に差し込む夕日が軍人さん達の影を長く伸ばし、厳かで、幻想的な雰囲気に包まれる。
私が座る2階観覧席には、先導してくれたミルナーと彼の部下らしき2名の兵士以外にもかなりの人数が詰めかけていた。階下の厳粛なムードとは一転して、ざわめき声に支配されるここは、まるでスポーツ観戦に挑む観客席のようで、この凱旋式というのものが、注目に値するという以上に、エンターテインメント的に楽しまれている行事でもある事が感じられた。
そして、厳かに、ジェナス王から、凱旋式の開式が宣言されると、政治家にあたるのだろうか、軍服とは違う制服に身を包んだ頭部が非常にキラキラしい老境の人が場を引き継ぐ。
「しばらくは、退屈な話とかが続くが、今回目立った奴はネストールしかいねえからな。まあ、すぐ出てくっだろ。そういや、お前、街でやった凱旋式の方は見てねえんだったっけ?」
「・・・う、うん」
数日前に行われたという、その凱旋式の時は、私は自室で引きこもっていた。当然、その様子を見られる筈もない。
「そっか。祭りみてえで、俺はあっちの方が好きなんだけどな。お偉いさんに褒めて貰うよりは、街のやつらに喜ばれた方が嬉しいしな」
「・・・・・・」
「まあ、なんだ、ネストールの奴が、どちらを喜ぶ奴なのかってのは俺には分からねえが、それでもあそこで大勢の奴らから表彰されるだけの働きはした訳でな。でもって、それは、お前の働きでもある訳だからよ・・・その・・・」
階下をのぞき込むように見下ろした視線のまま、ミルナーはぎこちなく言葉を続けた。
「その・・・お前も、もうちょっと誇って良いと思うぜ?開き直るっつうのかな、うまく言えねーけどよ」
「・・・・・・」
どうも、自分は慰められているらしい。
普段からはあり得ないミルナーの言葉に思わず笑ってしまいそうになるが、必死に堪えて私は口を開いた。
「あ、ありが・・・と」
「お、おう」
それから、ミルナーは一切視線を上げる事無く、淡々と進む階下の式典をだるそうな雰囲気のまま見下ろし続けた。私もそれに倣ってじっと式の進行を見守る。
「そろそろみてーだな」
久方ぶりに掛けられたミルナーのその声に、次いで指さされた先を負うと、壇上に向かってネストールさんが、整列した軍人達の中から歩み出るところだった。
途端、壇上から更に上、3メートル程上方だろうか、2階である観覧席からだと丁度平行に見れる高さの辺りに、一瞬、霧のようなものが掛かった。「え?」と自分の目の霞みを疑っていると、直後に、そこにはネストールさんの歩く姿が大写しになっていた。
「な、なに・・・あれ?」
「ん、どした?ああ、あれか。ありゃあ、『写し見』の魔法だよ。弓兵の奴らがよく使うやつのデカい版だな。見た事無かったか?」
当然にように説明するミルナーに、驚きの覚めない私は、こくこくと頷きを返すのがやっとだった。
「割合よく見る魔法なんだけどなあ。ま、当然、俺は使えねーけど。あ、そうだ」
すると、ミルナーは何かを思いついたのか、いそいそと席を立ち上がり、やや離れた客席に待機していた部下らしい人を一人連れて来た。
「お前、確か弓兵隊からの出向組だったよな。今、ちょっと『写し身』やってくれよ。あ、ついでに、『言伝て』も」
「え?今ですか?式中は一切の武装及び戦闘行為が禁止されてるんですよ?無理ですよ」
「そんな固い事言うなよ。別に戦うって感じゃねーだろ?現に警備組は使える訳だし」
「いや、だから、尚更警備に関係ない僕たちは・・・」
「ええい、ごちゃごちゃうるせえ。やれと言ったらやれ。やらんと、明日の修練で本気でなぶる」
「ぐっ・・・、わかりましたよ。どうなっても、知りませんからね」
と、力関係が如実に分かる会話を終えると、部下の人はブツブツと恨み言らしき呟きを吐きながら、私に歩み寄って来た。
「では、失礼しますね。まずは『写し身』から」
そして、私によく見えるように、こぼれ落ちる水を受け止めるように両の掌を差し出すと、いつか聞いた聞き取れそうでいて聞き取れない言葉の連なりを呟き始めた。
30秒程経った時、彼の掌の上には先ほど見た霧、ただし、手鏡程の大きさのものが現れ、見慣れた人の姿が写る。
「あ、ジェラード、さ・・・ん」
「これは、風の魔法の応用で、こう、風の膜を張って、視界内の物を映し出すっていうか・・・すいません、すごく体感的なもので、説明とかはスゴく難しいんですよね、これ」
「レンズ・・・?」
蜃気楼みたいな原理だろうか?風を操って空気密度を操作、出来た空気のレンズに遠景を映し出すというような。しかし、光の屈折云々と構造が分かって使っているようではなく、目の前の若い兵士さんは困ったように弁解した。
「おい、つか、なんつうもん写してんだよ。魔法使ってるのがバレるだろうが。はやく『言伝て』をやれ。この馬鹿!」
思索に沈む私の横から、焦ったように部下にせっつくミルナーの声が聞こえた。
「いてっ、分かりましたから。ちょっと静かにっ。騒いでると、よけいにバレますよ?で、次がですね・・・」
と、再び聞こえてくる、聞きようによっては虫の羽音のようにも聞こえる呟き。
思わず、リキッドタイプの例のアレを探そうと指先がピクリとするが、何とか堪える。
「あーあー、聞こえますか?こちら2階観覧席、どうぞ」
先ほどと同じ程度の時間を掛けてから、魔法が完成したらしい部下の人が自分の手元に向けて声を出した。
その声は、何だか元の世界で言うところのトランシーバーを通したようなくすんだ声で、手で口を覆う仕草と言い、某あばよな人の完成度が高すぎてそれ以上トークの発展が望めない為に敬遠される悲しい芸を、私に思い出させた。
「・・・聞こえる。が、貴様、どこの所属の者だ・・・?と、いや、良い。もう分かった」
そして、明らかに目前の部下の人とは違う声が、彼の手元から私にも聞こえてきた。
某あばよの人はともかく、どうやらトランシーバー、無線的な魔法であるという印象は確かだったようで、「これが『言伝て』の魔法で、視界の届く範囲なら、かなり明瞭に会話が可能です。以遠の効果範囲などは人によりけりですが、僕が所属する弓兵隊の人間なら誰でも、これは使えますよ」という説明が続いた。
「って、訳だ。だから、あんまりそう驚くような事じゃないって訳。分かったか、アカネサタニ」
そして、何故か部下の人の横で偉そうにふんぞり返るミルナー。
が、その態度は、次に届いた「言伝て」の魔法からの声で、もろくも崩れ去った。
「・・・大体事情は分かったが、式中の武装及び戦闘行為、或いはそれに類する行為はその一切が禁止されておる。それを破ったのだ、ミルナー。どうなるか、分かっているな?・・・通信は以上だ」
「・・・・・・」
そして、魔法を解いた部下さんは、私とすれ違い様に「ここの警備責任者、ジェラード将軍なんですよね」と言いおくと、速やかに元の席に戻って行った。
「あの野郎・・・」
忌々しそうに背後の部下を睨みつけるミルナーを尻目に、凱旋式は粛々と進み、つつがなくその終了の時を迎えると、再びジェナス王からの閉式の言と共に、何事もなく終わったのだった。
ちなみに、危うく身損ねそうになったネストールさんは、いつも以上のイケメンぶりで、それほど着飾っているという訳でも無いのに、キチリと着こなしたその軍服姿は不思議な程に華麗。壇上で王様からの言葉を賜る時には、周りの女性観覧者から溜息のような声があがったというが、というか、実際に聞いたが、それは余談。
いや、本当に格好良かったけどもさ。
そして、式の余韻も一段落した頃、直接ネストールさんにお祝いの言葉をと、後からやって来たダイアーさんに勧められ、どうしたもんかと躊躇っている私の横に、「奴はどこへ行った?」と凄絶な表情で誰かさんを探すジェラードさんの姿があったのも、やはり余談である。




