その13
自分に付いて来る事を全く疑わない悠然とした足取りで、キャンベル姫は客室が連ねる通路を進んで行く。
そんなマイペースなお姫様を眺めながら、私は、このままそっと帰ったら駄目かなと考えつつも、結局その後が怖くなりそうなので、素直にその後を追った。
180センチ近くあるのでは無いかと思われる長身のキャンベル姫様とは、当然コンパスの差があり、私はどうしても小走りになってしまう。
足元は依然として素足のままではあったが、ふかふかの絨毯のお陰で特に問題無く宮殿内を進んで行く事が出来た。
しかし、流石に、裸足に夜着のまま、一国のお姫様と朝食というのはまずいのではないかと、ようやく寝起きの頭が回るようになってきた頃、お姫様の侍女らしき人と合流する事が出来た。
腰辺りの高さに食事を載せているらしき、配膳台とでも言うのだろうか、キャスター付きの台を、絨毯を避けるように通路の端をコロコロと進ませている。
そして、合流した侍女さんは、キャンベル姫に会釈をした後、彼女に隠れるような形で歩いていた私の存在に気付いた。
「あら、アカネ様ではございませんか?どうして・・・って、まあ、そんな格好で、何があったんです?」
「っ・・・んー・・・な、なんだろ」
はははと、気が抜けた答えながらも返事が出来たのは、その侍女さんが私の見知った相手であったからだった。
「マリーナ、彼女と面識があるんですの?」
「はい、姫様。先日のトルニア大草原からの撤退の際、少しですが、お話をする機会がございました」
「・・・そう」
淀みなく答えるマリーナさんは、あの時と変わらずクルリとカールしたショートヘアが大変可愛らしいお姿だったのだが、更に、今は「俺の本気、見せてやるよ・・・」とばかりに、白エプロンとカチューシャまでもを装備しており、確実にある一定の層からの売り上げが期待できる攻撃力抜群な姿となっていた。
これが、王宮での女官さんの制服という事なのだろうか。「ほお」と思わず感服の息を付き掛けた私だったが、そのエプロンの端々にボリュームたっぷりのフリルが付いているのに気付くにつけ、ある人の暗躍の姿が頭をよぎり、微妙な笑顔を浮かべるに止めた。
「それよりも、姫様、アカネ様は陛下のお客人です。どうか、アカネ様のお着替えの時間を頂けませんでしょうか?」
恭しくマリーナさんが意見すると、何とはなく思考に沈んでいた様子のキャンベル姫様が、初めて気付いたといった表情で私を見返した。
「まあ、ひどい格好ですわね」
「あ、あは・・・は」
そのひどい格好のまま連れてきたのはあなたでしょうにと、心の中で悪態を付くが、私は日本人なので正しく愛想笑いを返した。
「マリーナ、ここからなら、わたくしの部屋の方が近いですわ。使っていないドレスから適当に見繕ってさしあげなさいな」
「畏まりまして、姫様。では、申し訳ありませんが、朝食の席には他の護衛を呼・・・」
「必要ありませんわ。この王宮最奥に近しい場所に曲者が出るというのなら、それはこのイグラードの栄華もそれでまでいう事。という訳で、護衛は無用ですわ。お先に、お待ちしてます、アカネ様」
そう言い置くと、キャンベル姫はマリーナさんの返事を待つことなく、悠然と通路を進んでいったのだった。
「ちっ・・・」
「え?」
「では、早速、姫様の部屋に向かいましょうか、アカネ様。御足はそのままでも大丈夫ですか?」
「は、はい・・・」
「良うございました。では、こちらです」
眩しいばかりの笑顔を向けてくるマリーナさんの方から、確かに舌打ちが聞こえたような気がしたのだが、やはりまだ寝起きでボンヤリしているのだろう。私は、自分の歩く早さを気遣いながら先導してくれるマリーナさんの背中を見ながら、再び歩きだした。
辿り着いたキャンベル姫様の部屋は、丁度品に少し違いが見受けられるものの、寝室が壁で仕切られている以外は、間取りなどは私の部屋と同じようだった。元々は、ここも貴賓客用の部屋なのだが、いつの間にやら姫様が私物化していたらしい。何でも使わなくなった衣類やらを保管するのに丁度良いのだとか。これだけの広さの部屋を衣装部屋扱いとは・・・。
「アカネ様のサイズに合いそうなドレスは、こちらの部屋に・・・っと、ああ、ございました。前任者が綺麗に維持しておりましたから、どのドレスもすぐお着替えになれますよ」
言いながら、アリーナさんは、私の部屋で言うところの寝室にあたる部分に繋がる扉を開けた。
「・・・・・・」
デジャヴ。という言葉は、こういう時に使うのだろう。
視界一杯に広がる色とりどりの、全てにおいて、一部やりすぎた感が共通している数多のドレスの群れを、私はどこか懐かしい心持ちで眺めた。
「さあ、アカネ様、お好きなものをお選びになってくださいね。ちなみに、姫様のお付きの前任者はダイアーでございました」
何だか良い笑顔を浮かべるアリーナさんに、一瞬、同じ穴の狢という言葉が浮かびかけるが、いや、まさかなと、頭を一振り、私は、眼前の「某日曜早朝から戦ってる格闘系マジック少女のデザイン案の初期パターン的節操の無さ」をそこはかとなく漂わせる、装飾過多のドレス群に向きなおった。
「姫様は、あのように、その、大変成長がお早くあられて、それがショックでダイアーは、お付きの任を外れたという噂がございます」
「ほ・・・ほんこん、ちがっ・・・本当?」
「冗談でございます。あ、これなど、アカネ様にお似合いになられるのでは?」
「・・・・・・」
ここの女の人は、何かしら癖が無いとやっていけないルールでもあるのだろうか。
ピアースさんは普通であってくれと祈りながら、私はマリーナさんが示した、その中では幾分マシといった感じのドレスを手にとった。
「遅いですわっ。ドレスとてもお似合いでしてよ、アカネ様。遅かっただけはありますわね」
「・・・・・・」
オホホと、女王然とした態度で、軽く皮肉るキャンベル姫様に頭を下げつつ、私は自分の格好を見下ろした。
キャンベル姫様の幼少時分の物であるそのドレスは、悔しい事に私にピッタリのサイズで。子供向けという事でかなり短めのスカート丈に控えめな襟ぐり、そしてそれらを彩る細かな刺繍とフリルは、これまた悲しい程に自分でもピッタリな気がして。
お姫様の隠れ家的スポットであるという、この温室の美しさなどを素直に楽しめない自分が悲しかった。
建物と建物の狭間に隠れるようにして作られたこの温室は、庭としてはかなり狭いものの、採光の為に一工夫されているらしく、温室のガラスを通して感じる朝の光は普通に見上げた空よりも一層明るく感じられ、ぽかぽかと体に熱が伝わるようで、マリーナさんに煎れてもらった紅茶を口に含む頃には、くさくさとしていた心はすっかり持ち直していた。
そして、死ぬほどお腹が減っていた私は、マナーを気遣う余裕もなく、死ぬほどの早さで朝食を平らげ、そして、取り繕うように「おいしゅうございます」と感想を述べた後、キャンベル姫様が、手振りだけでアリーナさんを下がらせると、「では」と、本題に入った。
余談だが、目玉焼きらしきものを口にした時、何の卵か気になってアリーナさんに尋ねたのだが、「たまご?たまごって何ですか?」と逆に聞き返されたので、私は怖くなってそれ以上追求する事はしなかった。マリーナさんがふざけているのだと信じたい。
「わたくし、まどろっこしいのは、嫌いなので、アカネ様、あなたにお聞きしたいのは2つだけですわ」
「・・・・・・」
「ずばり、あなたがネストール様をどう思っているのかと、あなたがこの国で何をするつもりか、ですわ」
「ど、ど・・・Do?」
私は、思わず、固形カレー的言語体系に陥りかけると、キャンベル姫様が慌てるように続けた。
「あぁ、あなた、言葉が不自由でしたわね。でも、こちらの言葉は分かるのでしょう?それでは、シンプルにお聞きしますわ。あなたは、ネストール様の事が好き?それともお嫌い?」
「・・・・・・」
王族の威厳を体現するかのような、優雅な仕草。ティーカップを持つその手にすら気品が漂うよう。
しかし、そんなキャンベル姫様の頬は、微かに赤く染まりもつつあり。
どうやら、姫様は、本気でネストールさんの事が好きらしい。ここはちゃんと彼女に答えなければならないと、私も自分の手元を見つめながら、ゆっくり言うべき言葉を吟味する。
好きか、嫌いか?
あの嘘つきな、すぐに無断で心を覗くあの、私の理解に余る男の事を私は。
「き、嫌い・・・で、す」
精一杯の声量で、私はそう答えた。
よくよく考えれば、私は、好き嫌いを考える前に、異世界から着た身である。運良く、今は王様の庇護下にいるが、これからどうなるかは分からないし、極論を言えば、来たとき同様、1秒後には元の、日本に戻っているかもしれないのだ。そんな、中途半端な状態で、恋愛感情の先に続くであろう何がしかを、考えて良いものだろうか?だから、私は、嫌いだという事にした。実際、着に食わない男であるのは確かだし。
「・・・そう」
そんな私の言葉に、キャンベル姫様は、そこだけは年相応な、あどけない声を漏らした。
「安心しましたわ。イヴェルドの件であなた、兵達からまるで救世主のように崇められてますのよ?軍師ネストール様に側仕える異邦の機知の担い手だと、まるで、そう女神のようにね。それはそれは、凱旋式の際にも大層な騒ぎでしたのよ。たぶん、今度のレセプションも大変でしょうね」
「あ、ぁあ、めがみ・・さ、ちがっ・・・めがみ?」
「そうでしてよ。ですから、その、内心では、少しばかり不安でしたのよ。女神が相手ではと。でも、まあ、そのあなたがご自身がそう言うのであれば、ね。それに、実際見てみれば、そのちんちくりんなお姿。心配して損しましたわ。ほほほほ」
「・・・・・・」
このお姫様は、ちょいちょい毒舌を挟まないと会話が続けられないのかと、大それたあだ名付きの持ち上げられ方に驚くよりも呆れて、堂に入ったお姫様笑いを続けるキャンベル姫様をぼんやり見ていると、温室の入り口である扉が開く音が聞こえた。
恐らくマリーナさんが戻ってきたのだろう。ナイスタイミングとしか言えない。
「探しましたよ、アカネ様。あなた、朝食の用意が必要だと言いましたよね?なぜ、おとなしく待っていられないんです?」
しかし、こちらを見下ろすように歩みを進めてきた人影は、ネストールさんのものだった。
皮肉っぽく告げられた彼の言葉に、私は、確かに、自室で朝食の準備を待つ予定だった事を思い出した。
「ご、ごめ・・・」
「アカネ様ーっ。ほんとに心配したんですのよ!ううっ・・・」
「だ、ダイアーさん・・・」
そして、ネストールさんに続いて入ってきたダイアーさんが、彼をどけるように前に出ると、涙の浮かんだ表情そのままに私に駆け寄ってきた。椅子に座ったままの私を、胸の前で包むように、ダイアーさんは抱きついてくる。
「ほんとう・・・本当に・・・・」
こんなにも心配を掛けていたダイアーさんに、私は心底申し訳なくなって、いつも以上に言葉が出なかった。
「ご、めん・・・な、さ」
「本当に・・・本当にお似合いです、アカネ様!」
「い・・・ぃ?」
「この幼さからの成長の兆しをテーマとしたドレスを、ここまで完璧に着こなされるとは!戦地での備えの無さから何度も口惜しさに枕を濡らしたものですが、ここに来てやっと我が本願叶えり!よくやりましたね、マリーナ」
「ええ、ダイアー。見て、お靴の選択まで、私には抜かり無いわ!」
「まあっ、これは姫様が幼少のみぎり、ややずれたローキックで陛下の戦闘能力を瞬時に刈り取った際に破損した筈の品では!?」
「ふふっ、密かに修繕しておいたのよ。こんな事もあるかと思って、ね」
「流石よ、マリーナ!」
「・・・・・・」
ぴろーんと、私のスカート裾を手に取って足元を確認した後、私の後ろでパチリとハイタッチを決めるダイアーとマリーナさん。
王族の御前であるぞ!控えよ!と私が、シラけた目線を送っていると、「彼女達は元々は陛下付きの女官ですが、武官としての立場も持っているため、多少の振る舞いは許されているんですよ」と、例のごとく私の心を読んだネストールさんが耳元で小さく説明した。
そこで、私は、こんな風にネストールさんと接近してしまうと、キャンベル姫様に悪く思われるかもと思い、慌てて姫様の方を振り返る。
と、そこには顔を真っ赤に染めたふにゃけた表情の女の子がいた。
「申し遅れました、キャンベル姫、おはようございます。こたびは、突然の訪問、陛下の客人にもしもの事があってはとの危惧からの事、どうかご容赦願いたい」
「・・・は、はい」
キャンベル姫様に先ほどまであった気品溢れるオーラめいた気配は、そこには全く無く、ネストールさんを前にする彼女は、ただの恋しい人を前に頬を染める、ただの女の子だった。
こうして見ると、やはり11歳である。実に初々しい。隣のダイアーさんとマリーナさんも、いつの間にか騒ぐのをやめて生暖かく見守っている。
「寛容なお許し、ありがとうございます。さて、では、朝食もお済みになった様子、差し支え無ければ、私がお部屋までご案内致しましょうか?」
「わ、わた、わたぬき・・・ちがっ」
何やら、どこかで見覚えのあるやり取りを交えつつ、どうやら、ネストールさんにエスコートされる事になった姫様は、まるで別人のように大人しく、しずしずと差し出した手を取られただけで真っ赤になりながら、促されるままに温室を出ていった。
そして、去り際、ネストールさんがこちらに目配せしたような気がしたが、気のせいだと信じたい。
それが、私と姫様の気まずい関係を知って助けてやったぞという意味なら、良い人と思うよりは、ひでー男だと思ってしまうから。
それにしてもと、私は軽くネストールさんに腕を組まれ、あどけない表情を真っ赤に染めて、楚々と必死に緊張を押し殺して歩くキャンベル姫の姿を思い浮かべるにつけ、思わず言葉が漏れ出てしまった。
「か、かわええ・・・」
コクリと、微かに、だが、力強く頷いたであろう気配を横に感じつつ、私は温室を後にしたのだった。




