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その10


 ネストールさんの偵察任務からの帰還を受けて、野営地内では、にわかに、その喧噪の程を増していた。


 そして、この数日と同じように、食堂から夕食を届けてくれたダイアーさんと自室テントで席を囲む頃に至り、外から漏れ伝わる兵士達の慌ただしさは、そのピークに達しているようだった。


「落ち着きませんか、アカネ様」


 そんな中でも、常と変わらず、ふふふと上品に口元を隠しながら笑うダイアーさん。

 ちなみに、ダイアーさんは女官用のテントで同僚と共に食事をとっているらしく、私の食事の時にはお茶等を飲みながら、もっぱら話し相手として付き合ってくれていた。


「う・・・うん」


 私は否定すべきかと一瞬考えつつも、正直に答えた。

 忙しなく行き交う多くの兵士達の気配に囲まれながら、時折響く騒音めいた何かしらの音に、私は、先程から何度も驚いてはカチャリと食器をぶつけたりしているのだ。今更である。


「詳しい事は分かりませんが、ネストール様の持たらした情報が余程大きなものだったのでしょう。先程出陣されるというミルナー様を遠目に拝見致しましたが、それはそれは、すごい張り切り様でございましたしね」

「え・・・」


 出陣?確か、敵であるオルランド公国とは明日一杯まで休戦協定を結んでいるのではなかったか?

 私の疑問を表情から読みとったのであろう、すぐさま、ダイアーさんが補足するように続けた。


「出陣と申しましても、私が見ました限り、100人にも満たない人数のようでしたし、恐らくはネストール様に継いでの偵察という事ではないかと。あの方は、負けず嫌いなお方。一層の功をと気張られていたのでありましょう。ですので、どうか、安心なさってくださいね、アカネ様」

「・・・・・・」


 なるほど、偵察任務の引継ぎという事なら、いきなり戦端が切って落とされるような非常事態にはなっていないという事か。

 それに、この野営地内での盛り上がりとも言える喧噪と、ダイアーさんが見て取ったミルナーの張り切り具合と言い、もしかしたら、状況は良い方向に進み出しているのかもしれない。

 そうなってくると、ネストールさんが持たらした情報というのが気になってくる。

 というか、そのネストールさん自身は大丈夫なのだろうか?怪我とかはしていないだろうか?

 今日で、丸3日以上会っていない事になるが、元気なのだろうか?


「・・・ああ、私とした事が申し訳ありません」

「は・・・?」


 と、突然、コトリと手の茶器をテーブル代わりの木箱の上に置きつつ、ダイアーさんが至極残念そうな面持ちで言った。


「アカネ様が落ち着きませんのは、ネストール様の安否が気になって、でございましたね。ええ、ええ、大丈夫でございますとも。そちらの方は、陛下付きの私の同僚が既に確認しております。ネストール様は、負傷も無く疲れは見えるものの壮健という事でございました。良うございましたね、アカネ様」

「は・・・ふ・・・ほ、ちがっ」


 思わず、私は某10年くらい早いと指摘する事が特徴な格闘家の決め技的かけ声を漏らすと、ダイアーさんの方に珍しく迅速に顔を向けた。


「全く、私とした事が気がまわりませんで、お許しになってくだいましね、アカネ様」

「うう・・・」


 が、頬に熱が上るのを自覚した私は、そのニッコリというかニンマリというようなダイアーさんの目線に耐えきれず、すぐさま、いつも通りオロオロと目線をさ迷わせたのだった。



 そうして、そんな私の遅々として進まなかった食事がようやく終わった頃、タイミングを見計らったように、私のテントに渦中の人が訪れた。


「ひっ、ひう!?」

「まあまあ、ネストール様、先立ってのお働き大変見事なものだったと聞き及んでおります。お身体の方は大丈夫なのですか?」


 固まって動けない私に変わって、もはやいつも通り、ダイアーさんが如才無くネストールさんへの対応をしてくれた。


「いえ、ただ陛下の命に従っての事に過ぎませんよ。身体共々大した事ではありません。それより、そこのアカネ様の方が大事に見えますが?」


 そう言って、最初に会った時と変わらない柔和な笑みを浮かべたネストールさんは、若干汚れた軍服やコケた頬、僅かに見える顎の無精髭などから疲れの片鱗が見え隠れするものの、怪我等をしている様子は無く、落ち着いたその立ち姿からも、言葉通り健勝そのものであるようだった。


「ふふふ、これは、ネストール様を心配するあまりの、言わば、反動とも言うべき状態でございまして。ね、そうですよね、アカネ様。安心して嬉しすぎてどうして良いか分からないのですよね?」


 こちらが驚愕に動けない間に、何やらダイアーさんに決めつけられつつある私は、そうはいかんざきと、断固否定の意を表した。


「ち、ちが、千葉しげ・・・ちがっ」

「アカネ様は、無事のお姿に見まえる事が出来て、大変嬉しいと申しておいでです」

「いや、違・・・わなくも無いようですが。というか、私は読心できるのですが・・・」


 と、ますますダイアーさんに面白おかしくかき乱された私の頭に、このフザけた時代へようこそ的な歌が小さく鳴り響いた。

 

 そうして、ひとしきり、ダイアーさんとネストールさんが動かない私で遊んだ後、ネストールさんは「それで、本題ですが」と切り出した。


「この野営地内の変化、お二人もお気づきの事と思いますが、それは私が行った偵察に基づいての、大幅な予定の変更が原因なのです」

「・・・・・・」


 先ほどまでの空気は一転、私とダイアーさんの周りに重い空気がのしかかった。

 当然、私の脳裏からも、タフボーイは去って行き、最悪の展開が頭をよぎる。


「いや、お二人とも、そう身構えず。詳細は言えませんが、良い方向への変更ですから。そして、それに際して、アカネ様」

「は、はぃ?」

「客人として扱うと決めた以上、陛下は、あなたにも状況の説明が必要だろうと仰っておいでです。既に中央天幕において主立った将達とは話が済んでいますので、改めて、少数で説明の場を持ちたい、と、そういう事なのです」

「・・・・・・」


 う、中央天幕というと、あの、私が元の世界から落ちてきた、あの会議室っぽいテントの事だよね。

 正直、来て速攻、下着含めて着慣れていたメイドイン最近フィギュアをワンコインで作ってくれなくなった国な衣類を失ってしまう事になったあの場所には、良い印象が一切無い。ドレスの下に隠れるように履いているスニーカーが、思えば、唯一の日本からの持ち込み品となってしまっている。


 そんな不安な面持ちの私を見て、思いやるようにネストールさんが口を開いた。


「アカネ様、不安なのは分かりますが、天幕に集まるのは私と、陛下、それにジェラード様だけですよ。それに、決めるべき事、くだすべき命令は全て済んでいます。あなたは、ただ、話を聞くだけで良いんです」


「どうです、簡単でしょう?」とばかりに向けられたネストールさんの笑顔と、横から両手で私の手を包むダイアーさんの温かさに勇気付けられて、私はコクリと頷き、中央天幕へと向かう事となった。


 立ち上がって、それでも見上げるような位置にあるネストールさんの笑顔は、本当に柔和ないつものもので、ダイアーさんに急かされるまでの僅かな時間、見惚れてしまっていたのは内緒である。




 何やら大きな物資を運んでいる兵士達や、それを急かす責任者らしき兵士達と、何度となくすれ違いながら、私達は、地理的にも野営地のほぼ中央にあるらしい中央天幕にたどり着いた。


 ダイアーさんはそこまで見届けると「では」と言葉少なく私とネストールさんに頭を下げると、元来た道を引き返していった。

 

 ネストールさんに軽く背中を支えられながら入り口をくぐると、中は、数日前と同じく、ただ中央に大きなテーブルがあって広いだけの陰気な雰囲気のままで、私は、その中に見慣れたジェラードさんの甲冑姿や、小柄な王様の輝くような美貌を見つけるまで、大いに不安におののいた。


 そうして、ようやくほっとしながら席に着くと、おもむろにジェナス王が話し始めた。



「さて、まずは、いきなりの呼び出しすまなかったな、アカネよ。だが、俺としても、客人への礼節は守りたい。それに、余程、異邦人であるお前の方が分からぬ状況への不安は大きかろう。故、この時間、しばし耳を傾けて貰いたいのだ」


 変わらず光量が足りず薄暗い照明の下、これもまたいつかと変わらず正面に腰掛けたジェナス王が、テーブルに互い違いに指を組んだ両手を乗せた。


 私は、正面の王様に目を合わせる事こそ出来なかったが、一拍置いて、すぐにコクリと頷いた。

 変化があったという状況に恐怖はあったが、元々、7日で戦いに敗れて殺されますという状況だったのだ。恐れも今更である。



「結論から言うと、アカネよ。お前は助かった」



「・・・え・・・」


「正確に言うと、お前を含めた、この野営地におる2600余の命、全てが助かったのだ」

「・・・・・・・」


 淡々と続く王様の言葉がすんなりと頭に入ってこない。

 

 助かった?ネストールさんが言っていた良くなるとは、こういう事?

 しかし、あまりにも劇的過ぎないだろうか?素直に喜びたい反面、にわかには信じられない。


「明日一杯で切れる予定だった、我がイグラード王国とオルランド公国との休戦協定は無期限に延長された。後日、第3国立ち会いの元、我が国で休戦条約の締結式が行われる事までが既に決まりつつある。そして、ここに至る経緯だが・・・」

「陛下。そこからは私から説明させては頂けないでしょうか」


 と、王様の言葉を遮る形で、横に座っていたネストールさんが突然待ったを掛けた。

 それに対して、不敬とでも言うのだろうか、僅かに眉間に皺を寄せたジェラードさんが、彼に厳しい視線を飛ばす。


「ネストール殿、それは・・・」

「よい、ジェラード。ネストール、貴様からの説明を許す」

「はっ」


 そうして、読心こそ届かない距離だが、それでもテーブルを挟んだ王様に比べればずっと近い距離で、私はネストールさんの低い朗々とした声を聞くこととなった。僅かに高鳴る私の鼓動は、一体何に対してのものだろう。


「3日前より私は弓兵200を率いて偵察任務に出ていたことになっていますが、実は違うんです。アカネ様」


 この動悸は一体何を心配してのものだろう。俯いたまま聞くネストールさんの声に乱れは無い。きっと変わらぬ穏和な表情を浮かべている事だろう。


「実際の任務は弓兵200を率いてのイヴェルド山に潜伏してると予想された敵補給部隊への破壊工作です。山火事に見せかけた本破壊工作により、レーマ教総本山の一部を含むイヴェルド山北部の広範囲が現在も猛火に包まれている状態です。それを受けて、オルランド公国軍は陣営の約半分を消火と避難活動の為に投入、結果、直近の戦闘行為は不可能と判断し、国際協定に抵触しない形である休戦協定の無期限延長を決定、という流れに相成った訳です。何か質問はありますか?アカネ様?」


 ふと、問いかけられて、条件反射的に見上げたネストールさんの顔には、やはり、いつもの柔らかい表情が浮かんでいた。

 

 信じられない・・・。

 ネストールさんは、この人は、私が戯れに、遊び半分に言った作戦とも言えない無責任な思い付きを、本当に実行したのだ。

 しかし、あの思い付きには致命的な欠陥があった。現にこの人自身もそれを認めて、一笑に付せていたではないか。


「で、でも、かぜ・・・が」


 途切れ途切れに問い返す私に、音も無く、伸ばせば手が届く程に近づいていたネストールさんが答える。


「風向きですか。確かにそれは問題でした。気ままなイヴェルドの風のせいで、我が陣営が火に包まれたとあっては自殺行為に等しいですからね。が、不可侵とも言うべき聖なるイヴェルドを燃やすという突拍子の無さが、異世界の人間であるあなたにとって思い付き程度の普通の考えであるように、風向きを変えるというのは、あなたにとっての異世界の人間である我々にとっては、普通に考えれば割合と、実現可能なアイデアでした」


 言いおいて、ネストールさんはまた僅かに私から離れると、背後のテントの入り口に向けて片手を突きだした。


「陛下、お目汚し、お許しを」

「許す」


 そして、王様から背中越しに許可を得ると、聞き取れない程の小声で何やら呟きだした。

 

 10数秒程度の間、あまりに早口な為か、それとも言葉の意味自体が難解なのか。

 私がどうしても聞き取れないその声に、より注意深く耳を傾け始めた時、いきなり「はっ!」というネストールさんのイメージにない、鋭い掛け声と共に、室内であるというのにどこからのものか、ゴォと風が巻き起こった。

 

 その突風に私の髪は跳ね上げられ、彼が示した先であるところのテント入り口に下りていた幕は、その風に巻き込まれるように、付け根の布すら引きちぎって外へと飛んでいった。


「・・・と、言うように、弓兵全員がこうした魔法の使い手です。さすがに、200人総掛かりでも、あれだけの広範囲の火の誘導には骨が折れました。ささやかな火種を導くのに丸2日、昏倒する者も続出しましたが、幸運にもと言いましょうか、イヴェルドの森には敵補給部隊はおらず、敵味方、双方含めて確認出来る限りにおいて死者は出ておりません」


 ニコリと言ってのけたネストールさんを、信じれない気持ちで僅かに見上げていると、逆手にいたジェラードさんから落ち着いた声が響いた。


「アカネ殿は、魔法の存在をご存じなかったのですな。ご覧の通りの詠唱時間に加えて、個人で扱える力が余りに微々たるものの為、独立した兵科として扱う国は古今に渡ってほぼ皆無。ですが、大抵の魔法の才が風の力として発現する事から、飛距離の増加や、混成した歩兵への矢反らし等の補助的利用が有効で、その魔法の使い手と、字面通りの弓の使い手の意味を含めた兵科を『弓兵』と、我らの世では呼ぶのです」


 ジェラードさんの声を聞いていて、私はふと思い出した。

 あの戦擬盤で遊んでいた時の事。ジェラードさんからの説明の事。

 あの時、私は弓兵の説明を聞いていて何と思った?「弓兵って、魔法使いみたい」と思わなかったろうか?


 それにしても、魔法である。

 言葉も通じる、景観や、食事、習慣にもそう大した差は無い事から、異世界らしい差は無いものだと思っていたが、ここに来て「魔法」とは。


「アカネ様、繰り返しますが、貴方を含めて我々は助かりました。先ほどから陣内が騒がしいのは撤収の準備の為。しかも、敵味方、合わせてのこの工作における死者はゼロ。これ以上の良い結果は望めないでしょう。そして、これにはあなたの力添えが欠かせなかった」


 なぜ、ネストールさんは、こんな風に変わらず笑っていられるのだろう。

 あの時、ネストールさんはこんなアイデアと一笑に付せた筈だ。それを騙すように実行して、何故笑っていられるのだろう。


「アカネよ、俺からも礼を言う。レーマの一教徒として胸が痛みもするが、これも国の為。救われた益の方が遥かに多かろう」


 なぜ、笑えるのだ。あの山はあなた達にとってすべからく大切なものだった筈では?

 それでも同じ教徒の人達に「仕方なかったと」言えるのか?


 それでも昨日と変わらず「今日もよろしく」と笑えるの?

 それじゃあ、まるで、あの人と同じ・・・。


 物言わぬ像のように、言葉を返す気配すら見せなくなった私を伺うようにしばし見やった後、王様とジェラードさんは神妙な声で、外に待機していた兵士に何事かを命じた。

 その後、横にいたネストールさんにも何事かを言われたような気がするが定かではない。


 

 次に気が付いた時には、私はダイアーさんに手を引かれて、王族専用であるらしい、しかし戦地仕様である為に多分に厳めしい造りの馬車に乗せられようとしていた。

 馬車内は非常にゆったりとした造りで、席に付くや、隣のダイアーさんがあれこれと装飾や馬車での旅のうんちくを語ってくれたが、幾らも頭に入って来なかった。 

 ゆるりと座席を見渡すと、私の世話役のようなポジションだったネストールさんの姿は無いようで、少しほっとする。


 そして、対面に人の姿があった事に、今さらながらに気が付いた。


「よぉ、アカネサタニ」


 苦手な人が前に座っちゃったなぁと、ひたすら目を伏せていると、くいっと私の顎先にごつい手が掛かって、強引に上を向かされた。


「ひっでぇ顔してんな」


 言った直後、ミルナーはぶん殴られた。私の隣のダイアーさんに。


 思わずといった具合に「ぷっ」吹き出すと、前に並んでいた同じ造りの馬車にムチの入る音が聞こえた。馬の嘶きと共に動き出した4頭立ての馬車を窓越しに目で追う。


 イグラード王国首都を目指して、5日程の行程らしい、馬車の旅が始まった。






 

 


 

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